タイムズスクエアと静かな戦い
総帥オフィスを退出すると肩に重くのしかかっていた圧から解放された。
すぐ外に「はジウさんとハッピーさんの姿があった。
「どうだった。昇級させてもらえた?」
「無事にという感じですよ」
「流石は赤木だね。当然の結果といえば当然だけど」
USA総帥ジョセフに手渡されたブローチを見せると、ハッピーさんはのぞきこむように妖しげ美しく光る宝石を凝視した。
これはエメラルドでも、サファイアでも、ルビーでもない。
白色に近い宝石で、加工方法によるものなのか、虹色の光が内側で乱反射しているように映る。俺のような素人では推し量れない価値があるのだろう。
「……。おめでとうございます、指男さん。11個目のダンジョライトのブローチには大きな意味が込められています」
「大きな意味ですか」
「……。長らくSランク探索者の席は10席とされてきました。財団本部のパワーバランスを維持するためであり、新しいSランク探索者を各々アノマリーコントロールが受け付けなかったからです」
「受け付けなかった? アノマリーコントロールが?」
「……。アノマリーコントロールは建物であると同時に、ダンジョン財団の意思決定を行う役員であり、11人目以降のSランク探索者の登場には9つすべてのアノマリーコントロールが否定的な態度を見せてきました。ですが、今回の評価判定の段階では、9つすべてのアノマリーコントロールが指男さんをのために11個目の席を創設することに賛成したのです」
席を確保できなかった。
Sランク探索者になれる能力があるのに、なれない者たちがこれまでにたくさんいたというのだろうか。
ステータスがバグった一件、総帥たちの絶賛、特例的にアノマリーコントロール達に認められたという経緯。
俺は俺が思っている以上に探索者として優秀なのかもしれない。
「ちーちーちー(訳:ちーの英雄ならばこれくらい特別待遇されて当然ちー)」
「きゅっきゅっ(訳:英雄殿は大古竜の盟友にして、真なる勲を掲げる大英傑っきゅ! このままSランク坂を駆け上っていくっきゅ!)」
実績を重ねればそれだけ影響力も増える。
うえへ登ると業界内で幅を利かせられるように、俺もダンジョン界を上り詰めれば、修羅道さんがたぶん犯したであろう”アノマリーコントロール勝手に使用犯罪”も揉み消せるかもしれない。よくないことはバレると相場が決まっているのだ。その時が来た時、Sランク第1位になっていれば彼女の手助けができるだろう。
これまではなんとなく探索者として上の等級を目指していたが、2週間前、厄災島がアノマリーコントロール化したあの時より、俺には強い動機ができている。
アルコンダンジョンの攻略に前のめりなのも、それが理由だ。
動機としては『デカいダンジョンに潜りたい』が4割、『実績を積み上げたい』が6割といったところ。俺が成長すれば修羅道さんを守れる側になれるはず。
ダンジョライトのブローチはそのための一歩だ。
「……。ブローチを付けても?」
「お願いします」
「……。失礼します」
ジウさんはダンジョライトのブローチをそっと俺の心臓のうえに乗せた。
嫁にネクタイを締められるのってこんな気分なのかな。
益体のない妄想をはかどらせていると、ふとガラス玉のような瞳がこっちを見ていることに気づく。
「なんですか、ハッピーさん」
「別に」
ぷいっと顔を背けられた。
気づかぬうちにアンハッピーさんになってしまっていたようだ。
用事も済んだのでブラックハウスをあとにした。
建物のそとへ出て来て、奇妙な空気をふりはらう。
外はまだ明るく、時計を見やれば昼前であった。
今朝、日本を出発し、12時間以上飛行機に乗っていたことを思えばおかしな話だ。ただ日本とニューヨークでは時差が13時間ほどあり、日本のほうが時間が進んでいるため、これは必然の結果である。時差ってややこしい。
次の便まで2日ほどの猶予がある。
ニューヨーク観光を楽しもうと話になった。
かつてニューヨークを歩いたことのあるこのニューヨーカー赤木が火を噴こうかとも思ったが、先にジウさんが「……。観光プランを練って来ました」と進言してくれていたので、秘書様に観光大臣の座を譲ることにする。
「ちーちー(訳:英雄が観光大臣をしていたらどうなっていたちー?)」
「普通に2日間にわたってジャンクフード店をはしごし続けるつもりでしたけど?」
「ちーちーちー(訳:二度とニューヨーカーを語らないで欲しいちー)」
「きゅっきゅっ!(訳:両手に美女をかかえ世の美食と酒を楽しむっきゅ! 流石は英雄殿、英雄のふるまいをわかっているっきゅ!)」
「ちーちー(訳:超後輩はポジティブすぎるちー。どう好意的にとらえても馬鹿のご馳走って言葉しか出て来ないちー)」
まことに失礼な鳥である。
ニューヨーカーはピザとポテトとハンバーガーしか食べないと古来より言われているだろうに。
「……。最初はタイムズスクエアに向かいましょう」
ジウさんがスッと手をあげると、タクシーが俺たちのまえに停車した。
洋画で100万回見る黄色い車体にワクワクしてきた。
今日の為にジウさんはいくつかのルートを事前に調べておいてくれたらしい。
すでに時間割スケジュールも大方できあがっているようだった。
まずは世界の交差点タイムズスクエアに到着。
これもまら洋画で100万回見る有名な交差点である。日本でいうなら渋谷のスクランブル交差点にあたるだろうか。
ハッピーさんが写真を撮っているのを見て、俺も写真をひとつ撮ってSNSを更新する。思い出したようなSNS更新だが、一応、毎日のようにクラス1ダンジョンをしばいたあとは載せていたりする。
直近の投稿では『203』という一言と寝ているシマエナガさんの画像がアップされている。数字は攻略したダンジョンの数だ。
シマエナガさんとハリネズミさんは、交互に指男の投稿を彩るメインキャラクターでもある。なおぎぃさんを載せたことは一度もない。
指男は多くを語らぬクールな探索者というイメージが世間一般では浸透しているので、そのイメージを壊さないため画像だけの投稿だ。
「ちーちーちー(訳:嘘であるちー。本当は面白い一言を添えたいがセンスがないので微妙に滑るのが苦手なのであるちー。あと最近、英雄の投稿が外国人にも注目されるようになってきたから言葉で語らない方がみんな平等の印象を受け取れるかなっとかいう小賢しい計算もあったりするちー)」
静かにしろ、この鳥。
「赤木ってさ写真撮ったらどうなるの」
ふと、ハッピーさんにたずねられる。
たぶんミーム型異常物質の影響がどう及ぶのかという意味だろう。
「たぶん撮れますよ。ハッピーさんなら。でもそれを見た人が正しく認識できるかは別問題ですけど」
例えば俺の顔を写真におさめてSNSに拡散しても素顔バレはしない。
正確に言えば、俺の顔は見る人によって変わるのである。
顔の共通項は”男性”という部分だけだ。
Aの人が見ればAに見えるし、Bの人が見ればBに見える。
Cの人が見ればCに見えるし、Dの人が見ればDに見える。
だから指男ことフィンガーマンは西欧人であり、アジア人であり、黒人であり、白人であり、若者であり、老人であり、イケメンであり、ブサイクでもある。
皆が”謎の存在”指男を求める限り、指男は無限に謎のままだ。
「ふーん、それじゃあ、ちょっと写真撮ってみる……?」
ハッピーさんは毛先を指でいじりながら言う。
「別に私が撮りたいとかいう話ではないんだけどさ、実験としてね。実験」
実験か。実験ならまあ付き合ってやらないこともない。
「いいですよ」
「本当?」
「もちろん」
写真くらいなんということもない。
ボッチであろうハッピーさんが喜んでくれるならいくらでも撮ろう。
ってってって、とやってくると隣にやってきて、スマホの画面を構える。
俺はサングラスを外つ。
内カメラにはハッピーさんと俺がわりと近い距離で映っていた。
なんか距離が……近くないかな。
緊張して来た。いい匂いもする。
「もっと近づいてよ」
「いや、これでいいですよ」
これ以上は動揺が顔に出そうだ。
俺は努めて達人の間合いを保つ。
しかし、隣の銀髪ロシアン高校生は眉根をひそめ不服そう。
しまいには一歩詰めて来て、脇に腕を通して組んできた。
思わず「ぅひィ」とキモい声が出かける。
パシャっとシャッターは切られた。
「うん、よく撮れてる!」
「撮影は事務所を通してからとあれほど」
「一言も言ってないでしょ」
言いながら俺はハッピーフォンを確認。
キモイ顔していないか、鼻の穴が膨らんでいないかを入念にチェック。
我ながら果てしなく男前な顔には、キモオタ陰キャの面影はない。
危ないところだった。まさか間合いを縮地で詰めて来るとは。これも古武術か。
恐るべきハッピーさん。きっと指男が童貞陰キャだというスキャンダルを激写でもしようとしていたに違いない。
「ふふん♪」
ハッピーさんはご機嫌にスマホ画面を眺めている。ご満悦の様子。
きっとはじめて友達と写真撮ったんやろうね。わかるわかる。俺も修学旅行の班で撮った写真大事にしてたもん。なお友達と思っていたのは俺だけだった模様。つら。
「……。指男さん。こっちも撮りましょう」
「いいですよ」
「そんな簡単にいろんな人と写真とっていいの……?」
逆にダメなんですかね。
「……。コーヒーとライ麦パンのパストラミサンドウィッチを買って来ました。これといっしょに写真を撮りましょう。普通に自撮りするよりリア充、いえ、リアル充実感をだせます」
「リアル充実感? なるほど」
リアル充実感。なんだかいい言葉だ。
流石は知的なジウさん。難しい言葉を知っている。
「ちーちーちー(訳:リアル充実感もリア充も同じちー。なんでそこ繋がらなくなるちー)」
「きゅっきゅっ(訳;英雄殿は言葉ひとつひとつを大事にしているっきゅね! 流石っきゅ!)」
獣たちが騒がしい。
「……。少しぎこちないですね。やはり腕も組みましょう」
「っ」
腕が絡み合う。細く薄い軽やかな体重がかかってくるのがわかる。
すべてが柔らかい。別にいやらしい意味じゃなくて。全身の筋量、骨格そういったものが根本的に異なる感じというのか。
体重が可愛いという文学的な表現を用いなければ、この高揚を説明することは不可能だ。
ジウさんの間合いも近すぎる気がする。
なんで今日はみんな近距離パワー型になっているんだ。
新手のスタンド攻撃、その名はタイムズスクエア。
「ちょっと近づきすぎだと思うんだけど……っ、伝染病感染リスクとか高まるから離れたほうが安全じゃないかな……!」
「……。おかしなハッピーさんは気にせず撮りましょうか。はい、カシャリ」
ねえみんな俺のこと好きなの?
こんなことされたら勘違いしちゃうよ。
「ちーちーちー(訳:やれやれ見苦しいちー。さっきから写真にこっそり移りこんでいるちーがこの戦争の勝者ということでいいちーね)」
胸ポケットの豆大福はどこか余裕のある顔で肩をすくめる。
「きゅっきゅっ!(訳:でも、全部見切れ豆大福になっているっきゅ! たぶん敗北者っきゅ!)」
「ちーちーちー!(訳:取り消すちー、その言葉……ッ!)」
うるさくなって参りました。
「赤木、さっきの写真間違えて消しちゃったからもう一回撮ろうよ!」
ムッとした顔が睨みつけて来る
心なしかご機嫌斜めなようだ。
さっきまでご満悦だったと思ったのだが。
ハッピー心は秋の空ということか。まこと難しいものである。
その後、撮影会はしばらく続いた。
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