Side : John Doe 地下都市

 ──ネメラウス・フリージャーの視点

 ウォンウォンウォンっという音が延々と続いている。

 エレベーターに乗り込んでからずっとである。

 ネメラウスは繰り返される駆動音を聞きながら、ふと、以前にもこんなことがあったなぁっと、なんとなしに記憶を振り返っていた。


(あぁ、思い出した。ハイスクールに通ってた頃だ。デカい工場でパートタイマーとして働いてて、そん時にこんなでかいエレベーターがあった。

 注文書のとおりに部品を集める仕事だ。バカデカい倉庫の無数にある棚から、注文書のとおり部品を集めて、プラスティックのケースに仕分けて一定量まとめてエレベーターに乗せる。エレベーターは1階へ降りて行く。下の階じゃ組み立てだかなんだかしてたようだが、詳しくは知らない。

 はじめての彼女の為にそうやって頑張ってた頃が、もっとも健全な時代だったかもしれないな。それから海兵隊に入って、戦争に参加して、片足を地雷で吹っ飛ばされて、全部終わったと思ったら、探索者としてのキャリアがはじまって……。

 気が付いたらジョン・ドウにいた)


(はじまりはダンジョン生物学を応用した義足を作ってくれるとか、そんな話だったか。やつらは約束を守ってくれた。歩けてた人間が足を無くして、二度と歩けなくなるっていうのは、存外に心に来るもんで、そんな絶望から救ってくれたジョン・ドウは、いや、ボスは俺にとっちゃ恩人みたいなもんだった。

 なに、別にだからって恩に報いるため、嫌々ながら人を殺す犯罪シンジケートの幹部をやってるわけじゃない。俺は力のないやつをねじ伏せるのは好きだし、与えられた力を好きに、法の拘束力を気にせず行使できる職場ってのは最高だ。

 ちょっとやそっとの犯罪なんてもみ消せるしな)


(まさに天職。ジョン・ドウでいることを後悔したことはない。ジョン・ドウにいるやつなんてのは、みんな少なからず壊れてて、悪党ばかりだ。

 だから俺も当然のように悪党だから、ボスに恩義を還そうなんて姿勢を見せたことは一度もねぇ。そういう姿勢は雑魚のすること、弱くて、良い子ちゃんなやつが綺麗な世界で披露して、有象無象の御涙頂戴でもしてりゃいい

 でもよ、だからって義理をひとつを返してやらんことはない。

 ボスはクソほど多くの犯罪を組織し、たくさんの善人を殺して、私腹を肥やしただろうが、そんなゴミ人間だろうと、俺にとっては恩人だ。

 足をもらった代金に、ジョン・ドウをあの怪人の手から守ってやってもいい……ところで、このエレベーターいつまで動いてんだ?)


「どこまで降りるつもりだよ」


 本当に長えっとネメラウスは嘆息する。

 

「高層ビルの最上階から地上へ下ってるみたいだ」

「見当もつかないっすねー」

「あの島の地下、思ったより広大なのかもしれません」


 皆が辟易しはじめた頃、エレベーターの動きがゆったりになった。速度をゆっくりと下げていくこの感じは、止まる時の前兆だろうと身体が知ってる。


 ネメラウスはごく自然とアイコンタクトをしエレベーターの左右に寄った。

 扉が開いた瞬間に撃たれない位置に身を隠し、ネメラウスはスキルでデコイを五体つくりだして、エレベーターの真ん中に置いておく。

 撃たれるとしたらまずはデコイだ。もし撃って来たなら敵の位置がネメラウスたちにも把握できるだろう。そうなれば冷静に撃ち返せばよろしい。そういう算段だ。

 

 エレベーターが止まる。

 おおきな扉がゆっくり開く。

 デコイが撃たれる様子はない。

 5秒待っても、10秒待っても、まるで反応はない。


 ネメラウスはハンドサインでタイミングを合図する。

 エレベーターの反対側にいた魔術師ウィンストンは魔導書に軽く手をおき、魔術を行使、合金製の高さ1m幅4mのバリケードを2枚をぽんぽんっと召喚し、エレベーター降りた正面に展開、すかさず皆がバリケードにササっと移動し身を隠す。


 反応はなし。

 銃弾の一発も飛んでこない。


 ウィンストンはあまりの静けさに、テキパキとバリケードを展開した意味がなくなりそうで、気まずさから「……。何もないですね」とネメラウスへ言う。


 5人はお互いに顔を見合わせ、そっとバリケードから顔をだした。

 エレベーターの長い時間が、自分たちをいったいどれほどの場所に連れて来たのか確かめてやろう──そんな気持ちで視線を走らせた。


 皆、思わず眼が釘付けになった。

 敵がいる可能性が高いので、急所である頭をバリケードから出したままでいるのは戦術的によくないが、そうせざるを得ない理由があった。


 ハイパーソルジャーズの目の前に広がった光景のせいだ。

 想像を絶する光景であった。


 地下深くに来たはずなのに、空が広がっていたのだ。

 それはまごうことなき夜空だ。

 星空のように、天に光が点々と灯されているのだ。


 スコープで覗き込めば、星々の一個一個が巨大な照明であることに気づける。

 夜空に見えるのは天井である証拠だ。

 ただ見上げると途方もなく高い天井だ。距離感が掴めないほど。


 星空のした、地上部には黒くそびえるビル群が見える。

 奥に行くほどに建物は高くそびえ、手前のものは背が低い。

 どうやら工事中のようで、建設途中の建物がそこらじゅうにある。

 

 建物と建物のあいだには陸橋が縦横無尽に張り巡らされており、高層ビルと高層ビルのあいだにも空中廊下がやたらめったら接いであるようだった。

 暗黒色の都市には天まで届く巨大な柱が何本も伸びている。

 

 一体だれが想像しただろうか。

 港もない辺鄙な島の地下に、巨大な地下都市が建設されていることなど。


 ハイパーソルジャーズはあまりの衝撃に一瞬、我を忘れ、その壮大なる都市の外観に魅入ってしまった。

 だが、すぐにはっとしてバリケードに身を隠す。

 お互いに顔を見合わせる。

 今見た信じられないものを共有したい衝動に駆られたからだ。

 

「何の冗談だ……」

「これは都市? なんでこんな場所にあるのよ? というか地下都市ってSFのなかの話じゃなかったの?」

「だれが作ったんすかね……いや、フィンガーマンしかいないんでしょうけどー、いや、そもそも、情報が間違っていてここはフィンガーマンのアジトじゃなくて、国家機密的プロジェクトが行われていた場所とか……」

「ブラック・フィンガーズはいましたけど」

「それはあれさ、ほら、実はフィンガーマンと政府が繋がってるって言うやつじゃないかい、魔術師殿」

「だとしたら尚更フィンガーマンとは何者なんだ。顔のない男は警備部と国家とで戦争させてなにがしたい?」

「あれ見ろよ」


 ネメラウスの声に皆が彼の視線を追いかける。

 スコープで覗く先、ずっと遠くにある窓のない高層ビルの壁面に『Fingers' Guild』と書かれていたのだ。


「フィンガーズ・ギルド……フィンガーマンのギルドがある可能性があるって噂は掴んでいたが……」

「フィンガーマンの組織……これだけの島があるんすもんねー、通信基地、発電基地。協力者がいるって話が本当なら、必然的にギルドがそこに存在するというのは形としてなんらおかしくないって感じすか」

「そうなるとここはフィンガーマンとその仲間たちの創り上げた地下都市ということになるけど……ネミィ、フィンガーマンは何を始めるつもりなのかな」


(俺が訊きてえよ)

 

 ネメラウスは思案する。

 いくつかの想像を絶する事実が明らかになった。

 フィンガーマンは当初思われていたより、ずっと財力に優れた存在で、途方もない労働力を動員して、これだけの都市を地下を何かのために作っていた。

 目的こそわからないが、スケールのデカさは=敵の巨大さを意味する。

 この論理で言えば、フィンガーマンを『ひとりの探索者』として認識していたのは大きな間違いで、『ひとつの組織』かつ『国家レベルの組織』として認識を上方修正しなければいけなかった。


(わからない、なんなんだフィンガーマンは、どうすればこんな非現実的なことを行えるほどの力を手に入れられる。俺たちはなにを相手にしているんだ?)


 敵の正体がますます不明になる。

 ネメラウスの心中に焦燥と見通しが立たなくなった不安がつのっていった。

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