海の悪魔レヴィアタン・ワン
海のしたに何かがいる。
巨大な触腕に攻撃されるフェリーを見れば、その実感が湧いた。
「海の魔物、タコピーの現在、あれほどに禍々しいとは……うわっ」
船体がごォンっと何かにぶつかったように揺れる。
「船の速度が落ちてる?」
「まさかこの艦艇にもタコが」
「……。フェリーですよ」
涼しげな声が聞こえた。
振り返ればジウさんがいた。
「……フェリー、です」
「あ、はい、フェリーですよね」
大事なことを訂正したようだ。
「……。おはようございます、皆さん。さっそくですが海の魔物が確認されました。朝食のところ申し訳ありませんが、迎撃をお願いできますか」
「思ったよりずっとはやい戦闘状態への移行であるな」
花粉さんは腰をあげる。
俺たちも続いてフェリーの甲板へと向かった。
「……。花粉さんとハッピーさんは銃座についていただけますか?」
「たしかに私たちでは海上の敵を攻撃するには分が悪いであるな」
「バルカンがあるんだ……わかった、そっちに付くよ。しゅっ、ナード」
「ひぃ! な、なんですか」
「赤木の足引っ張ったら、こうッ、しちゃうから。しゅっしゅっ」
花粉さんとハッピーさんは途中で別れてどこかへ行ってしまった。
甲板へ移動しながらジウさんにたずねる。
「銃座ってなんですか」
「……。バルカン・デストロイヤーのことですよ」
「バルカン・デストロイヤー。と言われましても」
「……。昨日のミーティングの時に探索者のかたがたにはお披露目したフェリーの主砲です」
フェリーの主砲……?
「……。見れば納得していただけると思います」
俺とフェデラーはジウさんに続いて甲板へやってきた。
すでにたくさんの探索者が甲板へ出てきていた。
高い波が連続して押し寄せて、みなを押し流そうとしているが、その程度でどうこうなるやわな者はこのフェリーには乗ってない。皆、必死に耐えている。
空も海もおおきく荒れている。
波は高く、天雷がいななき、凍える風がびゅーびゅーっと吹きすさぶ。
遠く正面に見える空には黒い雲がたちこめて、空におそろしい風穴を開いていた。
いまにもあの空の黒い穴から、恐るべき怪物が顔を覗かせてもおかしくない。
不気味さが極まる景色だ。
「ま、まま、まるで地獄ですね……」
フェデラーは寒さに震えながら言う。
「……。言い得て妙です、まさしくこの先は地獄。でも、景色が恐ろしくなるほど南極に近づいている証でもあります」
「な、なな、なるほど、ところで、めちゃくちゃ寒いんですが防寒着とってきても──あっ」
船がおおきく揺れた。
ジウさんがふわっと投げ出されそうになるのを腕をつかんでひきよせる。
「大丈夫ですか?」
「……。はい。ありがとうございます。また助けられてしまいましたね」
「別に大したことじゃないですよ。あっ、フェデラー」
「ふぃ、ふっ、フィンガーマン、助けぇええ!」
フェデラーが荒れた海へ落ちていく。
「きゅっきゅっ(訳:あれはもうダメっきゅ……いい奴だったっきゅ)」
あいつは別に大丈夫だろう。
空飛べるし、寒さだってなんとでもなるだろうしね。
なので放っておく。
「……。時化が加速してます、人類がこの先に進むことを拒んでいるかのよう」
どうりで半世紀以上も近づくことすらできないわけだ。
「ちーちー!(訳:英雄、あれを見るちー!)」
海から巨大な触腕がまっすぐ飛びだした。
見上げるほどに高く、見えている部分だけでも、長さ50m以上はある。
吸盤がついたソレは重みをそのまま甲板へ落ちて来る。
まるで仕事終わり、帰宅したサラリーマンがベッドに飛び込むように、脱力しすべての重さを叩きつけるように。
ものすごい衝撃であった。
降りしきる激しい雨は衝撃波で押し戻され、重力が逆転したかのように、空へ雨が落ちていく。上だけではなく当然横方向への被害も甚大だった。
ただの一撃で甲板にいた探索者たちは吹っ飛ばされ、おおくが海へ投げだされる。
「シマエナガさん」
「ちーちー(訳:任せるちー! みんな助けてあげるちー!)」
落下者は彼女に任せよう。
「銃座につけ!」
探索者らは海に落とされないように必死になりながら、甲板の縁にせっちされた機関銃に取りつくと、それで触腕を撃ちはじめた。
フェリーのまわりをあまり馴染みのない形状のヘリが飛び、海面へミサイルやら弾丸やらを雨のように撃ちまくっている。
さほど効果はないように見える。
多少怯む程度だ。時間稼ぎにしかならないだろう。
「目標は船の下にいるらしいですね。ちょっと潜ってエクスカリバーしてきます」
「……。それは最終手段でお願いします」
俺の火力への信用がありすぎて、逆に信用を失っている。
「ん、なんか動きだした」
「……。この船のファランクス、バルカン・デストロイヤー機関砲です」
甲板のまんなかにちょっとした塔のように突き出ていた機構がぐわんっと展開すると、中から6本のバレルが搭載されたミニガンが登場した。ただ人間が持てるサイズではなく、とてつもなくデカい。
「……。主砲の50mm機関砲です。完全機械操作で毎分2,400発のレートでフェリーに近づくものを粉砕します。今回は南極攻略用に魔法弾が採用されてます」
次の瞬間、バルカンが火を噴いた。
ただしく火炎放射と言えるほどの燃焼ガスがふきあがり、同時に蒼い光弾がヴゥゥゥっと言う二日酔いのバイブレーションのごとく低温のうなり声をあげた。
たぶん1秒の半分も連射してないだろう。だが、照準された触腕は砕け散り、肉片になって甲板と海にふりそそいだ。
「……。最高位探索者数十人にフェリー船内でMP供給をしてもらうことで起動できる限定的な武装フェリー専用兵器です。しかし威力はご覧の通りです」
探索者は弾薬扱いってことか。
花粉さんやハッピーさんはフェリーの弾薬になりにいったのだろう。
バルカン・デストロイヤーは圧倒的だった。
機械操作らしくとんでもない速さで神エイムをくりだすものだから、甲板から見えるすべての触腕をわずか2秒ほどで粉砕しつくした。
「……。船の下部にいる存在は機雷を落として処することができます。バルカン・デストロイヤーが起動したのでもうフェリーは大丈夫でしょう」
「でも、向こうにおおきいのがいますよ」
「……。あっ」
荒れた海の向こう、南極方面にとてつもなくデカいバケモノが待ち構えていた。
海面から出ている頭頂部は山のごとくおおきく、伸びる触腕は数百メートル級だ。
この世の終わりのごときバケモノである。
「……。あ、あれは……まさか”海の悪魔”? なんて怪物なのでしょう。海底ダンジョンが産みだした厄災のシナリオ……半世紀以上の時間をかけて成熟したとでも言うんでしょうか」
「? 海底ダンジョン?」
「……。海の魔物たちの故郷のことですよ。財団がどうしようもできないダンジョンのひとつ。海底にできたダンジョンです」
南極近海にいる巨大な海獣たちは、みんなダンジョンモンスターで、海のなかにできてしまったダンジョンから出て来たのだと言う。
「……。正体が判明しました。あれは世界のどこかの海に潜むとされる厄災のシナリオ、”海の悪魔”、その一匹、レヴィアタン・ワンです」
「レヴィアタン・ワン……ですか」
「……。海の悪魔は長年放置された海底ダンジョン同士が融合、ダンジョンボスが複数体溶け合わさり進化を果たした最悪の災害です……むっ」
ジウさんはインカムを細い指で押さえる。
するとハッとして声をおおきくした。
「……。ッ、まさか即断即決でS.O.L.を使うなんて……っ」
ジウさんが珍しく取り乱したのと同時に、甲板にいた財団職員たちはみんなインカムを押さえたまま、血相を変えて「皆さん、伏せてくださぁあいッ!」といっせいに叫んだ。
何かが空のうえで動いた。
そんな気配がした。
黒雲をつきやぶって光の柱が落ちてくる。
光柱は山のごとくおおきい海の悪魔を、真上から撃ち抜いた。
瞬間、巨大な白い雲の塊がぶわーっとすごい勢いで広がってきた。
最近見たので覚えている、水蒸気の巨壁だ。
水蒸気はあっという間にフェリーのもとまで駆け抜けて来ると、灼熱となって俺の全身を叩いた。周囲数キロ、あるいは数十キロ規模で規模で蒸し鍋状態だ。
「きゅっ!(訳:すごい蒸し暑さっきゅ! ハイパーサウナモード、否、ハイパーロウリュウっきゅね! 熱々ちゃんぽんを食べたくなるっきゅ!)」
若干一名はしゃいでいるが、まじで普通に暑い。
ただ暑さはいっしゅんで通り過ぎてくれた。
すぐに寒さのほうが勝つ。
遠くの海を見やれば、海の悪魔の姿がなくなっていた。
倒したのかな。
「びっくりした。今のなんですか」
「……。衛星軌道兵器S.O.L.は照準誘導で地上の座標を指示することで、衛星軌道上の摂氏100万度の熱線を放ち、地上を焼き重大な破壊攻撃を行うという……最終フェリー武装です」
「フェリーですよね」
「……。フェリーです」
本当にそうかな。疑問を抱く必要があると思います。
「……。魔法攻撃力を持つS.O.L.ならばさしものレヴィアタン・ワンでも──」
遠くの海面から山のような頭頂部がつきあがった。
さきほど黒い雲に空いた天空の目からふりそそぐ光のせいで、やたら神聖な雰囲気を放っているが、間違いなくさっきと同じ個体レヴィアタン・ワンだ。
ジウさんはスンっと真顔になり「……。海に潜って回避されたようです」と言ってくる。
「当たるのが嫌だから潜ってダメージを抑えたってことは、あのたこにとっては脅威だったってことですね。もう一発S.O.L.撃てばいけるんじゃないですか」
「……。そんなポンポン撃てませんよ」
必殺技みたいなものかな。
「……。S.O.L.以上の兵器は現場の判断だけで使用するのは難しい……あとをよろしくお願いできますか、指男さん」
「じゃあもう部屋でくつろいでいていいですよ、あとは片付けておきますから」
ここは良いロケーションだ。
周囲には極寒の海しかない。
目標までの距離は5km、6km、7kmとか、そんくらいかな。
絶好のエクスカリバー日和と相成りましたな。
我が至宝、フィンガースナップにHPを注ぐ。
俺の記憶が正しければ京都で戦った神絵師がHP 8,000億くらいあった気がする。
ジウさんは海底ダンジョンのダンジョンボス達が合体した厄災だとか言ってた。
敵はこれまで戦って来たモンスターのなかでも最上級だと推測できる。
「ちーちーちー(訳:船から落ちたみんなを救出してきたちー)」
「ちょうどいいところに。眼を使ってくれますか」
シマエナガさんに冒涜の眼力をお願いする。
────────────────────────
レヴィアタン・ワン
Dレベル65
海の悪魔
HP 1,200,000,000,000/ 1,200,000,000,000(1兆2,000億)
スキル
『津波』
『大津波』
『攻撃の無力化』
『再生』
『超再生』
『ダンジョン召喚』
『悪夢展開』
『夢の加護』
『新世界』
『海の貴族』
『海王』
『増える』
『上位者』
・
・
・
────────────────────────
こんなにおおきく育ってえらいねぇ。
よく見るとお目目もくりっとしててくぁいいですねぇ。
えらいえらい、じゃあ消し炭になろっか。
1,000,000HPを生贄にする。
──────────────────
『フィンガースナップ Lv9』
指を鳴らして敵を還元する。
生命エネルギーを攻撃に転用する。
転換レート ATK1,000,000:HP1
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1,000,000×1,000,000=1,000,000,000,000ATK(1兆)
クトルニアの指輪により約2.0倍の補正を貰える。
それでもう十分だ。
特殊なスキルで攻撃を防げるならぜひ防いで欲しい。
俺に苦戦をさせてくれるとちょっと嬉しい。
まだこっちは手札を残しているのだから。
「エクスカリバー」
パチンっと軽やかに指を鳴らした。
天空から黄金の光が降ってくる。
巨大で鋭く速い破壊。
まるで世界を穿つ巨槍のごとき一撃は海の悪魔に回避を許さなかった。
蹂躙する光と熱が着弾と同時に大爆発を起こした。
俺は手のひらを向け、爆発範囲を極力抑えこみ、エネルギーを狭い範囲に集中させる。スキルコントロールが試される時だ。
黄金の破壊衝動は直径1kmの火球まで圧縮された。
周囲への被害は最小限におさえられただろう。
(新しいスキルが解放されました)
(新しいスキルが解放されました)
(新しいスキルが解放されました)
(スキルレベルがアップしました)
おやおや。おやおやおやおや。
「……。あの、指男さん、とてつもない津波が起こっているのですが。物凄い速さでこちらへ向かって来ているのですが」
「……そうとも見えますね」
「ちーちー(訳:そうとしか見えないちー)」
エクスカリバーから数秒後、フェリー船団は天高く上る津波に飲み込まれた。
俺は悪くない。頑張った。ベストは尽くしたもん。
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