Side : John Doe 終わりへの片道切符

 ──時間はすこし遡る


 特務科A班ネメラウス中隊は黒い建物の北側を目指して、迅速な制圧を進めていた。正門を破り、黒い指先達を射殺しながら、足取りはまるで遅くならず、一気に駆け抜けていく。


(妙だな。なぜこいつらは反撃してこない。筋肉に類似した分厚い体をもっているものだから、てっきり戦闘に特化したモンスターかと思ったが。違ったのか? あるいは戦えない? だとしたらその理由なんだ?)


 疑問の答えが得るまえに先に状況が変化した。


「ぐぁああ!」

「タコ野郎どもが攻撃してくるぞ?!」


 黒い指先が反撃を開始したのだ。

 暗い廊下、フラッシュライトの明かりで照らされるなかで、黒い指先は触腕をつかって隊員のひとりの身体を背後から貫いていた。

 血の泡を吹く死体を放り捨て、さらに隊員へ襲い掛かろうとする。

 周囲の全員が一斉に発砲、怪物は全身を無惨に砕かれ跡形もなくなった。


 ジョン・ドウと黒き指先の騎士団の、本当の意味でのファーストコンタクトだった。

 なにかのスイッチが”カチッ”と切り替わったかのように、黒い指先達はいっせいに非戦の信条を放棄し、外から来た者たちの殺戮をはじめた。

 

「うあああ! こいつらの膂力どうなってやがる!」

「速いぞッ、良く狙え!」

「フレンドリーファイアに気を付けろ!」


 あちこちで激しい戦闘がはじまり、死傷者が次々に増えて行く。

 俊敏かつ一撃で物言わぬ死体を量産するパワーに苦戦を強いられていた。


「どいてろ」

「っ、ネメラウス部長ッ」


 ネメラウスは黒い銃を構えて素早く発砲。

 10ゲージ魔法散弾を使用する高威力の散弾銃だ。


 あくまで正規軍ではないジョン・ドウでは、優れた兵士は、それぞれが好んだ武器の使用を作戦に持ち込むことを許されていた。

 当然ながらネメラウスらそのほかメンバーも装備の互換性の関係上、ダンジョンFALを持ってはいるが、わりと自由に武器を持ってきている。ひとつだけある条件は敵を殺すのに十分な威力があることだけだ。

 

 一射撃つごとに、黒い指先の身体が弾け飛び、無惨に蹴散らされていく。

 指先達はネメラウスを脅威と判断し、襲い掛かるが、周囲の兵士たちが正確に射撃し、素早く無力化してしまう。


 特務科ほどの兵士になると、普通科の兵士よりもさらに高威力の武器を、高精度に扱える。また全員が多数のスキルを保有しており、状況への対応力、地力ともに普通科の兵士とは比べ物にならないほどに高い。

 魔法銃という対モンスター兵器として最強に属する武器を使わずとも、元々Aランク探索者としてダンジョンで活躍していた者たちも少ないない。

 組織化された特務科兵士たちにとって黒い指先達は脅威ではなかった。

 さらにA班ネメラウス中隊には”ハイパーソルジャーズ”もいた。


「なんだこいつら、情報より全然よえー」


 ハイパーソルジャーズのひとり、ジェイムズ・スノーダンはスキルを使用。彼の好んで使う主力スキルは『交換する』だ。

 その名の通り、A地点とB地点の物を入れ替える能力だ。

 本来は手に持っているものと遠隔にある物の物理的座標を”交換する”能力だったが、卓越したスキルコントロールにより、対象を拡大解釈できるようになった。

 ジェイムズは指でつまんだ銃弾と、黒い指先の頭部を”交換した”。

 黒い指先の頭があった位置に銃弾が出現し、ジェイムズの手元に頭部がポンっと出現。頭部を失った黒い指先は、糸の切れた人形のように息絶えた。


「脆い」


 『闘神』アリン・ブーナンサワットは拳で黒い指先達の身体に風穴を穿った。

 元へビー級四団体統一王者の放つ、美しくシャープなパンチはなお健在で、レベルアップを経験し恐るべき超人化とスキルの覚醒を受けていた。

 ハイパーソルジャーズ最強とうたわれる伝説の男にとって黒い指先は脅威にはなりえなかった。


「砕いといて。芯まで凍ってるから」


 ハイパーソルジャーズのひとり、警備部副部長のマイヤ・エブラムヴィッチは世界でも彼女だけが持つスキル『オイミャコンの冷たい死』で黒い指先達へ地走る氷をぶつけ、身体すべての水分を凍結させた。RUS元Aランク第2位、美しき氷姫の無敵とも形容される能力は、黒沼の怪物が相手であろうとも絶大な威力を発揮する。


「思ったよりずっと柔らかいです。これなら僕でも倒せる」


 若き天才ウィンストン・アルバトリアは魔導書を片手に、炎の槍を撃ちだし、黒い指先を葬り去る。本職は兵士たちの”バフ”であるが、本人も当然のように高い戦闘力を保有している。スキルに頼らず、彼ほどの神秘を扱う者は現代ではごく少ない。


 ネメラウスは最後の一匹の胸を踏みつけ床に押さえつけ、ショットガンで頭を吹っ飛ばして殺した。


「運が悪かったな。ここには俺たちがいる」


 ネメラウスは周囲を警戒しながら「被害状況を確認しろ」と指示を出し、弾をリロードしながら、各隊の隊長へ無線で指示を飛ばしていく。


「流石はハイパーソルジャーズだ……っ」

「おい気を抜くな、怒鳴られるぞ」


 兵士たちは特務科の圧倒的な戦力に、自信を持ち直していた。

 周囲の黒い指先達の掃討が完了する。

 特務科が迅速に対応したとはいえ、多くの兵士が死傷していた。


(各隊からの無線から推測するに、ほぼ同時にブラック・フィンガーズは反撃を行って来たってことか。妙だが、ようやく普通になった。各個体は数が多いし、思ったより強いが、個体として能力が平均化されてる印象がある。これくらいならどれだけ相手にしても、人造人間の方が厄介だ。奇襲を受けた部隊が大きなダメージを受けただろうが、あらかじめこの程度の強さということを踏まえて慎重に作戦行動をとれば、さして対応には苦労しない。Dレベルは25程度って感じか。この先に鎧を着た個体や、槍で武装した個体がいるのかどうか……)


 ネメラウスは状況の変化を受けて、多角的に敵と行動を分析、自分たちがこれからどうするかを並列思考で検討する。それと同時に全体への指示を無線で飛ばした。


 最北の部隊約70名から成るネメラウス中隊は作戦行動を継続した。

 特務科およびハイパーソルジャーズまで配属されているこの中隊はどこの部隊よりも自信に溢れており、また実際に強かった。

 迷路のような道の先では、黒い指先達が待ち構えており、その者たちはどこで手に入れたのかダンジョンモデルのFALと新型の黒い指先達による組織的な、計画的な戦術で行く手を阻んできた。


(新型のブラック・フィンガーズ。硬いが、動きはさほど早くない。火力を集中させれば問題ない)


 ネメラウス中隊はひるまずに猛攻をしかけ、黒い指先達を突破し、ついぞ大きなエレベーターホールにたどり着いた。

 エレベーターホールでも40体以上の黒い指先達による近代戦術が立ちはだかった。


「発射!」


 新型の肉壁へRPG-7のダンジョンモデルを撃ち込む。

 強力なロケット砲の爆発がエレベーターホールにこだまし、黒い指先達が散っていく。

 陣形が崩れると、怪物たちはやけになったのか機敏な動きで中隊へ接近してきた。

 だが、慌てず焦らずの兵士たちによって容赦なく撃ち殺される。

 運よく触腕の間合いに辿りついても、特務科の兵士たちの近接戦闘能力に対応されてしまい、さしてネメラウス中隊に被害を出すことはできなかった。


 エレベーターホールを制圧したネメラウス中隊はそこをポイントFと設定する。

 マーカーで壁に『F』と刻まれていく。


「どうしますー、隊長ー、このエレベーター搬入用っぽいですけどー、階数の表示がないっすよー」


 ジェイムズはフラッシュライトでエレベーターの操作盤を調べながらたずねる。


「ネミィ、エレベーターを落とされたらほかが巻き添えを喰らうわ。先に私たちがいって、下の様子を確かめるのはどう?」

「悪くない。それでいこう」


 ネメラウスはマイヤの提案を受け入れ、特務科の5名にネメラウス中隊本体の指揮を任せ、ハイパーソルジャーズの5名でエレベーターで下の様子を確認することにした。

 最悪、エレベーターを遠隔から落下させるような仕掛けや、罠があっても、ハイパーソルジャーズの5名ならどうとでも対応できるとの判断からだった。


「了解です。ポイントFにて帰りを待ちます」


 ネメラウス中隊本隊を任された特務科の兵士は敬礼をし、下がっていくエレベーターを見送った。

 

(隊長のいない間、もしかしたら攻撃をされるかもしれない。気を緩めずに部隊い警戒を行わせないとな)


「にゃあ、にぁあ」

「ん?」


 気を張って構えているとどこからともなく、ちいさな猫が通路を歩いてやってきた。ふわふわで、尻尾が二本付いた子猫である。道に迷ったのか、親猫とはぐれたのか悲しそうに鳴いている。

 ネメラウス中隊本隊を任せられた特務科の彼は、猫が嫌いだった。


「なんでよりによって猫なんだ。こんなところに」


 寄って来た子猫を、ブーツの硬い底で踏みつける。

 苦しそうに鳴く猫をつま先ですくいあげるように蹴り飛ばした。

 子猫は床のうえで動かなくなった。


「た、隊長ッ!」

「なにか来ます!!」


 エレベーターホールに展開していた兵士たちは腹の底を震わせるような「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ーッッ!!!」という恐ろしい咆哮を受け、ある一点へ銃を向けた。

 

 暗い通路から巨大な化け猫がものすごい速さでやってくる。

 毛は怒りに逆立ち、見る者を圧倒する凄味があった。


 隊長は迷わず発砲命令をだした。

 60名もの隊員による一斉射撃。

 真正面からのスコールのように激しい銃撃。

 しかし、浴びても浴びても化け猫はとまらない。

 

「グレネード!」


 手投げ弾を放っても、爆炎を突き破って来る。


「RPGだッ!!!」


 爆炎を突き破ったところへ間髪入れずにロケット砲を叩きこむ。

 凪のように構う素振りすら見せる、化け猫は本隊に到達、ものすごい喧騒で「にゅあーッ! にゅにゅにゃあーッ!」と猫パンチを発動、兵士たちが肉塊になり宙を舞う。

 二又の尻尾はヘリコプターのプロペラのようにぐわんぐわん回転し、地面と天井を削り、ついでに風圧で兵士たちの命も削り取った。


 ネメラウス中隊本隊は5秒ほどで壊滅していた。

 隊長は下半身を失い、痛みに、朦朧とする意識でバケモノを見つめる。


「な、なんだ、これは……なにが、なにが、起こってるんだ……こんなモンスターが、存在するなんて……ぁ、ぁぁ……ありえ、ない……ありえ、ては、いけなぃ……」

 

「にゃあ」

「にゃあ~♪」


 最後の意識のなか、バケモノは子猫の首をくわえて去っていった。

 この猫の親子はどこへ行くのだろう。

 益体のないことを考えながら隊長は息絶えた。




























 

 

 


 ──厄災の軟体動物の視点


 なかなかやりますね。

 ジョン・ドウの部隊のなかでは圧倒的に強い。

 金髪の厳めしい顔の男。さぞ優秀な指揮官なのでしょう。

 本人の戦闘力の高さもさることながら、なにより自分たちの武器をよく知り、戦い方を徹底し、かつ黒沼の怪物たちの近接戦闘力に一般兵を付き合わせないのが賢い。

 弱兵を束ねて、強兵を討つ。理想的です。

 

 とはいえ、ジョン・ドウの部隊は60%が壊滅しています。

 20%はすでに艦隊への避難をはじめています。20%は分断され、それぞれが行きつく先で死ぬでしょう。

 すでにこの島を攻略しようとする戦力はほとんどありません。

 最後の中隊もノルンの怒りに勝手に触れて自滅してしまいましたし……本当はもっと使い道があったのですが仕方ありません。あの猫に苦言のひとつでも伝えるべきでしょうか。いえ、やめておきましょう。日本には古くより”ネコと和解せよ”という格言もあるくらいですし。ノルウェーの猫又とは仲良くやっていきましょう。


 興味深いスキル持ちの5名は計算通りエレベーターに乗りました。 

 エクストラステージへと降りるエレベーターです。

 あぁ、エレベーターとは言え上へは戻れないんですけどね。

 さて誰で調理しますか。

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