オド・アクラスとオド・ニィカラスタ
──修羅道の視点
JPNアノマリーコントロール総帥オフィス。
真白い光を背景に、漆喰の重厚なつくえに総帥
男の前には女性が腰裏に手をまわし背筋をピンと伸ばして立っている。
燃えるような赤い髪の女性だ。
「では修羅道くん、アレが指男に興味を持っていると言うのだね」
「疑いようはありません。地獄道博士の推測は正しく、黒いダンジョン因子は指男と顔のない男にとって共通項であり、2人を結び付けようとしています。あの島の勢力をご存じでしょう。守る必要があります」
「神話の軍隊。にわかに信じがたいが厄災ならばありうる。手綱を離せばどうなるかはわかったものではない」
「きっと大丈夫です」
「根拠は」
「勘です」
「なるほど。君の勘ならば量子コンピュータの計算よりアテになる。修羅道くん、君の考えはわかっているとも。そしてそれは私としても望むべくものだ。もうひとつ拠点を増やせるのならそうするべきだ。政治的に不可能だが、物理的には可能だ。厄災とその主人からなるあの島は条件を満たしている。出来過ぎなくらいだ」
「なんのことでしょうか! 全部は偶然です! なにを言ってるのかまったくわかりませんっ!」
「そうムキになっては自白しているようなものだ。まあいい。だから修羅道くん、君の好きにするといい」
「本当にいいんですね」
「もちろん。だがそれは私の言葉でもある。主犯は君なのだ。私じゃない」
「小胸院総帥、ありがとうございます」
──赤木英雄の視点
『顔のない男』が送り込んだとされる肉の怪物たちを、不観測の何かからおろして、箱につめて厄災研究所のなかへ連れ戻す。
通路が通常のサイズの時は、これほどのモンスターが通れるはずもないが、ぎぃさんが道を広げておいてくれたから、中央エレベーターまで一直線に運ぶことができた。
中央エレベーターというのは数あるジオフロント行きエレベーターのなかでも最大のものだ。直径15mくらいあるエレベーターなので、これで運べないものはそうそうない。
ジオフロントまで降りて来て、第一支柱都市のほうへ向かう。
支柱都市はジオフロントを支える13本の巨大な塔のことだ。
これらはほかのビル群とは比べ物にならないほどにデカい。
地上から天井までを貫くようにそびえている。高さは1,400mくらいあるとぎぃさんは説明してたような気がする。人類の建築学をすでに上回っていることに脳の震えが止まらない。
なお支柱”都市”という名がついているのは、それぞれの支柱直径が250mもあり、塔の中に文字通り都市が形成されてるからだ。もちろん深い意味はない。
黒い指先達が暇そうにしてたので作っただけだ。当然のように塔の中はガラガラなので入居者は絶賛募集中である。
支柱都市13本にはそれぞれ第一支柱都市~第十三支柱都市と名前がついている。地下都市をぐるっと囲むように立つ12本が第二支柱都市~第十三支柱都だ。ジオフロントの中心にあるもっとも太く立派な支柱が第一支柱都市だ。
なお支柱都市は実際のところ、ジオフロントの空間を維持するためには必要はないらしい。たとえ支柱がすべて折れてもジオフロントが崩れる心配はない。
すごい技術力だ。支柱なしにこの広大な地下空間を維持するなんて。
材質がすごいのかな。この黒いの本当になんなんだろう。
天を見上げながら、広大な地下都市にほれぼれする。
箱庭型の町づくりシュミレーションの感覚で、余ってる労働力と建材を無限に吐き出すぎぃさん使ってやりたい放題してきたけど、これ本当にどうするんだろ。
「この地下都市の収容人数どれくらいなんですかね」
「……。概算ですが、13の支柱都市もあわせれば現時点で2,000万人は超えているかと」
本当にどこを目指しているんだろう。
だれか教えて欲しい。
第一支柱都市へ到着した。
ようやくこのやたらむごたらしいバケモノどもを納品できる。
第一支柱都市の一階、だたっぴろい倉庫のような空間に到着。
向こうから円柱型水槽に入ったぎぃさんが、台車でダークナイトに運ばれてくる。
『お疲れ様です。お手数おかけしました。さきほど私が水槽を取り替えている隙に脱走したようで困っていたんですよ』
「水槽を取り替えるですか」
亀の水槽を定期的に掃除するようなものだろうか。
『これから私は十分な設備の整った水槽で一生を過ごそうと思います。そのために大きめのものに住み替えようかと思っていまして。物自体の設計はドクターにお願いしていましたので、すでに出来ているんです』
「それじゃあぎぃさんはもう俺の肩に乗ってくれないんですか」
『残念ながらそのつもりです。いづれはこうなる運命でした。理由を説明しましょう。ついて来てください。ジウさんもどうぞ。見ていただいて構いません』
水槽を乗せた台車はスーッと向こうへ。
俺とジウさんは顔を見合わせてついていく。
奥まった場所に再びエレベーターが現れる。
みんなで乗って下へ下へ、下へ下へ、下へ下へ──到着。
深く下った先、そこは魔王の間とでもいうべき空間だった。
悪の親玉がふんぞり返って座していそうだ。
壁一面に幾何学の模様が彫られ、ぎぃさんを模したような黒石像がずらーっと奥まで続くように並んでいる。ふかふかの赤いカーペットも奥まで伸びている。
最奥には巨大な水槽がある。
水族館とかならホオジロザメが泳いでいてもおかしくないサイズだ。
『ここはオド・アクラス。我々の故郷の言葉を無理やりに翻訳するならば”女王の間”程度のニュアンスと思っていただいて構いません』
「女王の間、ですか。この場所を以前から作っていたんですね」
『そうです、最初から作るつもりでした。私はある世界において高貴な身分にあります。オド・アクラスは高貴な身分の者が一生を過ごす場所であり、すべての指令を行う場所でもあります。成長すれば私の一族は思念が強力になり、軍隊の連絡網とあわせて運用することで、司令塔である高貴な身分の者が動く必要がなくなるからです。なので遅かれはやかれ、いつかはオド・アクラスに引きこもる日が来ることはわかっていました。思念増幅装置はその日を大きく早めただけです』
「ちーちーちー(訳:後輩は軍隊を組織して指揮をすると決まっていたちー?)」
『そういう生き物ですから。ですが、誰のために軍を組織するかは選べます。私はすでに主人を見つけています』
「ちーちー(訳:後輩は地下都市も軍隊もぜーんぶ、英雄のためにつくったらしいちー。愛が激重でしんどいちー)」
シマエナガさんは肩をすくめて鼻で笑ってるけど、俺としては意外と嬉しい。
なにせ22年間、他人から愛されなかった非モテなのだ。
ナメクジだろうとこの際構うものか。
「……。支配する土地と軍隊をプレゼントとは人間にはマネできない芸当ですね。恐れ入ります」
ジウさんはかしこまって言った。
『先輩や後輩がいれば我が主の身辺警護には事欠きません、黒沼の怪物たちの警備も貼り付けています。なので私はここから始まる世界を守り、統治するつもりです。すべてを我が主に捧げましょう』
「ちーち(訳:激重がとまらないちー)」
『先輩、黙っててください。こほん。現実的にこの島はすでに脅威にさらされました。私はNo.2としてここを守らなくてはいけません』
「ちーちー(訳:No.2は後輩じゃないちー)」
『No.2として。えぇ、NO.2としてオド・アクラスから私と我が主の王国を守ります。必然、オド・アクラスは王国においてもっとも重要な聖地になります。ですが重要な場所がもうひとつあります。ついて来てください。驚くべきお土産があります』
驚くべきお土産?
『オド・アクラスのさらに下方、真の最下層をオド・ニィカラスタと呼びます。”女王の棺”程度のニュアンスだと思っていただいて構いません』
まだ下に掘り進めてたんかい。
オド・アクラスの巨大水槽の後ろに、またしてもエレベーターが出現。
乗り込んでウォンウォンっという駆動音を聞いていると程なくして到着。
最下層のなかの最下層。
また無駄に天井が高く、途方もない労働力でもって掘られた地下空間だった。
天井までは優に100mは越えている。
地下深くに来すぎたせいか、だいぶん熱気を感じる。
長時間いたら熱中症になりそうだ。
左右を見やれば、遠くの方でブレイクダンサーズやブラックタンクたちによる建築作業がいまも進められている最中だった。
エレベーターを降りてまっすぐに進むと、祭壇ともいうべき、ごくシンプルな黒いおおき台座が見えて来る。
そのすぐそばに見覚えのある人物がいる。
燃えるような真っ赤な髪、爛々と輝く緋色の瞳。
修羅道さんだ。
「ふっふっふ、赤木さん、お待ちしてましたよ」
「修羅道さん? どうしてここに」
「世界の破壊を防ぐために、ですかね」
修羅道さんはフッと軽やかに笑むと、手にしていたアルミケースを台座に乗せる。
アルミケースの持ち手には最新式の電子施錠がほどこされているようだ。
修羅道さんは素早くパスワードを打ち込み、手早く解錠した。いま30桁くらい打ってなかったかな。
アルミケースのなかに入っていたのは黒い円柱状の物質であった。
見るからに邪悪なオーラを発しており、表面には難解な文様が刻まれている。
とても古そうだ。人類以前に作成されたオブジェクトと言われても信じれそうだ。
「これを使って厄災島を人類十番目のアノマリーコントロールにします!」
「アノマリーコントロール作成キット……? 待ってください、話が見えないんですが?」
修羅道さんは円柱状の物質を台座に置くと、スレッジハンマーを取り出し「ていやーっ!」と餅つきみたいに叩き始めた。
衝撃波が発生し、白い粒子がこぼれだす。
白光が光る腕となってとびだし、地面を破り、暴れだす。
ブレイクダンサーズやブラックタンクが塵のように吹き飛ばされていく。
俺が支えなければジウさんも飛ばされそうで危ない。
「ちょっ、修羅道さん、それ使い方あってるんですか!?」
なんで使ってるのか、何のために使っているのかわからないけど、たぶんハンマーで叩いていいものじゃない気はする。危険なことこの上ない。
「説明書をちゃんと読んでくるんでした……急いで盗んできたので忘れてました!」
「絶対に使い方間違ってますって、とりあえず落ち着いてください」
「思い立ったらすぐ行動、時は金なり善は急げっ! パワぁあー!」
修羅道さんはハンマーをぽいっと放り捨て、円柱状の物質を鷲掴みにすると、台座に思い切り叩きつけた。猛烈な白光が広大な地下を照らし。光が焼けるほどに痛い。
パワー系が過ぎませんか。この人に好き勝手やらせて本当に大丈夫ですか。
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