ちいさな器とおおきな英雄像

 名もなきビルの屋上で崩れゆくエンパイアステートビルを眺める。


「もっと丈夫につくって欲しかったな……」

「ちーちーちー(訳:なんとなく壊すような気はしてたちー)」

「きゅっ!(訳:流石は英雄殿っきゅ! 豪快に街を破壊して戦いをくりひろげてこそ大英雄って感じっきゅ!)」

「壊してしまったものはしかたないか……しかし、こいつどうするか」


 足元にはフェニックス野郎がのびている。

 なんとなく連れて来たけど、置いてきたほうが面倒なことにならずに済んだか?


(スキルレベルが上昇しました)


 ステータスを確認すると『恐怖症候群Lv10』が『恐怖症候群Lv11』になっていることに気が付いた。


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 『恐怖症候群 Lv11』

 恐怖の伝染を楽しむ者の証。

 他者の恐怖を経験値として獲得できる。

 Lv11では獲得経験値に20.0倍の補正がかかる。

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 そのスキルまだ進化するのかよ。

 っていうか、Lv10の先あったの……?


 ピコココココココンピコピコン!


 この音は連続レベルアップの音?


 ────────────────────

 赤木英雄

 レベル340

 HP 4,424,014/5,860,000

 MP 1,076,000/1,174,000


 スキル

 『フィンガースナップ Lv9』

 『恐怖症候群 Lv11』

 『一撃 Lv10』

 『鋼の精神』

 『確率の時間 コイン Lv2』

 『スーパーメタル特攻 Lv8』

 『蒼い胎動 Lv6』

 『黒沼の断絶者』

 『超捕獲家 Lv4』

 『最後まで共に』

 『銀の盾 Lv9』

 『活人剣 Lv7』

 『召喚術──深淵の石像Lv7』

 『二連斬り Lv7』

 『突き Lv7』

 『ガード Lv6』

 『斬撃 Lv6』

 『受け流し Lv6』

 『次元斬』

 『病名:経験値』


 装備品

 『クトルニアの指輪』G6

 『アドルフェンの聖骸布 Lv6』G5

 『蒼い血 Lv8』G5

 『選ばれし者の証 Lv6』G5

 『メタルトラップルーム Lv4』G5

 『迷宮の攻略家』G4

 『血塗れの同志』G4


──────────────────── 

 

 HPは144万上昇、MPは約10万上昇といったところか。

 上昇幅がとんでもないことになっている。これどこまで行くつもりだ……?


 しかし、なぜいまレベルアップが……フェニックス野郎をぶっ殺したわけじゃないのに……。

 ん、待てよ、恐怖の高まりを感じる。


「きゅっきゅっ(訳:SNSが凄い事になっていると思うっきゅ)」

 

 言われるままにダンジョンSNSを確認すると、崩壊するエンパイアステートビルの映像がさまざまな角度から撮影され投稿されまくっていた。

 トレンドも「やっぱりやった指男」「RIP Empire」「いつもの」「破壊神」と不届きなるキーワードで埋め尽くされている。

 俺とフェニックスの乱闘は大手メディアによってLive中継されていたらしく、世紀の大事件はばっちりカメラに収められていた。


 SNSの拡散能力により指男の恐るべき所業が人々に畏れを伝染させているというのか。エンパイアステートビルは俺の経験値となったのだ。


「もしかして世界的に有名な建築物を壊してまわれば恐怖症候群は加速するんじゃ……」

「ちーちーちー!(訳:英雄戻ってくるちー! そっちは暗黒面ちー! そんなレベリング前代未聞すぎて許されないちー! 人の道を踏み外してはいけないちー!)」


 はっ……危ないところだった。

 いま一瞬ダークサイドに引き込まれそうになった。

 恐怖症候群は本当に危険んだ。

 俺はそっとスマホを閉じる。

 見なかったことにしよう。

 

「こら、てめえ、起きろ、この野郎」

「ちーちーちー!(訳:起きるちー!)」

「きゅっきゅっ(訳:敗者インタビューっきゅ! いまどんなきもちっきゅ!)」


 胸倉をつかんでフェニックスを起き上がらせると、おかしなことに気が付いた。

 こいつ、体が縮んでいる。

 顔も変わった。

 よく見ればところどころ似ているような気はするが、髪はぼさっとし、顔はそばかすだらけで自信なさげな表情に。

 全体的にどんくさそうな印象が120%増した。

 だけど親近感を抱く雰囲気だ。まるでかつての俺。


「う、ぅぅ、ここは……? 僕は、負けたのか……?」

「お前だれだよ」

「ぁ……フィンガーマン……っ、す、すす、すみません、殺さないでください……ッ、お願いします、ごめんな、さ、さい!」

 

 口調がめちゃ弱気になっている。

 二重人格みたいだ。


「どっちが本当のお前だ」

「どっちて言われても、その、えっと、いろいろと事情があって……っ」

「それじゃあ全部わかるように、そのいろいろってやつを聞かせてもらおうか」


 フェニックスは震えながら皆に隠しているという秘密を俺に打ち明けた。

 本名はフェデラー・ビルディ、ニューヨーク在住ニューヨーク市内の高校に通う学生、苦手な物は勉強・運動・社交、得意なのは探索者活動──などなど。

 えらく素直に質問に答えてくれた。俺に殺されると思っているのだろうか。


「僕にはこれしかない……探索者として特別であるしかないんです」


 探索者としての才能しか取り柄がない、か。

 俺と同じじゃないか。


 俺も大概、探索者としての能力しかない。

 勉強は嫌いだし、運動もできなかった。

 恋愛は語るまでもなく、友達すらまともにいない。


 フェデラーも明らかに俺とおなじ側の人種だ。

 

「ここは僕の場所なんです……ここしかない、ここでしか特別になれない……」

「ちーちーちー(訳:憐れな男ちー)」

「きゅっきゅっ(訳:一度、名誉という蜜を味わえば、その甘みを忘れることはできないっきゅ。堕落した英雄は何を犠牲にしてでも蜜をすすり続けようとするものっきゅ)」


 フェデラーがぼそぼそと俺を襲った動機を話し、言い訳を重ねているのを聞いていると、その情けなさと弱さに自分を重ねて見ずにはいられなかった。

 俺も高校生だったら同じようにしたかもしれない……そう思わせる程度には、こいつひどく情けない。


 自分のフィールドでだけは幅を利かせようとコンプレックスの塊になって、必死に他人に認められようと承認欲求の怪物になりさがる。

 フェデラーの場合は、フェニックスというキャラクターと本人が別として認識されていたせいで、フェニックス状態なら何しても責任はフェニックスに被せられるという、本当の自分は安全圏にいるような思い込みがあったのかもしれない。


 フェデラーはエリートな家に産まれたらしい。

 優秀な家族がいて自分だけ劣っていれば、そう言う事にもなりえる。

 俺の場合は家庭は平凡だった。

 兄妹に関しては俺が一番出来が良いまであったから劣等感を覚えたことはない。


「それで、普段は正体を隠すスーパーヒーローになって市民を救ってたと」

「そんなんじゃない……僕は、ただ自分が気持ちよくなりたいようにやってるだけなんです……探索者として強くなったから一般人には絶対負けないってわかったから、だから悪い奴だったらどんなに暴力振るっても世間が許してくれるから、暴力振るっても許される弱いやつら見つけて普段の鬱憤を晴らしてただけなんです……そしたら、上流階級に多い反超人派へのカウンターとして祭り上げられて、それに便乗したらいつのまにかヒーロー扱いされてて……本当はとてもヒーローなんて器じゃないんです、僕も、フェニックスも」


 本人は否定的だが、実際のところは評価に困るやつだ。

 ネットで調べた感じ、普段はニューヨークの空を飛び回って迷惑な連中をぶん殴ってまわっているらしい。酔っぱらい、通り魔、銃乱射、強姦、薬物取引そのほかいろいろ。犯罪大国アメリカではフェデラーのうちに眠る犯罪者をボコしたい欲求を満たすに場に困らなかったようだ。

 たまに探索者へ喧嘩をふっかけてランキングもあげていたが、どちらかと言うと前者の私刑を下すヒーロー活動がメインのようである。

 活動の際、わりと建物を破壊して被害を出しているが、積み上げた善行があるから打ち消し合って、結果なんだかんだ許されているらしい。


 こいつは俺に似ている。

 

「お前が気持ちよくなったことで救われたやつもいるんだろう。迷惑もかけてるが、プラスのほうがそれでも多いからみんなお前に期待してる。救った物の数を数えるべきじゃないか」

「フィンガーマン……あなたは思ったより優しい人ですね……」

「常識的なだけだ」

「もしかしてこのまま僕のやったことを許してくれたりします?」

「この期に及んでなんとか助かろうとする浅ましい姿勢、嫌いじゃない。だが俺はそんな浅ましい腐った根性を見逃すほど甘くない。フェデラーって言ったっけ。どうするんだよ。ビル崩れちゃっただろうが」

「え、あれはフィンガーマンのパンチで崩れたんじゃ……」

「よく聞こえないな。んだよ、もう一発ぶん殴るぞ」

「す、すみません、何も言ってないです」

「ちーちー(訳:最悪の言論統制ちー)」

「た、たくさん人が死にましたよね」

「お前だけならな」

「どういうことですか……?」

「俺がいる。だから誰も死んでない」

「?」


 我が元祖相棒ブチの幸福値を見やればおおきく数字が減退している。

 

───────────────────

『選ばれし者の証 Lv6』

幸運値 1,200/10,000

【イイコトメニュー】

10 ちょっと良い事

50 すごくイイコト

100 死の回避

1,000 ラッキースケベ

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 ざっと4,000ポイントくらい減ってる。

 使った記憶はないので、たぶん本来なら死んでいるor怪我している人々が助かったことに使われているのだろうと勝手に納得する。


「そういう能力だとでも思えばいい。俺は街に被害をだすが死人は出したことがない」

「す、すごい、そんなことが……」

「でも、賠償責任から逃れたこともない。ヤった分からは逃げられない。あのビルも同様だ」

「しっかり払わせていただきます……」

「話のわかる奴じゃないか」

「殺されていないだけで満足なのに、僕の殺人罪も回避させてもらったので……お金払って済むならこんな嬉しいことないですよ」


 言われてみればそうだな。

 この自己中ノンモラル野郎には反省が足りないかもしれない。

 金持ちってやつは金さえ払えばなんでも許されると思ってるからな! え?

 

 俺に喧嘩を吹っかけてきていて、負けたから「すみません」とだけ謝って、はい、どうぞと許してやるほど俺は優しくないのだよ。


「さてどうやって支払ってもらおうか」

「え、び、ビルなら僕が賠償しますよ?」

「ビルはお前が勝手に壊したんだ。もう関係ない。俺が言ってるのは喧嘩に勝った報酬のことだよ」

「ストリートファイトに報酬ってありますかね……」

「ジャパンじゃ喧嘩に勝つと相手の生殺与奪の権利をもらえる。負けた方は切腹するのが常識だ」

「ジャパンの喧嘩がそんなに苛烈だったなんて!」

「さて切腹のやり方を教えようか」

「い、命だけは! す、すみません、許して下さい、なんでもしますから!」

「ん? いまなんでもって……」


 こいつはどこまで誠意を見せれるのだろうか。

 試してみよう。

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