USA Aランク第1位『フェニックス』フェデラー・ビルディ

 ビルディ家は米国でもっとも才能ある家系として世界的に有名である。

 家系図に名を連ねる者のなかには大企業のCEOから弁護士、医者、政治家、そのほか優秀な者たちが多数存在する。正しくエリート集団であると言える。


 当代のビルディ家もまた大富豪であり、子息子女兄皆が名門校へ進学していて、いずれ国を世界を動かすことになる者ばかりだ。

 そんなどこへ出しても恥ずかしくないビルディ兄妹のなかで、最も異端的な青年こそフェデラー・ビルディである。


 彼ほど劣った能力で、地味な容姿で、とりたてた才能もない者はビルディ家には存在しなかった。

 取り柄がない彼は、両親から愛されず、兄妹からも馬鹿にされて生きて来た。


 ビルディ家の落ちこぼれは「問題だけは起こさないで」と常々言われてきた。

 成功しなくていい。だから失敗するな。フェデラーに課せられた使命だ。


 彼に転機が訪れたのは13歳の昼下がり、スクールバスを降りて帰宅すると、たまたま郵便を配達員とばったり出会ったことだった。

 配達員がもってきた怪しげな封筒はオカルティックで怪しげな国際的組織『ダンジョン財団』からのものだった。


 封筒はフェデラー・ビルディへ宛てたもので、彼をダンジョンを攻略する探索者へ誘う招待状であった。

 親にも兄妹にも内緒で探索者として静かなキャリアをスタートさせた彼は、目立たぬよう活動をしはじめ、そして才能を発見した。


 レベルアップにより視力は向上し、背は伸び、身体能力は進化、顔立ちも生物的に優れた形状となった。日々変わっていくフェデラーは、理想のナイスガイへに近づいたが、どういう訳かその状態でいれるのはスキルの力で己を強化した時だけだった。

 

 なぜなのかフェデラーにはわからなかった。

 

 ダンジョンでの日々はフェデラーにとって唯一の自己表現の場になっていった。

 フェデラーは学校の成績を右肩さがりでさげながらもダンジョンに没頭にした。

 ダンジョンにいつだって呼ばれているような気がしていた。

 はやく、はやく戻らないと。焦燥感に駆られるうに潜り続けた。


 今日の米国探索者ランクのトップ・オブ・トップに君臨する若き天才は、若干16歳にしてAランク探索者のひとりに数えられるようになった。


 フェデラーはこの頃になると自分を静かな眼で俯瞰できるようになっていた。

 探索者でいる時だけなのだ。探索者でいる時だけ、自信を持てるのだ。

 兄妹への劣等感、自分だけ劣っていことへの不安、両親からそうそうに見放された屈辱、そういったものがすべて混ぜこぜになってフェデラーを圧迫する。


 だから彼は猛烈であった。

 一番になることに。探索者というフィールドでだけは負けるわけにはいかない。

 ここでしか自分は息は出来ないのだ。


 産まれたからには特別にならないといけない。

 高度な情報化社会の恩恵で、いまの若者は素晴らしい才能を知ることができる。

 SNSを開けばそこには天才ばかりがいる。

 特別な人間で世界は溢れかえっている。


 だからこそフェデラーは、現代に生きる多くの若者とおなじように”何者か”になろうとした。誰かに自分を認めてもらいたいという強烈な渇望を抱いていた。


(特別じゃないと意味ないんだ、特別にならないと!)


 彼は自らの正体を明かし、最高の才能を証明したかった。

 だが、それは許されないことだった。

 ビルディ家の家長である父親は政治家だった。

 それもダンジョン財団の敵とも呼べる政治家だ。

 昔からダンジョン財団の不透明なあり方について問題定義をし、探索者という危険な民間人を野放しにしておくことに猛烈に反対する過激な思想集団から支持を受けることで地位を確立してきた。

 つまり反超人派の政治家である。

 「危険な能力を有する探索者は全員捕まえて収容施設にいれてしまえ!」──と、主張する勢力の有力者なのだ。

 

 ちいさな頃から親の言葉に従って来たフェデラーは、父親の立場を危うくし、逆らうようなことはできなかった。何より家族により軽蔑されることが恐かった。


 フェデラーは励み続けた。人気者であり続けるために。

 自分のために。自分の才能の範疇では一番になれるように。

 ランキングという誰にでもわかりやすい指標を手に入れるため上位のランカーへ片っ端から挑むようになった。

 ランクがあがるたびにSNSでみんなに注目された。

 トレンドにあがって、メディアでも注目された。

 金もたくさん手に入り、散財して写真をアップすればみんながコメントを残してくれた。


 抜きんでた才能もあいまって、みるみるうちに彼は力をつけ、17歳の誕生日にはAランク第1位になっていた。

 フェデラーは特別になったのだ。

 

 てっぺんに到達して数カ月。

 フェデラーはいくつかの会社を興して潤沢な資金を動かし、ビルディ家から経済的に独立して正体を隠しとおすことに成功していた。

 スキル使用時には変身できるためメディアにも当然バレてはいない。

 SNSでもフォロワーは増加する一方。

 すべてが順調であった。

 

 しかし、虚無期間を迎えていた。

 上に上り詰めてあとはどこへ行けばいいのかわからなかった。

 目標を失ってしまったのだ。


 同時に目障りなやつが台頭してきた。

 フィンガーマンとかいう謎の探索者だ。

 フェデラーのファンは強く望んでいた。

 都市伝説との怪人との一騎打ちを。

 そんなこと言われてもフェデラーは困ってしまう。

 どこにいるのか知らないし、どんな奴なのかも不明だ。

 それに倒したところでJPNのランカーではあまり意味はなく、ましてやフェデラーのほうがランキングも高いのだから。


「フィンガーマンがニューヨークまで挑戦しに来たらぶっ潰す」


 そういうことで場をおさめた。

 だというのに、まさか本当に指男がニューヨークに来るなんて。


 指男がタイムズスクエアの写真をアップした直後からPhoenixのダイレクトメッセージに「フィンガーマンと戦わないの?」「逃げるの?」「フェニックスださ」「恐がってるの」と煽るメッセージが1時間で300件以上届いた。

 直近の投稿のコメント欄も騒がしくなり、フェデラーが学校に通っている間に、勝手に「フェニックスvsフィンガーマン」の構図はできあがっていた。


 フェデラーに逃げる選択肢などなかった。


 だからニューヨーク中を探しまわった。

 しかし、足跡を追う事は出来なかった。

 もうニューヨークにはいないのかもしれない。

 とっくにいなくなっているのかも。

 諦めかけたその時、指男はSNSを更新した。

 ニューヨークのランドマーク、エンパイアステートビルにいると言う。

 奇しくもフェデラーが張り込んでいた場所であった。


「まさかSランクになってるなんてな」

「そのためにニューヨークに来たんだ」

「なるほどな、確かにブラックハウスはニューヨークにある。ジョセフ総帥に会ったってわけだ」


 素早くメディアに情報をリークし、報道陣へ餌を撒いておく。

 USA Aランク第1位『フェニックス』VS Sランク第11位『指男』

 普通ならまず起こりえない探索者どうしの戦い。

 まったくもってダンジョン攻略には無意味であるが、人間はこういうイベントが大好きだ。

 振り回された分、しっかりと世紀の一戦は必ず盛り上げる。


(オレが勝つ瞬間をあらゆるメディアで画面の向こうに届ける)

 

「フェニックスと言ったか。俺は美人と可愛い子にはやさしいが、野郎には気遣いをできない人間なんだ。特に一身上の都合から高校生でAランク第1位にのぼりつめ、女の子にモテモテであろう人生薔薇色主人公野郎は大変に気に食わない」


 指男はいってサングラスの位置を中指で直す。

 周囲には人はいない。ふたりだけ。皆、避難済みだ。


「だからもしかしたらお前を殺してしまうかもしれない」

「はは、安心するといいぜ、実はオレは不死身なんだ。死んだことがない」

「これはジョークじゃないぞ、高校生。俺は本気で言ってる。本気でこんな場所で戦おうとしているのかって。このビル壊したらいったいいくらすると思って──」


 短く息が吐き捨てられ、床が踏み切られる。

 猛き炎が明るく燃えあがり、影が移動する。フェデラーだ。

 掌には優しい炎が揺れている。

 身体の一部が炎に溶けたかのような不定形な炎だ。

 揺れる炎は一変、眼の錯覚かのように、ビシっと”硬く固まった”。


炎鉄装紅CrimsonArts


 影が火の粉をビシャっと散らして消える。

 指男の背後へ移動、硬質化された炎の拳が指男を打つ。

 止められた。指男はわずかに背後を見やり、腕を背中にまわして受け止めた。


「しっかり見てるじゃないか、フィンガーマン」


 指男は黙したまま、掴んだ拳をぶんまわしひらけたほうへ放り投げる。

 中空で姿勢を整え、飛ぶ鳥のごとく優雅に着地。


 フェデラーはパーカーをサッと払って翻し、腰裏へ手を伸ばす。ベルトに雑に挟まっているのは柄である。刃が根元から折れたような剣柄だ。

 握られた瞬間、柄から炎が吹きだし、それは赤熱するブレードに変化する。

 高温ゆえ周囲の空気を揺らがせるそれは、彼だけに許された特製魔法剣だ。

 

「いい武器だ。何がいいか教えてやろうか。カッコイイ」

「見る目があるな、フィンガーマン。ヒートカタナって言うんだぜ」

「名前は絶望的だ」

「クールって言うんだよ。失礼な大人だな」

 

 フェデラーは機嫌を悪くし、愛刀を手にザっと駆けだす。

 横薙ぎの第一刀。のけぞって躱す指男。

 のけぞりながら回転を加えた蹴りが飛んでくる。


炎鉄装紅CrimsonArts


 再び炎を硬質化させた。

 指男の蹴りが命中。


「んだ、こんなもん──」


 余裕をかまそうとした直後、グイっと足が押し込まれた。

 接着してから押す。そういう配慮である。

 しかしながら十分強力な反撃であった。


 フェデラーは展望室の南側から、真ん中の壁を貫通して、北側へ吹っ飛ばされた。

 丈夫な窓ガラスに背中からぶつかって大きな亀裂をつくって止まった。


「踏ん張りが甘かったか……おっと」


 ふらっと立ち眩みが襲った。

 

(効かされてる? このオレが?)


「まだやるか、高校生」


 指男は展望室をぐるっとまわりこんで歩いてやってくる。


「おいおい、笑えないジョークだぜ、指男。ただの一発ラッキーパンチが入ったくらいでタオルを投げるセコンドがどこにいるんだ」

 

 火の粉散らし再びフェデラーの姿が消える。

 高速でくりだされる膝蹴りを指男は眼前で受け止める。

 ガヂンッ。炎鉄装紅と銀の盾の手のひらが衝突。火花が散る。


 流れるようにくりだされる剣舞の連続。

 余人では視認することすらかなわない速度で繋がれるソレを、指男は躱し、躱し、7刀目にして、銀の手で刃をバジンっと掴んで止めた。

 

「ッ!」


 刃を掴まれるという経験がはじめてのフェデラーは唖然としてしまう。


(嘘だろ、ヒートカタナの表面温度は6,000℃だぞ)


 想像を超える指男の耐久性。

 まるで想定外だが、天才は適応してみせる。

 素早くMP供給を断ち、ヒートカタナを構築する己の刃を不定形に変化させ、指男に捕まれた刃を揺れる炎のごとく消失させた。


(太陽を掴まれた? なんて野郎だ、本気シリアスでいくか──『ヒートビートLv6』)


 身体をつつむ炎のオーラが増した。

 得物の刃も激しさを増し、足元のカーペットは炎上し、熱波が放たれ、周囲のテーブルもチェアもグワッと一気に押しのけられる。

 体温は急激に上昇、燃え尽きるほどのビートが身体能力の上限を取り払う。


「ついてこれるか、フィンガーマン」


 炎の姿が残像を残して移動。

 指男を足払いしてふわっと浮かせると、膝蹴りで天井へ打ち上げた。

 天井に勢いよくぶつかる指男。その足をフェデラーは掴んで今度は床にたたきつけると、ボールのようにバウンドした指男の腹へ燃える掌が叩きつけた。


(『スコーチLv6』)


 掌からいっきに熱波動が放射された。

 スコーチは本来、肉の表面をこんがり焼く程度のスキルである。

 しかし、フェデラーのものは威力が違う。

 複数スキルでバックアップすることで、軽く撫でられただけで周囲もろとも蒸発させる広範囲高火力スキルへと進化を果たしていた。


 爆炎がエンパイアステートビルの展望室すべてを襲う。

 窓を内側から破裂させるように粉砕し、地上に割れたガラスの雨を降らせた。


(手ごたえが浅い。踏ん張ったのか。硬すぎやしないか)

 

 ズバババン!

 銃声が炎を破って響き渡った。

 フェデラーは飛翔する銃弾を愛刀でいともたやすく溶断する。


(魔法銃だと?)


 真っ赤な視界のむこう。

 指男は銃で発砲してきていた。

 フェデラーはかるくいなして接近、熱刃が魔法銃を切断した。


「あぁ、俺の銃」

「そんなおもちゃでどうにかなる訳ねえだろ」


 振り抜かれる熱刃。

 指男の胴体をぶっ叩く。


(っ、まずい、殺しちまったか?)


 一瞬焦ったが、指男の防御を突破できず、彼はビルの外へふっとばされていた。

 ビル外を飛行している報道ヘリのほうへふっ飛んでいき、指男はちらっと首を動かしてヘリの存在に気づくなり、くるっと身を翻して両足で着地、勢いを相殺した。

 

「ふわあああ!?」

「ふぃ、フィンガーマンだ! 撮れ撮れっ!」


 報道陣が慌ててカメラを向ける。


「ちーちー!(訳:写真は事務所をとおすちー!!)」

「きゅっきゅっ!!(訳:見よ人民よ、この高塔の破壊こそ我が盟友の激しき武勇っきゅ!! これ全部、英雄殿の手柄っきゅ!)」

「う、うわああ、なんだこの鳥と小動物は!? 邪魔だよ、大スクープが撮れないじゃないか!」


 指男はヘリを足場に跳躍、大炎上するエンパイアステートビル展望室へ戻る。


「ぬかったな」


 着地の直後、熱刃が叩き下ろされる。

 完璧なタイミング。完璧に死角。

 ヒートカタナは指男の後頭部から、首裏をとらえ、渾身の力で振り下ろされた。


 ガヂンッ!

 ヒートカタナの超高温を誇る熱刃は、首裏で止められていた。蒼く胎動する血管が浮いた銀色の素肌によって。


「なんでだよ……んで、攻撃が通らねえ、ありえねえ、ありえる訳が……!」

「満足したか、高校生」

「ふざけんな……」

「?」

「なんだその道端のハトを眺めるみてえに冷めた目は。舐めるんじゃあねえ、お前までオレを見下すのか……ここはオレの場所なのに……ッ」


 指男の低温の眼差しがフェデラーのなかのナニカをプツンっとキレさせた。

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