四傑衆 vs 赤き竜
人類側もペンギン側も緊張の面持ちで勇者たちの対峙を見守る。
人類側がもし負けることがあれば抵抗ペンギンたちのなかに「勝てる!」という思いが芽生えてしまい、その先には全面戦争が待ち受ける。
全面戦争を止められるのはこの場にいる人類の強者だけだ。
賢しらぶるフィヨルドランドはフリッパー──ペンギンの翼。硬い──を器用に動かしモノクルを押しあげ、最初の人類代表アーサー・エヴァンスを観察する。
帽子を被り、モノクルをかけ、ボロボロの本を大事に抱えるこのフィヨルドランドペンギンは、抵抗ペンギン軍のなかでも最も賢そうなペンギンランキング5年連続第1位を獲得した実績から『賢そう』さんと呼ばれ親しまれる四傑の知将である。
本来、フィヨルドランドペンギンは南極には生息していない。
ニュージーランド南西のフィヨルドランドからスチュアート島にかけての、いにしえの森の中に巣を構えるのが常だ。
賢しらぶるフィヨルドランドは地球の加護に目覚め、英雄ペンギンに覚醒したたあめに、遥々海を越えて抵抗ペンギン軍に加わったのだ。
すべてはペンギンの明日のためだ。
「最後通行だ。平民ペンギン。君はいま最後の降伏のチャンスを持っている」
「きゅええ、きゅええ(訳:降伏の最後のチャンスですよ、とこの人は言ってます)」
修羅道はペンギンへ通訳するが、フィヨルドランドが引き下がる様子はない。
「ならば死ぬしかないね」
アーサーは一歩踏み込んだ。
「きゅええ、きゅええ!」
フィヨルドランドが鳴くと赤い火の眼が出現した。
もう一度、鳴くと今度は蒼い氷の眼が出現した。
宙に浮かぶ二色の巨大な眼球が、ぐりっとアーサーを視界にとらえた。
瞬間、火線がヂーっと放たれ巨大な爆炎が発生した。
眼球は敵を跡形もなく破壊し、分厚い氷に放射状の亀裂がひろがった。
人類側から盛大にざわめく。
空気がどっと揺れて動揺が伝わる。
「あのペンギンやはりスキルを使っている……!」
「ペンギンにもスキルが使えるのか!」
「きゅええ、きゅええ(訳:英雄ペンギンですからね)」
フィヨルドランドは満足げに「きゅええ!」とモノクルの位置をおしあげ、仕留めた獲物を確認しようとペタペタ歩きはじめた。
鋼の刃が白黒の羽毛に背後から突きつけられ、フィヨルドランドは動きを止める。
世界の時間が一瞬止まった。
「きゅえ!?」
フィヨルドランドは我が身に起こった危機を理解し、慌ててふりかえった。
振り返った先、背後ではアーサーが困惑した顔をしていた。
「馬鹿か平民ペンギン、僕はいま剣で君の命をいつでも奪えると主張したんだぞ。そんな無防備にふりかえっては喉を開かれかねない。現実に僕は君ののどを斬ることができたが、今それをしなかった」
アーサーはあえて斬らず、生殺与奪の権利を奪ったことをわからせ、降伏させようとしていたのだ。しかし、フィヨルドランドらペンギン世界に”脅す”という単語は存在しない。概念も存在しない。なのでフィヨルドランドは普通に振り返ったのだ。
「きゅええ!」
蒼い眼がピカっと光った。
アーサーの足元の氷がせり上がり、針山のように襲い掛かる。
マントがたなびき直後、姿が掻き消える。
フィヨルドランドは驚愕に目を見開き「きゅええ!」と自身のまわりに氷の壁をつくりだし、そのなかに閉じこもろうとした。
「痛い目を見なければわからないかい」
抵抗ペンギン軍最強の魔法系スキル使いによって生成された氷壁だったが、『赤き竜』アーサー・エヴァンズの攻撃力を防ぐ盾としては軟弱にすぎた。
アーサーは氷のなかへ手を突っ込み、フィヨルドランドの首根っこを掴むと、強引にひっぱりだし、左手で頭をごつーんっと強烈に叩いた。
「きゅ、きゅええ……!」
「これで大人しくなっただろう」
フィヨルドランドは目をぐるぐるに回しコテっと気絶してしまった。
アーサーはそっとペンギンをおろしてやる。
ペンギンたちが駆け寄ってきてフィヨルドランドを心配そうに囲んだ。
「大丈夫だ。脳震盪を起こさせただけだからね」
アーサーの圧倒的な実力に今度は抵抗ペンギン軍にどよめきが広がった。
「やはりアーサー・エヴァンズは強いな」
「すこしだけヒヤっとしたが」
「あの苛烈なアーサー・エヴァンズが手心を加えるとは珍しいこともある」
「傲慢の王でもたまに優しさを見せるとい噂は本当だったようだな」
人類側からは「今回は奇跡的に斬られずに済んだか」とペンギンたちに死者がでなかったことで安堵の声が響いていた。
「きゅえっ! きゅえっ!」
「今度は君か」
フィヨルドランドが引きずられていく代わりに、激しくフリッパーをバタバタさせるペンギンが躍り出た。
『激情するアデリー』ことアデリーペンギンの激情さんだ。
アデリーは怒り狂い、アーサーへ突撃を敢行。
そのさまを見て誰もが真っ二つに叩き斬られるアデリーの姿を幻視した。
アーサーは剣を構え、勢いよく振り抜いた。
剣の腹がアデリーのおでこをボコーンっと叩き一発で気絶させる。
「平民ペンギンが。助長したな」
澄ました顔でアデリーを脇へ丁寧に運んであげるアーサー。
人類側から変な空気が流れはじめる。
「あれ……思ったよりアイツ斬らないな」
「実はいい奴なんじゃ」
「そんな訳ないだろう。さっきセリフを聞いてなかったのか。ペンギンなんか殺してしまえって率先して剣を手に戦いにいったんだぞ!」
「そうだアーサーは残酷で恐ろしくて嫌われ者なはずだ!」
「きゅええ!」
──ポコーンっ
そうこうしているうちに『二の打ちいらずのジェンツー』も気絶させられ、脇に運ばれる。
「おこがましい平民ペンギンどもめ。君たちには刃を使うまでもない」
「そ、そうか、アーサーは本当は斬りたくて仕方ないが、相手を侮辱するためにあえて刃ではなく剣の腹で叩いていたんだな!」
人間たちは納得する。
傲慢の王が優しさなどで手心を加えるわけがない──っと。
「きゅええ」
「ついに君か。君はあたまひとつ抜けていそうだ」
アーサーに対峙するべく最後に立ちはだかる抵抗ペンギン軍最強の英雄ペンギン──『鮮烈なるフンボルト』はフリッパーをパタパタさせる。
どこからでもこい、とアーサーは剣先を下げたまま待ち構える。
フンボルトが跳んだ。
一気に近づいてフリッパーでアーサーの横面を殴りつける。
剣でガード、しかし想像以上に筋力があり、すこしだけ攻撃が当たってしまう。
「うああ! アーサー王の頬に痣が!」
「傷つけたぞ、あのフンボルトペンギン。もう生かしては帰されない!」
「逃げろ、フンボルト、アーサーはお前に容赦しないッ!」
人間たちの悲痛な叫び声。
フンボルトはくるっと宙帰りして、一撃お見舞いしたことに得意げにする。
アーサーは頬を指先で撫で、赤い血が出ていることを確認「平民ペンギン……」と冷たい声でボソっと言うとギュッと本気の踏み込みをおこなった。
氷の大地を深く陥没させる一足飛びだ。
その動きを捉えられていた者は数えるほどしかない。
「礼儀を見せよう」
伝説の王がくりだした本気の”近づくという行為”に、鮮烈なるフンボルトは目を丸くして驚くことしかできなかった。
反応などできやしない。迎撃などもってのほかだ。
アーサーは全力で近づき、ぱちこーんっとフンボルトの頭を平手で叩いた。
白目を向いて、フンボルトは気絶した。
──赤木英雄の視点
シマエナガさんが去っていくアーサーの道を塞ぐ。
「ちーちーちー(訳:お前は絶対いい奴ちー。ちーより優れたヒーラーはムカつくけど良い奴なら仲間にいれてやっても構わないちー。傘下になるちー!)」
「そこをだけ平民鳥が。叩き斬るぞ」
痛烈にフラれてしまったようだ。
「ちーちー!(訳:もうイイ奴バレしてるちー! 抵抗しても無駄ちー!)」
叫ぶシマエナガさんの横を抜け、アーサーは騎士を連れてさっさと去っていった。
難儀な性格の持ち主だし、腹が立つ野郎だ。
でも、まあそうね……悪い奴じゃあない、かもしれない。
俺はシマエナガさんを連れてショックで寝込む四傑衆のもとへ。
お互いの肩を叩き合って慰め合っている。
ザ・グレート・ペングイン・レジスタンスと四傑衆と修羅道さんは話し合いをはじめた。ちゃっかりシマエナガさんも混ざっている。
「あの話し合いに人類とペンギンの未来が掛かってるんだね」
「見守るしかなさそうです」
俺やハッピーさん、そのほかの南極遠征隊に抵抗ペンギン軍のすべてが、全面戦争の命運を分ける会議の行く末を見守る。
程なくして会議は終わり、シマエナガさんがひと足先に俺のもとへやってくる。
「ちーちーちー(訳:一時休戦ということに決まったちー)」
はあ、よかった。
交渉はうまくいったようだ。
人類対ペンギンの全面戦争は回避された。
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