FINアノマリーコントロール 厄災島
荒ぶる修羅道さんが落ち着いてくれた。
例の黒い円柱状の物質はいまや台座に打かけの釘みたいに、半分ほど埋まって刺さっている。
白い粒子と衝撃波もいちおう収まったようだ。
修羅道さんは「いい仕事しました!」と額を袖でぬぐう。
「なにやら訊きたげな表情をしていますね、赤木さん」
「俺じゃなくても説明を求めると思いますよ、修羅道さん。どこから聞けばいいのかわからないくらい謎です」
「ではまずこの黒い子から。これはアノマリーコントロールと呼ばれる異常物質です!」
「アノマリーコントロール? それってダンジョン財団本部の建物の名前では?」
修羅道さんは折りたたまれた一枚の紙を渡して来た。
開くとどこかで見たようなフォーマットの資料であった。
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【特別収容管理法適用異常物質】
『アノマリーコントロール』
ID:SCCL-YS-79(ヤバスンギ)
捕獲日時:1941/09/20
収容場所:ドーハイクラッピア-セクター7-サイト12-20
【特別収容プロトコル】
特になし。
【概要】
SCCL-YS-79は黒い幾何学的形状の柱である。最小時は高さ24.12cm円周20.41cm。最大時は高さ11m70.2cm円周5m74.09cm。
現在、同型の異常物質は5つ発見されており、うち4つはすでにアノマリーコントロール建造に使用されている。
【異常性】
SCCL-YS-79は異常性の主たるは異常性の力場を生みだすことにある。SCCL-YS-79は異常認識空間をつくりだすことができる。使用者が不在の場合では不活性状態であるが、一度活性状態に入ると、周囲のオブジェクトを独自に解析したのち、一帯を自らの領域と定めあらゆる認識から逃れようと働きかける。SCCL-YS-79が活性状態に入ると、活性時にその場にいた者以外が意図してSCCL-YS-79の領域座標にたどり着くことは困難になる。
【脱走時対応】
収容違反は現時点まで確認されていない。
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「これを使ったってことですか。何のために?」
「『顔のない男』はすごく強いです! いまの赤木さんでは腹をすかせた人間にとってのとろ~り三種のチーズ牛丼です!」
「ちょっと文学的すぎて比喩が伝わらないんですが」
「つまりワンパンされるくらいつよつよです!」
「そんなですか?」
「嘘です、正直わかんないです! でも、彼は危険な人物なのでなるべく関わらないで欲しいんです。私の考えでは彼は赤木さんや厄災に興味を持っています。なので拠点をアノマリーコントロール化して絶対無敵防御フィールドをつくりました」
なるほど。
俺の目的とも一致するか。
そもそも俺の目的はシマエナガさんや、ぎぃさん、ついでにハリネズミさんなどの厄災たちに幸せに生きてもらうことだ。
そのために頑張ってお金を稼いで家を作っているのだ。
彼女たちは放っておけば人類におおいなる災いを呼ぶ。
本来なら厳重に隔離され、あるいは処分されてしかるべき存在たち。
それを俺は引き取った。
安っぽいようだが同情したから守りたくなった。
彼らを愛らしい素敵な生き物だと思ってしまったのだ。
厄災はそれだけでも危険だが、俺という個人が保有していることで、二次的な危険な呼ぶ。すなわち今回のように大規模な犯罪組織が動き出すことがある。
もし厄災が彼らの手に渡れば大変なことだ。
だから責任を取る。
俺の身勝手で財団に、そして人類にリスクを背負わせた分、ちゃんと管理をする。
厄災自身にも暴れさせないし、悪しき者たちにも奪わせない。
それが責任というものだ──と優れた頭脳を使って俺は結論をだしたのだ。
「その意味でのシェルター建設って話でしたけど、思えばシェルターの最終形態はアノマリーコントロールなんですかね」
「そうとも言えますね。アノマリーコントロールは人工衛星に映らなければ、肉眼でも見つけられません。この島には偶然漂着することはなくなり、向かおうとしても必ず遭難することになるでしょう。地理的特性が味方し幻の領域となったのです」
俺たちにとってメリットしかないけど、よいのだろうか。
世界に5つしかないうちの異常物質をいま使ったけど、それってあとで怒られたりしないのかな。修羅道さんがさっき姿を消してからまだ30分も経ってないと思うのだが。
「なにかあっても私が赤木さんを守ります」
凛とした眼差しが見据えて来る。
彼女ひとりに良い顔させるわけにはいかない。
「いざと言う時が来れば俺が修羅道さんを守ります」
「赤木さんのくせに生意気ですね、私が守りますっ!」
ふんっと頬を膨らませてご機嫌斜めになる修羅道さん。
彼女に責任は負わせまい。
「アノマリーコントロールには主が必要です。JPNで言うところの小胸院総帥の役職ですね」
俺は修羅道さんを見やる。
赤い瞳がうなづいた。
俺がアノマリーコントロールの主になれってことか。
台座に刺さっている黒い円柱にそっと触れた。
白いの法則的光条が走り、それらは空間へと飛び出した。
壁へ、床へ、天井へ、すさまじい速度で根を伸ばし、かけめぐっていく。
「アノマリーコントロールが赤木さんと領域を繫いでいます」
白い光はオド・ニィカラスタ全体に広がり、やがて根っこを本体にひっこめるようにすべてがアノマリーコントロールのもとへ戻って来た。
台座の周辺にだけ法則的光条があふれ出ているくらいで安定したらしい。
「おめでとうございます、これで厄災島は赤木さんとひとつになりました」
「もう顔のない男は厄災島を見つけることができないって思っていいんですか?」
「その通りです。よく決断しましたね。赤木さん」
修羅道さんはさわやかな微笑みを浮かべた。
細く繊細な指がアノマリーコントロールを示す。
「コレを解除、または破壊することで厄災島は概念的防御力を失います。なのでアノマリーコントロールは最重要にして機密存在として運用される必要があります。そのためにぎぃさんにはこの一番深い部屋をお借りしました。赤木さん、絶対にこのアノマリーコントロールを壊しちゃだめですよ」
厄災島の要、フィンガーズ・ギルドを外敵の攻撃から守る盾。
まさしく拠点の心臓そのものと言える。
そのためオド・ニィカラスタには常に警備を置くことになった。
完全武装の黒い指先達21人からなる派遣ギルドを3つを置く。
場所的にぎぃさんの駐在するオド・アクラスのさらに下にあるので、たとえ外敵が地上部を突破してジオフロントにたどり着いたとしても、まずどうやってもたどり着けないだろうが……念には念である。
さらにオド・アクラスにも厳重な警備が置かれた。ここには派遣ギルドを2つ。
そこへ通ずる第一支柱都市にも派遣ギルドを1つ。いや、セキュリティ硬すぎぃ。
「これなら問題はなさそうですね。ですが、決して油断してはいけませんよ!」
「任せてください。必ず守ってみせます。すべてを」
「いい目です。それでは私はこれで。ダンジョン財団本部に今回の事件の詳細を報告しなくては。行きますよ、ジウちゃん。当事者なのですから手伝ってください」
「……。私の仕事ではないような気がします」
「ショートケーキを驕ってあげます!」
「……。では、本部に戻りましょうか」
去っていく二人の背中を見届ける。
あれよあれよと言う間にすごい事になってきた。
俺も地上へ戻ろうか。
そう思って第一支柱都市の一階に戻って来た。
ふと運んだバケモノたちがいなくなっていることに気づく。
確かにここに置いておいたのだが。
「ぎぃさん」
『はい、なんでしょう』
空中に話しかけるとぎぃさんの返事が帰って来る。
「ここにいたモンスターたちどこ行ったんですか」
『彼らは第一支柱都市内にある収容施設に移動させました。先ほどから寄生虫を使った尋問を行っており、情報を引き出している途中です』
「なるほど。上手く行きそうですか」
『手ごたえは微妙というほかありません。顔のない男は巧妙です。幹部に近い者たちの細胞を変質させ、モンスターに生物的変態をさせることで脳組織を修復不可能な形で破壊、記憶の抜き取りを阻止したようです』
あらかじめ仕込みは終わっていたということか。
送り込んだ味方をバケモノに換えて口封じするなんて……良心の欠片もないのか。
冷酷で、頭がキレて、慎重で、道徳が通じない。やばい野郎だ。
「記憶を抜かせないという目的のついでに、暴れるモンスターに作り変えて被害を出してくるあたり、かなり悪意に満ちているように感じますけど。というかそっちが主目的だったんじゃ?」
『その可能性も十分に考えられます』
「そのキモイモンスターたちを生かしておく意味はあるんですか。また脱走とかされたらうっかりエクスカリバーしそうで。用済みなら処分して欲しいです」
『最大の活用法はまだ生きてます』
ぎぃさん、自信ありげだ。
『細胞の変質が顕著で、何体かは使い物になりませんが、女はまだ貴重な触媒になりそうです』
女ってあの氷の人か。
美人さんだけにバケモノになってしまって何気にショックだった。
『女を触媒にスキル解放の種を使えれば、彼女の保有する極めて稀少なスキル『オイミャコンの冷たい死』を黒沼の怪物たちに複製移植が可能かと思われます』
「そのために殺さずに捕縛を?」
『ご明察です。スキル解放の種を植えた修羅道さんの機転は流石と言わざるを得ません。なにせ優れたスキル持ちの黒沼の怪物たちを量産する目途が立ったのですから』
黒沼の怪物たちが全員がこれからスキルを標準搭載する……ってコト!?
もうダメだ。おしまいだ。人類は支配されます。はやくみんな逃げて!
『では、我が主、私はこれで。思念を使い過ぎましたので、ちょっと眠ります』
ぎぃさんはそれっきり静かになった。
「ちーちーちー(訳:まずいちー、このままだとちーのスキルを勝手に量産型に移植して、ちーのことを用済みのマスコットにするつもりちー……!)」
「その論理で言ったら俺もたったひとつのアイデンティティの指パッチン奪われるのでは?」
俺とシマエナガさんは戦慄しながら地上へ戻る。
「きゅっきゅっ!(訳:英雄殿~! 鳥殿~! こんなところにいたっきゅ! みんないなくなってて探したっきゅ! いつになっても敵が攻めてこないっきゅ! おかしいっきゅ!)」
「ちーちー(訳:ここにも憐れな獣がいるちー。ほら、みんなであの邪悪なナメクジに対抗する手段を考えるちー)」
「きゅきゅ?」
ハリネズミさんはわかってない様子だ。
この子にはずっと純粋でいてほしいね。
地上へ戻ってくる。
早朝の雰囲気はまだ抜けないが、だいぶん明るくなってきた。
本日のデイリーミッションも更新されているだろう。
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★デイリーミッション★
毎日コツコツ頑張ろうっ!
『スーパーエージェントを拾う』
スーパーエージェントを拾う 0/1
継続日数:200日目
コツコツランク:ブラック 倍率100.0倍
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なんとも難解なデイリーミッションだな。
そう簡単にスーパーエージェントが落ちているわけあるまいに。
「ちーちーちー(訳:普通のエージェントでさえ落ちてないちー)」
「きゅっきゅっ!(訳:向こうにスーパーエージェントの香りがするっきゅ!)」
そんな阿保な香りはない。
「きゅっ! きゅっ!(訳:本当っきゅ。信じてほしいっきゅ、英雄殿!)」
仕方ない。
手がかりもないことだしな。
ハリネズミさんの案内のままに深い森のなかへ入っていく。
森のなかを歩いていると人影を発見。
黒いコートに艶やかな黒髪……この人は、餓鬼道さん?
そういえばジョン・ドウ襲撃のちょっと前にどこかへ行ったきり姿が見えていなかったが……。
「餓鬼道さん、こんなところで何してるんですか?」
「道に迷った」
涼しい顔でわりと情けない事を言ってきた。
スーパーエージェント……意外と落ちてるものだな。
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