連行されるフェニックス

「今、なんでもすると言ったよね?」

「いや、その、もちろん常識的な範囲で、という意味ですよ」

「ジャパンの憲法、その序文にこうあります。”なんでもするとなんでもしなくてはならない”っと」

「そんな中身のない序文が……っ」


 フェデラーは最も言ってはいけない言葉を使った。

 

「なんでもするとなんでもしなくてはならないとは、つまり俺はなんでもさせることができるということだ」


 ふむ、しかして、なんでも言うこと聞けとは言ったが、なにをお願いしようか。

 これがもし美少女だったら、嫌な顔しながらおパンツ見せてくださいとでもお願いしてただのスケベな展開へ発展するのだが、フェデラーは美少女ではない。ゆえに変なことにはならない。


 ビルを賠償する気があるんらしい。 

 それだけの財力があると思われる。

 となれば金を要求すれば普通に嬉しい金額を貰えそうだ。

 しかし、お金はトランプマンとの取引で十分に賄えている。


 むむ、逆に考えるのもありか?

 俺が得するというより、フェデラーが損するという方向性だ。

 むしろそのほうが俺の鬱憤が晴れるのでは。


 ああ、そうだ。

 良い事を思いついた。


「お前、南極行くのか?」

「行かないですけど、普通に」

「どうしてだ」

「逆になんで行くんですか」

「アルコンダンジョン。言わなきゃわからないか?」

「あー……アルコンダンジョンですか……そう言えば何カ月かまえに財団に行くように推薦されてましたっけ、そろそろ時期なんですね。フィンガーマンは行くんですか」

「当然だろう。探索者の仕事だ。強いやつが行かなきゃどうしようもないだろ」

「フィンガーマンは行動は非常識ですけど、中身はすごくまともですね……」

「普通のこと言ってるだけだがな。で、お前はどうして行かない」

「自分で辞退たんですよ。財団には『行きません』ってちゃんと返事しましたよ」

「なんでだよ。Aランク第1位なら行けよ。お前が行かなくてだれがいくんだよ」

「行かないですよ、だって高校生ですよ。学校ありますし。両親に隠してるって言ったじゃないですか。長期間留守にするのは流石にまずいですって」

「うちのギルドメンバーのひとりは高校を休学する参加してるんだぞ。本人が勉強できるから特例処置受けてるみたいだから詳しくは知らないが、とにかく高校生だからとかいう甘ったれた理由で辞退させるか」

「辞退させるかって……ま、まさか南極行けなんて言いませんよね?」

「行けよ。なに甘ったれたこと言ってんだ」

「え、ぇぇ、無理ですよ! 両親に怒られます! 僕がフェニックスなのもバレちゃいますって!」


 フェデラーはぶんぶん顔を横に振って全力で拒否。


「おまえの都合なんか知らねえな。誘拐されてたとかカバーストーリー用意すればいいだろ。アメコミでありそうじゃん」

「適当すぎますよ! こ、高校も留年しちゃいますよ! 僕、全然、勉強できないんで、特例処置とかも絶対受けさせてもらえないです!」


 言ってフェデラーはスマホで画像を見せて来る。

 学校の成績表らしく「C-」という文字がたくさんある。

 たぶん恐ろしくこいつ馬鹿だ。


「だったら留年すればいいんじゃないか」

「さっきの発言撤回します、フィンガーマンは恐ろしく非道ですよ!」

「なにを被害者面してやがる。お前のこれまでの罪咎を考えれば、ひとつ年下連中に囲まれて新学期を迎え、肩身の狭いを思いをする程度で済むことを幸せに思え。だってお前、エンパイアステートビル壊してるんだからな」

「なんとしてもその件は僕のせいにしたいんですね……」

「え? なにそれ、本当は俺がやったけど責任なすりつけようとしてるみたいな」


 野郎の胸倉をつかむ。

 ハリネズミさんがポケットから這い出てくると、俺の手首に移動、背中の針をキュピーンっと輝かせ、フェデラーは鼻先へ突きつけられた。


「ほら言えよ。僕がエンパイアステートビルを破壊しましたって」

「こ、これは脅しですよ! こんなことが許されるわけないです!」

「まだちょっと助かろうとするなよ。根性の腐ったやつめ」

「ちーちーちー(訳:もうどうしようもないクズ同志の争いで見てられないちー)」

「まあ、とにかくさ、お前はなんでもする覚悟なんだろう。南極くらい当然行くよなぁ?」

「う、うう……あっ! そうだ! アルコンダンジョンにはギルドに所属しないと挑めないんですよ。いまから入れるギルドなんて見つかりません。よって僕はルール上の都合で南極へは──」

「俺のギルドに入ればいい。メンバー大歓迎だ」

「ぁ、そっか、フィンガーズ・ギルドがあるのか……ぇ、ぇぇと……」

「ほかには。異議があるなら今しか受け付けないぞ」

「僕は、冴えない男なので、フィンガーズ・ギルドにはふさわしくないと思います……」

「大丈夫。安心していい。下は13歳のメスガキから上は60歳超えたじじいまで誰でも入れる。コミュ障の前例もあるぞ。お前は十分に会話が成立する。合格だ」

「……そ、そうですか……えっと、それじゃあ、南極に謹んで同行させていただきます……」


 激しい舌戦の末、冴えないナードを捕獲した。

 どこまで行ってもなんとか自分の被害を抑えようと足掻く意地汚さは、小物感がたっぷりあって実に親近感を覚える。


 これは俺なりの最大限の嫌がらせである。

 フェデラーの罪咎を考えれば、これくらいしても罰はあたるまい。


 嫌がらせを抜きにしてもシンプルに有能な人材ではある。

 人格は陰湿で、自己満足のために他人に迷惑をかけ、コンプレックスの塊で、意地汚いやつだが探索者という面だけ見れば優秀だ。

 ネームバリューもある。USAのAランク第1位だし。


「シマエナガさん、治してあげて」

「ちーちー(訳:仕方ないちー。こんな人間のクズ、野犬の餌にするべきだと思うちー。でも英雄が言うなら助けてやらないこともないちー)」


 シマエナガさんの『冒涜の再生』により野郎の全身の火傷が瞬時に回復した。

 フェデラーはみるみるうちに治癒される自分の身体を見て目を見開いている。


「全回復……? いったいどんな大スキルを?」

「たいしたものじゃない。うちの鳥ならそれくらいは標準だよ」

「ちーちーちー(訳:自分の傷も治せないでフェニックスだなんて片腹痛いちー。明日からアホウドリに名前を改名することをおすすめするちー)」

「ほら、行くぞ、舎弟。お前のせいで夜の観光が台無しだよ」


 俺はフェデラーを連れてハッピーさんたちと合流するために街へ降りた。

 周囲は消防も警察も出動していて、とても騒がしいことになっている。

 

「フェデラー、お前最低だな。この惨状を見ろよ」

「どれだけ言っても世論はRIP.empire@fingermanですからね? 賠償はしますけど、たぶん逃げられませんよ」

「生意気なことを」

「なんで拳を握るんですか!? ひぇ! な、殴らないで!」

「ちーちー(訳:英雄がチンピラ過ぎてすこしフェデラーが可哀想にすら見えて来るの不思議ちーね)」

「きゅっ!(訳:英雄殿は舎弟には厳しいっきゅね! 英雄の資質っきゅ!)」

「ちーちー(訳:同種にだけ強くでるタイプの嫌な大人なだけちー)」

 

 人混みを分けていくとハッピーさんとジウさんを発見した。 

 向こうも俺に気が付いたらしく近づいて来る。

 手にはアイスを持っていて、それをひょいっと差し出して来た。

 

「チョコアイスにしておいたよって、誰そいつ」


 さっそくフェデラーに気が付き、ハッピーさんは怪訝な顔をする。


「フェデラー・ビルディです……」

「フェニックスの中の人ですよ。訳あって別人みたいになってますけど、間違いなくフェニックス。さっき俺を狩ってSランクになろうとしてたやつです」

「……。彼があのフェニックスですか」

「へえ」


 ジウさんもハッピーさんも感心したようにまじまじと眺める。

 フェデラーは居心地悪そうにして、ちらりと伺う。

 どうやらハッピーさんが気になっているらしい。

 わかる。眼が恐いよね。俺も最初そうだった。


「ねえ、フェニックス」

「は、はい」


 ハッピーさんは盛大に中指をたてた。

 フェデラーへ顔をギューッと間近に突きつける。

 蒼く澄んだ瞳に眼をとばされフェデラーはすっかり委縮してしまった。


「あんたごとき赤木じゃなくても余裕だったからね。あたしでも遊んで倒せた。本気出せは2秒でこう。ワンパン。しゅっしゅ」


 言ってシャトーボクシングを繰り出すハッピーさん。

 ハッピーさん、それは雑魚のイキり方だよ。

 そういう事するから小物感が出るのではないでしょうか。


「ちーちー(訳:チンピラばっかで申し訳ないちー)」

「あーっと、とりあえずホテルにチェックインしましょう。ジウさん、フェデラーの部屋も取れますか」

「……。どうにかなるでしょう。ところで彼はついてくるんですか。敵対関係だったのでは」

「仲間にすることにしました。ギルドに入れて南極まで連行します。それで高校を留年させて、家族にも説明難しい感じにさせます。そういう制裁です。金だけで済むとこのクズは思ってるので更生させます」


────────────────────────

 『フィンガーズギルド』 Eランクギルド

 【探索者】

 ・『指男』

   Sランク第11位

 ・『トリガーハッピー』

   JPN Aランク第8位

 ・『ブラッドリー』

   JPN Aランク第6位

 ・『花粉ファイター』

   JPN Aランク第7位

 ・『正義の議員』

   JPN Aランク第9位

 ・『フェニックス』

   USA Aランク第1位

 【事務員】

 ・ドクター

   ダンジョン財団研究者

 ・李娜

   ダンジョン財団研究者

 ・イ・ジウ

   指男付き秘書

 ・修羅道

   ダンジョン財団受付嬢

 ・餓鬼道

   ダンジョン財団エージェント

 ────────────────────────



「……。なるほど。指男さんがそう言うのであれば反対はしません。あと彼の部屋を取れました。同じフロアです」


 流石はジウさん、メッセージをひとつ打つだけで仕事を済ませてしまった。


「えーこいつメンバーになるの?」

「よろしくお願いします……戦力になれるように頑張ります……」

「私はフィンガーズ・ギルドのNo.2だからね? 先輩に逆らったら、こうッ、しちゃうから。身体にわからせちゃうから。わかった? ワンパンだよ? しゅっしゅっ!」


 ハッピーさん絶好調だな。

 もう止まんないや。

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