ウシュアイアへ
2日後。
ジョン・F・ケネディ空港よりアルゼンチン行きの便が飛びたった。
フィンガーズギルドはメンバーをひとり増やして無事に空の旅を再開する。
摩天楼都市ニューヨークでの二日間はあっという間に過ぎさった。
観光名所めぐりと美味い店をまわる日々は慌ただしく、ジウさんのスケジュールで時間を管理されていたため俺に修学旅行を思いださせた。
観光以外にも仕事というかイベントはいくつかあった。
例えばフェニックスとかいうナード野郎の実家へ足を運んで父親──やかましい政治家──を黙らせるために出張ぎぃさんの寄生虫を植え付けたり、長谷川さんが高級レストランへクレームを入れる過激派ヴィーガンを拳で黙らせたり、その事件を処理するためにまたぎぃさんが出張したり、ハッピーさんがフェニックスをわからせると言う名のいじめが発生したり──わりといろいろあったような気がする。
何はともあれニューヨークでの日程は無事に終了した。
だれも逮捕されることなく、指名手配されることもなく。
「それじゃあシマエナガさんにハリネズミさん、外に出て来ちゃだめですからね。機内には獣は持ち込み禁止なんですから。しっかりとポケットに頭を引っ込めておいてくださいよ」
「ちーちーちー(訳:わかってるちー、問題ないちー)」
「きゅっきゅっ(訳:英雄殿はたまに心配性になるっきゅ。安心するっきゅ、我も鳥殿もそこらへんは心得ているっきゅ!)」
搭乗後、いつものやりとりを厄災たちとする。
「ほ、本当です! さっきこれくらいのふっくらしたハリネズミが機内食を漁ってて……!」
「朝食でハーブでもキメたの、キャシー。ハリネズミが機内にいるわけないでしょ」
「信じてください! 確かにこの辺に! きゅきゅって言いながらフィッシュandビーフを両手に掲げてました……!」
「何気に強欲なハリネズミね」
「あと白いふっくらした鳥もいたような気がします! ハリネズミと銀の包みを引っ張り合いしてました! 物陰から見てたらクリッとした瞳を目があって……気が付いたら寝てて……両親に誓って嘘は言ってないです……!」
「はあ……キャシー、あなた疲れてるのよ。やさしい彼氏でも見つけてゆったりとした休日を過ごすといいわ」
搭乗後、3時間後、キャビンアテンダントが会話しているのを聞き、ポケットを上からぎゅーっと押したのは密かなお仕置きである。
「きゅっきゅ!(訳:フェデラーがお腹が空いたってボソっと言ってたっきゅ。可哀想だなーっと思ったっきゅ、だからフィッシュandビーフを拝借しようとしたっきゅ、すこし早いディナーをしても許されるはずっきゅ)」
「ちーちーちー(訳:ちーがいなかったら危うく問題になってたちー、今回はちーの手柄で解決したちー、お手柄だと褒めたたえるちー)」
俺の知らないところでハリネズミさんの善の心が動いてしまってたらしい。
当人は良い事をしたつもりなので怒るに怒れないのが厄介なところ……。
「フェデラー、てめえこの野郎」
「なんで僕に当たるんですか……!?」
「うるせえ、一発行くぞォラ」
「理不尽すぎる……」
機内での出来事としては、またしても奴らクレイジーキッチンギルドとバッティングしたことも挙げられる。ニューヨークへ入る便もニューヨークを出る便も同じ。
目的地が同じなので可能性はあるが、なんとも奇遇な話だ。あと席も隣だった。
「指男、君たちもいたのか」
「こんにちは浅倉さん。奇遇ですね」
「指男よ、再びの邂逅。すべての道はハンバーグに通ずる。これもまたひき肉の思し召し。ウェルダン」
「フライドポテトの寿命は8分と言われているがあれは嘘だぜ。本当の寿命は4分。揚げたての旨味は儚いってことさ。カリっと勉強になったか? つまりそういうことさ、指男」
「ああ、会ってそうそうに世迷言を繰りかえす病気なのですよ。彼らのことは気にしないで。私たちですか? 私たちは師の命により、世界中に散ったクッキング探索者を集めながら南極へ向かっているのですよ。ほら、メンバーが増えているでしょう」
唯一会話が成立するメロンソーダ浅倉が後部座席を示す。
たしかにマッチョの数が増えている気がする。
この筋肉たちみんな料理人かつ探索者だというのか。
Aランクギルド、スケールが違う。
獣隠しと料理人たちとの奇妙な空の旅を終えて、11時間後には俺たちを乗せた飛行機はアルゼンチン首都ブエノスアイレスに到着した。
空港を降り次のフライトまで数時間を市街で潰すことにする。
外は日が傾いていて、街は一日の終わりの雰囲気を纏いつつあった。
アルゼンチンは南アメリカ大陸──ブラジルがある大陸──の下方に位置する広大な国土を誇る国だ。つまり南米。南米と聞くとなんとなく暑そうなイメージを持っていたが、日本より遥かに過ごしやすい気温であった。
「……。次のフライトまでさして時間はありませんが、多少の観光はできます。とりあえず五月広場へ行きましょう。19世紀の建築物に大統領官邸などで有名な名所です」
ジウさんは時間をスマホで確認するなり、さっそく観光大臣の表情になった。
「うわあ……本当にアルゼンチンまで来ちゃった……」
フェデラーは情けない顔で頭を抱える。
「もう諦めろ。お前は指男に捕まったんだ。やつは本気だ。逃げられないぞ」
長谷川さんは笑顔でフェデラーの肩をたたく。
フェデラーはデカくてすぐ拳が出る長谷川さんにもビビっているため「は、はいッ」と上ずった返事をかえした。彼いわく父親とかタイプの違う政治家だと。
「フィンガーマンが結局一番落ち着きます……恐い人多すぎじゃないですか、フィンガーズギルド。マッチョ2名に顔が恐い人2名」
「ジウさんと花粉さんが常識人だから困ったらそこら辺を頼るといい。逆に言えばそのほかの人はあんまり頼りにならないと思うから気を付けろよ」
五月広場を観光しながら俺はフェデラーへ忠告をしておいた。
時間になり俺たちは再び空港へもどり飛行機に乗りこんだ。
乗るのはアルゼンチン南端の町ウシュアイア行きの便である。
通常の客が南極ツアーをする場合お世話になることが多い町で、ウシュアイアからフェリーで南極へ渡ることが可能になっている。なおウシュアイアまで行けば、南極まで残すところ1,000kmほどになり、相当に近づいたことになる。
またしてもマッチョを増やしたクレイジーキッチンギルドといっしょに3時間ほどのフライトを経て俺たちはウシュアイアに到着した。
飛行機を降りると、流石に肌寒さを感じた。
世界地図に言うとずいぶん下の方へ来たので当然ではある。
「わあ、すごい景色ですね」
フェデラーは感動したように声を漏らす。
彼の視線をおえば凄まじい絶景が広がっていた。
ウシュアイアのすぐ近く、手の届きそうな距離に切り立った山がそびえていたのだ。剥き出しの岩肌は深い雪に覆われている。
周囲は暗く闇に覆われているが、澄み渡った星空の明るさが、地上の暗黒を祓い、神秘的な光景を俺たちに見せてくれている。
「……。白き霊峰アンデス山脈です。南アメリカの西側に沿って走る世界最長の山脈のひとつです。ここから見ると雪山ですが、氷河、火山、草原、砂漠、湖や森といった大自然が多様な地形を作り出している」
あっけに取られているとジウペディアさんが解説してくれた。
流石は万能秘書さまだ。頼りになる。
ウシュアイアの空港から寄り道せず港へ向かうと、なにやら黒服サングラスの怪しげな人影が増えて来た。財団っぽい雰囲気が出て来てどこか安心する。
ありえないけどわざわざ長旅してまで、もし誰もウシュアイアで待ってなかったらとか思うと、ちょっと気が滅入るものね。
怪しげな雰囲気の者たちは案の定、ダンジョン財団の職員だったようで身分を確認されたのち、港に泊まっているフェリーに案内された、
フェリーは思っていたものとすこし違った。
否、少し違うというのは、やや遠慮した表現であろう。
正しくはまったく違っていた。
俺が想像したフェリーには厳めしい機関砲はついていないし、武骨な金属装甲で覆われてもいなければ、砲だって装備されてはいないのだから。
そして十何隻も連なって船団をつくったりはしないのだから。
港に溢れかえる重武装重装甲の船団は、誇張なしに艦隊の部類に入るのではなかろうか。
「……。ダンジョン財団が誇るアーマード・フェリーです。南極攻略用のデストロイ級装備を搭載でき、国家正規海軍を相手取っても戦えるフェリーです。もっとも今回の任務ではは近接戦闘用の装備を積んでいるでしょうが」
「それはもうフェリーではないのでは」
「……。フェリーということになっています」
じゃあ、フェリーか。
「……。私たちのフェリーは7番艦ホワイトユニコーン号です。さっそく荷物を積んでしまいましょう。明日の朝には出発ですよ」
スマホを確認すればもう夜9時をまわっていた。
そうそうにフェリーに乗り込むとしよう。
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