ペンギン交渉
──ペンギン帝国皇帝抵抗ペンギン軍将軍ザ・グレート・ペングイン・レジスタンスの視点
私の名はザ・グレート・ペングイン・レジスタンス。
生まれも育ちも『白き地』の生粋ペンギンでありペンギン帝国皇帝にして抵抗ペンギン軍将軍の座についている。
敵はおそろしく強力だ。
流石は人類と称賛せざるを得ない。
まさかあの悪魔を倒して道を拓くとは。
「きゅえーきゅえー!」
参謀ペンギンのひとり”足の速いテイコウ”が飛び込んでくる。
はやくも海岸への攻撃がはじまった。
「きゅええ(訳:長年かけて準備した海岸防衛線も次期に突破されるペン。今回の人類は本気というわけペン)」
決断の時が近づいている。
私はずっと昔にこの白き地に産まれた。
その瞬間から私と同じ種族の抵抗ペンギンはすこし賢くなった。
存在するだけでペンギン族をちょっと頭良くする能力があると自覚した。
私がいなくなれば抵抗ペンギンたちもお馬鹿に逆戻りしてしまう。
私が導かなければならない。
私が守らなければならないのだ。
最初は白き地全土を併合した。
抵抗ペンギン以外のすべてのペンギン族を統合し、天敵を絶滅させてまわった。
おかげで白き地には敵がいなくなり、すっかり平和になった。
だが、白き地の外にはまだ恐ろしい敵がいた。
私たちより賢く、強く、数の多い、強大な天敵──人間だ。
人間たちは肉を食べる種族だと言う。
やつらは幾度となくこの白き地へ侵略をおこなってきた。
目的はわかっている。私たちを捕まえて食べちゃう気なのだ。
現に何匹かのペンギンが攫われる現場を見た。
白き地のそとへ誘拐された彼らはもう美味しくされてしまったのだろう。
抵抗ペンギン族と、その他の賢くはないお馬鹿な17氏族(イワトビペンギン族、ガラパゴスペンギン族、キングペンギン族、ハネジロペンギン族、フンボルトペンギン族、マゼランペンギン族、ケープペンギン族、コガタペンギン族、ヒゲペンギン族、フィヨルドランドペンギン族、シュレーターペンギン族、スネアーズペンギン族、ロイヤルペンギン族、マカロニペンギン族、アデリーペンギン族、ジェンツーペンギン族、キンメペンギン族)を守る義務が私にはある。
まともな知性があるのは抵抗ペンギン族だけ。
だから私は抵抗ペンギン軍を結成し、人類と戦うと決めた。
やつらはまた攻めて来た。今度は本気だ。
これまで以上の犠牲を出そうとも、負けるわけにはいかない。
「きゅええー! きゅええー!」
参謀ペンギンのひとり”羽折れのテイコウ”が腹滑りで大慌てでやってくる。
「きゅええ、きゅええ(訳:ペンギン皇帝、お会いできて光栄です)」
羽折れのテイコウはひとりの人間を連れてきた。
緋の髪をもつ人間だ。私よりずっとちいさい。
その気になれば踏みつぶせてしまいそうだ。
しかし、この人間がとてつもない実力者だと野生の本能でわかる。
私に通じる言葉を操るこの者はいったい?
「きゅええ、きゅええ(訳:平和的な道に興味はありませんか)」
人間は自信たっぷり言ってくる。
平和的な道。人間と戦わない道があると言うのか。
「きゅええ(訳:人間の使者よ、話を聞くペン)」
──赤木英雄の視点
海岸線に到着する頃、ペンギンたちの攻撃が止んでいた。
それどころか大量のペンギンが両翼を天へかかげ投降している。
視界いっぱいに広がるペンギンの群れが、人間たちによって捕虜化される光景はどこか癒される要素すらふくんでいる。
さっきまであんなに人類に殺意をぶつけていたのに何があったというのだろう。
「いったいこれは」
「……。彼女が間に合ったようです」
「彼女?」
捕虜ペンギンたちが無気力にぺたぺた歩いている奥の方、やたら大きな体をした立派なペンギンと赤い髪の女性がなにやら話をしている。
もこもこの防寒着に、もこもこの耳当てをしているが、燃える瞳といつでも自信に溢れた表情は変わらない。ポニーテールが空を切り彼女がこちらへ振り向いた。
「修羅道さん? どうしてここに」
「きゅええ、きゅえええ!」
「あの、修羅道さん……?」
「おっと、これは失礼。ペンギン語で話してしまいましたっ!」
「ペンギン語を話せるんですか?」
「もちろん。この日のために単語帳だって買ったんですよ」
修羅道さんは『ペンギン単語1400』をとりだして、てへっと可愛らしく舌をだす。
流石は修羅道さんだ。空気中にふくまれる意味不明の濃度がぐわんっと上昇した。
「……。修羅道さんは人類全体を見渡しても貴重なペンギン語話者なんですよ。彼女をのぞけば4人しかペンギン語を操る者はいません」
まだ4人もいることに驚きなのですが。
「きゅええ、きゅええー!(訳:天地分け目の戦いをはじめるペン!)」
「修羅道さん、このおおきなペンギンはなんと?」
「天地分け目の戦いをはじめるペン! ですね」
多分、正確にすべてを翻訳してくれたのだろう。
語尾にペンになっているので間違いない。
ペンって言う修羅道さんかあいい。
「さっきわたしとこのペンギンさんザ・グレート・ペングイン・レジスタンス皇帝と交渉して、出来るだけ平和的な解決手段を話しあったんです」
「……。彼女はその交渉のために南極へ跳んで来ました」
まさか南極に瞬間移動を? ミステリーの塊だな。
「南極条約により国際社会の満場一致を得て、ペンギンさんをいじめることは許されていません。だからペンギン語話者がペンギン族のリーダーと話し合いをする必要があったんです。知性ある者どうし、話し合いをすることが最善なのですから」
「きゅええ、きゅええ(訳:人間は強いペン。これ以上、戦っても被害ペンギンがでるだけペン。それにこんな平和的な種族だとは思わなかったペン。勘違いをしていたペン。できるなら平和的な道を歩みたいペン)」
「ちーちー(訳:さっき天地分け目の戦いがなんとかって言ってたちー。まだ戦う気満々ちー)」
「きゅええ、きゅええ(訳:それには理由があるペン)」
シマエナガさん翻訳で話を聞いたところ、全容が見えてきた。
まず第一に、本当に賢いペンギンはこのおおきな抵抗ペンギン皇帝ザ・グレート・ペングイン・レジスタンスだけだと言う。
話し合いが通じるのもこのザ・グレート・ペングイン・レジスタンスだけ。
全ペンギンに指示を出せるのもザ・グレート・ペングイン・レジスタンスだけ。
なので本来はこのザ・グレート・ペングイン・レジスタンスを説得すれば平和的に済む話なのだが、事態はそう上手くはいかない。
ザ・グレート・ペングイン・レジスタンスの組織した抵抗ペンギン軍は、文字通り人類に抵抗するためだけに牙を研いで来た。何十年も準備してきた。
なのでいくら皇帝が「降伏します」と言っても感情面で納得してくれないのだ。
「赤木、向こうで大変なことになってるよ!」
ハッピーさんが息を荒く走ってやってくる。
「って、なんで修羅道がこんなところに!」
「そのことあとです! ハッピーちゃん、大変なことってなんですか?」
「捕虜にしたペンギンたちが暴れだしたの!」
「きゅええ(訳:天地分け目の戦いがはじまったペン)」
急いで現場に駆けつけると人間たちが一匹のペンギンと向かい合っていた。
ペンギンの身体はとてもちいさく、成人男性の腰ほどの身長しかない。
羽をパタパタさせ、どこか不敵な表情をしている。
相対するは3人ほどの探索者だ。
南極遠征隊に参加できるにはAランク探索者だけなので、あそこにいる全員が世界各地で最高位探索者と呼ばれるにいたった豪傑である。
「ふん、こんなちいさなペンギンごときに何を手こずってやがる!」
「やっちまえ!」
探索者たちは各々攻撃スキルを発動してちいさなペンギンを叩きにいく。
ちいさなペンギンは物凄い速さで動き、残像を残して消えた。
次に姿をあらわしたのは探索者たちの背後であった。
羽を水平に振り抜いたような姿勢でうつくしい残心を取っている。
屈強な探索者たちが膝から崩れ落ちる。
白目をむいて泡を吹く。意識のある者はいない。
一瞬でAランク探索者たちを無力化してしまった。
「ちーちー(訳:なかなかやる鳥ちー)」
「きゅっ!(訳:ペンギンにあれほどの使い手がいたなんて驚きっきゅ!)」
「きゅええ、きゅええ(訳:彼女の名は『鮮烈なるフンボルト』ペン。白き地の外から抵抗ペンギン軍に加わるために参上した英雄ペンギンのひとりペン。ダンジョンと戦える英雄ペンギンたちのなかでも最強の4羽として”四傑衆”と呼ばれているペン。みんなには鮮烈さんと呼ばれ親しまれているペン)」
鮮烈なるフンボルトは、つまらなそうに羽を斬り払いこちらへふりむく。
その背後に3羽のペンギンがペタペタっと不器用に歩いて並んだ。
「きゅええ、きゅええ(訳:四傑衆揃い踏みペン。鮮烈なるフンボルト。二の打ちいらずのジェンツー。賢しらぶるフィヨルドランド。激情するアデリー。あの4羽に力を認めさせない限り人類とペンギンの友好関係はありえないペン)」
ザ・グレート・ペングイン・レジスタンスは俺たちと四傑衆のあいだに立ち、大きな翼を天へ向ける。
「きゅええ、きゅええ!(訳:さあ勇者たちよ存分に戦うがよいペン!)」
「くだらないな」
ザ・グレート・ペングイン・レジスタンスの宣言に喰い気味に反応する声。
声のほうを見やれば、風に分厚いマントを靡かせて腹立つイケメンがやってくる。
Sランク探索者『赤き竜』アーサー・エヴァンズだ。
アーサーは金色の髪をなでつけ「また会ったか、フィンガーマン」とこちらを一瞥し澄ますと、次に修羅道さんへ視線を流した。
「君が修羅道か。話に聞いていたよりずっと甘い」
アーサーは冷たく言い放つ。
四傑衆のひとりが前へでてくる。
帽子を被り、モノクルをかけ、片翼にボロボロの本を抱きかかえたペンギンだ。
「無条件降伏のチャンスを与えても無下にするような平民ペンギンなど、さっさと殺してしまえばいいんだよ」
言って王は剣をぬいた。
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