Side : John Doe 終着点
──赤木英雄の視点
どうも赤木英雄です。
ぎぃさんの恐るべき計略により侵入者が次々と臨終してます。
『黒沼の怪物たちが死闘のなかでどのように学ぶのか。興味深いデータをとれました。こっちの隊はこっちと合流させて……戦闘を行わずに殲滅させて装備を回収します。撃たれると戦利品が減るので迅速に始末させます』
思考を人間の言葉に変換して教えてくれるぎぃさん。
いまどういう目的で迷路を組み替えているのか、どうして戦闘を長期化させる戦いと一瞬で終わらせる戦いがあるのか、行動の目的を実況解説してくれている。
『ジョン・ドウの小隊が訓練エリア付近に来ていますね。訓練所のひとつを見せてあげましょう。”破天のユタ”もあそこにはいることです。彼らにはウォーミングアップに付き合ってもらいます』
モニターには8名からなる部隊が通路を進む姿が映し出されていた。
──マイケル・トーラーの視点
マイケルは怯えながらも、目の前の暗闇を凝視する。
なにか動けば決して見落とさないように、すぐ撃てるように。
ベネット隊長率いる201小隊は道なりに歩みを進めていく。
道が繋がっていれば戻れるように壁にマーカーで印をつける。
そうしてどれだけ進んだだろうか。
8名の男たちは通路の先に階段を見つけた。
立派な聖堂の正面階段かのように幅のひろい階段だ。
ライフル銃バレル下部のタクティカルライトで階段下を照らす。
階段は先が無い。途中で埋め立てられたかのように行き止まりになっていた。
「なんだ、これは……欠陥建築にもほどがあるだろう」
ベネット隊長のつぶやき。
マイケルはなんとなく振り返った。
何かが動いているような気配を感じたからだ。
背後では、進んできた道が、今まさにスーッと動く壁によって封鎖されるところだった。
「隊長ッ!」
叫ぶマイケル。
皆が反応し、その悲鳴の訳を知る。
このままでは行き止まりの階段に閉じ込められてしまう。
急いで走り戻ろうとした。
だが、走りだした途端に壁の移動速度は加速し、ガシャンっと大きな音を立てて、道を塞ぎきってしまった。
あまりの迫力に皆、逆に冷静になり、お互いに顔を見合わせる。
(やろうと思えばいまの速さで迷路は変形するってことか……)
マイケルはその場にへたれこんだ。
「ブリーチングだ。あの壁をぶち破って戻る」
隊員らは巻物のような装備をとりだし、いましがた閉ざされた壁にペタっと貼り付ける。ブリーチングチャージ──壁や扉を爆破して通路をこじ開ける爆発物──だ。
サッと離れると、速攻で爆破される。
轟音と煙が収まる。しかし壁には焼け跡が残っているだけだ。
「クソが。出せ、出しやがれ」
隊員のひとりは銃で壁を撃ちまくる。
それでも傷跡がつくばかり。人が通れるほどの穴を開けるのは不可能に思えた。
苛立ちに壁を蹴りつけた。
隊員たちが壁をどうにかしようと試行錯誤しているのを、マイケルは少し離れたところから見ていた。
ふと、すぐ近く、行き止まりになっていた階段の下方へ続く道が、音もなくせり下がっていくのに気が付いた。
ベネット隊長らもそのことに気がついた様子でマイケルに「何をしたんだ?」という視線を向けてから。当然、なにもしてないマイケルは首を横にふる。
開かれていく道が敵の術中であることを意味していた。
その場のだれも言葉を発さず、新たにつくりだされていく階下への道を見下ろす。
通路の変形音がやみ、階下の暗闇が皆を吸いこむように闇を称えている。
「進め、と言っているのか……」
「明らかに罠なんじゃ」
「フィンガーマンの側はほとんど戦力を使い果たしているはずだ……敵の術中にあるからと言って、我々は見た目ほど追い込まれてはいないんだ」
ベネット隊長の前向きな態度は隊員らを勇気づける。お互いにうなずきあい、開かれた道へ足を向ける。
皆で油断なく、横幅のひろい大階段をくだる。すこし下れば今度はまっすぐに続く通路が現れる。トラックが4台並んで走行できそうなほど広い通路だ。高速道路のトンネルに差し掛かったかのような雰囲気に、マイケルは異質さを感じる。
(変な造りだ。通路を半ば強引に組み合わせたからか? やっぱり、この迷宮の主は意のままに建物の道を操れるんだろうか……)
マイケルは現実味のない空想を切って捨てたかったが、疑いようのない根拠がそれを許さなかった。
ずっと向こう、黒い通路の奥には光が見えている。
この暗いトンネルのさきに明るい空間があるのだ。
隊は覚悟をして、迷宮の導くままに光へと直進した。
(光が近づいてくる。あとすこし。さあたどり着いた。何を見えるつもりだフィンガーマン)
いよいよ近づく瞬間に、マイケルは腹をくくる。そして光の先の光景を見て言葉を失った。
光の向こう側にたどり着くと、そこはスタジアムになっていた。ただ、スタジアムとは言っても観客席などはない。
テニスコートよりややおおきい程度の地下空間だ。天井には巨大な照明が設置されており、空間全体が明るく照らされている。武骨な黒煉瓦の壁が四方を囲んでおり、それらの壁には、奇妙な跡が無数にあった。巨大な猛獣がひっかいたような傷に、重たい物がぶつかり砕けたような跡。地面にも擦ったような痕が数えきれないほどに刻まれている。
マイケルは印象としてなにかの実験場──特に危険を伴う実験が行われていたのだろうと思った。
マイケルの推測は遠く間違えてはいなかった。
ここはかつてダンジョン生物学の天才・李娜博士が使っていた第2地下耐久実験場だった。ここでは数多のモンスター兵器実験が行われてきたのだ。
ただ、マイケルが言葉を失ったのは、嫌な想像をかきたてる傷跡たちのせいではなかった。
より具体的な脅威、あるいは絶望ゆえだ。
このスタジアムもどきが第2地下耐久実験場と呼ばれていたのは過去のことである。
いまの施設名は第4屋内訓練場──すなわち『黒き指先の騎士団』に与えられた怪物訓練施設なのである。
ここでは日々、黒い指先達の訓練が行われている。当然、本日も彼らは大いなる召喚者とその主人のために鍛錬に明け暮れていた。
現在、訓練場メインコートには400体の黒い指先達が集まっていた。
客人を迎えるようかれらの召喚者によって命令を与えられたため、皆が一分の隙のない直立の姿勢で、201小隊を出迎えたのだ。
マイケルらから見れば、左右にひたすらに黒い影がぎっちりと整列し、一本の道を彼らのまえに形成している。列には彼らがいままで「新型」やら「上位個体」と考えていた強靭な上半身だけの怪物も珍しくもなく並んでいた。
「ありえない……」
ベネット隊長は血の気がサーっと引いていく音を聞いた。
身体が急速に冷たくなり、呼吸する音すら潜めるようになる。
無駄だとわかっていても、少しでも気配を遮断し、意識を向けられないようにする。それは恐怖から逃れる為の、ごく本能的な生理現象であった。
黒い指先達一体だけでも、世界最高水準の装備と訓練が施された兵士を上回るのに、これだけの数がいては手の打ち用が無い。
皆が唖然とし、悪夢より恐ろしい現実におおいなる後悔をしていた。
想像をずっと越えるフィンガーマンの脅威に心から震えあがるのだった。
(そうか、終わらせに来たのか……)
マイケルは静かに悟った。
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