預言者

 南極遠征隊は船を海岸線に付けて探索拠点設置を開始した。

 今回、財団に課せられた任務はアルコンダンジョン対処のほかに、南極の現状調査と気候変動調査、ペンギンたちの文明レベルの調査など非常に多岐に渡る。

 そのために南極観測調査隊も国立南極研究所の意向で、探索者ではない学者らを乗せているし搭乗していたりするらしい。


 遠目に見ているペンギンたちに修羅道さんが「きゅええ」っと言いながら魚を配ってまわったら、彼らは人類を友好的な存在と認めてくれたようで、探索拠点設置のために協力してくれた。

 人類とペンギンは協力して氷山に穴を空けて、ブリザードを凌げるエリアを建設したり、物資コンテナを運搬したり、機材を設置したりと半日かけて探索拠点を設置完了した。


 探索拠点が設置される頃、南極は夜になっていた。

 夜かどうかは時計で判断する。

 南極は分厚い暗雲にずっと覆われているので空の様子がわからないからだ。

 なので残念ながら星空を見ることも出来ない。

 昔は北極と同様に美しいオーロラが見れていたと言うが、いまはそれもない。

 

 その夜、探索者らは停泊したフェリーに戻って明日の朝に備えることになった。

 

 翌朝。

 日課のコイントスと指パッチン、筋トレをこなし、熱いシャワーを浴びる。

 ジウさんがたずねて来たので遠征隊の今後の動きを聞いておいた。


 俺たち探索者はいよいよ目的地に赴くことになる。

 ちなみに南極観測チームは、古い時代に設置された各国の観測基地をまわる予定らしい。まあ俺には関係のないことだが。

 

 動き出すまであと1時間ほどある。

 俺としては「もう行こうぜ」って感じだが、今回の遠征に参加したギルドは80にものぼるため、全体の足並みを整えるのに多少の時間はかかるらしい。


 まあ悪いことばかりじゃない。

 時間があるということだ。

 時間があると言うことはつまりデイリーができるという事だ。


 ────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『タコピーを拾え』


 拾う 0/1


 継続日数:222日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

 ────────────────────


 また変なのはじまったか。

 全体的に簡素だ。デイリー題名も内容も。

 こういうのは決まってサイレントレギュレーションの塊って相場が決まってる。


「おふた方どう思います」

「ちーちー(訳:タコなんてそうそう落ちてないと思うちー)」

「きゅっ(訳:感じるっきゅ、感じるっきゅ! あっちに落ちているっきゅ!)」


 ハリネズミさんの謎の直観が働いた。

 以前、厄災島の森に迷いこんだ餓鬼道さんを見つけるのにも実はハリネズミさんの勘が役に立っていたりする。実績のある勘だ。


 俺たちはフェリーを出て海岸線を歩く。

 ちらほら人の影がある氷のビーチを抜けて、人気のない岬のあたりへ。

 

 岬にタコがいた。

 紫色のちいさなちいさなタコが。


「タコってこれか」

「ちーちー(訳:完全にタコちー)」

「きゅっ(訳:やっぱりいたっきゅ)」


 これを拾えばデイリー完了か。

 手に取る。


 ────────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

  『タコピーを拾え』


 拾う 1/1


 ★本日のデイリーミッション達成っ!★

 報酬 『先人の知恵S+』(10億経験値)


 継続日数:223日目 

 コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍

 ────────────────────


 報酬を受け取る。


 完了したな。

 こんなのでよかったのか。

 ん、待てよ、このタコに触れた途端、アイテム表示が出て来たぞ。

 『厄災の魔海』だと。こいつ厄災シリーズじゃねえか。

 なんで禁じられた厄災がこんなところに。教えはどうなってんだ教えは。


「ちーちー(訳:さっさと息の根を止めてやったほうがいいちー。これ多分、英雄がこの前が吹っ飛ばしたレヴィアタン・ワンの残滓ちー)」

「きゅっ(訳:放っておいたら衰弱死するっきゅね。おおいなる怪物もこんなちいさくなってはおしまいっきゅ)」


 どうしたものか。

 死にゆく命を見ていると可哀想な気がしてくる。


琥珀を触るアンバータッチ

 

 声がしたほうへ顔を向ける。

 長い白髪に白ひげを豊満に蓄えたおじいさんがいた。

 丸メガネをかけており、柔和な表情もあいまってとても優しそうだ。

 余裕のある灰色のローブを着ており、さながら御伽から出てきた魔法使いのようだ。極寒の地たる南極には風変わりな服装である。


「あなたは誰ですか」

「ただの通りすがりじゃよ」

「そうですか」

「指男、君は偉大な探索者だ。厄災が暴れ出しても御することができる。野蛮だが暴力はすべてを解決できる究極の解決策でもある。君は厄災を飼える」

「なんでそのことを知っているんですか。さてはただの通りすがりじゃないですね」

「ほう、気が付かれてしまったか」


 やっぱりな。ただの通りすがりじゃないと思っていたぜ。

 ああ、もちろん最初から。一瞬も騙されてはいないからな。当然だよな。


「私は預言者と呼ばれている。財団のえらい人だと思ってくれればよい」

「本当ですかあ? 総帥と知り合いですけど嘘なんかすぐわかりますからね」

「ははは、まああとで確かめておくれ」

「わかりました。じゃあ、一旦信用しましょう」

「うむ。私はほかの人よりすこし物知りでのう。同時に世界をどうすればうまいこと良い方向へ導けるか日々考えているんじゃ」

「ご立派ですね」

「ありがとう。良い方向へ導くための重要なキーとして、君とその仲間たちのことを興味をもって視ていたんだ」

「重要なキーですか。それで面白いことはありましたか」

「面白いよ。とてもね。おおきな期待ができる。だからひとつお願いがしていいかい」

「するだけなら無料です」

「では、その海の悪魔に慈悲をやってくれないかな」

「別にいいですけど」

「すんなりじゃな」

「ええ。たぶんあなたに言われずとも助けちゃってたと思いますから」

「すばらしい心掛けだ。では、さらにもうひとつお願いを聞いてくれるかな」

「聞くだけなら無料です」

「君には不思議な才能がある。だからこの調子で厄災を集めて保護して欲しいんじゃ」

「財団の偉い人からそんなことを言われるとは」

「はじめてでもなかろう。修羅道。あの少女は君にそれを望んでいただろう」


 そうだったのか? 

 修羅道さんの意志を全然汲み取れていなかったな。


「そのためにアノマリーコントロールも口実をつけて使用したのだろうしね」

「そんな意味があったのか……」

「まあ私のつまらない推測の範疇では、だがね」

「厄災の保護。そのこと自体は構いませんよ。なんとなくですけど、成り行きでこれからも増えて行く気がしますから。でも財団は厄災を自分たちの手で収容したがっていたと思うんですけど。俺のやってることは財団の意志に反抗することでは」

「難しいことを考える必要はない。心に従うこと。時にはそういう物差しも必要だ」


 心に従う物差し、か。


「どうしてそんなに厄災のことを気にかけるんですか。危険だとわかっているなら殺してしまえば良いのでは」

「意地悪なことを聞くね。──厄災たちは世界を滅ぼしたかったわけではない。すべては悲劇の蓄積の果てだったのだ。この世のあらゆる憎しみが厄災に集積し、そして彼らは憎しみの渦から逃れられなかった。私は厄災たちに人の業を背負わせたくはないのだ。もっと簡単に言えば、助けたいんだ。厄災は黒に触れれば黒くなり、白に触れれば白くなる。君は厄災たちを白く染めれる数少ない才能と、黒に落ちても制圧可能な限りない暴力を持つ。白と黒。博愛と暴力。矛盾したふたつを持つ人間は君だけだ。光と闇があわさって最強に見えるというやつじゃな」

「そんな立派な人間じゃないですけど、まあわかりましたよ。任せてください」


 俺は知っている。みんな本当は良い子なのだと。

 俺もこのじいさんと同じ思いだ。みんなを悪い子にしたくない。


「ありがとう、指男。あとを頼んだよ」

 

 老人は言うと、サーっと煙のように溶けて消えてしまった。

 不思議な能力をつかうじいさんだ。

 結局、何者だったのかよくわかんないままだし。


「シマエナガさん、いまのじいさんずいぶん心配してましたけど、知り合いですか?」

「ちーちー(訳:じいさん? 誰のことちー?)」

「え。いや、いまずっと話してたじゃないですか」

「ちーちー(訳:なにをとぼけたことを言っているちー。英雄はまだ寝ぼけているちー。じいさんなんていなかったちー)」

「きゅっきゅっ(訳:英雄殿はすこしお疲れっきゅ。休憩をとったほうがいいっきゅね)」


 今の老人が見えていなかったのか。

 いや、というか見えていないとかじゃないなコレは。

 見えていないだけなら、俺が透明人間と話している風には認識しているだろうし。

 会話をしていた時間すら認識していない? どういうことだってばよ。

 

 考えても答えはわからない。

 何か超常的なことが今のいままで起こっていたということは確かだ。


「シマエナガさん、この子を助けます。回復をお願いできますか?」

「ちー……(訳:でもこれ海の悪魔ちー。悪属性だから助けたら悪いことしそうちー)」

「大丈夫ですよ。俺を信じて」


 シマエナガさんは首をかしげながらも回復スキル『冒涜の再生』を使ってくれた。

 厄災の魔海はぴょんっと跳ねて周囲をキョロキョロ見渡す。

 元気になったようで何よりだ。

 無言で俺のことを見上げて来ている。


「名前はレヴィアタン・ワン。それじゃあレヴィで。レヴィさんです」

「ちー(訳:なんかオシャレな名前になってて腹立つちー)」

「きゅっきゅっ(訳:鳥殿はまだ恵まれてるっきゅ。我はハリネズミさんっきゅよ。種族名をそのまま名前にされてちょっぴり悲しいっきゅ)」


 ペットたちが抗議の声をあげている。

 ちょっと適当につけすぎた感は否めない。

 ハリネズミさんに関しては本当にごめんよ。


「ん、膨らみ始めた……?」

 

 手に包むようにもっていたレヴィさんがブクブクと大きくなっていく。

 吸盤のついた触腕から新しい体組織が生みだされ、それがどんどん大きくなっていき、やがて形をもちはじめた。

 腕が生え、足が生えていく。


「ち、ちー(訳:ま、まさか、許されないちー、そんなこと許されないちー……)」


 若干一名の拒絶虚しく、レヴィさんは人の形状に変貌を遂げた。

 青肌の少女の形態で、白色の触腕を長髪のように下ろしている。

 胸と局部は増幅した触腕によって隠されている。

 肌の露出が多いので、部族の女戦士のような印象を見る者にあたえる。

 顔立ちは非常に端正である。

 かあいいルーレットしたらかあいいと判定が出るだろう。


「ちーちー!(訳:最近ヌメヌメしてる奴ら擬人化しすぎちー!)」

「ちょっと静かに」


 感情がまるで宿っていない瞳がこちらをじーっと見上げて来る。

 冷たい。無機質。作り物。

 人間離れした雰囲気が瞳に現れている。


「レヴィアタン・ワン。私はレヴィ」


 自分を指さして言う。


「そうそう。レヴィ。それが名前」

「お父さん」

「そうそう、俺がお父さん…………ぇ?」

「お父さん」


 レヴィは俺を見上げながらボソっとつぶいやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る