Side : John Doe 運命の分かれ道 Ⅲ

 マイケルはタガが外れたように叫びだしたかった。

 もし気が狂えたのなら、どれほどに幸せだろうか。

 目前の恐怖から逃れられるのなら正気くらい失っても構いやしない。


(知的レベルの低い眷属モンスター? ちがう! こいつらはそんなんじゃないんだ、軍隊として動き、統率の取れた動きをし、なおかつ新しいことを覚える高い学習能力をもってる……悪魔だ、フィンガーマンの悪魔達だ!)


 201小隊のだれも銃を構える度胸すらなく、開かれている道をまっすぐに歩いて進む。左右ほんの1mの距離に、おぞましい冒涜的怪物たちがみっしりといる威圧感はとてつもない。皆が叫ばないために、懸命の努力をしなければいけなかった。


 訓練場の半分ほど進むと、奥の暗がりからひとつの影が出て来た。

 テニスコートなら選手たちの入場口にあたる場所だ。


 出て来たのは相も変わらず冒涜的黒い指先。

 形状は最もよく見るタイプである。

 身長180cmほどで、黒い触腕が絡まったように人型を形成している。

 しかし、そいつは服を着ている。

 それもいままでの個体とはまるで”人間らしさ”が違った。

 

 黒いパンツを履き、白いシャツを第二ボタンまで外して着こなし、焦げ茶色のトレンチコートのようなものを前を開けて纏っている。

 

 それが出て来た瞬間、場内の空気が一変した。

 マイケルはこれまで感じていたプレッシャーとはまるで質の違う、否、段階の違う強烈な圧迫感を感じた。

 絶対的な強者の波動。支配的、暴威的。生物としての差がそこにある。

 顔を思い切りぶったたかれたかのような衝撃波は、本能からの最終警告だった。


(違う、あれは、次元が……ほかのところに、いる……?)


 マイケルはこれ以上、近づかれればおしまいだと思い、本能的に銃を構えていた。

 彼だけではない。ベネット隊長、そのほか全員が焦げ茶色のコートを着たその謎の個体の接近そのものが死に等しいと悟り、銃口をあげてしまっていた。


 周囲の黒い指先達は一糸に乱れぬ動きで、謎の個体と入れ替わるように、訓練場から入場口を通って奥へさがっていく。

 視界いっぱいの黒い指先達が全員退場し、謎の個体だけが残った。


「撃て」


 隊長の合図を待たずして、全員が本能でまったく同じタイミングで発砲した。

 わずかに意識を向けられたことが緊張と恐怖の均衡を破壊するトリガーだった。


 強力な魔法弾がふりそそぐ。

 謎の個体はステップで躱して、横へ、横へ、小隊を起点に円形に動いていく。

 軽い身のこなしで、弾幕を踊るように避けて──視界からフッと消失した。


 マイケルは悪寒とともに背後へ振り返る。

 すぐ後ろに移動した怪物は、拳撃で1人目を吹っ飛ばし壁への衝突を待たずして爆散させ、2人目と3人目を足で横薙ぎで蹴って背中から両断した。


 悲鳴をあげながら小隊は離れる。

 謎の個体は呑気に血塗れのライフル銃を拾いあげる。

 カチカチと機構をいじくり、マガジンを抜いたり、差したり。

 新しいおもちゃをもらった子供のように興味津々だ。


「死ねぇ!!」


 隊員のひとりが手投げ弾を放り投げる。

 MP消費型の高威力の魔法爆弾だ。

 

 謎の個体は、自分の足元に転がった手投げ弾をチラっと見ると、つま先でひょいっとすくいあげ、投げて来た隊員のほうへパス、隊員は引きつった悲鳴を最後に、蒼い爆発に巻き込まれて最期を迎えた。


 謎の個体はライフル銃を腰だめで発砲。

 2名をあっけなく射殺する。


 もはや隊は壊滅状態。

 マイケルとベネット隊長のみが惨劇の場に残された。


「調子に乗りやがって……ッ!」


 ベネット隊長はダンジョン・マグナム弾を発砲。

 謎の個体は素手で弾丸を防いで見せると、一発を指で弾いて、ベネット隊長のライフル銃を撃ちぬいてしまった。

 ベネット隊長はすかさずサイドアームの愛銃ダンジョンモデル500マグナムリボルバーでファストドロウ反撃する。

 1発、2発、3発──『銃撃Lv3』『早撃ちLv3』の2つのスキルで強化した早撃ちを、謎の個体は残像を残すほどの常軌を逸した身のこなしでかわしてしまった。

 1発も当たっていない。

 

「ふざけるな、ふざけ、るなァァッ!」


 謎の個体は拾ったライフル銃を放り捨てる。

 武器も弾も撃ち尽くしたベネット隊長を撃てばそれで終わりなのに。

 まるでかかってこいと挑発しているようだ。

 気が触れる直前のベネット隊長は喉を引きつらせながら、タクティカルナイフをチャキンっととりだす。


「へへへへっ……誰がてめぇなんか。てめぇなんか怖かねぇ!」


 両手で最後の武器をせいいっぱいに握り締める。


「野郎、ぶっ殺してやぁぁる!!!」


 凄まじい咆哮とともにナイフで斬りかかる。

 怪物はナイフの一振りを躱すと、おかえしに一発拳をお見舞いした。

 ベネット隊長は大きく弾かれ、訓練場の壁に叩きつけられた。

 壁に陥没痕をつくり、もはやピクリとも動かない。


「頼む、死んでくれぇ……っ」


 泣きそうな声とともに、ロケット砲が放たれる。

 携帯できる武装ではもっとも威力が高い。

 201小隊の十八番である。

 マイケルが混乱に乗じ、仲間の死体から筒を回収し、ベネット隊長がつくった猶予をつかって放ったのである。


 弾頭は見事にバケモノに届き、大爆発を起こした。

 マイケルは爆風にゴロゴロと吹き飛ばされながら、蒼い爆炎の方を見やる。

 黒煙の中から謎の個体がゆっくりと歩いて出て来る。

 ダメージを負った様子はない。

 ただ、服がボロボロになり、上着が焼け落ちている。


 謎の個体はピタリと足を止める。

 服が散々な状態になっていることに気が付いて、ショックを受けているようだ。

 ほぼ焼け落ちたトレンチコートを脱ぎ、丁寧に畳むと小脇に挟む。

 もうすべてを諦め、壁際へ逃げているマイケルへ向き直る。


 首の骨をコキコキと鳴らし、謎の個体は手を開く。

 空気がビリビリィッ! と引き裂けるような音がした。

 緑黒い稲妻が酸素を焦がし、謎の個体の手のなかに突き刺さる。

 次の瞬間、緑黒い稲妻は”つるぎ”となっていた。

 深緑と黒色の両刃剣、鈍く揺らぐ緑雷がジリヂリと燻っている。

 天へ慟哭し、おおいなる意志を断つための破天のつるぎである。


(あぁ、俺、ぶっ殺される……こんな場所、来るんじゃなかった……)

 

 謎の個体は地を踏み切り、ビュンっとマイケルへ急接近。

 そのまま剣で首を叩き落とす。

 ──と、思ってマイケルは目をぎゅっと閉じて身構えていると、いつまで立っても意識が途切れない。


(……? もう死んだのか? これは、俺は死んでる状態なのか?)


 マイケルは恐る恐る目を開いた。

 稲妻が燻る刃は首をあと数ミリで跳ね飛ばすというところで寸止めされていた。

 黒い怪物は剣を引き、緑雷に還元して消失させると、マイケルの目の前にしゃがみ込み、顔をちかづけて凝視してきた。

 怪物の顔面は太いナメクジが寄り集まったようにわずかに蠢いており、その様があまりにも冒涜的で、あまりにも恐ろしく、思わず顔を背けたくなってしまう。


 しかし、不思議な引力に視線は釘づけにされ、マイケルは触手と触手の折り重なった奥にある深い深いところを見続けてしまう。

 

(あぁ、黒い、濡れてる……無窮の湿地帯……大いなる上位世界、そうだ、古い世界から持ち込まれたんだ……俺は、俺は、ずっと待っていたのか、主の帰還を……戻ってきていたんですか……夢のなかで、いつもあれを探してました、あの黒く塗れた聖杯を……)


 マイケルは自分の血の奥深く、遥かな古代から細く遺って来た意思を感じとった。最もそれが何なのか、マイケル自身は皆目見当もついていない。

 だが、この黒い指先は処刑の寸前で見出した。

 召喚者にとって有益な血を。

 

















































 ──厄災の軟体動物の視点


 こんにちは、ぎぃです。

 さっきユタ・ニュトルニアが面白い物を見つけてくれました。

 ああ、ユタというのは特別な黒沼の怪物、フィンガーズ・ギルドで言うところのブレイクダンサーズのうち特定の個体ことです。

 彼は歴戦個体と呼ばれていて、かなり初期に召喚し、これまでさまざまな敵と戦い、そのたびに強くなっていった経歴を持つ生き残ってきた猛者です。

 我が主はロマンチストなので「名前をつけてあげたいなぁ、勲章的な意味合いで」とおっしゃっていたので、私がつけました。


『最強のブレイクダンサーズ』ユタ・ニュトルニアの戦歴は以下のとおりです。


戦歴 銀色のアルコンダンジョン攻略参加

   第一次クズエナガ戦役参加

   京都ダンジョンブレイク鎮圧参加

    龍仙の巫女撃破

   京都クラス5ダンジョン攻略参加 


 ほかにもたくさん活躍してますが、特筆するほどのことじゃないですね。

 

 話を戻します。

 ユタはマイケル・トーラーと言う名の人類を捕獲しました。

 彼は非常に感応力が高いです。特に黒沼に親和性がある。

 子供の頃は黒沼の世界に意識が接続され、いろいろ体験したかもしません。

 これは”加工”すれば、非常に有益な探知機になります。

 敵なので人道的問題もクリアしていると言っていいでしょう。

 私はかねてより探し物が多くて。聖杯は何としても回収しなくてはいけません。


 なので解剖学の高技能個体に肉と骨を摘出させ、安定して生命活動ができる程度に生命の尊厳を奪い、十分な恐怖と痛みで調教を施し、眷属たちの鬱憤を晴らしたのち、寄生虫を投与、水槽に諸々の臓器と脳とを閉じ込めて、金具でパッケージし、痛覚以外のすべての感覚を奪い、生きたまま労働にいそしんでもらうことにします。


 もちろん、こんなこと先輩は許してくれないので秘密ですよ?

 我が主にもしばらくは秘密にしておきましょう。サプライズです。

 驚く顔が目に浮かびます。きっと大喜びでしょう。

 すべては我が主のために。


「ちーちーちー(訳:なんだか邪悪なオーラを後輩から感じるちー)」


 邪悪とは失礼ですね。

 純愛ですよ。

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