Side : John Doe 段階の違う怪物

 シックな個体が素早く拳をだしてくる。

 ネメラウスは思わずショットガンでガードしてしまう。

 ガドンッ! 火花が散り、銃身が目に見えて歪んだ。


(避けるのが達者だからてっきり防御面が柔いのかと思ったら──)

 

「硬い!」


 廊下をごろごろと転がり、ネメラウスはめまいを堪えながら立ちあがる。

 手には歪んだショットガン。もう使い物にならない。

 放り捨て、コンバットナイフをとりだす。


 怪物は歩いて近づいてくる。

 

(魔法散弾でも装甲をDEFを抜けねえ。この強固な守りを破るには……)


 怪物の背後から銃声が響いた。

 シックな個体はバっとふりかえり、ダンジョン・マグナム弾を躱す。

 アリン、ジェイムズ、ウィンストンの三名が追い付いて来ていた。

 

 銃弾の雨をすべて躱す。

 緑黒い稲妻が白いシャツのうえから身体に纏りつく。

 迸る衝撃と光のあとに、怪物は緑黒い鎧をまとっていた。

 胸当てのようなものだけがついた軽装の金属質の鎧だ。

 腕や足、頭などの装備はない。


 銃弾を躱しながら行われた早着替え。

 怪物の動きは着替えを境目に切り替わった。

 正確には速さのギアが切り替わったというべきだろうか。


 近づいてきたシックな個体へ、アリンは拳を放つ。

 シックな個体はガシっと受け止め、代わりに一発叩きこんだ。

 ビルの壁を貫通し、向かい側の屋上までカチあげられるアッパーカット。

 その衝撃にアリンは意識を失った。


(こいつなんてパワーにスピードだ……! 本気を出していなかったとでも!?)


 ジェイムズは焦燥感に駆られる。

 離れた位置にネメラウス。自分のすぐ後ろにはウィンストン。

 ウィンストンは直接戦闘を苦手とする支援型、ネメラウスは武器を失っていて、すぐには助けにこれない。


(できるか、いや、やるしかない。十分に間合いだ、やれるはずだ)


 ジェイムズはスキル『交換する』を発動した。

 射程が短いスキルだが、敵を確実に倒せる能力だ。

 交換するのは手に持っていたライフル銃とバケモノの頭部である。


(死に晒せ)


「……。あ?」


 スキルが上手く発動しなかった

 今までに一度も起こらなかったハプニングに目を丸くする。

 怪物の黒い頭部がジェイムズのほうを向いた。

 時間の流れがやけに遅く感じられた。


(まずい、殺される)


 遅延しきった時間のなかで、ジェイムズはふとある話を思い出していた。


『レベル差がありすぎる対象には特殊系スキルはレジストされることがあります。つまり効果を発揮せずにして、無力化されるということです』


 どこかのダンジョン学者が気だるげに語っていた動画の切り抜きを見た覚えがあった。

 スキル『交換する』が上手く発動しなかった。

 そのことはジェイムズにある事実を悟らせた。

 目の前の怪物が、自分たちが認識している以上に、違う段階にいるのだと。

 

「ッ、隊長、逃げ──」


 ジェイムズは首が締めあげられる。

 黒い腕は強力に気管を圧迫し、一瞬で意識を奪い去った。


 ハイパーソルジャーズを瞬きのあいだに無力化する地力を目撃し、魔術師ウィンストンは敵の強大さを認識する。


(だめだ、僕の装備ではとてもダメージを与えることも、抵抗することもできない)


 ライフル銃を放り捨て、魔導書を開き、ネメラウスへ意識を向けた。

 そしてかの怪人から与えられていた力に手を伸ばした。

 

『魔術祖式と高速詠唱、戦場へ行く君への餞別。なあにお代は結構さァ』


(スキル発動──『魔術祖式』『高速詠唱』)


 魔術を強化するスキルと、魔術の発動を高速化させるスキル。

 ふたつを同時発動し、ウィンストンは射程距離にいたネメラウスへ魔術をかけた。


(〈上級攻撃力強化High STR Boost〉〈上級防御力強化High DEF Boost〉〈上級敏捷性強化High AGI Boost〉〈上級生命力強化High VIT Boost〉〈身体能力最大化Maximize Of Physical Ability〉〈身体能力最大化ⅡMaximize Of Physical Ability Ⅱ〉)

 

 高速で行われる強化布陣はものの3秒で仕上がった。

 ウィンストン青年は『顔のない男』に無償で提供された力の効果に自分自身で驚いていた。

 

 他方、特別な術を掛けられたネメラウスは全身に漲る力を噛み締めていた。


 ウィンストンが魔術による強化をハイパーソルジャーズへ行うことはまずない。

 多くの場合、彼が強化をほどこすのはネメラウスのような強者ではなく、被害者になりかねない弱者だからだ。

 だからネメラウスは魔術師ウィンストンのバフを経験したことがなかった。


(話では聞いていたが、これほどの強化なのか)


 全能になったような高揚感に包まれ、何でもできる自信に溢れていた。

 大振りのコンバットナイフを手に、シックな個体へ一気に飛びかかる。

 ネメラウスの体当たりで両者は縺れるようにビルの外へ。


(いいぞ、反応速度、膂力、俺の方がうえだ!)


 外壁のうえで近接戦闘が行われる。

 高い技能を誇るネメラウスはシックの個体と格闘術で渡り合っていた。

 黒い拳をかわし、空いた腹部へ拳を撃ち込み、ナイフで斬りつける。


(ウィンストンのおかげだ。今なら勝てる)


 自信に満ち、攻勢を強めていくネメラウス。

 しかし、10秒ほどで雲行きが怪しくなりはじめた。

 高揚感と勢いで押していると勘違いしていた。

 打たせてもらってることに気づきはじめる。


(こいつ、なんだ、確かめるようにひとつひとつ──)


 シックの個体──ユタは学んでいた。

 ネメラウスの一挙手一投足からCQCの論理を、非力な人類が戦場でいかに効果的に体を使うのか、その科学を見て盗み、自分のものにしていた。


 戦場は地上へと戻って来る。

 2人はお互いの拮抗する身体能力と技を確かめるようにもつれながら落ちて来て、怪しげな高層ビルがたちならぶ交差点で腕をとりあった。

 ユタの学習が追い付いていく。

 その瞬間はネメラウスの左腕の肘関節が砕けることで証明される。

 それを境にネメラウスを上回った。


 だが、ネメラウスもまた優れた闘争者だった。

 ユタが手を抜いていることに気が付いていた。

 次の瞬間に強くなっていることも、すぐに学習が追い抜くことも察していた。

 だから仕込みを行っていた。


 ネメラウスはかつて戦場で足を失った。

 地雷を踏んだために足を吹き飛ばされた。

 その経験はスキル『地雷』となってステータスに出現した。

 はじめは雑魚スキルの類いだと思われた。

 爆破箇所に触れて”設置”を行わないと”爆破”のプロセスに移行できないからだ。

 そんな面倒なことせずとも、遠隔から攻撃できるスキルはたくさんある。


 ネメラウスはスキルコントロールの修練を得て、短所を長所に変えた。

 設置を行う際、長く触れることで爆破の威力を高めることができるようになった。

 複数回触れることで幾何級数的に”爆破”を実行した時の破壊力は増幅していく。

 ネメラウスはユタとの近接戦闘がはじまってからの32秒間で、47回拳と肘、膝と蹴りを打ち込んだ。そのすべてにおいて”設置”を行った。


(スキル発動──『地雷Lv6』『爆破Lv5』『拡散Lv5』『衝撃Lv5』)


 効果的なスキルを組み合わせればあとはスイッチを押すだけだ。


「消し炭にしてやるよ、バケモノ」


 ネメラウスはつぶやいて指を鳴らした。

 直後、途方もない大爆発がビル群の間にこだました。

 交差点を溶解させるほどの熱量により、クレーターが生じ、余波で周囲のビルをまとめて倒壊させるほどの破壊力が解放された。


 ネメラウス自身おおきく爆風に飛ばされる。

 爆破の効果を見届けるべく、激しい爆炎のほうをじーっと見やる。


(敵を殺すための最適最高最大の攻撃……これで倒せなければ……もう……)


 どこか祈るような気持ちで灼熱の破壊地帯を凝視する。

 頼むから何も出て来るな。

 その願いは時間をおかずして裏切られる。


 赤い炎のなかから、人影が歩いてでてくる。

 テクテクと歩いて出て来る。

 燃える炎に身を包みながらやってくるその怪物。

 ユタ・ニュトルニアであった。

 これといったダメージはなさそうだ。


「馬鹿、な……んなことが、ありぇるわけ、艦船すら沈める威力だぞ……ッ」


 大火炎を背に堂々たる足取りで向かってくる怪物。

 背後で崩壊するビル群。

 壊れる世界おいて、ユタだけが平時と変わりない。

 異質。筆舌に尽くしがたい異質。

 その姿は神々しさすら感じるほどに圧巻。


 ネメラウスの全MPのうち実に8割を消耗させた攻撃だった。

 その攻撃力は嘘じゃない。周囲の光景が証明だ。

 だのになぜアレは死んでいないのか。


 ネメラウスは理解できず、のどを引きつらせ、言葉を失った。

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