Side : John Doe 生きる迷宮

 黒い怪物たちの反撃を受け壊滅的なダメージを負った201小隊そのほか周辺のジョン・ドウ警備部の部隊らは、身のすくむような恐怖に絶望していた。


「悪魔だ、フィンガーマンの悪魔だ……」

「俺たちを皆殺しにするつもりなんだ……こんなところにいたら死んじまう……」


 マイケルは震えながら、這いずるようにベネット隊長のもとへ。


「だ、だ、脱出しましょう……っ」

「……」


 ベネット隊長は手をビシっとあげ、マイケルを制する。

 無線で連絡をとっている最中だった。


『A班ネメラウスより全体へ、敵が反撃行動をとると多数報告を受けた。こちらでも確認した。ブラック・フィンガーズらを推定Dレベル24から26。人造人間に比べれば大したことはない。冷静に対処すれば問題はない。武器装備を補充のうち、周辺部隊と合流し作戦行動を継続せよ。部隊の半数以上の死傷者がでた小隊はポイントАアルファまで後退せよ。オーバー』


「とのことだ」


 ベネット隊長は回復薬をごくりと飲んで、腹に止血剤を打つとたちあがった。

 さきほど怪物に叩き落とされたFALを拾い、カチカチと駆動部が引っかかることを確かめ「歪んだか。使い物にならないな」と、死んだ隊員から無事なライフル銃と弾を回収しはじめた。


 緊張から解放され、恐怖で立ちあがる事すらできないマイケルは、半ば泣きながら、同じように仲間の死体を漁り、弾や投擲物、そのほか装備を持っていく。


 ベネット隊長は同じく散々な被害を受けていた周辺部隊を集め、合計14名で緊急的に201小隊を再編成、最も階級の高いベネットが引き続き隊長の任を引き受けた。


「これよりポイントAまで後退する。はぁ、俺たちだけ特別にこっぴどくやられただけと信じたいな」


 そうそうにポイントAまで戻ることにし、後退をはじめる。

 マイケルは一刻もはやく戻りたく自然と足がはやくなっていた。

 しばらく歩き、おかしなことに気がつく。


「この道、さっきも通りませんでしたか?」

「そんなはずはない。似ているだけだろう」


 誰かが口に出してたずねたことで、疑念は深まっていく。

 ベネットはある壁の前で立ち止まる。


「おかしい……この通路の曲がり角の間隔はこんな長くなかったはずだ」


 手でぺたぺたと壁を触る。

 幻影の壁があるわけもない。

 冷たく、無機質で、何で出来ているかわからない黒い煉瓦壁があるだけ。


「チッ、どうなってやがる」

「た、隊長、こ、これは……」

「あん、どうしたマイケル」


 マイケルはベネット隊長の足元をFALのタクティカルライトで照らす。

 床と壁の接地面に赤い血を擦ったような跡があった。ただし、血痕は壁を境に綺麗さっぱり途切れている。まるで血痕がついたあと、上から壁を置いたかのようだ。


「馬鹿な……この建物生きてるのか?」

「通路が切り替わっている……道があった場所に道が無い、道が無い場所に道がある……」

「あぁ、俺たち、どうなるんだ……? 死ぬのか?」


 小隊のなかに不安が募っていく。

 マイケルは気が狂いそうな恐怖に再びさいなまれた。


「あ? 待て、後ろのやつはどうした?」

「え?」


 ベネット隊長は冷汗をかきながら、たずねると同時に、人数を数える。

 先ほど周辺部隊の生き残りをかき集めて201小隊を再編成した際には14名がいた。

 しかし、数えてみると、いまは13名しかいないのだ。

 何度数えても人数は14名にはならない。


 マイケルは過呼吸になり、荒く息をつく。

 ほかの隊員たちも氷ついたような表情になっていた。


 場に静けさだけが漂い、恐怖が伝染する。

 その時だった。

 ベネット隊長の無線が起動した。通信が入った印である。

 しかし、聞こえてくるのはザァーっという乱れた砂嵐のような音だけ。

 

『…………撤……体へ……せ……す……きけ…………──』


 耳を澄まして、ようやく途切れ途切れの音声をひろえる。

 声は誰のものかもはや判別はつかない。

 ザァーっという砂嵐はその後も止むことはなかった。


 ベネットは耐えかねて「こちら201小隊、誰か応答を、オーバー」と返事を求める。しかし返事はかえてこない。予備の周波数にしても同様であった。


「進むしかない」

「正気ですか、隊長? ほかの部隊の状態もわからないのに?」

「ポイントAに戻らないとです!」

「私は反対です」


 隊員たちは口々に言う。

 ベネットは「黙れッ!」と喝を入れた。


「黙るんだ。いまここで統率を失うのは危険だ。言わなければわからないか」


 隊員たちは静かになる。


「いいか、もしこの建物が通路を変更できるのだとしたら、その目的はなんだ。考えろ、敵の考えを読め、知恵を絞るんだ」

「私たちをポイントA、つまり正門まで戻らせないことですか?」

「ほかには?」

「行かせたくない場所がある……?」

「いいな、それも考えうる」

「……部隊の分断?」


 マイケルのつぶやきに皆がピンっと来た。


「そうさ、きっと部隊の分断こそが最大の狙いだ。現に私たちは結構な移動をしたのに、ほかの部隊と会ってすらいない。銃声すら聞こえない。意図的に距離を離されているんだ。この意味がわかるか?」

「……どういう意味です?」

「敵が策に頼り始めたということだ。私たちが脅威でなければ分断し、各個撃破なんて面倒なことをする必要が無い。やつらにとって私たちは脅威ということだ。つまりそれは、真正面から戦力をぶつけあったら私たちに負けてしまうというパワーバランスを暗示している。さっきひとり闇討ちにあったかもしれないが、そのことだって敵が卑怯な手段を使わないと、こちらを倒せないという自信の無さの裏返しじゃないか」


 隊員たちから納得の声があがった。

 冷たい恐怖のなかで、それはまさしく希望だった。

 どんよりとした暗底で蜘蛛の糸を垂らされれば、それに飛びついてしまう。


「無線もなにか故障だろう。現にさっきは通信が入った。つまり警備部の全体の指揮はまだ生きていて、部隊連携もとれているはずだ。全体に合流すれば、まだどうとでもなる。ネメラウス部長らがいるんだ、必ず大丈夫だ」


 ベネットは皆を鼓舞し、進み続けることを提案した。


「なに一本道ってわけじゃない。歩いてれば、案外、他隊と合流できるかもしれん。ああ後ろの闇には気を付けろ」


 小隊は背後と前方、油断なくカバーリングし進む。

 曲がり角に差し掛かる。

 ベネット隊長は先をタクティカルライトで照らす。


「あ」


 通路の真ん中、黒い怪物が立っていた。

 ライフル銃を構えて。

 ズドドドっと物凄い速さでセミオート射撃を開始。

 ベネット隊長は慌てて、頭をひっこめる。耳横を弾がかすめていく。


「タコ野郎だッ! 銃を撃ってやがるッ!」

「あいつ、銃を使う知能が……?」


 銃声が止んだ。

 ベネット隊長らは角から銃を構えて身を乗り出し、数人で黒い指先へ発砲。

 その時、巨大な影がサっと暗がりを移動して現れた。


 マイケルは目を見開く。

 それまでの個体とは形状が明らかに違っていた。


 黒く分厚い怪物だ。黒触手を口のまわりに生やした、枯れ枝のような翼をもっており、まるで人間の上半身だけ切り取ったようなフォルムをしていた。太い両腕で地面を這うようにしてそこにいる。腕立て伏せする人間を正面から見たみたいだ。

 だと言うのに、身長がこれまでの黒い指先とさほど変わらない。 

 つまり上半身だけのデカさでみたら圧倒的におおきいのである。


(新型……?)


 これ以上、なにを見せるつもりなんだ。

 マイケルは無意識のうちに瞳に涙を溢れさせていた。

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