Side : John Doe ジョン・ドウ襲撃編 終幕

 ふりかえると向こうから黒い影がやってきていた。

 デカい。圧倒的にデカい。体高は3mはくだらない。

 黒く重厚な鎧、濡れたようなマントをまとった黒い怪物だ。

 雰囲気はこれまでのブラック・フィンガーズと類似する。


(さらなる上位個体……? どうなってんだよ、ここは……)


 四本の太い腕の一本に人間の少女を担ぐように乗せている。

 息を呑むほどに美しい娘であった。

 およそ人類史を見渡してもこれほどに完璧な造形を誇る少女もおるまい。ウィンストンはそう思った。同時にどこか得も知れぬ異質さもあった。

 人間離れした雰囲気と呼ぶべきか、神々しさを感じたのだ。


 少女を乗せた巨大な怪物はネメラウスたちの目のまえで立ちどまる。


『そこに並んでください。順番に寄生虫を体内に植え付けます。さあはやく』

「お前がここのボスか……」

「それじゃあフィンガーマンって、あなたのことなんですか」


 ネメラウスとウィンストンは震える声でたずねた。

 少女は閉じていた目を開く。真っ黒の眼差しに光は宿っていない。


『話をするつもりはないです。さあどうぞ並んで』

「おいおい、馬鹿するんじぇねえよ。誰が好きこのんで寄生虫なんか……」


 ネメラウスはいかけて口を閉じる。

 思い出したのだ。

 数日前に見た『顔のない男』が捕獲したという寄生虫のことを。


「お前が……──」


 言葉は途中で遮られた。

 黒い触腕を口のなかへ突っ込まれて。

 触腕は少女の背中から伸びていた。

 ウィンストンは蒼白になり、悲鳴をあげる。

 目の前の人間だと思っていた彼女もまた人外の怪物であったのだ。


『話をするつもりはない、と警告しましたよ。さああなたもこちらへ』


 脳内に響く穏やかな声。

 ウィンストンは気が狂いそうになりながら震える指先で魔導書をなぞり、魔術を詠唱する。もし死ぬとしても、得体のしれないおぞましき触腕で殺されるのだけは勘弁だったのだ。

 火炎で自分の身体を焼き尽くそうとする。


「〈妬ましい焦げ跡EnvyScars〉……!」

『誰が死んでいいと言ったのですが』


 黒い触腕は魔導書をはたきおとし、人間の顎を横から叩いてえぐり落とした。

 ウィンストンは声を発せることができなくなる。

 自然と魔術の詠唱もできなくなった。

 涙を滂沱と流し、青年は死の救済をもとめる。


「おろしでぐで……っ」

『だめですね。あなた達には仕事があります。さあどうぞお家へ案内します。これから”一生を過ごす”お家へ──』

「い゛ぁだ……っ、いあだッ! あぁあああ!」









 

 ──海上艦隊の視点


 地上ではすでに現場の混乱が艦隊まで伝わっていた。

 10km沖で待機する艦隊は逃げ帰って来る兵士たちを早急に受け入れていた。

 艦隊の旗艦である強襲揚陸艦ジュピター・フリージャーの艦長は、慌ただしいブリッジのまんなかで望遠鏡を片手に火の手がそこら中であがっている島を見ていた。


「地上部隊は壊滅的なダメージを受け、制圧どころではなくなった。上陸した部隊が夜明けを待たずして逃げ帰って来るなんて……」

「艦長! 潜水艇三番よりレーダーで海底に何かを捉えました!」

「何か? 何かとはなんだ!」

「か、かか、艦長! 甲板にバケモノがッ!!」

「なんだと!?」


 艦長はブリッジより甲板を見下ろす。

 あちこちの手すりを乗り越えて、黒い人型のバケモノが乗船してきていた。

 報告にあった島で上陸部隊を返り討ちにしたフィンガーマンのモンスターだとすぐに理解し、艦長は青ざめ、言葉を失う。


「げ、げ、迎撃しろッ! 総員、モンスターどもがあがって来ている! 海のなかだ! 爆雷用意ッ!」


 通信が入り乱れ、あちこちで悲鳴と銃声が響き渡る。

 艦長は甲板で次々と殺される兵士たちを見ている事しかできなかった。

 敵は強く、何よりも数が圧倒的であった。

 海から船に次々とあがってくる。際限がない。無限湧きだ。


「艦長! 無理です! 三番ドッグに侵入されました!」

「食堂にも侵入されました! 二番ドッグ手前で食い止めていますが、もう持ちません!」


(フリージャー隊長たちをしてもこの数は無理だ……いまからヘリで戻ってこられても、とてもじゃないが船を奪い返すことはできない……モンスターが相手では降伏もできん……)


 方々から叫ばれる声を艦長はシャットアウトする。

 

「タイタンを起動させろ。あの島にぶち込む」

「ッ、し、しかし、あの島にはまだ兵士たちが!」

「馬鹿者が。艦隊を奪われればそれこそおしまいだ。島の兵士たちより艦隊を生かさなければ」

「で、ですが、艦隊を襲っているブラック・フィンガーズをなんとかしないと! もう持ちません!」

「眷属モンスターなのだろう? であれば、召喚者を殺せばモンスターたちも活動を停止、あるいは逆召喚で消失するかもしれない。試す価値は十分にある」


 艦長の判断に船員たちは最後の希望を託すことにした。


「タイタン起動! 照準計算完了まで70秒!」


 艦長は操縦室の窓から水蒸気を激しくあげている雲の塊を見やる。

 雲からのっそりと、海面を破って常軌を逸した怪物が現れた。

 爛れた皮膚、焼けこげる肉の匂い。

 操縦室にいても思わず顔しかめる不快臭を巻き散らすおぞましい産物だ。


(人類に罪があるなら、この怪物を生み出したことは確実にそのひとつに数えなければなるまい)


 艦長が冷汗をかきながら「あぁ、神よ、許したたまへ」と、これから自分の行う蛮行と地獄をつくりだす決断への許諾を求める。


 いよいよ怪物の全容があらわになる。

 超巨大なる人型それは『タイタン』と呼ばれるモンスター兵器だ。

 16の目を持ち、腕を4つ持ち、2つの口持ち、2つの醜い顔面を持つ、身長200mの冒涜的怪物だ。

 『顔のない男』が無償で提供したために連れて来たそれは、海のなかで体温を下げ続けなければ、自らの体温で腐り、崩れ、崩壊してしまう。それほどに不安定なものだから、ここまで海面に潜っていることで出番を待っていたのだ。

 

 タイタンは強襲揚陸艦とフリゲート艦の甲板にそれぞれ両手を置いて、姿勢を安定させると右側の醜悪な顔面を島へと向け、腐り溶ける口を開いた。口のなかから肉の繊維が絡まった金属の砲が伸びて出て来る。

 タイタンの身体が燃えるように輝きだし、体内で激しく胎動する脈に合わせて噴き出す血と、不浄な蒸気が勢いを増していく。


「照準計算完了! 発射体勢に入ります! 5、4,3、2、1!」

「総員、耳を塞げ」

 

 胎動がいよいよ早くなった次の瞬間、緊張を一気に解き放つかのようにタイタンの口砲から、まばゆい光とともに熱線が放たれた。

 熱線は0.01秒と掛からずに島に到達する。

 島では厄災研究所の屋上で彼が待っていた。

 厄災の主、都市伝説の怪人──指男である。


「エクスカリバー」


 ──パチン


 軽やかな音色が響き渡る。

 直後、黄金の輝きが虚空より生じ溢れだす。

 絶槍の形状をとったエクスカリバーは光線となって伸び、10km沖の艦隊から放たれたタイタンの熱線を真正面から迎え撃った。


 絶槍エクスカリバーはタイタンの熱線より密度が高かった。

 島を焼却しようとした熱線と正面から拮抗する。怪物の熱線は拡散し、広がり、夜明け前の海面を焼き、水平線へと流れ星のように去っていく。

 少なからず島にも数発の熱線が拡散が着弾し、森が燃え、世界樹の枝葉が焼き落とされる。

 指男は島の被害をチラと見やる。


「鋭く、抜くか」


 指男は深く息を吸い、もう一度、指を鳴らした。

 次の一撃はさきほどとは比べ物にならないほどだった。

 HPの100,000捧げ、世界を焼く滅び、その片鱗を呼び寄せた。

 瞬く。虚空の彼方から黄金の光が溢れだす。

 次なるエクスカリバーはタイタンの熱線を容易く押し返した。

 それまで拮抗していたエネルギーを鋭くすら抜き、黄金がタイタンを撃ち抜く。

 黄金のエネルギーは海上を貫通し、海中へ突き進み、海の深いところまで潜り、初めて爆発した。不発弾を海の中で処理することにヒントを得たみんなが幸せになるエクスカリバーだ。

 

『海上で爆発させず、海中まで槍を保ちましたね。おかげであの生物兵器だけを無力化し、艦隊を蒸発させずに手に入れられそうです。流石は我が主』

 

 指男の脳内に語り掛ける声は淡々としていたが、どこか誇らしげであった。

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