ぎぃさんのやりたい放題チャンネル、始まる
──赤木英雄の視点
どうも赤木英雄です。
モニターの向こう側で謎の武装勢力が攻撃はじめました。
島攻められるなんて話聞いてないんだけどね。攻めるなら予約して欲しかった。
でも来ちゃったものは仕方ない。
コーヒー飲んで落ち着きます。たっぷる。
「飲んどる場合かぁ! やばいぞやばいぞ、指男、どうするんじゃ!」
慌てるじじい。
「いつでも私はいけるよ」
薄水色の透き通ったハッピーアイがじっと見て来る。
ライフル銃をどこからともなくとりだしやる気十分。また銃変えたのね。
ジウさんも、ドクターも、娜も、コロンも、みんなこちらを見て来る。
勘弁してくれよ。
俺にこの状況の指示仰ぐのかい。
どう考えても俺よりみんなのほうが上手く対処できそうなんだけど。
あ、いや、でも流石にドクターよりかは俺が上手く対処できるか。
んな、ことどうでもいいんだ。
どうするんだい。
俺は黙して腕を組む。
これ本当に俺がどうにかするしかないのか。
組織のリーダーになると言うことは、こう言う事としみじみ考えさせられる。
あれよあれよと言う間にギルドだの、会社だの作ってたから覚悟と自覚が追い付いていなかったよ。
いいだろう。
島を守るため、ひとつずつ動かして行こう。
俺は赤木英雄だ。天才・赤木英雄さまだ。
俺ならできるはずだ。
「とりあえず、ぎぃさん、指先達のモードをセーフティから通常運転に変更しておいてください。あのままじゃ戦えないでしょう? ビーチに死体の山できちゃってますよ」
「ぎぃ(訳:ここからでは変更できませんね。命令書き換えは数十メートル範囲の個体にしか届かないので。ただし、対抗策はすでに打ってあります。しばしお待ちを)」
ふむ、困った。
「この島の地上部にギルドメンバーがいるか確認できますか? 3人のおっさんたちが銃弾で蜂の巣になるところなんか見たくないです」
「……。確認した限りでは厄災島にはいません。皆さん、すでに帰宅されているようです。時間も時間ですから。もしかしたら見落としもあるかもしれませんが」
少し不安はあるが、非戦闘員はみんなここにいる。
個別にライン電話でもして確認するか。
あれ? 電話繋がらない?
「……ぎぃ(訳:たぶん通信基地を停止させられましたね。敵の行動が迅速です。規模と練度。どちらも人類最高レベルでしょう)」
「発電施設はどうです?」
「……。地上部の発電施設も時期に抑えられそうです。ただ発電施設は厄災研究所地下施設内に2つ、ジオフロント内に1つ設けられていますので、電気が止められる心配はないかと)」
なるほど、こういう時に予備って役に立つのか。
労働力が余ってるからと無駄に作っておいて正解だった。
しかして、どこの誰がこんな酷い事を。
まったく見当がつかないぜ。
「どこの軍隊かわかりますか、ジウさん」
「(……。指男さんは私が状況を把握できているかを試している?)」
ジウさん、娜、ドクター、ハッピーさんもモニターをいっせいに見やる。
モニターが映には月明かりに照らされた黒い夜の海。
そのなかに漂うすごい水蒸気と軍艦が三隻。
「……。凄まじい規模です。装備の質がそこいらのならず者傭兵団ではありません。かといって正規軍でもないでしょう。敵の使用しているFALは7.62Nato弾を使う銃ですが、監視カメラの映像を見る限り、DEF20,000を標準搭載しているブレイクダンサーズの装甲を貫通してダメージを与えています。魔法弾を撃てるようカスタムされた”ダンジョンモデル”のFALです。これを正式装備にしている正規軍は存在しません」
「わしもわしも、気づいたこと喋っていいかのう? やや動きがおかしいと思わんかのう。重たい装備を持っているのに、ウサギのように身軽じゃ。たぶん常人じゃないと思うのじゃ。考えることも恐ろしいが、今襲ってきているのは超人で構成された軍隊じゃよ。ほれ、以前に話したことがあっただろう、指男よ。経験値で強化・進化された部隊じゃ」
以前は机上の空論という話だったが……すでに存在していたのか。
「ねえねえ指男、海の映像をみてくれる。強襲揚陸艦にフリゲート艦が二隻。エアクッション型揚陸艇4隻をもちいての揚陸、装甲車が6車両、装備に軍隊の練度。国によっては正規軍にも匹敵しそうな勢いの軍隊だわ。結論を言うとね──」
「結論言えば、ジョン・ドウがもう動いてきたってところかな」
「……私が言いたかったのに!」
「ふん」
ハッピーさんが胸を張ってフンスっと得意げな顔。
ちみっこの手柄を横取りしていきます。あーもう意地悪しないの。子供か。
「ジョン・ドウ、ですか」
モニターを見やる。
敵はいまも物凄い速さで厄災研究所の地上部を進んでいる。
動くものは全部撃つ勢いで、研究所内に勤務している黒い指先達が死んでいく。事務仕事や労働にいそしんでいるのは非戦闘員の指先達だ。もちろん、黒い指先達に非戦闘員などいないのだが、彼らには育て方というものがある。
音楽を学んだり、料理を学んだり、理学を学んだり、絵を学んだり、数学を学んだり、工学を学んだり……厄災研究所にはそう言った、さまざまな技能・学問を履修している指先たちがたくさんいる。彼らは『身分:学生』と呼ばれている。
俺は黒い指先達の恐るべきセンスにこそ価値があると思っている。
戦うことはわりと誰でもできる。
『身分:戦士』の黒い指先にも、もちろん俺でも戦える。
だがそうじゃない。
黒い指先達はそう使い方だけじゃない。
人類の遺産を完全に模倣し、そこから新しい物を生み出す力をもっている。
あらゆる分野のプロフェッショナルになれる可能性があるのだ。
知と技を習得し、発展させるのに時間はかかる。
だが、必ずできると信じている。
その先にはきっと素晴らしい世界があるように思える。
だから、彼らには武器よりも楽器や筆、ペンを握ってもらっている。
なので実のところ20万人いる黒い指先たちのうち戦闘のために常駐している黒い指先達のほうがずっと少なかったりする。
なぜか?
答えは簡単。俺が戦えばいいからね。
「というわけで俺が蹴散らしてくるので、防御を固めてちょっと待っててください。ジオフロント内の各エレベーターホールにダークナイト率いる第一から第十三ギルドまでを配備。ハッピーさんは戦闘員ですけど怪我してほしくないので待機で」
チームをそれぞれ動かして行く。
それぞれができることをやろう。
「……。指男さん自身が出るのは……私も出ます」
「じゃあ、私も戦うわ!」
「そ、それじゃあ、わしも!」
いやいや、みんな来ちゃだめでしょ。普通に。特に娜とドクター。
「きゅっきゅっ!(訳:英雄と大古竜の武勇には軍勢を蹴散らす逸話こそふさわしいっきゅ! 死地肉林っきゅ!)」
ハリネズミさんが活躍の場を求めている……たまには発散させてあげないとだめかな? 発散させてないから、熱々ちゃんぽんで復讐してきたのかもしれない……ハリネズミさんまでどこかの豆大福みたいにダークサイド出て来られても困るしなぁ。
「ぎぃ(訳:我が主、ご提案を)
「なんです」
「ぎぃ(訳:今回の迎撃、ここはひとつ私に任せてはくれませんか?)」
腕を組んで悩んでいると、ぎぃさんがぴょいっと机のうえに乗った。
「ぎぃ(訳:今回の戦闘は願ってもない好機です)」
「好機、ですか」
「ぎぃ(訳:要塞の防御力を実戦で確かめられます。我が主がここから動かなくても拠点を防衛し、敵を迎撃しきれることをご覧にいれましょう。そしてゆくゆくは私をフィンガーズ・ギルドのNo.2兼防衛大臣に任命していただければなと思います)」
「ちーちーちー!(訳:権力闘争の足掛かりにするつもりちー! No.2はちーの席ちー!)」
「ぎぃ(訳:先輩、静かに)」
すっごい張りきってる……え、というかワクワクしてない?
さっきまで悲しんでるのかなって思ってたんだけど……やはり厄災か。
ふむ、ぎぃさんに任せてもいいかもしれない。
俺が出たところで、結局は体はひとつだし、すべてを倒すのに時間はかかる。
なにより俺が出ると戦ってるとこカメラのモニターでみんなに見られるんでしょ。
手際の悪さとか、スマートさの欠片もない戦いを生配信するってこと?
うわ、途端に自分で戦いたくなくなってきたな。
俺は椅子に深く腰掛ける。
「やってみせてください」
「嘘でしょ、ぎぃさんに任せるの? ノリで人類滅ぼすんじゃない? やめたほうがいいって」
「流石にやめたほうがいいわ。邪悪なことしか考えてないもの」
ハッピーさんと娜は目元に影をつくり、疑いの視線をぎぃさんへ。
「まあ、ぎぃさんは見た目のキモさと邪悪さとは裏腹にわりと良い子じゃからな」
「……。彼女は冷静な対応力をもっています。任せてもいいと思います」
ドクターとジウさんは特に異論はないようだ。
ぎぃさん防衛大臣(仮)任命に賛成派と反対派で別れていると、ラボの自動ドアがビーっと突然に開いた。
扉の向こうには巨大な影がある。
黒く艶やかなマントに身をつつみ、重厚な鎧をまとう黒沼の猛将。
ダークナイトです。
部屋のなかからでは、お腹あたりから上が見えず、とてつもないバケモノが立っていることしかわからない。相変わらずデカすぎる。
ダークナイトはしゃがむと、おおきな水槽を部屋の前に置いた。
円柱状の水槽だ。ベイオザードでB.O.Wが培養されている時くらいしか見る機会ないアレ。娜がたくさん買い込んでいるので、この島では珍しくない水槽です
さらにポリタンクのようなものを無数に置いて、ダークナイトは去っていった。
ぎぃさんは水槽を触手で持ち上げ、部屋のなかで良い感じのポジションに設置し、ポリタンクのなかの謎の液体をつぎつぎと水槽へ注ぎ入れていく。
ぎぃさん、そういうところだと思います。
説明なしに変なことはじめるからみんな恐がるんですよ。
「ぎぃさん、そろそろ説明を」
「ぎぃ(訳:これは失礼しました。こほん。ではどこから話しますか……そうですね、まずは防衛大臣として私は常々、厄災島が外部の攻撃に脆弱であることを危惧していたというところから話しましょう)」
「ちーちーちー(訳:防衛大臣”(仮)”ちー。大事なことちー)」
「ぎぃぎぃ(訳:続けます。厄災島の脆弱性の最たるは、セーフティにありました。厄災島では間違っても黒沼の者たちによる対人傷害の事故がおきないよう、私がすべての黒沼の怪物たちに厳命しています──決して人間に攻撃してはいけない、反撃もしてはいけない、と。だから、黒沼の怪物たちは絶対に人間を傷つけることができません。これでは外敵が現れた時に臨機応変に対応できない。今回まさに、ジョン・ドウに攻撃され一方的に殺されてしまう事態を招いてしまいました。我々が人類の良き協力者であることは、我々の持つ戦士と侵略者としての能力とやや嚙み合わないのです)」
ぺらぺら喋っていると、水槽の中身が液で満たされ終えた。
「ぎぃ(訳:この問題のもっともシンプルな解決方法はスイッチを切り替えることです。つまり攻撃命令を出せればよいのです。しかし、残念ながらそう上手くはできていません。私は無限の兵を召喚出来ますが、膨大に増加したそのすべてを指揮することができないからです。なので普通はダークナイトなどの優秀な個体に指揮官になってもらい部隊を編成するのです)」
物量は暴力的だけどアナログなんだよね、黒沼の皆さん。
「ぎぃ(訳:ですが、それも今日までです。これからは新時代です)」
え?
「ぎぃ(訳:”この装置”を使わせてもらうことで、思考領域への負荷をあげ、思念を遠くまで飛ばせるようになります。それにより私はこの場を動かずに、島全体、さらにその外側まで思念をとばし、すべての黒沼の怪物に直接指示を出せるようになります)」
ぎぃさんが「ぎぃ(訳:新しい夜明けです。我が主、私をなかへ)」と言って来たので、ひょいっともちあげて水槽の中へボチャンっと入れてあげる。
「ちょっと失礼するぞい」
ドクターがどこからともなく妙な機械を持ってきた。
機械からは管が伸びており、先端がとがった針になっている。
怪しさ120%濃縮マシンだ。ドクターは管をぎぃさんにブスブスと刺していく。
「ぎぃぎぃ(訳:ヒントは先日のミスター・ブレインにありました。私はあの脳みその浮いた水槽を見た瞬間、衝撃を受けました。羨ましいと)」
そうはならんやろ。
「ぎぃ(訳:人類。なるほど侮れません。私がついぞ手に入れられなかった思念増幅装置を半世以上も前に発明していたとは。ネットで検索して、同じものをドクターに作ってもらいました)」
ネットに思念増幅装置の作り方乗ってるの?
「流石ですね、ドクター」
「牛乳パックと凧糸で頑張ってたら出来てたんじゃ」
「頑張りすぎでは?」
ぎぃさんの入水した水槽をみんなで囲んで叩いたり、覗き込んだりする。
ふと、ぎぃさんの身体から黒色液体が漏れはじめた。
水槽の溶液が黒く濁っていく。
「ぎぃさん溶けてません?」
水が完全に黒く濁った。
顔を見合わせて不安げにしていると、水が少しずつ透き通っていく。
透き通った水槽のなか人間が浮いていた。
黒い髪の裸体の少女だ。
瞳をゆっくりと開き、こちらを見て来る。
感情がまるで宿っていない表情。
人間らしさを微塵も感じさせない眼差し。……不気味だ。
「「「「え?」」」」
「ちー?」
「きゅっ?」
だれひとりとして状況理解できていない。
『聞こえますか。私はいま皆さんの脳内に直接話しかけています』
「……あの、どちらさまですか?」
『これを見てもわかりませんか』
水槽のなかの少女は後頭部を指で示す。
頭の後ろに管が突き刺さっている。
『思念増幅装置は人間の脳のためにつくられています。当然ですね、人類の発明なのですから。なので私の側が調整することにしました。細胞組織を変質させることで、思考領域の物質的形状を変化させ、人間の身体に近づけました』
「「「えぇええ!!?」」」
「……。裸……これはいけないと思います、指男さん、水槽を布で包みましょう」
「え? あ、ああ、そうですね……でも、このままでも俺は別に……(ニチャア」
「……。早く包みましょう」
「ちーちー!(訳:こんなのおかしいちー! 暴動ちー! なんでちーが鳥のままで後輩が美少女化するちー!? 世の理に反しているちー!? ちーちー!!?)」
ぎぃさんのやりたい放題チャンネル、始まる。
次回『もうずっとそれでいて。』、デュエルスタンバイ!
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