指男の噂 9
陽光の遮られた涼しい自然の中、鳥のさえずりを聞いて歩めばスーパーエージェントが落ちているかもしれません。厄災島。そこは不思議の島なのです。
「ここではゴーグルマップが使えない」
餓鬼道さんは目元に影を落として見つめてくる。
恨まれているのだろうか。
「指男、私をこの森に閉じ込めることが狙い?」
「いや、まさか」
勝手に道に迷ったはずが、俺のせいにされかけている。
「付いて来てください。いっしょに外へ出ましょう」
この人意外と方向音痴の人だったか。
そのうえでゴーグルマップまで封印されては八方塞がりだったろう。
「この森に危ない獣は出ませんけど、もしかしたらまだジョン・ドウの潜伏兵がいるかもしれません。気を付けてくださいね」
俺は歩きだす。
ふと、ふりかえると餓鬼道さんが立ち止まったままである。
「どうしました」
尋ねると、黙したまま付いてきだした。
まあ気にすることもないか。元から変わった人だしな。
小学校中学校にもこういう不思議なオーラの人はいた。
ほどなくして細い渓流にたどり着く。
せせらぎの涼し気な音が聞こえる。
「迷ったら渓流を探せばいいですよ。まっすぐに流れてやがて海へ向かいます。必然と森の外へ出られます」
餓鬼道さんは渓流のそばに立ち、あたりをキョロキョロ見渡している。
「どうして親切をする」
ふと尋ねられた。
「森の外へ出る手伝いのことですか」
「そう」
「俺はさほど親切な人間じゃないですよ」
「親切」
「……状況と常識がそうさせているだけで。もし餓鬼道さん見ず知らずの人間だったとしても、ここは厄災島なんで、迷子はみんな助けます」
「中東の紛争地帯なら」
「紛争地帯? 紛争地帯……まあ助けるんじゃないですか。帰り道がわかれば」
紛争地帯で迷子というのもシチュエーションが謎だが。
「群馬」
「群馬の深い森で迷子になったら流石にわかりませんね。あそこは自分の命を守るだけです。気を抜けば罠にかかり、食人族に囲まれ、晩餐に添えられる秘境なので」
これは断言できる。
「指男でも群馬は恐ろしい」
「当然」
「指男は恐れない。恐いものはないはず」
「まさか。恐いものはたくさんあります。デイリーミッションの無茶ぶりとか」
「デイリーミッション……」
「ぎぃさんとか」
「ナメクジ」
「たまに荒ぶる修羅道さんとか」
「それは恐い。理解不能」
餓鬼道さんもたいがい理解不能ではある。
みんなもたぶん同じ意見だから、彼女はいつもひとりぼっちだ。
でも、俺は実は違ったりする。
事前情報として、いろいろと修羅道さんに教えてもらってはいるのだ。
餓鬼道さんは常に優れた人物たれと訓練された結果、だれにも頼ることのできない性格になってしまって変な子になっちゃたのだとか……あといろいろ修羅道さんに注意とお願いをされてもいる。
『餓鬼道ちゃんは想像を絶するポンコツです! よく道に迷っているのを見かけると思いますし、気づいたらいませんし、野菜は嫌いで残しますし、車はアクセルを踏む事しか脳がありません! 正義感からよくわからないことをしますし、想像力豊かな勘違いは地球を滅亡させるほど! いまは赤木さんのことを恐るべき怪人と思い込んでいるのだと思います! 赤木さんから誤解を解くよう働きかけてみてください!』
普段は気が付いたらいなくなってて、ふとした時に現れる。そしてまた消える。
そんなものだから、腰を据えて話す機会はなかった。
思えば、いまは話すにはちょうどいいかもしれない。
修羅道さんいわく、餓鬼道さんはさまざまなデマに惑わされ結果としていろいろ勘違いをしているとか。どうにか誤解を解ければよいのだが。
「餓鬼道さん、俺は餓鬼道さんが思っているような極悪人ではないですよ」
餓鬼道さんは蒼い瞳をくいっと正面に向ける。
俺の背後、ずっと向こうのほうで、ブレイクダンサーズとブラックタンクがジョン・ドウ兵士の死体を荷車にのせて運んでいた。
あぁ、なるほど、ああいうので悪い噂が広まるのか。都市伝説じゃだいぶ無茶苦茶なこと書かれているし、説明がなければ結構恐ろしいことをしまくっているからな。だいたいデイリーミッション君せいなんですけどね。
「死体の山」
「あれは向こうが悪いんです。正当防衛です。ジョン・ドウのほうが攻めて来て」
「ジョン・ドウ。指男は戦った」
「俺自身は戦ってはないですよ。全部ぎぃさんがやりました」
「ナメクジの厄災」
「そうです。あれがぎぃさんです。本心で言うと、俺の手で人間を殺すのにはやっぱり抵抗ありますから」
「まともな感性。それは演技?」
「演技じゃないですよ。僕は餓鬼道さんが思っているよりずっと平凡な人間なんです」
俺と餓鬼道さんが渓流のほとりに立ち尽くし、いろいろと話をした。
主に語らったのは俺で、俺がどれだけ平凡なやつかを話した。気が付けば出身地、小学校、中学校、高校の思い出、大学で専攻した学問や、ゼミナールでの活動、サークル活動などいろいろなことを話していた。
それらひとつひとつの情報にはさしたる意味はないだろうが、餓鬼道さんが俺という人間のことを知る手助けにはなったと思う。
「こんなところですかね。とにもかくにも餓鬼道さんが無事でよかったです。姿が見えないからもしかしたら襲われてるんじゃないかと心配してました」
「心配? 私を?」
きょとんとして首をかしげる。
「? 当然でしょう。仲間ですから」
「私は心配されたことはない。強いから」
「でも、修羅道さんは心配してましたよ?」
「命の心配はしてない」
強いって生殺与奪の話?
「指男、話をしよう」
「わりといま話をしていたつもりなんですけど……」
でも、餓鬼道さんから初めて話題をもちかけられた。
これは進歩なのでは。
野良猫が心を開いてくれたみたいでなんだか嬉しい。
「事前に忠告をする。私には嘘が通用しない」
「へえ、そういうスキルですか」
「家庭の事情」
なるほど?
「私を殺そうとしても無駄。例えば5,000兆ボルトの電圧をかけられても死なない」
「へ、へえ、そういうスキルですか」
「家庭の事情」
ゾルディック家みたいな人だな。
「そのうえで質問。あなたは猟奇的な道楽趣味をもっており、人間を何度も殺し、経験値を搾って遊ぶとされると言われている。本当?」
「デマですよ。どこの情報です?」
「ネット記事」
信憑性がザコ。
「嘘をついてない……猟奇的殺人鬼というのはデマ……(メモメモ」
「あの、餓鬼道さん……?」
「冷酷無比で、自分にも他人にもストイックな求道者である。本当?」
なにこの質問形式。
答えてれば質問の理由を教えてもらえるのかな?
「求道者とはよく呼ばれてましたね。ミーム型異常物質に探索者の顔見知りたちの記憶を抹消されるまでは、ストイックだって褒められてました。結構嬉しかったです」
「指男は褒められるとちょろい……(メモメモ」
「が、餓鬼道さん?」
「災害地域では逃げ遅れた市民相手に巨大なフレンチブルドッグの頭を胴体から引き千切って見せて恐怖におののく姿をニチャっとした笑みで楽しむ。とりわけ幼女を見る眼差しは粘度を増す。つまり生粋のロリコン。本当?」
「嘘です。なんでそんな変質者扱いされてるんですか」
「嘘をついてない……指男はニチャっと笑わない……ロリコンじゃなかった……(メモメモ」
こんな調子で餓鬼道さんの質問はつづいた。
IQ420、24ヵ国語を操るとされる。
あらゆる文化圏に侵入し、何者にもなれる。
あらゆる敵をただ一回指を鳴らすだけで滅ぼすとされる。
黄金の剣をふりまわし京都の町を破壊した。
『黒き指先の騎士団』なる軍事力を保有している、その陸上戦力規模は20億。
白く光る粉を輸出する事業が謎につつまれたフィンガーズ・ギルドの資金源か。
事実が歪曲されて伝わったものから、ソースが雑魚すぎる純度100%の嘘までさまざまな俺に関する噂を検証された。
餓鬼道さんは満足したのか、スマホをポケットにしまう。
「ミーム型異常物質。指男にも存在するとは。修羅道も地獄道も嘘を言ってなかった」
餓鬼道さんは険しい顔をして睨んでくる。
「私は思い違いをしていたのかもしれない」
スッと手が差し出される。握手を求めている?
俺は緊張しながら彼女のほそい手を握る。鋼の精神がなかったら女の子と手を握ることに緊張して、手汗を滝のように搔いていたに違いない(※童貞)
「私たちは仲間になれる」
「それはよかったです。でも、もっと前から仲間だと思ってましたけど」
「私たちは仲間になれる」
あれ、壊れちゃったかな。
同じ事しか繰り返さないね。
餓鬼道さんは背を向けて去っていく。
もうここまで来ればひとりで帰れると確信したのだろうか。
「うん、でもそっち森に戻ってますよ。こっちこっち」
やれやれ、あまりにもおポンコツ様がすぎる。
でも悪い人ではない気がする。
きっと手間のかかる人というだけだ。
──エージェント室では
エージェントGはその日、そうそうにJPNダンジョン財団本部へ帰投し、エージェント室へ報告書を提出した。
エージェントマスターは報告書を受け取り、これまでとはまるで違った捜査内容と報告に目を見張った。
「エージェントG、まさか標的のいるギルドに潜入調査をするとは。なんて大胆なんだ、誰にもマネできないことを平然とやってのける。そこに痺れる憧れる」
言いながら報告書を確認。
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Aランク第10位『指男』
【基本情報】
性別:男 年齢:22
【人物像】
純朴な青年。接しやすい雰囲気を持つ。やさしい気質。道に迷ったら助けてくれる。心配もしてくれる。うれしかった。
道徳的にまともな人格の持ち主。優れた頭脳は正義のために活用している。
ただし、その本性は自分にも他人にもストイックな求道者である。
ひと目には付かず、大いなる巨悪を倒すために力をつけている。
優れた頭脳が見通すビジョンは底知れない。いまだ真相にはいたれず。
【能力】
IQ200。4ヵ国語に精通する。
『フィンガースナップLv9』でどんなモンスターも一撃で倒す。
厄災たちを従える能力がある。厄災たちは彼のことを慕っており、なついている。
動物たちに心を開かせる能力があるのかもしれない。ねこも使役している。
【備考】
ミーム型異常物質の影響で存在が都市伝説化している。
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エージェントマスターは椅子に深く腰掛ける。
報告書を読んでいくと、さまざまな戦闘の記録が、指男の口から語られたと思われるリアリティで伝えられていた。
「これまでのダンジョン攻略の功績がすべて真実だとは……銀色のアルコンダンジョン攻略に、京都クラス5ダンジョン攻略、そして今度はあのジョン・ドウと正面衝突し一夜でこれを迎撃したという」
エージェントマスターは資料を持ったまま、茫然としてしまった。
恐怖はなかった。あるのは常軌を逸した存在への畏怖畏敬である。
「指男、敵ではないとわかったが、依然として底知れないやつだ。デビューからただの7カ月で付ける実力でもなければ、組織力でもない。それほどの才能とカリスマがあると言う事なのか、あるいは何かトリックが……彼にはまだ隠された秘密がたくさんあるのだろう。やはり、この一件はエージェントGに任せるほかない」
エージェントマスターは引き続き、エージェントGに指男のそばでの調査を続けるよう暗号文を打った。
エージェントGの調査は続く──。
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