ホワイト・ユニコーン号の朝
温まった身体に浮く汗をタオルで拭い、ジンジャーエール瓶を片手にバルコニーへ出て、身を凍えさせるほどのの風にさらす。火照った体には心地よい。
冷たい海を眺める。
向こうのほうにフェリーが見える。
たぶんあれもホワイトなんとか号だ。
ダンジョン財団南極遠征隊がウシュアイアを出航して数時間が経った。
うちのギルドとクレイジーキッチンが到着した段階で、すべての乗組員がそろったらしく、朝を待たずにサイレントで出港していた。つまり俺が寝ている間だ。
「かっけぇ」
フェリー船団が広く展開し冷たい海を進むさまは、まさしく厳めしい艦隊だ。
こういうのが嫌いな男の子はいない。
なおジウさんの前で艦隊とか艦艇っていう言葉を使うと「……。フェリーですね」と修正される模様。大人の事情があるらしく、何度さりげなく艦艇と言っても直されるのでたぶんフェリーと呼ばないとダメなんだろう。
室内に戻り、俺は本日の報酬を受け取る。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『デイリーマッスル5』
プッシュアップ 20,000/20,000
シットアップ 20,000/20,000
プルアップ 20,000/20,000
★本日のデイリーミッション達成っ!★
報酬 『先人の知恵S+』×10(100億経験値)
継続日数:219日目
コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍
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今日のデイリーは良デイリー。
筋トレ系はまま来るので慣れたものだ。
ただ海外に来ているせいか、筋トレメニューがおしゃれな表記になっている。
プッシュアップは腕立て伏せ、シットアップは腹筋、プルアップは懸垂にそれぞれ和訳できる。デイリー君は気分でわりと同じデイリー内容でも表記を変えることがあるので、デイリーミッション初心者は注意されたし。
報酬は経験値系アイテムなので使ってしまおう。
「ちーちー(訳:英雄が経験値するちー。超後輩は扉の外を見張るちー)」
「きゅっきゅっ((訳:誰もいないっきゅ、大丈夫っきゅ!)」
「んんゥゥ、きもぢイいいい!」
「ちーちー(訳:ふぅ、今日もなんとか英雄の尊厳は守られたちー)」
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赤木英雄
レベル345
HP 5,860,000/6,610,000
MP 1,174,000/1,237,000
スキル
『フィンガースナップ Lv9』
『恐怖症候群 Lv11』
『一撃 Lv10』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv8』
『蒼い胎動 Lv6』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv4』
『最後まで共に』
『銀の盾 Lv9』
『活人剣 Lv7』
『召喚術──深淵の石像Lv7』
『二連斬り Lv7』
『突き Lv7』
『ガード Lv6』
『斬撃 Lv6』
『受け流し Lv6』
『次元斬』
『病名:経験値』
装備品
『クトルニアの指輪』G6
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5レベルあがって、HPは約80万上昇、MPは約6万上昇した。
ブラック会員の100.0倍取得経験値補正がかかるため、このレベル帯になってもレベルアップが止まる気配がない。歓喜。
シャワーを浴び汗を流し、服を着こんで部屋の外へ出る。
廊下に出ると身を刺すような寒さに襲われた。
室内は暖房は効いている分、寒暖差にギョッとする。
「おはよう、赤木」
部屋の前でハッピーさんに遭遇する。
腕を組んで壁にもたれかかり、かなり澄ましておられる。
「朝食行こう」
「俺もいま行こうと思ってたところです」
フェリーでの食事は基本的にバイキング形式だ。
カフェテリアの前までやってくると『6:00~9:00』と書かれた看板がある。
英語でなんか書かれているが俺にはわからない。
「朝食の時間らしいね。時間内はずっと開いてるってことだよ」
「別に読めないなんて言ってないんですけどね」
「そう? それじゃあこっちの看板は読める?」
「別に読めるとも言ってないんですけどね」
「ちーちー(訳:シュレディンガーの英語力ちー)」
雰囲気知恵者かつ中身馬鹿の俺と違って、ハッピーさんは雰囲気馬鹿かつ中身知恵者だ。自動翻訳機能はありがたいが、いつもの癖で弱みを隠してしまう。
カフェテリアにはちらほらと人の姿があった。
そのなかからギルドメンバーを発見、フェデラーと花粉さんだ。席をとなりに、料理の乗ったプレートをつついている。
「海は清浄である。南極も清浄であろう。世界は本来花粉の脅威とは無縁でなくてはならないのである。杉は花粉四天王のなかでも最も強力な種。人間を蝕み、やがて気を狂わせ、最悪の場合死に至らせる。やつらは勢力圏を拡大しつつある。フェデラー君も日本に来るときは気を付けてほしいのである」
「やはりジャパンは恐ろしい場所……っ」
花粉さんのありがたい高説に青ざめる若者の図。こうして知識は継承されていくのだね。
「おはようございます、花粉さん」
「よい朝であるな、指男くん、それにハッピーくんも」
「ど、どうも」
「おはよ、ナード。しゅっしゅっ」
ハッピーさんは出会って早々シャドーボクシングをフェデラーの顔前で披露。
被害者は頭押さえて「はわわ……!」と委縮する。
「指男くんは昨日はミーティングに来なかったのであるな」
「ミーティングなんてあったんですか」
「赤木は寝てたから参加してなかったんだよ。私の部屋でね」
「ハッピーさんの部屋でフィンガーマンが寝ていた……?」
別に変なことはなかった。
「ミーティングはフェリー搭乗した探索者が全員が呼ばれたようである。もっとも内容に関しては資料を持ち帰るだけでよかったので、不参加の者も多かったのであるが。一応、うちのギルドからは私とジウくんで出席しておいたのである」
「助かります花粉さん。名義上はリーダーなのに申し訳ないです」
「なんか僕への態度と違いませんか……」
「ところでミーティングはどんな内容を話したの? 南極上陸後の作戦とか?」
「いや、まだその段階ではないのである。船のうえで我々探索者に求められていることは──」
テーブルの皆が話しこむ一方で、俺は妙な異変に気が付いた。
音がしたのだ。遠くの方、耳を澄ませば聞こえる。
鈍いくぐもったような音だ。
もしその音が近くにあればすさまじい騒音になる気がする。
「なんか音がしませんか?」
「音?」
ハッピーさんはポカンとした顔をし、耳を澄ますと、ハッとし、いちはやく窓に張り付いて、外を観察しはじめた。
「フェリーが襲われてる」
「なんだって?」
遠い海の向こうで黒煙があがっていた。
ヘリが空を飛び、海面へ向けて光弾の雨を降らせている。
最も異質な光景は、吸盤のついた触腕が海面を破って飛びだしていることだ。
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