臨界点突破

 フェデラーは指男のやる気のなさに気づいてしまった。

 本気で倒そうという意思が感じられなかった。


 否、最初から気が付いてはいた。

 相手にされていないことは。


 Sランク探索者が強いことなんて知っていた。

 フェデラーはとてつもない天才であるが、指男がそれを上回るセンスを持っていることは残酷なまでに時間が証明していた。


 フェデラーは4年かけてトップにたどり着き、指男は7カ月という前人未到の速さでトップに、否、トップを越えていった。規格外でない訳がない。わかっていた。

 フェデラーがSランクになれず指男がSランクなことにはなにか理由があるのだとも、当然、察している。


 だからこそ、その気にさせてやろうとより一層思ったのだ。 

 もちろん、最初は「案外勝てるのでは」という自信はあったが。

 刃を止められたあたりから、戦いは指男との距離を知るためのものに変わった。


 そしていま戦いは二転した。

 距離を測る戦いから、誇りを守る戦いへと。


 余裕に振舞う綺麗な顔に焦りを少しでも描いてやらねば帰れない。

 フェデラーが積み上げたすべての誇りを侮辱した怒りを示さねばいけなかった。


 そうでなくては、なんのための人生か。

 フェデラーには”最強の探索者”という称号しかないというのに。


 熱刃が力のかぎり押しこまれる。

 異質な銀肌は弾性と硬性をもっていた。

 どれだけ力を込めても傷すらつかない。

 指男の噂にはない能力であった。同時に想像を絶する完全能力であった。


(指男は攻撃力に優れた探索者というのが通説であったが、イメージを塗り替えるほどの堅牢さだな……ッ)


 フェデラーも自分の攻撃力に絶対の自信を持つ探索者だ。

 火属性100%の属性攻撃は、一般的な物理防御スキルならば貫通させてしまう。

 特殊な属性攻撃、一撃ごとの威力も十分、手数もある、変幻自在の炎と、その炎を硬質化させる曲芸じみたスキルで技の工夫もできる。

 攻撃能力の高さこそアイデンティティである彼にとって、銀の盾をまえに何もできないことは由々しき事態であった。


 なによりも許しがたいのは彼の態度だ。


(なんだよ、その眼は。なんなんだよ、さっきから。全然、反撃してこねえ、低威力の魔法銃なんぜ使ってくるだの、ふざけんな。オレなんて真面目に相手するまでもねえっていうのかよ)


 彼が弱者のために手を抜くことはあっても、その逆はあってはならない。

 手加減されることは、この上ない愚弄であった。

 

「オレを怒らせたな、フィンガーマン」


 フェデラーは言って、熱刃を自分の首にあてる。

 押し込んで引いてザクっと斬った。


「ぐう、ウあぁアアア!」


 熱い血潮が激しく噴きだす。

 フェデラーは刃を動かすつづけ、さらに傷口を広げる。

 指男は目を丸くする。


「メンヘラ男の類だったか……シマエナガさん、治癒を。あのままじゃ死ぬ」


 白い翼が死に絶える命へ救いの手を伸ばす。


「ちーちー(訳:仕方ないちー。自決するなんて意味がわからな、熱っちー!?)」


 燃え盛る輝く炎が白い翼を拒絶するかのように激しく放たれた。

 指男は棒立ちで「おお」と、物凄い勢いで顔をたたいてくる熱波に感嘆する。


 輝く炎からフェデラーが出て来る。

 半ば焼き斬れそうだった首に傷はない。

 強い意志が燃える瞳に宿っている。

 自決をしようとしていたとは思えない。


 全身が眩いほどの炎のオーラに包まれている。

 これまでとは比にならない濃度だ。

 背中のオーラは最もおおきく増加しており、翼のような形状に発達していた。

 

「フェニックスとは死から蘇るたびに強くなる伝説の生物の名だ。生命保険Insuranceは捨てた。お前に本当のフェニックスを見せてやる」


 フェデラーはわずかに腰を落とし、足首まで埋めるほど強く床を踏み切った。

 踏みしめた反動で足元が燃え上がり、蒸発、振れるだけで物質を気化させる熱量が無造作に巻き散らされる。


(ウルティメイト・ヒートライト──燃える炎が巡る血を沸騰させ、オレの全身体機能を強化する)


 激しさを増す燃炎が展望室を焼き尽くした。

 指男は視界がふさがれると同時に胸を強力に打たれた。

 数段速くなったフェデラーの高速掌底だ。


(スコーチ)


 掌底をくっつけたままさらなる放射熱線がゼロ距離から焼く。

 指男は炎にぶっ叩かれ展望室から外へはじき出された。


 火に包まれ中空を飛んでいく。


 ちらりと周囲を見やると、ビルの外も様相が一変していた。

 星空と夜の下にそびえるエンパイアステートビルの周囲に、炎の雲海がひろがっていたのだ。

 灼熱の流体がビル全体を炎上させて、大惨事を引き起こし、地上では人々が逃げ惑い、さならがら映画の一幕のような光景だ。


 スキル『ウルティメイト・ヒートライト』はフェデラーの最大の武器だ。

 瀕死から再生するとともに、ステータスを倍にして戦線復帰し、周囲の炎の嵐を呼ぶことで圧倒的に優位に立ち敵を完膚なきまでにわからせる奥義だ。

 天が新しい命へ祝福を与えるかのように見えるそれは一部では神聖視されており、彼がフェニックスと呼ばれる所以でもある。


「熱いだろ苦しいだろ喉が焼けるだろう」


 スマホが鳴る。

 中空に浮遊する指男のポケットからだった。

 指男はコールに出ると「ハッピーさんなんです? え? アイスの味? なんでもいいですよ、あとでかけ直して。いま戦闘中です。チョコかイチゴ」と電話の向こうへ落下しながら答える。

 指男の律儀さはフェデラーをさらなる怒りへ導くには十分すぎた。


「電話に出てんじゃねえ!」


 天翔ける炎の彗星が急接近。

 指男を中空に浮かせたまま、炎で生成した脚撃でスマホを破壊。

 自分だけ飛行能力を有していることをこれ幸いとばかりに、縦横無尽に夜空を駆け抜け、勢いをつけて天地上下あらゆる方向から硬質化させた炎翼の殴打を浴びせた。


「もうお前には何もさせない。何もさせずに完璧に勝つ」


 フェデラーは燃える炎から4羽の鳥を呼び出した。

 いまだ宙を彷徨わされている指男へ、地獄のギフトを贈るのだ。


 炎の尾をなびかせて4つの軌跡がホーミングして飛来する。

 着弾と同時に指男の身体にまとわりつき、おおきな翼で包み込む。

 光がキィィィィッ! っと圧縮されていき、ニューヨークの夜空に大火球が出現した。


 夜空が昼間のような明るさになる。

 スキル『召喚術──ミニ・フェニックス』により呼び出される炎の不死鳥たちは、転生の瞬間に大爆発を起こして、敵を道連れにする自爆性能を持つ。

 フェデラーは意図的に爆発させることで命中率100%の高火力スキルとして転用しているのだ。


(ヒートライト状態でフレイムとエタニティを掛けたあとのミニ・フェニックス4羽、単純なATKなら2,000万は下らない。普通なら十分すぎるフィニッシャーだが、まだ、まだ終わらねえ)

 

 黒煙からこぼれるように落下しはじめた指男を見るなり、炎の彗星がつっこんだ。

 

(火力全開、自分のHPとMPを一気に燃焼して生物の限界を超えてやる)


 ウルティメイト・ヒートライト──臨界点突破Beyond

 フェデラーの最終攻撃形態だ。

 身体をつつむ炎はいまだかつてない輝きを放ち、恒星のごとく夜の摩天楼都市を照らしだす。

 

 空を飛翔する速度はさらに増し、筋力も反応速度も、もはや超人でさえたどり着けない領域に到達する。その負担はおおきく、一度燃え出せば燃え尽きるまで止められず、己の寿命すら削る最終奥義だ。


 夜空に赤い輝線が流れ星のように描かれる。

 指男はフェデラーのすさまじい飛行性能に目を丸くし「ぉ」と声を漏らす。


 指男へ下方からすくあげるように炎の彗星がつっこみ溶断斬撃が叩きこまれる。

 熱放射で加速された刃が、重たく、鋭く、正確に。

 全方位から。容赦なく、絶え間なく。

 

「燃え尽きようぜ、フィンガーマン」


 全身滅多打ちにしながら夜空へ舞いあがっていく。

 フェデラーは合計27回の焼き斬る刀をあびせると、火炎の鳥足で指男を雑に鷲掴みにし、遥か上空へバビュンっと放り上げ、先回りし踵落としを喰らわせる。

 エンパイアステートビルのてっぺんに叩きつけ、そこへ炎弾を連射、遠距離から火力を集中させる。

 炎の嵐のなかでは炎属性ATKに補正が働き、さらに臨界点突破Beyond状態では、毎秒3発放たれる炎弾の威力は100万ATKをくだらない。

 いっぱついっぱつが大爆発を巻き起こし、命中するたびにエンパイアステートビルの標高が低くなっていき、建物全体が軋み、すべての階層のガラスが砕け散る。

 

 フェデラーはこれでもかと言うほど連射すると、天空へ舞い上がり、燃え盛る太刀となった愛刀を大きくふりかぶった。トドメは己が手で確実に刺すつもりだ。


 天より炎の軌跡を描いて高速落下。

 恒星に匹敵する超高温の太刀が指男を叩き斬らんとする。

 濃密な煙が舞うなかへ、勢いを殺さず刃がたたきつけられた。

 その時だった。塵煙のなかから指男が飛びだした。

 極熱の溶刃を手のひらで掴みとり──そして、そのまま捻り潰した。


「……ぁ?」


 刹那の出来事であった。


 例えば食パンを思い切り握ったらどうなるだろう。

 柔らかい生地の形状がたやすく変形することは想像に難くない。


 指男はそれを硬質の金属でやってみせた。

 瞬きすらできない時間の隙間で、魔法剣の刀身を握ってちぎり捨てたのだ。

 フェデラーは理解が追い付かない。


 他方、指男は次の行動へ移っていた。

 高速で降ってくるフェデラーと滑らかに身をかえして位置関係をいれかえる。

 そして拳を握りしめ、隙だらけの後頭部へ力一杯に拳をたたきつけた。


「俺はそこまで大人じゃないぞ」


 これまで好き勝手に散々やられたストレスが指男に拳をふりぬかせた。

 さんざん攻撃されて一発も殴り返さないほど彼は優しくないのだ。

 

 だからだろう。

 指男はあまりにも力強く殴りすぎた。

 天文学的腕力を誇る彼がそんなことをすれば拳圧だけで大惨事を巻き起こす。

 悲劇だったのは、それがエンパイアステートビルを頂上から真下へふりおろすように放たれたパンチであったということ。


 指男の拳はフェデラーの後頭部を刺し、擦り減った屋上へ強力に激突させた。

 インパクトの直後、波動が屋上から全102階を貫通するように駆け巡った。

 まさしく砂の城がごとく歴史的建築が垂直にズザーっと崩壊していく。


「あっ」


 気が付いた頃には時すでに遅し。

 エンパイアステートビル、死亡。

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