Sランク探索者
家を出ると黒塗りの高級車がすでに止まっていた。焦りからぶつかればろくな事にはならないこと請け合い。
慎重に後部座席のドアに手を掛ける。
「……。おはようございます。優良進行ですね」
ジウさんが助手席からひょこっと顔をだした。
物静かな表情にはどこか気合がはいってキリっとしている気がする。
「寝坊しないように昨日から寝てませんから」
「……。なるほど、そういう手もありだと思います」
ハンドルを握る黒服の財団職員は緩やかに車を発進させる。
しりとりフリースタイルを繰り広げているとほどなくして停車。
運転手は車をおりると、何やらトランクを開いたりと忙しなく働く。
きっと乗り込んでくる人物の荷物でも積んでいるのだろうと、シマエナガさんをなでなでしていると後部座席、俺のすぐ隣のドアが開いた。ビクッとする。
「反対側から乗ればいいのに」
「赤木が最初なんだ」
「ええ。リーダーということでここはひとつ」
「まあ別に構いやしないよ。ジウもおはよう」
「……。おはようございます」
ハッピーさんは押し込まれるかたちでおしりをスライドさせる。
そんなこんなで二番目の停車地ではブラッドリーを拾う。
「なぜ俺が三番目なんだ」
別に何番だっていいだろうに。
「それはあんたがNo.3だから。ちなみに私は2番目だったよ」
「ええい、不愉快なガキめ」
「へっへーん」
「いいからはやく乗ってください。いい大人が迎えの順番くらいで」
車内がいっきに騒がしくなった。
そんなこんな問題児らを収容し、黒塗りの高級車は成田国際空港に到着する。
やいやい言い合いをするふたりを置いて、俺とジウさんは先にターミナルビルへ。
待ち合わせ場所へ向かうと、筋骨隆々のおっさん2名が談笑しているのを発見。
長谷川と花粉である。
「おはようございます、長谷川さん、花粉さん」
「おはよう、指男くん。待っていたのである」
「もう全員そろっているのか。優良進行だな。すばらしい」
フィンガーズ・ギルドの皆が揃い、ほどなくして飛行機へ乗りこむ。
ニューヨーク行きの便である。
「見ろよ、指男。あれ」
ブラッドリーが足を止めてつぶやいた。
示す方へ視線を向ける。やたら筋骨隆々の大男の集団がいる。
「クレイジーキッチンだ」
「クレイジーキッチン?」
「歩くファミリーレストランは知っているだろう? その母体さ」
よく見れば見覚えのある顔ぶれだ。
搭乗口が一緒だったらしく、まっすぐに近づいてくる。
ひときわの存在感を放つドレッドヘアの男が俺に気が付いた。
「指男。ついにS級ハンバーグへとこねあがったひき肉。滝のように漢汗を流す太腕で四六時中叩き潰さねばこうはこねあがらない。芯までよく火が通っている。よき探索者に成長した」
「初対面にハンバーグ節はよしてくれ後藤……」
「私はハンバーグから生まれた。これは嘘ではない」
「もうだめだ、この後藤……」
「なあにを緊張してるんだよ、浅倉。指男をまえに揚がっちまったのかあ? おっと偉大なる探索者をまえに失礼。揚げたてを放置するようなふるまいをしちまった。やあ、指男、俺の名はフライドポテト田中。フライドポテトの海から生まれた本物のフライドポテト星人だ。160℃の油のなかで育ち、栄養は仲間を喰って摂取していた」
「気にしないで指男、後藤も田中も病なんだよ、ああ、重篤な病だとも」
歩くファミリーレストランの圧に愛想笑いをすることしかできない。
うちのメンバーも返す言葉失ってるよ。こら、ハッピーさんそんな目しないの。
「申し訳ない、こいつらが喋るとろくな空気にならなくて。私はメロンソーダ浅倉。異端児揃いとして有名な幻のフィンガーズ・ギルドに会えて光栄だ。貴方たち
も南極に?」
「もちろん。ニューヨーク経由で」
「奇遇ですね。我々もです。南極ではよろしくお願いします」
「厳しいクッキングになる。指男よ、ゆめハンバーグを忘れるな。ミディアム」
「後藤のことは無視して。どうぞお先に」
メロンソーダ浅倉が押さえてくれているうちに俺たちは機内へ。
「……。彼らはAランクギルド『クレイジーキッチン』。クッキング探索者系ギルド最大派閥です。いざ目にするとなかなかの迫力ですね」
「Aランクですか。いいですね」
うちはまだEランクギルド。
ギルドランクの昇格には実績が必要であるが、うちのギルドはランク上げにはさほど熱量がないので、ゆったりしている感じである。
元々、メンバー全員がフリー──ギルド未所属の探索者──だったのも相まって、皆、本当は所属する組織なんか求めていない一匹狼の集団ゆえの温度感だ。
飛行機に乗り、偏西風に身を任せて飛ぶこと12時間。
俺たちはニューヨークに到着した。
空港から都市へ移動したあとは、俺たちは一端の解散をした。
次に乗る便は2日後、アルゼンチン・ブエノスアイレス行きの便だ。
それまでは自由時間。三人のおっさんはニューヨークの街を練り歩くようだ。
ハッピーさんも自由にしてよいのだがこっちに付いてきた。
「暇だから一緒にいようかなー。暇だからさー」
やたら”暇”という部分にアクセントを置いている。
俺は知っている。ハッピーさんは性格キツいところがあり、さらにすぐにイキって相手を小馬鹿にするところがあるので友達がいないことを。
彼女は俺とよく似ている。つまりボッチ。もっとも性質は異なる。俺が日陰でひとりでいたとしたら、彼女は空高く切りたった崖のうえにひとりでいるのだろう。
今更ながら、実は南極へ行くためにニューヨークへ立ち寄る必要はない。
西海岸のロサンゼルスあたりを経由すれば、無駄なくたどり着ける。
ニューヨークに来たのには理由がある。USAダンジョン財団本部へ来るためだ。
そのためわざわざニューヨーク行きの便に乗った。とある用事があるのだ。
現地のエージェントと合流したのち、USAアノマリーコントロール”ブラックハウス”へと向かう。ブラックハウスはニューヨークのど真ん中にありながら、やはり一般人が偶然にたどり着くことが無いように、概念的・認知的防御力を有していた。
見た目は全面ガラス張りの超高層ビルの印象であった。ビルは4つのセクターに分かれており、それぞれが空中廊下で多層的に接続されている。
無限城より一般的なビルの様相を持っており、変なところはやたらデザイナーズなところだけだ。そういうビルなんだなっと言われれば納得できる。
ブラックハウス総帥オフィスへと赴く。
ジウさんとハッピーさんはそこまでだ。
ここからは俺一人でいかなければならない。
オフィスにゆっくりと足を踏み入れる。
全体的に暗い室内である。
サングラスを越しに見えるのは3名の人影だ。
一番奥、重厚なオフィステーブルに肘をついて座する男。
蒼い瞳が暗闇のなかでも俺を射抜く。ただしピザデブだ。
白いくちひげを携えたピザデブだ。瞳には静かな光を宿したピザデブである。
机の手前、俺から見て左側でのけぞってソファにふんぞり返っているのは女性。
若く顔に深い傷を持っており、目つきが恐い。とても恐い。
机の手前、俺から見て右側には足を閉じた暗い肌色の女性がいた。
落ち着いた様子で理知的に見えた。
流石はアメリカ。すでに国際的だ。見慣れたアジア系人種がひとりもいないことに、どこか浮ついた、落ち着かない気持ちにさせられる。
「君があの形容しがたき異端者小胸院の認めた探索者か。なるほど我々をまえにまるで動じていない。この部屋へ来た者はすべからく緊張をあらわすというのに。只者ではなさそうだ」
ピザデブは悠々と語りだす。
「赤木英雄です。フィンガーマンのほうがずっと有名でしょうが」
「私の名はジョセフ・ジャイアント・ビッグボインスキ。ブラックハウスの総帥だ」
ジャイアントとビッグとボインという自己紹介だけで3回も性癖を主張された。
「私はCHEアノマリーコントロールを預かるアキレウス。クリスから君のこと認めるように言われているのだが、私は自分の目で判断したい」
顔面に傷を持つ恐い人はいいながら煙草に火をつける。
クリス。『銀行員』と知り合いなのか。
「私はEUROのガブリエル・ショタペロリ。あなたはすこし年齢を重ねてるけど……顔が良いね。とてもいい」
暗い肌の女性はたちあがるなり、そばによってきて体をペタペタ触ってくる。
大変にえっちことになっている。どうなってしまうんだ、俺。
「ステータスを拝見しても、イケメンくん」
「構いません」
「ありがとう」
────────────────────
赤木英雄
レベル330
HP 3,807,500/4,420,000
MP 991,500/1,076,000
スキル
『フィンガースナップ Lv9』
『恐怖症候群 Lv10』
『一撃 Lv10』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv8』
『蒼い胎動 Lv6』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv4』
『最後まで共に』
『銀の盾 Lv9』
『活人剣 Lv7』
『召喚術──深淵の石像Lv7』
『二連斬り Lv7』
『突き Lv7』
『ガード Lv6』
『斬撃 Lv6』
『受け流し Lv6』
『次元斬』
『病名:経験値』
装備品
『クトルニアの指輪』G6
『アドルフェンの聖骸布 Lv6』G5
『蒼い血 Lv8』G5
『選ばれし者の証 Lv6』G5
『メタルトラップルーム Lv4』G5
『迷宮の攻略家』G4
『血塗れの同志』G4
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この2週間で5レベルほど成長した。
HPは620,000ほど上昇し、MPは80,000ほど上昇した。
スキルはこんな感じで成長した。
『蒼い胎動 Lv5』→『蒼い胎動 Lv6』
──────────────────
『蒼い胎動 Lv6』
人ならざる者の血を受け入れた証。
新しい命があなたの中でめぐっている。
1秒ごとにHPを10回復する
──────────────────
いよいよバトルヒーリングスキルらしくなってきただろう。
ちなみに目に見えない変化だが、恐怖症候群の獲得経験値量が2倍くらいに増えていたりする。ジョン・ドウの一件が反映されたのかもしれない。
ガブリエル総帥はハッとして固まる。
「そんな、まさか、バグるほどとは……」
ガブリエル総帥は冷や汗を掻きながら、神妙な面持ちで俺からそっと離れる。
「あるラインを越えると人間をつつむ神秘はバグるとされるわ。バグはステータスの表記に顕著にあらわれる。神秘の集中によって他者から観測できない領域に到達した証、私にはあなたのステータスの内容が見えていないのよ」
「俺のステータスはみんな見えないと」
「正確に観測できない、ね。私は見えていないから”観測できないことを観測できている”。観測できないことを観測できない者が大半でしょうね」
ガブリエル総帥のただならぬ反応に、アキレウス総帥にジョセフ総帥がにじり寄ってステータスを覗きこんでくる。
「なんということだ……ふむ、恐るべき事実が判明したな」
「過度なステータス上昇、神話、伝承、集団意識、宗教、そして都市伝説、そういったものの高まりがバグを引き起こす。君はどれだい」
アキレウス総帥の鋭い視線が貫いてくる。
と、そこへピザデブの顔がわりこんでくる。
「世界中の探索者を見渡しても完全にバグる者は片手で足りるほどだ。誇りたまへ、指男。君は人類史上最も意味不明の一員になったのだよ」
本当に誇っていいことなのですか。疑う余地があると思われるますが。
「神秘を暴く者は、最も神秘の泥に身を沈めた者である。君はまさしく都市伝説の色濃いヴェールの真ん中にいる。最高の探索者であることに疑いはない」
総帥たちはうなづきあう。
「人類の命運を君の指先に委ねてみよう。ダンジョン財団は神秘の管理者でなければならない。君のような人材が必要だ。さあ巨乳が好きだと言いたまへ。それだけでいい」
「正しく君は神に近づいている。アダムズの傑作、君は特別だ。抜きんでて特別だ。あまねく異常を御し、厄災を飼いならし、すべての脅威に対抗しうる神秘暴き──財団が求めていたのは君のような探索者だ」
「神に愛される才能。ダンジョンに愛される才能。あなたはパーフェクトだわ。シタ・チチガスキーにジョン・ドウの一件に恩義もある」
ジョセフ総帥は黒い箱を差し出してくる。
俺は心臓のうえに付けていたルビーのブローチを外す。
最初に比べたらずいぶん大きくなったそれを返還し、黒い箱を受け取った。
パチパチパチ。三者から異なる拍手が贈られる。
これで4人。承認者は過半数となった。
「コングラチュレーションズ、フィンガーマン。頂へようこそ」
本日より俺はSランク探索者となった。
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