一夜明けて
どうも。
ブルジョワ探索者にして、無人島オーナーにして、ギルド長にして、フィンガーズ・エクスペリエンス社CEOにして、ブラック会員にして、Sランク探索者(暫定)の赤木英雄です。
長い一日が終わりました。
昨日はオールスターデイリーミッションをクリアし、ブラック会員になって、娜のカニをしばき、修羅道さんに無限城へ連行され、スイス人の変態と知り合い、逃げ出した超危険ないぬに遭遇、そして、家に帰ってきたら犯罪シンジケートの特殊部隊を迎撃するという過密スケジュール……ちょうど先ほど、訳のわからないキモイ巨神兵を一匹海の藻屑にしてやったところです。
厄災島の夜明けは美しい。
特に研究所の北の高塔からのぞむ太平洋からのぼる日の出は格別だ。
「ちーちーちー(訳:艦隊がこっちに来るちー)」
海を見やれば船が三隻こちらへ向かってくる。
ぎぃさんがコントロールを奪取したのだろう。
「さて、島の被害を確認しないと。シマエナガさん、手伝ってくれますか?」
「ちーちーちー(訳:本当に英雄は仕方がないちー、ちーがたくさんお世話してあげるちー)」
そんなこんなで夜明けの厄災島で後片付けがはじまった。
ジョン・ドウはなかなかに暴れてくれたので、そこら中に弾痕が残り、木が道に横たわっていたり、火災が発生したりしていた。
とりわけ最後の謎の巨人から放たれた熱線はかなり強力だった。
おかげで島はボロボロだ。
復興作業はみんなが手伝ってくれた。
ハッピーさんにジウさん、娜にドクター。
ここら辺には主に荒らされた厄災研究所内の被害状況を確認してもらった。
大きな作業はもちろん『黒き指先の騎士団』がやってくれる。
島のあちこちに死体が散らばっているので、はやく掃除しないと衛生状態にもよくない。早急にとりかかってもらう。
破壊された発電施設の修理も夜明けのうちにはじまった。
ほとんどのことは我らのぎぃさんが指揮してくれた。
俺がやることと言えば、ぎぃさんが「これでいいですか、我が主」と確認を取ってくることに対して、それらしく思案気にして「ふぅん、とりあえずヨシッ!」と言ってGOサインを出すだけだ。こらそこ、無能上司とか言わない。
黒い指先達が死体片付けをする現場を横切って、いくつかの重要施設を見てまわることにした。
幸いにして経験値生産棟も、経験値のなる木も無事だったし、スキル解放の種が植えられた花壇も無事だった。
厄災研究所のビーチのすぐ近くに艦隊が移動しているのが見える。
黒い指先達によって錨がおろされ、停泊させられているらしい。
ビーチでは捕虜にさえた兵士たちが集められているのも見える。
「ちーちーちー(訳:後輩はなにをするつもりちー?)」
「黒き指先の騎士団に海上での作戦拠点をつくりたいらしいですよ」
「ちーちー(訳:後輩は危険ちー、邪悪な侵略を考えているに違いないちー。いまのうちに止めたほうが良いちー。言ってくれればちーが退治するちー)」
ぎぃさんは厄災らしさでは確かに危なさを感じるところはある。
だが、見た目がキモくて邪悪だからと言って、根は良い子だと思うのだ。
「信じて引き取った子ですから。もう少し様子を見ませんか」
「ちーちー(訳:英雄はやさしすぎるちー。ちー以外の厄災なんて必要ないちー)」
シマエナガさんは言って胸ポケットのなかに頭を引っ込めてしまった。
「赤木さん、いったい何をしでかしたんですか!」
あ、修羅道さん。
キリっとした顔で朝日を背にやってくる。
「そこら中に特殊部隊の死体が散らかってます! ジョン・ウィック:チャプター5の撮影でもしたんですか!」
「これにはいろいろと訳がありまして」
向こうを歩くジウさんを発見。
おーい、ジウさん、こちらの受付嬢さんに説明を。
「……。厄災島はジョン・ドウ警備部の襲撃を受けました。敵勢力はおよそ3,000。艦船3隻に、潜水艦3隻、超大型モンスター兵器を投入する大規模侵攻です。防衛大臣の寄生虫尋問により首魁ネメラウス・フリージャーより情報収集がはじまっています」
ジウさんは要領よく修羅道さんへ報告をおこなってくれた。
修羅道さんは終始、凛とした表情を険しくして聞いていた。
俺が「修羅道さん、今日もかあいいなぁ」っと眺めていたことは秘密である。
「状況は把握しました。あとでより詳しく聞かせてください」
「……。はい、了解です」
「ネメラウス・フリージャー。ジョン・ドウの幹部のひとりです。彼を捕縛できたのはおおきな成果でしょう。これで組織の全容を知ることができるかもしれません。なぜジョン・ドウがこの島を襲ったのか、どうしてそれほどの戦力を投入したのか、どこまで勘付いているのか、ダンジョン財団としても今回の事件は興味深いです」
修羅道さんは言って細い顎に白い指先をそえる。
考え込むような仕草。かあいい。
『我が主、緊急事態です。ネメラウス・フリージャーそのほか5名がそちらへ向かいました。殺さずに捕縛していただけますか』
「え?」
ぎぃさんの謎の思念がとんでくる。
ネメラウスたちは地下の深くにすでに幽閉されているはず。
黒い指先達をふりきってジオフロントから地上まで出て来られるわけがない。
「ん……なんだか妙な気配がちかづいてきますね」
修羅道さんはつぶやく。
その時、大きな物音がした。厄災研究所のほうだ。
見やれば黒い要塞を突き破って、血生臭いバケモノが飛び出してくるではないか。
パッと見でも体高15mを優に超える大きさだ。
不浄な血肉を地面にこすりつけ、不定形の肉体を引きずって現れた。赤みの肉を夜明けの空下にさらし、物凄い熱を帯びているせいか蒸気につつまれている。
顔面と思われるものは、どことなく見覚えがある。人の顔だ。
まさか、あれがネメラウス・フリージャー?
嘘だろ、なにがあったんだよ。
驚愕している間にも、ネメラウス・フリージャーらしきバケモノに続いて、ほかにも4体の醜悪かつ冒涜的、生命の尊厳が失われた肉塊の怪物たちが這い出て来た。
あれが厄災研究所のなかを通って出て来たのだと考えると、いま研究所内がどうなっているのか想像したくもない。まじで。
バケモノどもは増殖した無数の目玉から紫色の熱線を放射した。
熱線の威力はすさまじく、ビーチを破壊し、木々を向こうまでまるごと焼き斬ってしまう。あんなのに暴れまわられたら島はめちゃくちゃだ。
「エクスカリ──」
「ちーちー!(訳:待つちー! 英雄が戦う方が島がめちゃくちゃになるちー!)」
「……。指男さんは手を下さない方がいいかもしれません」
みんなに止められ思い直す。
なんたる皮肉だ。俺が島にとって一番の脅威だなんて。
「あれは報告にあったアララギの新型モンスター兵器ですか。本当に厄介な人ですね、彼は」
修羅道さんは言いながら手をピッと前へだす。
指で簡易的な印を結ぶとボソっとよく通る声でつぶやいた。
「
何かが起こる。
その予感はした。
おおきなうねりのような物を感じた。
しかし、現実になにが起こるのかはわからなかった。
そして現象が起こったあともそれを理解することはできなかった。
厄災研究所から飛び出した5体の名状しがたき肉怪のボディそれぞれに、いきなり風穴が穿たれた。
穴の形状はさまざまだ。
円形もあれば、ひし形もあり、長方形のものも存在する。
いづれにしろ何らかの数学的図形であることは間違いなく、無秩序な破壊が行われたのではないことは確かだった。
まるで見えざる巨大な武器がバケモノを下方から串刺しにしたかのようだった。
怪物たちの身体は中空で静止している。
一瞬の衝撃で中空へ打ち上げられ、そこで何かに固定され、不浄な体液を垂れ流している。
怪物たちからしたたる膨大な血液の滝だけが、彼らを射抜いた想像を絶するほど巨大で、不可視のナニカの輪郭を浮かび上がらせている。
ナニカはただ透明なのではない。
氷やガラスとは違い、まるで光の屈折を受けず、したたる血が無ければ、そこに物質が存在することすらわからないのだ。
不可視というより、不観測と形容するべきかもしれない。
「あの怪物たちは『顔のない男』阿良々木の忌むべき作品たちです。おそらく今回の襲撃にも彼が関わっているということでしょう」
修羅道さんはさっぱりした顔でこちらへ向き直る。
彼女にとっては羽虫を手で払った程度のことなのだろうか。
「この島を防御しましょう。『顔のない男』が島を襲ってきた以上、次いつ襲われてもおかしくはありません。対策を立てなければ。ちょっと待っててください。すぐに戻ります」
言って修羅道さんは俺とジウさんの目元に手をパッと押し当てる。
「なにするんですか」
瞬き一回。ただそれだけで修羅道さんは消えてしまっていた。
慌てて右を見ても左を見ても、姿は見当たらない。
視界を奪われた刹那に忽然といなくなったというのか。
「……。彼女はミステリーですね」
「まったく同感です」
俺とジウさんは顔を見合わせた。
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