指男の御息女

 ササっと近づいてシマエナガさんの翼をひょいっと持ち上げるハッピーさん。


「ああ、ダメですよ、レヴィは儚いんですから!」

「儚いって……」

「HPが1しかないのでブリザードなんか受けたら即死です」

「えぇ……儚すぎる……」


 ハッピーさんにカクカクシカジカンっと事情を説明した。

 

「また厄災増えたんだ。もうペットショップじゃん」

「営業停止は免れないですかね」

「なんで娘なの」

「俺がお父さんだからですよ」

「哲学的な回答を求めてるんじゃなくて」

「お父さんであることに理由が必要ですか」

「意地でもお父さんなつもりだ……っ」


 うがーっとハッピーさんは頭を押さえる。

 仕方ないだろう。だってお父さんなんだもん。


 ハッピーさんは改まった様子で俺とレヴィを交互に見やる。

 ハっとした顔をすると「こほん」っと咳払いをした。


「えっと、一応なんだけど、お母さんはどこにいるかわかる?」


 生唾を飲み込みながら慎重にたずねてくる。

 触れてはいけない話題に踏み込んだという表情だ。


 お母さんは不明だ。

 レヴィ自身もしっかりとは認識していなかった


「も、もし不明ならさ、私がお母さんになってあげてもいいけど……っ」

「なにを言ってるのか全然意味わかんないんですが。頭ハッピーさんですか?」


 ハッピーさんは頬を染め「赤木に言われたくないし……別に言ってみただけだし……」とうつむいて、それっきり静かになってしまった。


「ちーちー(訳:可哀想なハッピーちー)」

「きゅっきゅっ(訳:どういう意味っきゅ? ハッピー殿は母親のいない産まれたてのレヴィ殿のお母さんになってあげようとした美しい心を見せたはずっきゅ)」

「ちーちーちー(訳:静かにしているちー。レヴィの母という称号はひとつの戦いに終止符を打てる強力なカードちー。すこし勝負を急いだみたいちー)」


 なるほどハッピーさんはレヴィの為を思って言ってくれていたのか。

 でも嘘はだめだ。ハッピーさんの子供はこんなヌメヌメしてないだろう。


 しばらく後。

 探索拠点から”本命”へとの移動が開始した。

 大型のバギーが出動して氷上を走り、ヘリがブリザードのなかを飛んでいく。


「あのヘリ大丈夫かよ、こんな気候で飛んで堕ちないだろうな」

「……。『ダストメーカー』財団が誇る特殊戦闘ヘリです。どんな悪天候でも飛べます。機動力は凄まじく継続最高時速900kmに達し、ハチドリのように急加速急停止を行えるほどです」


 ジウペディアさんがいつの間にかいらっしゃった。

 

「……。フィンガーズギルドは人数が少ないのでダストメーカーで赴きましょう」


 男衆がヘリに乗り込む一方、ジウさんは眉根をひそめ、何かに気が付いた様子で、俺の背後をキョロっと見やった。


「……。シマエナガさんが大事に抱きかかえているその子はどちら様でしょうか」

「うちの子です」

「……。娘、ということでしょうか」

「そういうことです。俺、パパです。どうぞよろしくお願いします」


 言いながらさっき著名してもらったディプカの書類をジウさんへ渡す。

 ジウさんは書類をさっと確認し、細い顎に手を添えて思案げな顔をする。


「(……。指男さんに子供が……いえ、見たところ普通の人間の子供ではないようです。もしや異形とのハーフ? 超常的な存在と交わり、子を授かったということでしょうか? そんな奇想天外なことがありえるわけ……いえ、常識で考えてはいけませんね。”あの”指男さんのことです。なにがあってもおかしくないですね)」


 ジウさんは眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。


「……。指男さんにまさか御息女がいらっしゃるとは思いませんでした。見た目からすると超常との間にもうけられた子のように見えます。年はおいくつなのでしょうか」

「0歳ですよ。さっき産まれたばっかりなので」

「っ!?(……。さっき産まれたばかり?! まさかすでに妊娠していて今朝方、出産したとでも? いや、それにしては流石に成長しすぎているような……いえ、でも、なにがあってもおかしくないですね。なぜならあの指男さんですから。秘書としてどんな時でも冷静でなければ)」

「ジウさん? 大丈夫ですか、顔色が悪いですけど」

「……。なんでもありません。なるほど事情はわかりました。ディプカの件も含めて承知しました。この件は財団へ周知しておきますか」

「いえ、まだ内密に──」


 言いかけて、ふと思い出す。

 財団への周知と言えば、あのじいさんのことだ。


「預言者を名乗る不審者に会ったんですが」

「……え」

「財団でも偉い人だとか自称してますけど、ジウさんは何者なのか知っていますか」

「……。指男さん、預言者に会われたのですか?」

「確かに預言者って名乗ってました」


 ジウさんは口元に手をあて再び難しい顔をする。


「……。預言者はダンジョン財団の意志を人間につたえる御方です。詳細については知られておらず、ダンジョン財団内でも幻の存在として扱われています。偉い人という表現は適切です。総帥たちより組織されるダンジョン財団最高意思決定委員会の長は預言者とされていますから」

 

 なんかすごい会議のリーダーってことか。

 なかなかやりおるな、あの預言者じいさん。

 小胸院総帥やビックボインスキ総帥のようなクセ者揃いをまとめるとは。


 あのじいさんが本当にすごい人だったとしたら、俺の厄災保護活動は実質的に財団に認められているということになる。後ろ盾としてはこれ以上になく強力だ。


「……。まさか子供までいたなんて……異形にしか性的興奮を覚えない性癖だとしたらとてもついていけません……」


 深刻な表情でぼそぼそとつぶやくジウさん。


「ジウさん? さっきから本当に大丈夫ですか?」

「……。大丈夫、だと思われ、ます」


 全然大丈夫そうじゃないけどな。

 ダストメーカーに乗り込んでいくので俺もあとに続く。

 ヘリの座席に乗ると、案の定、男衆も「ん?」とレヴィの存在に気が付く。

 

「フィンガーマン、なんか知らない子乗ってませんか」

「答えろ、指男、その娘はなんだ。あきらかに人間じゃないだろう」

「人間かどうかを決めるのは心の在り方ですよ。違いますか、ブラッドリーさん」

「くっ……一理あるか(流石は指男。確かな哲学も持っているというわけか)」

「ちーちーちー(訳:頭をつかわずに雰囲気だけで喋る英雄の説得力はすさまじいちー。ミームの印象操作でバックアップを全開で受けてるちー)」

「きゅっきゅっ(訳:流石は英雄殿っきゅ。良い事言うっきゅね!)」

「新しい仲間であるか。こんな極地でも仲間になりたがる者が現れるとは流石は都市伝説の男であるな。指男くん」

「実はレヴィは俺の娘なんです」

「「「「えっ……」」」」

「くぁいいでしょう? さっき産まれたので連れていこうと思って」

「「「「(一体なにを考えているんだ……)」」」」

「えっと、フィンガーマン、娘って……お母さんとかはどなたなのか教えてもらってもいいですか」


 やっぱりみんなお母さんが気になるのか。

 でも、俺も知らないしな。

 レヴィの言葉を思い出してみれば人類を海の藻屑にするようお母さんに言われてたっぽいし……たぶん自然系なんじゃないかな。となると──


「海、あるいは地球とでも言いましょうか」


 静まりかえる機内。

 唯一長谷川さんだけが「そ、うか……」と言葉を発する。


「(神話のスケール? 流石は指男だ。常識人では計り知れない)──なるほど、それならちょっと変わった見た目なのも理解できるってものだ」

「ちーちー(訳:この議員、いまの説明で納得したちー)」


 長谷川さんは物わかりがよくて助かる。

 みんな驚いているのか空気感が変になってしまった。

 助手席のハッピーさんへ話をふって逃げようか。


「もしもし」

「んなに」

「えーっとあとどれくらいでつきます」

「どうだろう、もう2、3分じゃ──あっやっぱり嘘、見えてきたよ」


 囂々と吹雪く暗い空の下。

 巨大な白い亀裂が大地にひろがっている。

 亀裂からは白い光が溢れだしている。


 まるで大地の巨人が怒り引き裂いたかのような傷跡のまわりに、人工物と思われる黒柱が無数に突き刺してある。黒柱には幾何学模様が描かれており、模様は吹雪のなかで赤く胎動する血管のごとく不気味に点滅していた。


 異質で、怪しげで、神々しく、そして禍々しい。

 およそ人智の及ばないナニカの存在をこの地には強く感じる。


 あの時といっしょだ。

 千葉の地下深くにて黒く腐った異形に見えた時とよく似ている。

 ここにもああした得体のしれない者の痕跡・匂いを感じる。

 フィンガーズギルドメンバーはヘリから飛び降りた。

 この日人類は半世紀ぶりに魔導のアルコンダンジョンの地へ舞い戻った。

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