Side : John Doe 悪魔の巣

 ジョン・ドウ警備部部隊は、警備部長ネメラウスのブリーチングで破られた大穴から黒い要塞内部へと足を踏みいれた。

 部隊は統率の取れた動きで互いをカバーしながら、黒い指先達を撃ち殺していく。

 銃声が止み、部隊は正面入り口を完全に制圧完了する。


「なんだぁ? 服を着てるやつがいるぜ」

「フィンガーマンはモンスターにお着換えさせる趣味があるらしいな」


 兵士たちは冗談を言いながら、倒れて動かなくなった死体の胸に2発撃ちこみ、死亡を確定させていく。死んだふりをしている可能性があるからだ。


「クリア。エリアの安全を確保できました」

「よし、いいだろう。予定通り、特務科を中心に要塞内制圧部隊を3つにわける。衛星写真と肉眼での様相を合わせるに、北側に建物は伸びてそのまま山岳の中腹あたりまで言って、山のうえへと続いてる。一番先が長そうな北は俺たちA班がいく。西は特務科C班といけ。東はB班についてけ。さっきから聞こえてるこの不気味なクラシックを止めてこい。質問は? ないな。──行動開始」


 マイケルの所属する第201小隊は建物の北へと攻略する部隊であった。

 マイケルは隊長ベネットの指揮のもと緊張感をもって建物を進む。建物のなかには白衣やら帽子やらをかぶった黒い指先達がたびたび歩いていたが、その者たちも一様に逃げるばかりで、撃たれても反撃らしいことは一切してこなかった。


 要塞も内側も外観とおなじく謎の素材でるくられており、黒の一色淡な風景がつづいていた。夜間なためか照明は落とされており、廊下の各所に設置されたフットライトのつつましい明かりだけ点灯していた。


 廊下を駆け抜けているうちに、マイケルはあることが気になりだした。

 廊下も部屋も、それぞれが恐ろしいほどにデザインが統一されているのだ。

 まるでコピー&ペーストしたかのような光景が何度でもつづく。

 マイケルは迷路のなかに迷いこんだ気分にさせられた。


(なんだこの建物、出来の悪い3Dゲームの世界みたいだ。気味が悪い)


 そこら中で銃声が聞こえるなか201小隊は部屋を発見し飛びこんだ。

 学校の教室ほどの部屋であった。

 室内は薄暗い廊下とは打って変わりとても明るい。

 黒い指先達が両手をあげて部屋の隅に寄っていた。

 抵抗する気はないらしい。


「撃て」


 ベネット隊長の発砲指示。

 撃鉄とともに魔法弾が放たれる。

 高質量弾核の破壊力に無抵抗の怪物たちは砕かれていく。


 小隊はいつもと同じように倒れた怪物たちへトドメを確実に刺していく。

 ここに来るまでにすでにマイケルひとりでも4、5体も黒い指先を撃ち殺していた。

 半ば流れ作業になっていたからだろうか。

 黒い指先達は抵抗してこない──そんな風にタカをくくっていたからだろうか。

 10名全員がやや注意力散漫であった。

 

 だから気づくのに遅れた。

 黒い指先がむくりと起き上がったのに。

 白衣を着ている個体だ。

 片腕は千切れてすでになく、傷口からは内容物が滴っている。

 胴体に4発ほど被弾しており、白衣は黒い液体でぐっしょりと汚れている。

 

 マイケルが最初に気が付き「え?」という声をあげた。

 立ちあがった白衣の個体を見やった。

 つられるように相棒のヘンリーが「なんだ?」と首を向ける。


 グチャ。

 空を切る黒い触腕。グンっと伸びて、横薙ぎに振られる。

 ヘンリーの身体が壁に叩きつけられる。

 隊服の隙間からいっせいに鮮血がふきだす。

 目はどこを向いてもいない。戦場で見た顔。すでに死体の表情だ。

 

「……は?」

 

 壁に押し付けているのは黒い触腕。伸びている先を視線で追う。

 ヤツの、白衣のタコ野郎の背中から伸びている。

 マイケルは引きつった喉で息を呑み、ライフル銃を構え、発砲した。

 

 冒涜的な黒い怪物がぐわんっと飛びあがった。

 天井に片腕を突き刺して張り付き、銃弾を避ける。

 想像以上の俊敏さ。

 背中の触腕をブォンっと射出。空気を撃ち貫く速さ。


 マイケルとて超人だ。

 ジョン・ドウ警備部が金と時間をかけて訓練した兵士だ。

 すんでんのところで転がるように触腕の槍を避ける。

 ヘルメットを触腕にかすめらる。かすった部分がえぐれている。


(なんて威力の触腕だ……ッ、蛇みてえに全部筋肉で出来てるのか?!)


「「撃てぇッ!!」」


 ベネット隊長が叫ぶ。

 隊員たちがワンテンポ遅れて反応。

 天井に張り付いた黒い怪物を一斉に射撃。

 怪物は避けようと身をひねる。

 片腕で天井を引き寄せるように部屋を縦横無尽に移動。

 動きながら背中の触腕で反撃。

 隊員の一名が胸を貫かれ、一名が吹っ飛ばされ紅いシミとなる。

 

「ぐう、このバケモノがァッ! 」


 胸を貫かれた隊員は意地を見せ、両腕で触手をおさえ、深く腰を落とすと、全霊の力でふんばった。致命傷に痛みにアドレナリンが大量分泌され、それにより引き出された超人の怪力は、黒沼の怪物の動きをわずかに阻害した。


 そこへ人類の武器も届いた。

 7.62×51mm魔法弾の強烈なパワーに怪物は黒い体液をちらし、四肢を千切れ飛びさせ、ぐちゃっとノートやら教科書やらが散乱するデスクに落下した。


「射撃、やめッ!」


 ベネット隊長が叫ぶ

 黒い怪物はまだしばらくはぴくぴくと動いていた。

 すぐに痙攣しなくなる。完全に生命活動を停止した。


 兵士たちはお互いに顔を見合わせる。

 残ったのは7名。一瞬のうちに3名が殺された。

 2名が壁に叩きつけられミンチにされ、1名は胸部に直径10cmもの風穴が空いている。数秒前まで生きていたが、すでに事切れている。

 

 黒い怪物が見せた衝撃に、皆が言葉を失っていた。


 ほぼ時を同じくして、廊下のほうから度々聞こえていた銃声が激しくなった。

 ほとんどフルオート射撃しているような連射音と、雄たけび、あるいは悲鳴のようなものが乱れている。


 マイケルは銃をひろい、慌てて廊下へ出る。

 フットライトの淡い光だけが頼りの廊下では、強烈なマズルフラッシュが絶えず輝き、その光のなかで陰にとけるような怪物たちが兵士たちに襲い掛かっていた。

 肉と血が乱舞する凄惨な戦いだ。


 マイケルは気が狂ったように叫びながら銃を撃ちまくった。

 

「馬鹿が、伏せろ!」


 ベネット隊長に蹴り飛ばされ、マイケルは血の床を転がった。

 先ほどまで自分がいた場所を黒い怪物の腕が横薙ぎにしていた。

 ベネット隊長は黒い怪物に体当たりしてふっとばすと、銃口を押し当てて発砲。


 怪物は触腕でライフル銃をバシっと叩き落とす。

 ベネット隊長は触腕で腹をたたかれ、壁に叩きつけられらた。

 血を吐き「ごふッ」と、とてつもない筋力に瞠目する。


(なんでパワーだ……ッ、レベル100の俺でこのダメージを負わされるのか)


 ベネット隊長は警備部兵士のなかでは頭ひとつぬけて優れていた。

 現代武装に身をつつみ、ライフル銃を構えれば、大きな差は生まれないが、こと近接戦闘ではレベル差、その力量差は遺憾なく発揮される。

 同時に怪物は一瞬で間合いをつめ、拳でベネット隊長を殴りつけようとする。

 首を振ってかろうじてかわす。黒煉瓦の壁に拳が埋まっている。


(スキル発動──『銃撃Lv3』『早撃ちLv3』)

 

「喰らえバケモノがッ!」


 腰のホルスターから暗闇に鈍く輝く銀のリボルバーを抜き放った。

 S&W M500ダンジョンモデルのそれは、極めて強力なダンジョン・マグナム弾を撃てる大型回転式拳銃である。ベネット隊長はごく至近距離で、連続で発砲した。

 スキルの補助を受けた凄まじい連射力と衝撃力に、さしもの黒い怪物もノックバックし、喰らった場所に風穴を空けさせられた。

 シリンダー内の6発すべてを撃ち尽くす頃には、すでに怪物は原型をとどめずにぐちゃぐちゃになっており、黒い液体をドクドクと流して動かなくなっていた。

 ベネット隊長は血相を変え「はぁ、はぁ、はぁ……!」と荒く息をつく。

 腹に手を当てる。深い傷から血が流れている。

 気が付かないうちに触腕で撫でられていたらしいと気づく。

 

 マイケルは血の気が引きながら、自分のすぐまわりを見る。

 隊長のベネットのほかにはあと1名がいるのみ。

 201小隊は数十秒のうちに7名の隊員を失い、残り3名となっていた。

 

 全身から力が抜けてしまい、幽鬼のように覇気のない顔で、すこし遠くの周囲をキョロキョロと見やる。

 銃声が遠くのものだけになっていた。

 視界内のすべての戦いにすでに決着がついたようだ。

 残っている人間はずっと減っていた。

 周囲には7小隊前後、計70名はいたのに、いまはもう数えるほどしかいない。


 マイケルは股を温かい小便で濡らし、腰を抜かし、頭を抱えた。


(昔からそうなんだ、俺の嫌な予感はあたるんだ……ここは悪魔の巣だ、足を踏み入れるべきじゃなかったんだ……)


 気持ち悪さがこみあげてきて胃の内容物を吐瀉する。

 

(やつは、奴は怒っているんだ、あぁ、フィンガーマン、おお、フィンガーマン、恐るべき大いなる怒りが、震えるほどの悲しみが伝わってくる……!)


 マイケルは名状しがたい恐怖に支配されつつあった。

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