グラズノ・アイジンの大釜

 やたらイケメンな西欧人が尋ねて来る。

 残念なことに俺に答えられることはない。

 

「化け物ならもうみんな殺した」

「当たり前だ。それくらいできなくて何がSランクだ」


 あ、こいつ嫌いかも。


「船の状況を伝えろ」

「どうして俺に聞く」

「最初に視界に入って来たからだ。平民、さっさと王への説明義務を果たせ」


 気に入らないな。

 なんだこいつ。傲慢だ……圧倒的に好きじゃないタイプだ。

 誠意を見せない相手には誠意を見せたくなくなる。


「王? んだよこいつ……頭湧いてるのか……(小声)」

「聞こえているぞ。跳ね返るなよ、平民が。おこがましいやつめ」

「どっちがだ。だいたいあんた誰だ。いきなり失礼だろ」

「それは本気でいっているのか?」

「本気じゃないとでも? 空から降って来たロイヤルナイトの正体をどうして俺が知ってる前提で話が進んでる。自分の言っていること妙だと思わないか」

「まさか僕を知らないのか」

「知らないな」

「……思ったより舐めたやつだったな、フィンガーマン。まあいい。被害を甲板に集められただけ及第点としてやる。生き残りは3名か」


 甲板には俺のほかハッピーさんとフェデラーがいる。

 残りの皆は財団職員らとともに船の操縦室だ。


「20名だ。残りの生存者は操縦室にいる」

「20……?」


 男は眉根をひそめ、俺の顔をまじまじと見て来る。


「そっちの冴えない男もこっちの目つき悪い女も知らないが……君たちが対処したのか」

「ほかにいないだろうが。うちのギルドが船を守った」


 俺と男が話しているあいだも甲板上空のヘリから探索者たちが降りて来る。

 丈夫そうな鎧に厚手のマントを羽織っており、いわゆる騎士のような風貌だ。


「……ふん、まあいい。無礼の処断はあとにしよう。いまは状況の回復が優先だ」

「南極にコスプレ集団が来るとは驚きだよ」

「口を閉じてろ、平民。あとで相手してやると言っているだろう」


 男は涼しげに笑むと背を向けた。

 腕をサッと横にふった。

 マントがたなびき、冷たい風が吹いた。

 すると中空に光とともに大きな黒い物体が出現、重力に従って甲板に落ちて来た。


 轟音とともに着地。

 錆の浮いた古くておおきな黒釜である。御伽噺にでも出てきそうだ。


「喜べ平民、奇跡を見せてやる」


 男が言うと、騎士のひとりは財団職員の遺体をひとつ抱えて、踏み台をゆっくりのぼり、釜のなかへと担いだ遺体を沈めた。

 大釜から黄金のひかりが溢れだす。

 騎士は大釜のなかへ手をいれ、さっき沈めたものを拾いあげる。

 

 拾いあげた者はひどく欠損した遺体などではなかった。

 五体満足、一糸まとわぬ姿ではあるが生きた女性だった。

 見るも無残にバケモノに殺されたはずなのに、今は「げほげほ!」とむせて、確かに息を吹き替えしている。


「グラズノ・アイジンの大釜……はじめて見た、あれが蘇生の奇跡なんだ」

「ハッピーさん、あいつ何者なんですか」

「赤き竜アーサー・エヴァンズだよ。赤木は本当に知らないの?」


 ちいさな声でハッピーさんが聞いて来るので渋々うなづく。


「英国の王、総司祭、奇跡の使い手。英国ウェールズにて現代に復活した”アーサー王”って言われてる有名人だよ」

「言われてみればどこかで聞いたことある、かも」

「絶対にあるよ。ナードよりずっと有名だもん。ほら見て、あのデカい大釜。アーサー・エヴァンズとともに姿を現した十三の宝でも一番有名なやつ。死んだ人間を生き返らせることができるんだって」

「それいろいろ大丈夫なんですか」

「ローマ条約? 大丈夫じゃないから問題になってるよ。バチカンが毎月召喚令を財団にだしてるんだってさ。でも大釜の効果は強すぎるから財団もこういう時のために温存してるんだよ」


 俺が弱みを見せたことでハピペディアさんが利用可能になった。

 知らなそうなこと全部教えてくれる。

 

 Sランク探索者『赤き竜』アーサー・エヴァンズは財団がおおきなダメージを戦場で受けた場合にかぎり、世界のさまざまな場所で大釜を使うらしい。最近では京都でダンジョンブレイクが発生した時にも日本へ足を運んで仕事していたとか。

 ある意味ではダンジョン財団お抱えの人類最高のヒーラーである。


「蘇生を公然と行える人間、現代に蘇りしアーサー王ですか」

「権限も存在感も実力もSランク上位って噂」

「ふむ、なるほど」


 あんまりアーサー王のこと知らないけど……なんだろう、とりあえずエクスカリバーと叫ぶことは今後控えたほうがいいかもしれない。キャラ被りしていることがバレたら切れられそう。


「次はバケモノどもだ」


 傲慢な男──アーサーは言って騎士にバケモノの遺体を大釜へいれさせる。


 待て。

 何してる。

 そいつを蘇らせたらダメだろう。


 不安に駆られながら見守っていると、大釜から出て来たのは醜く変質した肉の怪物ではなく、まともな姿の人間であった。しかも俺が倒した石油王だ。間違いなく元の姿にもどっている。


「ち、ちー……!(訳:ど、どういうことちー!)」

「きゅっきゅっ(訳:鳥殿よりすごいっきゅね)」

「ち、ちーッ!(訳:そんなことないちーッ!)」

「きゅ、きゅきゅ!?(訳:ど、どうしたっきゅ、鳥殿とんでもなく必死っきゅ!)」

「ちーちーちーッ! ちーちーッ!(訳:ちーのヒーラーとしての立場が危うくなってなおかつ怪物を元の姿に戻せないからちーのことを無能とかアーサー大釜下位互換とか呼ぶつもりちーッ!? ちーにはわかるちー! これはちーを貶めるために行われた巧妙なシマエナガネガキャンちーッ! ちーはこんなもの認めないちーッ!)」

「きゅきゅ……(訳:唯一のアイデンティティだった蘇生の上位互換まで登場して完全に存在意義をうしなった憐れなマスコットの図っきゅね……成仏してほしいっきゅ)」

「グラズノ・アイジンの大釜はあらゆる不浄を、あたゆる呪いを、あらゆる狂気を、あたゆる傷を癒せるんだよ。でも、奇跡には”大量の供物”が必要だって話をどこかで聞いたけど……」


 奇跡を見せてやる……か。

 ただの傲慢というわけじゃないらしい。


 甲板にいたすべての死者(人間・変質体問わず)が蘇生された。

 登場からすべてを救うまで20分程度で完遂してしまった。見事と言うほかない。


 蘇生を終えると大釜は光となって姿を消した。

 アーサーはふらっと崩れるように膝をつく。


「王よ! 大丈夫ですか!」

「愚か者め、この程度でなんだと言う。構うな、次は4番船に向かう」


 ヘリが甲板に降りてきて、騎士たちが乗り込んでいく。

 次の船でも同様に人を救うというのだろうか。

 俺は飛び立つヘリを見送ることしかできない。

 ふと、アーサーが俺の方へやってくる。

 目のまえにやってくると俺の心臓のあたりをとんとんっと指でたたく。


「何もできないなら引っ込んでいろ、平民」

 

 うっわぁ、しばきてぇ。

 おいおい、少し見直してたのによぉ。

 そう言う事言われるとぼくちゃんぶっ飛ばしたくなっちゃうよなぁ?


 だが、我慢しろ。

 この場で活躍したのは確かにこのいけ好かないイケメンだ。俺では助けられなかった。


「ち、ちー……っ、ちー……!?(訳:それは、挑戦ちー……? 挑戦ということちー……!?)」


 胸ポケットがもぞもぞ動いてる。

 あっ、シマエナガさんがどんどんふっくらして……!

 もしかして胸ポケットを突かれて自分が当てこすりされてると勘違いしている?


「ちーちーちーッ!(訳:いい度胸ちーッ! 世の中、能力だけじゃないことを教えてやるちー! ちょっとくらい能力が良いからって見た目のふわふわ感のアドバンテージは越えられないちー! 身体でわからせてやるちー!)」

「むっ、な、なんだこの鳥は……! 下がれ平民鳥!」


 思わず飛び退くアーサー。

 ふっくらしたシマエナガさんは「ちーっ!」と威嚇し、てってってっと走ってノーマル技『たいあたり』を敢行した。対するアーサーは剣を抜き構える。


しつけのなっていないペットだ。痛い目を見なければわからないか」 


 剣を片手で軽く振り、鳥タックルをいなそうとする。

 普通の鳥相手ならばそれで十分だったのだろう。

 しかし貴様が相手しているのは経験値馬鹿喰い鳥だ。

 

「ちーちーちーっ!(訳:ゴッドバードたっくるちーっ!)」

「ッ、刃が通らッ、なんだこの重さは──ぐわァ?!」


 アーサーは巨大鳥に轢かれた。

 バビュンっと大空へうちあげられ、南極海に打ち出された。

 ふっとばしたシマエナガさんはどこか晴れ晴れとした表情をしている。


「ツア!」


 海面を破ってアーサーが飛びあがり、甲板へもどってきた。

 びしょぬれの美しい金髪かきあげ、キリっとシマエナガさんを睨みつけた。

 白い肌をツーっと雫がしたたって鎖骨に溜まって、溢れてなぞって服にしみこむ。

 ずぶ濡れなのに……何してもイケメンはカッコよくなるらしい。俺と一緒だ。


「ちーちー!(訳:止めを刺してやるちーっ! ちーより優れたヒーラーなど不要ちーっ!)」

「餅ついてくださいシマエナガさん!」


 背後から魅惑のふっきら塊を抱きしめて押さえつけ「はやく逃げろ、この鳥がお前を殺す前に!」と大きな声で言った。


「……」


 アーサーは険しい表情で剣を構ていたが、ゆっくり深呼吸をし剣をおそろした。


「その鳥、強いな。僕はいま消耗している。決着また今度に──」

「口上を述べてる暇はないぞ……っ、この鳥はいま完全にキレてる!」

「ぢーッ! ぢーぢーぢーッ!(訳:ぢーっ! ぢーぢーぢーッ!)」


 今にも俺の拘束を抜けて飛び出しそうになる狂暴な鳥に「うっ」とし、アーサーは剣を素早く鞘におさめるとヘリに飛び乗った。


「悪くはない戦果だ!」

「?」

「この船のまえに4つの船をまわってきた。船員は全滅して代わりにバケモノどもが蔓延っていた。生存者がいたのはこの船がはじめてだ。だからフィンガーマン、君たちの戦果は悪くはない!」


 ヘリの騒音に駆け消されないように大きな声でアーサーは叫んで言った。

 そしてそれだけを言い残して海の向こうへ飛んで行ってしまった。

 腹の立つ野郎だが思ったより悪い奴ではないような気がする。

 まあ人格ポイント-100が-90になった程度の評価だが。







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