ニューヨークにフィンガーマンがやって来た!
フェデラー・ビルディは才能あふれる若き探索者である。
普段はニューヨーク某所にあるハイスクールに通う平凡な高校生であるが、ひとたび東海岸にダンジョンが現れれば、姿を変え、最強の探索者『フェニックス』となって、たちまちダンジョンを攻略へ導いてしまう実力を持つ。
訳あって誰もフェニックス=フェデラー・ビルディとは認識していない。
意図してフェデラーが正体を明かしていないのだ。
それがヒーローの振る舞いというものだと彼自身思っていたし、なによりも家庭の事情があった。彼の家はとてもフェデラーが探索者になることを喜んでくれるようなものではなかったからだ。
今日もフェデラーは正体を隠しながら、退屈な世界史の授業を受けていた。
(朝から学校に来て、7限目の世界史。10分前にはじまって、授業時間の残りは30分。おい、待てよ、さっきから2分しか進んでないのか? 時計に細工してるんじゃないだろうな?)
女生徒が彼の前をとおって教壇のほうへ出た。
ブロンド美人の蒼い瞳の少女だ。
チアリーディング部のリーダーであり学年のマドンナでもある。
フェデラーの方へ視線をやると、艶めかしく笑いかけてきた。
(この授業のいいところはワトソンのかわいいことと、宿題がないことだけだ)
フェデラーは笑顔でかえそうとし、ふと自身の背後へ視線を向ける。
彼女が笑いかけていたのは彼の背後、シュッと細い端正な顔立ちと、セクシーな頬骨のナイスガイであったからだ。
フェデラーは端的にいってナードと呼ばれる人種であった。
髪はぼさぼさで、そばかすがあって、生まれつき目が悪く、根暗で、かつ趣味は国内外の漫画収集ときたものだ。探索者になる前は遠い地に住む仲間と、チャットでTRPGをすることだけが楽しみであったような人種である。なお最近は日本産のアニメにはまっている。
そんなものだから、高校では友達など作る気にはならなかった。
机に開かれたまま置かれているタブレットPCの画面にダンジョンSNSを開いた。
何気ない暇つぶし。特に理由もないタイムラインの確認。そんな動機でとりあえず開いた画面であったが、思わず目を大きく見開くことになった。
フィンガーマンが久しぶりの投稿をしていたのだ。
内容は写真だけでニューヨークの一番有名といっても過言ではないタイムズスクエアの画像が乗っている。
すでにSNSは大騒ぎであった。
都市伝説の怪人フィンガーマンがニューヨークに来たという話題はネットニュースになり、トレンドにもキーワードが輝いていた。
フェデラーは勢いよく立ちあがると、机のうえの荷物をカバンに流し込むようにしまい「おばあちゃんが轢かれました!」と教員へつげて教室を飛びだした。
彼の人生で祖母が轢かれた回数はこれで14回目のことである。
──赤木英雄の視点
タイムズスクエアのあとは広大な緑の美しいセントラルパークでランチをとりお腹を満たし、世界三大美術館がひとつメトロポリタン美術館へ足を向けた。
美術館にいったからにはすべてを見て回ろうと思ったのだが、展示されている美術品は200万点以上あるらしく、1日かけても回りきらないとのことだったので途中であきらめた。残念だ。
夜にはエンパイアステートビルで夜景を見に行くことになった。
知識不足で知らなかったのだが、このカッコいい名前の超高層ビルはかつては42年間に渡り世界一高いビルの肩書きを誇っていたという。ニューヨークのシンボルのひとつであるため、一度行っておこうということになったのだ。
ここでも写真を何枚か撮り、SNSに投稿してみたところ、コメント欄が急激に騒がしくなった。昼間のタイムズスクエアでも通知が止まらない程度にはリアクションされたが、今回のはちょっと異様な騒がれ方だ。
わずか2分ほどで『拡散』631,152『いいね!』1,243,420まで膨れあがってしまった。この伸びは流石に経験したことが無い。
コメントはほとんど英語である。つまり読めない。
「RIP.empireって書かれました」
「……。指男さんはご存じないですか。Tower Killerさんを」
「誰ですか、それ」
「……。指男さんのことですよ」
話が見えない。
「……。指男さん、すなわちフィンガーマンが街を破壊することは都市伝説として有名です。世界的に有名な観光都市京都のランドマーク京都タワーを爆破した前科のせいで、エンパイアステートビルを破壊しにきたと皆さん危惧しているようですね」
「ちーちーちー(訳:RIPはRest in peaceの略で安らかに眠れって意味ちー。誰かが死んだ時に追悼の気持ちをあらわすスラングとして使われているちー)」
シマエナガさんは『鳥でも話せるようになる英語!』という本を開きながら言う。
やれやれ、失礼な話だ。
人を破壊神のように言うんじゃない。
Tower Killerなんて酷い言いぐさじゃないか。
「フェニックスが来たぞ! 逃げろッ!」
「きゃああ! 巻き込まれる!!」
突然と周囲が騒がしくなりはじめた。
女性の悲鳴、赤子の鳴く声、彼女を置いて走りだす彼氏、転ぶBBA。
人々が逃げ惑う理由がわからず突っ立っているとジウさんが「……。どうやら厄介な人物に見つかったようです」とSNSの画面を見せて来た。
投降者はPhoenix。『fuck off fingerrrr!!!!』という短い投稿に『拡散』747,500『いいね!』1,790,410がついている。5時間ほどまえの投稿のようだ。
「なんですこれ?」
「……。フェニックスをご存じないのですか?」
「知らないですね」
「嘘でしょ、流石に知ってるでしょ。フェニックスだよ?」
「フェニックス? シマエナガのゴッドフェニックスモードくらいしか思い浮かびませんけど」
「ちーちーちー(訳:知らないちー? あのフェニックスちー)」
「いや、知らないですね……」
「きゅっきゅっ(訳:フェニックスでさえ眼中にないということっきゅね! 英雄殿はさすがっきゅ!)」
なんでみんな知っているのよ。
ジウさんやハッピーさんはともかく、鳥とハリネズミに常識で負けるのなに。
「……。フェニックスというのは……あっ、彼のことです」
ジウさんの視線の先を見やる。
明るいパーカーを着た背の高いイケメンがこっちへ歩いて来ていた。
まわりでは謎の避難がつづいており、皆がそのイケメンのほうを見て「頑張れー!」「愛してるー!!!」などの声援と「ふざけんな馬鹿野郎!!」「こんなところで始める気か!?」「頭イカれてるのか!?」という罵声を同時に浴びている。
「フィンガーマン、顔は知らねえが、たぶんお前だな。間違いない、いまビビッと来たぜ」
「……。彼が『フェニックス』の異名を持つUSAのAランク第1位探索者です」
「かなり有名だよ、赤木」
「ちーちー(訳:鳥でも知ってるちー)」
「きゅっきゅ!(訳:英雄殿は大物だからAランク第1位ごとき興味はないっきゅ!)」
「なんだかギャラリーが多いなあ。いいのかい、フィンガーマン、このまま始めちまうけどよ」
わからんな。何が起ころうとしているんだ。
このティーンエイジャーはどうして俺のところに来た。
「すみません、ご用件を伺っても」
「赤木を倒しに来たんだよ」
「……ぇ、なんで?」
俺なんか恨まれるようなことしたかな。
「知らないのなら丁寧に教えてやるぜ。USAの探索者ランクはランクアップ形式っていってな、自分よりランクが高いやつをぶっ倒すとランクがあがるんだぜ」
嘘やろ。
アメリカよ、それでいいのか。
あまりにも脳筋システムが過ぎないか。
いや、でもランキングを作るうえでは理にかなっているのか?
「オレはもうAランク第1位まで登ったから、ここで打ち止めなんだ。でもよぉ……その胸に日のごとく輝くブローチはなんだあ? ダンジョライトだよなぁ。Sランク探索者倒せば、俺もSランクになれるってことじゃあねえかあ?」
フェニックスは言いながら覇気を増していき、手のひらの上に火球を生成すると「なあに命までは取らねえよ」と豪速で炎を投げつけてきた。
「死にさらせ、フィンガーマン!」
0.5秒で矛盾するんじゃない。
猛烈な熱弾がいっしゅんで目の前までやってきた。
俺は右腕をメタル装甲で覆い尽くし、火炎球をぶっ叩いてはじく。
火炎球はガラスを突き破って、夜の夜景のなかに消えていった。
10秒くらい経って、外で爆発音が聞こえる。
「外に被害が出てるが」
「なあに、ニューヨークじゃ日常茶飯事だぜ」
なるほどな。なら平気か。
日常茶飯事なら全市民、爆破耐性くらい持っているのだろう。
「高層ビルの窓に穴が空いたんだが。これ弁償すると高いんじゃないか」
「ニューヨークが日常茶飯事だぜ」
「そうか。なら平気か」
「細かい事は気にせず楽しもうぜ、フィンガーマン」
フェニックスは言って全身から熱風を放った。
展望室のあちこちから火の手があがりはじめた。
すごいな。
これも日常茶飯事なんだろう。
流石はニューヨークだ。スケールが違うぜ。
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