Side : John Doe 戦闘開始

 ネメラウスは深く息を吸い、そして吐く。

 冷静になり、いつものとおり計算高く考えることにした。


「これはある意味では好機かもしれないな。フィンガーズ・ギルド、これを抑えることができれば、巨大な力が手に入ることが約束されたんだ」


 ネメラウスは愛銃のショットガンの装弾数を確認し、マイヤのほうを見やる。

 

「思った以上の事態に気圧されたが、冷静に考えれば、いま優勢に立っているのは俺たちジョン・ドウ警備部だ。地上部は全施設を掌握し、制空権は30機のヘリで完全確保され、航空基地から戦闘機だって飛ばすことができる。海上には艦艇3隻に、潜水艦3隻、そしてノーフェイスから預かってる”アレ”もいる」


 ネメラウスは静かに言葉を紡いでいく。

 

「上の中隊をここで待つ。無線をいれ、部隊を各地からこの地下都市へ集中させよう。都市一つを制圧する大きな仕事になるとは思わなかったが、そう思えば、3,000人も動かして正解だった思える」


 ネメラウスの軽口にマイヤは呆れたように首を振る。

 場の空気はすこしだけ緩んだ。


 ──ウォンウォン、ウォンウォン


「え?」


 エレベーターが動き始めた。

 勝手に上へあがって行ってしまう。


 ネメラウスは無線を起動する。

 しかし、応答はない。

 

(地面が厚くて届かない? それとも故障か……。どのみちエレベーターが動いたってことは上でスイッチを押したってことだ。待ってれば残して来た中隊も降りてきそうだな)


 楽観的に考え、ネメラウスは昇っていくエレベーターを見上げる。

 ふと肩を小突かれる。マイヤだ。視線をある一点へ釘付けにしている。


「ネミィ、ネミィ」

「どうした」

「来た」


 ネメラウスはバリケード越しに地下都市のほうを見やる。

 窓のない黒い高層ビルが立ち並ぶ不気味な大通りに、人影があった。

 舗装された黒煉瓦の道をどうどうと歩いてくる。

 

 身長は180cmほど。頭部は黒く湿っている。

 焦げ茶色のコートを白いシャツのうえに着込んでいる。

 銀色のカバンをひとつ持っている。

 

(なんだアイツは。シックな個体だな……いままでの個体とは違う。異質だ。だがブラック・フィンガーズであることは間違いない、なのに、なんだこの胸騒ぎは)


 ネメラウスは尋常ならざる焦燥感を感じていた。

 数百メートル先から散歩するようにやってくる黒い指先は、これまで戦ってきたどんな怪物よりも強大で濃密なオーラを持っていたのだ。

 目にしただけでその者が保有する力の大きさの一端を感じ取り、鼓動ははやく鳴り、肉体と精神は闘争状態へ移行していかなければならなかった。


 やらなければやられる。

 人間の深いところに忘れさられた、ごく原始的、本能的な衝動が「やつを殺せ、殺さなければならない」と耳の奥に囁いている。


 ネメラウスは全員が不思議とその感覚を共有していると確信をし、ハンドサインで攻撃を命令する。全員がFALでの射撃を開始。


 シックな個体はすぐに走りだした。

 まっすぐにバリケードへ駆けてくる。

 5人の射撃は左右に的を振られることでまるで当たらない。


(避けるってことは当たりたくないってことだ。防御力は通常個体と同じか?)


 ネメラウスは推測を立てながらワンマガジン20発を撃ちきり、そうそうにライフル銃を放り捨て、ショットガンを取り出すと、バリケードを乗り越え走りだした。


(これまでの傾向からして敵は銃の武装を持っていない。バリケードは狙撃を開始するためのもの。もう俺たちの動きを縛る以上の働きをしないだろう。ハイパーソルジャーズだけならバリケードに身を隠すより、機動力を使った方がいい)


 ネメラウスの思考を読んだのか、前衛チームも彼につづきバリケードを飛び越えた。

 

 後方支援型の交換するジェイムズと魔術師ウィンストンは早々にダンジョン・マグナム弾を装填する。

 前衛攻撃型の氷姫マイヤと闘神アリンは銃を捨てていた。近接戦闘ならば銃よりも個々人の力を使った方が強いからだ。


 シックな個体へ次々と放たれる魔法散弾。


(複数発射される面でとらえる攻撃範囲だ。合金加工が施されたペレットが現代最高の防弾装甲すらジェリーみたいに粉砕するぜ。お前のはどうだ?)


 ネメラウスの邪悪な期待。

 シックな個体はそれをたやすく裏切り、バサっとコートを翻すと、やや演技がかった仕草で散弾をおおきく回避する

 

 横から後方支援のダンジョン・マグナムが届く。

 シックな個体は素手で一発をガヂンッ! 火花を散らさせてはじくと、踊るようにライフル弾を避ける。

 

(こいつ、硬い?)


 薄氷が駆け抜けるイタチがごとく地をすべって伸びる。

 マイヤのスキル攻撃だ。高速にして必殺。当たりさえすれば勝ちの最強スキルだ。

 あと少しで届く。そう言ったところで、シックな個体は機敏に反応し、ぴょんっと飛びあがると、ビルの壁面に飛びついた。氷は追いかける。

 シックな個体は氷が物凄い速さで体積を増しておいかけてくることに気づくなり、それよりも速く走ってビルのうえの方へ逃げて行ってしまった。

 地上200mほどまで氷とのおいかけっこは続いたが、結局、氷が追い付くことはなく、ビルの下部に氷山を纏わせるだけに終わった。


 マイヤは半身を凍えさせる。


「大丈夫か、マイヤ」

「だ、大丈夫。少し休めば……それにしてもアイツすごく速い。私のスキルから走って射程外まで逃げ切るなんて……こんなの初めて。気を付けて」


 マイヤは震えながら言った。

 彼女のスキルは極めて強力かつ、日の制限回数もなく、MP消費もさほど多くないと言うチートぶりだが、その分スキルの連続使用にだけは若干の制約があった。

 連続使用すると自分の肉体まで凍ってしまうのである。


(空中陸橋まで逃げやがったか)


「追うぞ」


 地面から跳躍し、氷とビル壁面を足場に登っていき、ビルとビルとを繫いでいる空中陸橋までやってくる。


 上にたどり着くと、四車線道路の空中陸橋のまんなかに白いクロスのしかれたテーブルが広げてあった。

 テーブルの上にはお茶菓子と、湯気の立つティーポットがある。

 傍らには優雅に椅子に腰をおろす、ソーサーとティーカップを手に茶を嗜んでいるシックな個体がいた。


 まるで「遅すぎたのでお茶にしてました」とでも言わんばかりだ。


(この野郎、おちょっくてんのか……てかどこからテーブルとチェアを出しやがった?)


 ネメラウスはすぐに発砲。

 お茶会セットが散弾に吹っ飛ばされる。

 シックな個体は銀色のジュラルミンケースを素早く右手に、ティーカップを左手にかわす。


 そこへアリンは拳を硬め勢いのままに殴りかかった。

 ティーカップが投げつけられる。

 熱々のティーを手で弾き、アリンは突撃。

 シックな個体はスイっと逃げるよう避ける。避ける。避ける。当たらない。

 壁際──正確にはビル際だが──に追い込まれる。

 アリンの渾身の右ストレート。これも避ける。

 拳がビルに突き刺さる。ビルの壁がバキバキっとひび割れ砕ける。


 アリンは深く刺さった拳を引き抜く、構わずに追撃をはじめる。

 ビルの壁面を両者駆け上がりながら戦いがつづく。

 やがてビルは建設途中の上部にたどり着く。

 実質的な屋上で、シックな個体は拳を殴られ屋のようにかわしまくり、アリンは美しいシャープな拳撃のコンビネーションを打ちまくる。


 戦場が大きく移動していくのにあわせて、ハイパーソルジャーズ全員がアリンとシックな個体を追いかけた。

 彼らにとっては垂直の壁を駆けあがる事など、さほど難しい事ではない。


 最初にネメラウスが追い付き、アリンと共に近接戦を挑んだ。

 ネメラウスはもともと複数の近接戦闘スキルを持っていた。そのために近接戦闘CQCと各種スキルを融合可能で、かつ魔法散弾の攻撃力をも組み合わせた散弾銃型近接戦闘SGCQCによる破壊的戦闘もっとも好んで使っている。


 闘神アリンは言わずもがな、打ち合いにおいて世界最強を自負している。

 身長190cm体重130kgという恵まれた体格、強靭な骨格、眼の良さ、速さとキレがあるフットワーク、正確な当て勘と、無類のハードパンチ、絶妙な距離感に堅牢なディフェンス、打たれ強さも兼ね備える──すべてにおいて非の打ち所がない。


 2人の攻撃をシックな個体は完璧にはさばき切れていなかった。

 息の合ったコンビネーションにやや遅れをとる。


 アリンの拳を避けた瞬間、ネメラウスに足を払われる。

 ショットガンの銃口をピタっと肩に押し付け発砲。

 蒼い炎を吹くと同時に放たれた散弾が屋上の床に傷をつくる。

 寸前のところでシックな個体は散弾をかわしたのだ。


 アリンの拳が振り抜かれる。

 回避行動が間に合わない。

 シックな個体は腕でガード。勢いを殺せない。

 吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。

 ゴロゴロと暗い屋上を転がる。

 ジェイムズとウィンストンも追いついた。

 

 間髪入れずに放たれるダンジョン・マグナム弾。

 同時に散弾を撃ちながら走り込んでくるネメラウスと最大の敵アリン。


 緑黒い稲妻がヂリリっと迸る。

 次の瞬間、ネメラウスの顔面に黒い拳が突き刺さっていた。


「っ」


 ネメラウスが殴り飛ばされ、屋上から向かいのビルまで弾き飛ばされる。

 向かいのビル外壁に叩きつけられ吐血するネメラウス。

 

(見えなかった……! なんだいまの加速は!)


 途切れそうになる意識を繫ぎ、顔をあげる。

 隙を与えず膝蹴りが目の前にせまっていた。

 回避行動は間に合わない。膝が突き刺さり、そのまま向かいのビル外壁を砕いて内側へ叩きこまれた。


(こいつ俺を分断させる気か)


「舐めるなよ!」


 ネメラウスは血を吐きながらも踏ん張り、シックな個体へ発砲。

 右ひざ、左ひざ、胸、頭部。流れるような別箇所への連続射撃。


 シックな個体は散弾を全身に浴びてしまう。


 トリックはごく単純なものだった。

 ネメラウスは攻撃された瞬間に速攻で反撃をしたのだ。

 相手は攻撃の余韻のさなか、まさかこれほどスムーズに攻撃されるとは思わない。

 最もスムーズな反撃こそが最大のタイミングなのである。


 そんな芸当が可能だったのは、膝蹴りを喰らう瞬間に、防御系スキル『ダメージ蓄積』を行ったからだ。このスキルは大きなダメージをあとで分散して処理することができ、その瞬間ダメージを無視できる。相手の虚をつくことができる攻撃に転用できる防御系スキルだ。


 ネメラウスはさらにショットガンの全弾をシャワーを浴びせるようにシックな個体に喰らわせた。

 全8発を撃ちきる。

 シックな個体はややのけぞった姿勢から、ひょいっと直立姿勢に戻る。


「……あ?」


 服はボロボロであるが、挙動が正常そのものだった。

 まるでダメージを受けていないかのように。

 

 シックな個体はゆったりとした所作で銀色のジュラルミンケースを床に置くと、焦げ茶色のコートを脱ぎ、丁寧に折りたたんだ。

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