次の目的地は

 スピードシューティング。

 それは射手から離れた5つの鉄板を何秒で撃ち抜けるかを競うスポーツ。

 金属の重みが乗る掌、短く息を吐いて合図を待つ。


 ──ビーッ


 スタートを告げる電子音が鳴る。

 拳銃をサッと構え、5つの目標をスパパパンっと軽やかに撃ち抜いた。

 横を見やれば、ハッピーさんがすでに俺の方を見ていた。

 表情は得意げでチラッとタイマーのほうへ視線をやる。

 ただいまの記録。

 俺の記録は0.041に対して、ハッピーさんの記録は0.0012。

 速すぎて誠に草。


「本当に上達したと思う」

「ハッピーさん、流石」

「ずいぶん長いこと使ってるからね。銃の曲芸やら早業やらはわりとなんでも得意だよ」


 うちの教官は優秀だ。


「銃の練習はじめた理由を訊いてもいい?」

「そういう約束でしたからね。いいでしょう」


 俺が銃を練習しているのは理由は非常にシンプルだ。

 低火力の攻撃が欲しかったから。

 すなわちスマートさの欠如を補うためだ。


 かねてよりスマートではないことに定評のある俺であるが、ここ最近の成長のせいでよくない方向へ潮流が向いてしまっている。

 我が指パッチン『フィンガースナップ』がLv9になったせいだ。

 以前から油断すると指が滑った結果として、家屋が吹っ飛んでいたというのに、さらに低威力のコントロール難易度があがってしまった。


 集中すればコントロールできないことはない。

 でもとっさに発動した時に、ちょっとでも力むとアウトだ。

 気が付いたら周囲まるごと火の海に変えている現象が島での検証で多発している。


 絶剣エクスカリバーを使えば解決すると思ったが、あの剣は斬撃後に爆発する危険性があり、現にそれで京都タワーが犠牲になっている。あれも俺の意志でコントロールできるのだが、標準が”爆発する”なので、”爆発しない”というのには意識が必要なのである。


 なのでミスって周囲を巻き込むリスクを冒すくらいなら、最初から指パッチンや絶剣を使わずに、威力が一定の銃を採用することにした。

 候補としては絶剣ではない市販の魔法剣を使うという案もあった。

 どっちでもよかったが、ハッピーさんの薦めで銃になった。


「銃は剣よりも強し。これで私たち相棒だね」


 理由を説明してあげると、ハッピーさんは気分よくなって楽しげになった。

 銃仲間が増えたのがそんなに嬉しいのだろうか。

 あんまり友達いなさそうだもんね。わかるわかる。


「いまさら何を。俺たちはとっくに相棒ですよ」

「っ……そうかな?」

「当然」


 ハッピーさんともなんだかんだ付き合いが長くなってきた。

 最初はあんなにイキってたのに、近頃はめっきり大人になった。

 まあちょいちょいイキリハッピーは出るけど。


「あ、赤木はガバメントが好きなの」


 どこか気恥ずかし気にたずねてくる。

 赤木。呼び方が変わった。射撃場で一緒に過ごす様になってからだ。最初に呼ばれた時に違和感があったので覚えている。心境の変化だろうか。


 ちなみにガバメントというのは1週間前から練習し始めた銃のなかで一番最初に渡されたハンドガンの一種のことだ。さっき早撃ちで使ったのもガバメントだ。


「実家のような安心感というか、手に馴染む感じがあって。ゲームでもわりと登場してたし、名前が有名だからですかね」

「そう。でも、古い銃だから、やっぱり新しい方がいろいろとよかったりするよ。私もロマン派だけど、やっぱりモジュラー化された最新の拳銃をつかうと便利さに驚くし、9mmはいろいろ便利だから、45口径より使い勝手もいい。それに45口径魔法弾7発撃ちこむより、9mm魔法弾を9発撃ったほうがダメージの期待値も大きいんだよ。装弾数も9mm拳銃のほうが多いし、というかダブルカラムのマガジンが採用されている魔法銃のほうがどうしたってシングルカラムのマガジンより装弾数は増えるし──」


 ねえ知ってる。

 オタクって自分の得意分野になると口数が多くなるんだ。あと早口。

 言ってることわかんないけど、ハッピーさんが楽しそうなのでヨシとする。


 饒舌に講義をつづけるハッピー教授にうなづくこと数分。

 射撃場に人影がみえる。


「お二人さん、こんなところにいたんですね」


 修羅道さん。

 それはいつでもどこでも現れるミステリー。

 

「おやおや、赤木さんとふたりきりとは、ふっふっふ、なかなかハッピーちゃんもやりますね!」

「な、なに、全然意味わからないんだけど、あっち行ってよ、しっしっ」

「そうは行きませんとも」


 ブォンっと振られる平手が豊穣のお胸を無意味にぺしんっと叩く。

 修羅道さんもっとやっていいですよ。


「ひゃ!? な、なにするの!」

「特に理由はありません!」

「本当に訳わかんないんだど?!」

「さあ、我らがフィンガーズ・ギルドの探索者さんたち、ついに来てしまいましたよ、大いなる戦いの狼煙をあげる時が!」


 修羅道さんは言って紙を俺へ渡してくる。

 見やれば英語でなにやら書いてある。

 流れるようにスルーされたハッピーさんが少し不憫だ。


「南極渡航許可証?」


 眉根を潜めてハッピーさんが不機嫌な声で読み上げる。

 英語は俺の専門外なのだが、おかげで要件を把握できた。

 

「ついに開かれたんですか、南極への道が」

「それじゃあ本当にアルコンダンジョンの封印を解除するの?」

「ふっふっふ、そのとおりですとも。南極。近づくことさえ困難な気候と、危険なモンスターの住まう死の海、ようやく人は舞い戻るのです。そして、呪われた土地のすべての元凶たるアルコンダンジョンを攻略するのです」


 演技がかったように両手を天へ掲げ、荒ぶる赤いポニーテール。

 

「2日後の便でアルゼンチンへ飛びます。準備をしておいてくださいね、赤木さん、ハッピーちゃん」


 修羅道さんは言ってニコニコして射撃場へ背を向ける。

 ふと、振り返り、ハッピーさんの銃を指さした。


「ずいぶんと撃ちやすそうな銃です、早撃ち用に改良してあるのでしょうか」

「っ」


 それだけ言って去っていく。

 俺は隣を見やる。

 冷汗をかくインチキは顔を背ける。


「ちょっとその銃かしてもらってもいいですか」

「だ、だめ!」

「シマエナガさん!」

「ちーちーちー!(訳:不正は見逃さないちー!)」

「くっ、や、やめ、シマエナガ、あんた私の味方でしょ!」

「ちーちー(訳:正義の味方ちー)」

「ぐぬぬっ!」


 シマエナガさんはふっくら膨らんでハッピーさんを押しつぶして拘束。

 俺は奪い取った彼女の銃を構える。

 

 ──ビーッ


 素早く5つの的を撃つ。

 流れるように撃てる。

 スライドが戻ってくるのが速い。

 ほとんどマシンガンだ。


 ただいまの記録0.0012。

 さっきのハッピーさんの記録0.0012と同じだ。


「銃によってこんなタイムが変わるとは」

「うぅ……機構的に早撃ち速度に限界があるからね……」


 探索者はレベルアップを重ねると、必然的に銃の機構を越えた速さと正確さで身体を動かせるようになる。そのためタイムが理論上の最速になる。俺とハッピーさんが殴り合えば、たぶんワンパンでわからせることはできるが、競技の枠内だといわゆる”カンスト”が存在するというわけだろう。


 タイムに差をつけるためには、銃のグレードを上げる必要がある。

 インチキハッピーは自分の銃だけ早撃ちように特化させていた。

 姑息だ、なんて姑息なんだ。


「ズルハッピーはワルハッピーのはじまりですよ」

「うぅ……赤木がすぐ上達するから悔しくて……っ、ごめん……」


 しょんぼりされると、どうにも怒りも収まってしまう。

 まあ俺の知識不足のせいもあった。

 今回は無罪放免としてあげよう。


 ──2日後

 

 俺たちは南極渡航へ向けての最終準備を進めた。

 計画自体は数カ月前から知っていたし、そのための用意もしてきた。

 なので直前慌てることはさしてない。

 これが俺だけで準備していたんだとしたらどうせ直前でバタバタするのだろうが、幸いなことにうちにはジウさんという優れた秘書がいるので、そういうこともない。


 今日、俺たちは新しき土地へ旅立つ。

 デイリーミッションをこなし、筋トレと指パッチン、コイン回しの奇妙な習慣をこなし、ムゲンハイールにすべての荷物が入っていることを確認、胸にブローチ軍団を乗せて玄関へと降りてきた。


 赤木家では両親共働きゆえ、すでに両方とも職場という名のバトルフィールドへ向かったあとだった。いたら別れの挨拶くらいしようと思ったが仕方ない。


「お兄ちゃん、どこに行くの」


 おや、この声は。

 振り返れば、ねぼけ眼の琴葉がたずねてくるではないか。

 普段ならもう家にいないはずだ。そうか、高校生はもう夏休みに入ったのか。


「ちょっと南極へ行ってくるんだよ。親父たちには伝えてあるから」

「噂のアルコンダンジョン?」

「よく知ってるな」

「SNSでも騒がれてるし、ニュースも連日やってるよ」

「そうだったのか、俺のまわりだけが騒いでると思ってた」

「アルコンダンジョンってすごく危険な場所なんでしょ」


 危険っちゃ危険だろうね。

 俺が以前攻略した銀色は不活性状態だったらしいが、それでもモンスター1匹1匹に、ワンワン系モンスターたちとのぬるい戦いとは一線を画す覇気を感じたものだ。

 

「でも、お兄ちゃんなら大丈夫でしょ? 前に攻略してるんだよね」

「そうだぞ。だから俺もあんまり心配はしてない。ただ、すごく大きいって話なんだ。別世界の座礁地帯って呼ばれてるくらいに。だから、もしかしたらしばらく帰ってこないかも」

「どれくらい」

「さあ。2カ月、3カ月……半年? 1年とか、もっとかも」


 琴葉の表情が曇る。

 心配はさせたくないな。


「冗談だよ。サクッと攻略してくるって」

「指男は最強なんでしょ? お兄ちゃんが一番強いんでしょ?」


 それはどうだろう。

 底知れない存在はこの世にたくさんいる。


「ああ、もちろん。お兄ちゃんが一番強い」


 でも、妹のまえで恰好をつけることくらいは許される。

 俺は琴葉の頭へぽんっと手を乗せ「行ってくる」と家をあとにした。

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