南極遠征船の悲劇
変わり果てた怪物のそばで膝を折る。
この不気味な姿を俺は知っている。
「ちーちー(訳:かわいそうなやつちー。バケモノに変わってしまった人間は蘇生しても元には戻らないちー)」
厄災島を襲った変質した怪物たちで蘇生実験は既に行われた。
一度殺して『冒涜の明星Lv4』を掛けたが元の人間だった頃の姿に戻らなかった。
元の姿に戻す方法は俺にはわからない。特別な手法が必要なのは確かだ。
「シマエナガさん、眼を貸してくれますか」
『冒涜の眼力』をつかってもらい遺体を調べることにした。
息絶えた遺体が黒い光で解析され情報が閲覧可能になった。
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キメラAM─0082
変質する肉の獣
人の手によって作りだされた変異菌類。
寄生型モンスター兵器。宿主を怪物化させることができる。
変質後の性能は宿主に依存する。
Dレベル40
HP 0/15,000,000(1,500万HP)
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Dレベル40? 40階層クラスのモンスターという判断ができるが……ともすればなかなか強力なモンスターだ。並みの探索者じゃ相手にするのは危険すぎる。俺たちフィンガーズギルドのような武闘派が対処しなければならない。
何が起こっているのかは未だ不明だ。
だがとても危険なことが起きているのは間違いない。
荒れた部屋の窓からカーテンを外し、変わり果てた石油王にかけておく。
「手分けしましょう。シマエナガさんとハリネズミさんなら問題なく無力化できると思います。船が顔のない男に攻撃されているのだとしたら良くないことが起こる気がします」
「ちーちーちー(訳:船のあちこちでこんなモンスターが現れているとしたら大変なことちー! 悪いことは許さないちー!)」
「きゅっきゅっ!(訳:任せるっきゅ! 悪徳の君主を討つのもまた英雄の仕事っきゅ! わるいやつをやっつけるっきゅ!)」
シマエナガさんはバランスボールサイズに膨らむと徒歩で走りだし、ハリネズミさんもまた同じくらい大きくなると丸まってコロコロっと転がって行った。
ピコン。
世界で一番好きな音が頭に響く。
しかし、虚しい音だ。やれやれこんな嬉しくないレベルアップをさせられるとは。
「この不快、三乗にして返してやる」
顔のない男。
たびたび俺の道上で存在を認識させられる。
大悪党シタ・チチガスキーの仲間という重大な巨悪め。
道徳を語ることに興味はないが……俺は胸糞の悪い野郎が嫌いなんだ。
──イ・ジウの視点
ジウは廊下を駆けていた。
財団職員たちとともに赤い絨毯を走る。
「あいつが来る……!」
「いいから走れ!」
客室が左右にずらーっと並ぶ廊下をつっきり、突き当りまで来ると皆でいっせいにふりかえり、手にした魔法銃を構えて、追ってくる存在へ銃口を向けた。
皆が息を呑んで震えるドットサイトに命運を託している。
大きな物音が近づいて来て、向こうの曲がり角から大きな影が飛びだしていた。
体長3mはある赤い血肉の巨人だ。剥き出しの歯茎に白い歯がはえそろった凶悪な口を噛み締めて、6つある眼球をぐわんっと財団職員らへ向けた。
皆は引き金をひき、ソレが迫って来るよりもはやく射殺しようとする。
蒼い撃鉄の火花が起こり、硬質の弾核が怪物へおそいかかる。
しかし、怪物はまるでひるまない。
全身に痛々しい傷をつくりながらも突進してきた。
「……。
「血を。私は雷光を」
職員の女性が言い、ジウはうなづく。
女性は銃をしまうと手を怪物へかざした。
「
女性の手から眩い青白い光が発生する。
ソレは夜空をかける稲妻のごとく、壁と床を焼きながら反射し怪物へ着弾した。
激しい爆発が巻き起こり、怪物がひるむ。
その隙にジウは魔法銃で自身の左前腕と、左手のひらを撃ちぬく。
苦痛に顔をゆがめることはない。能力を使うために自傷することには慣れていた。
二か所に風穴を空けたことで急速に出血し、血だまりが赤い絨毯にできた。
「
血だまりが波打ち、ぶわーっと赤い触腕が飛び出した。
伸縮自在の血鎌が瞬間的に間合いを延長し、素早く怪物を叩いてふっとばした。
「……。斬るつもりでしたが、流石に無理ですね」
「筋肉の塊ってわけかな」
怪物はむくりと起きあがり向かってくる。
迫る来る再びの危機にどうするか、ジウがもうひとつ穴を体に空けようかと銃口を左腕の前腕にヒタっとつける。
「失礼、そこ通りますよ」
声がして皆はハッとしてふりかえる。
ジウはその声の主の存在を認め、そっと銃をおろした。
白いシャツに黒いスキニーを履いた若い青年。
濡れてしまったせいか今はコートを着ていない。
青年は財団職員らを割ってまえへ出ると軽く手首をまわし、どこからともなく黄金の剣を召喚し、向かってくる怪物の胴体を真っ二つに叩き斬ってしまった。
青年はふりかえり「無事でなにより」と剣を手品のように消失させた。
財団職員らは青年の手際のよさに驚愕を隠せない。
「危ないところだった。助かったよ」
「第一級の探索者にしても突出した実力があるようだ。失礼だが君は?」
財団職員らは卓越の者の名をすべて知っているつもりだったが、あいにくと目の前の青年のことはまるで記憶になかった。
「指男です。助けられてよかった」
「ッ、そうか、君が都市伝説の探索者……」
「本当に存在していたのか」
「あ、会えて光栄です!」
有名すぎる無名人に遭遇したレア体験に、財団職員らはやや興奮気味であった。
指男はファン対応を軽く受け流すとジウのもとへ。
ジウは無感情を思わせる表情にわずかに笑みをうかべる。嬉しさの爆発が起伏の起きにくい彼女の顔にも一握の感情を描かせたのだ。
「……。いつでも駆けつけてくれるんですね。やさしい指男さん」
「いつも遅刻してるという嫌味ですか?」
「……。ふふ、まさか」
「腕、凄い血出てますけど、大丈夫ですか、ジウさん」
「……。問題ありません。体質上、穴は時間が経てばふさがりますから」
「それならいいですけど……ところで、アレなんです」
指男は今しがた討伐した遺体を指さした。
財団職員らもジウもはっきりとした答えは持っていなかった。
確かなのは船が危機的な状況にさらされているということだけだった。
──赤木英雄の視点
ジウさんをギリのところで救出してから3時間後。
甲板にはバケモノの遺体が積みあがっていた。
バケモノに殺された財団職員や探索者たちもだ。
その数は優に50名を超えており、凄惨が極まっていた。
ホワイトユニコーン号での生き残りはさほど多くなく、財団職員ら探索者あわせて20名前後しかいなかった。
生き残りは皆、表情を鎮痛に歪めていた。
甲板で遺体の山をまえに立ち尽くす。
今は財団職員らがほかのフェリーとの連絡をとっているところだ。
惨劇の原因究明などをしたいが、今は状況確認が優先なのである。
幸いというべきか、うちのギルドは探索者全体から見ても、個人戦力がかなり高い者しかいなかったので、バケモノたちとの戦闘で倒されることはなかった。
言葉を発することすら憚られる空気感。
そもそも臭いがすごいことになってる。
鋼の精神がなければ、俺は血と臓物にまみれた欠損死体の山には耐えられなかたっただろう。
「ゴッドエナガ、ですかね、流石にこれは」
「ちーちー(訳:やるしかないちー。助けられる命があるちー)」
俺はそっとシマエナガさんに耳打ちする。
彼女が命の蘇生という禁忌をおこなえる事実を知る者は修羅道さんとドクターだけだ。この事実は知られてはならない。
なので俺の関与を疑わせないようにひっそりとやる。
「ヘリが来る」
隣でハッピーさんがつぶやいた。
空を見やれば向こうからヘリが飛んでくるのがわかった。
全部7機、蒼い空をけたたましく飛んできて、甲板の上で止まった。
ヘリから人影が飛び降りて来た。
優雅に着地して、こちらへ顔を向けて来る。
男だ。絶世の美男子とでも言おうか。
腹が立つほどの整った顔に、金色のさらさらの髪、透き通った碧眼の西欧人だ。
すらりと伸びる高身長、引き締まった体は闘争者のそれであり、彼が探索者であることは雰囲気からすぐわかる。
服装はやたら華やかで、品良い大きなマントが身体を覆い、腰に巻かれたベルトには剣が差してあり、さながら物語から飛び出してきた絵にかいた王子のようだった。
「こっちもずいぶんと死んだね。説明してくれるかい、いったいどうしてこんな事になっているのか」
男は俺の顔をまっすぐに見て言って来た。
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