Side : John Doe 着上陸作戦
強襲作戦は警備部の戦力の大部分を投入して行われることになった。
警備部部長ネメラウスそのほか、各部の長たちも「それほどの戦力を投入する必要が?」と、懐疑的ではあったが、ノーフェイスが「いいと思うよォ」と言えば話の流れはそれだけで収束していった。
人心掌握術に長けるノーフェイスはすでにジョン・ドウの全幹部を強く惹きつけており、また総務部部長に関しては、崇拝にも近い姿勢を見せていた。
今回の着上陸強襲作戦は強襲揚陸艦とフリゲート艦二隻、潜水艦三隻を投入した極めて本格的なものになった。動員兵力は約3,000名。過剰すぎるほどの戦力に、警備部の兵士たちはどれだけの対象を攻めるのかと逆に怖気づいたほどだ。
しかし、対象が絶海の孤島ひとつの制圧とわかるなり、やや雰囲気は弛緩した。
警備部の戦力は過剰どころか、そのまま島に移り住むほどの勢いだったからだ。
「ノーフェイスは何を考えてるんだー!? あいつ前より意味わからなくなってないかー!? こんだけの兵力を動かす金を出すなんて!? 普段、隊長が経費削減を口うるさく言ってるのに今回はやりたい放題だしよ!?」
強襲揚陸艦の全通飛行甲板より飛び立つヘリの騒音にも負けないように、ガムを噛みながら大声でとなりの兵士に喋りかける。良く知った仲の兵士は「まったくだよ、マイク!!」と大声で返事する。
マイクと呼ばれた金色の髪の軽薄な青年──マイケル・トーラーは警備部普通科に所属する兵士であった。
マイケルを乗せるこのヘリはこれより10km先に見えている孤島へ向けて発進する。もちろん一機だけではない。甲板上には何十機ものヘリがズラッと並んでおり、次々と兵士たちが乗り込んでは、ぞくぞくと島へ向けて飛んでいく。
マイケルらを乗せたヘリもほどなくして発進する。
暗い夜の海を時速300kmの高速機動で飛び、ものの2分で島に到着だ。
「ヘンリー、島に女はいるかな!?」
「日本人か!?」
ヘンリーと呼ばれたマイケルの相棒の兵士は笑顔で、指を一本立て、もう片方の手で丸をつくってポンポンっと挿入するジェスチャーをする。ふたりはハイスクール時代からの相棒だ。
「俺のじいさんは大戦で日本人の女と100人以上とヤったんだ、すげえだろ!!」
「ハハハ、伝統にのっとらないとだな!!」
「全員ブチ犯そうっ!!」
ヘンリーが機内の兵士たちへ両手をあげてはしゃいでみせると、ドっと皆の笑い声が湧いた。
ジョン・ドウの警備部兵士は多様な国籍の兵士らで構成されているが、なかでも米国、ヨーロッパ各国の退役軍人らの数は多かった。
マイケルとヘンリーらの部隊は全員が米国海兵隊の退役軍人である。より待遇がよく、厳しい規律や、モラルを必要とされないジョン・ドウへと正規軍から乗り換えた者たちだ。
何度か戦争を経験している者もおり、高度な訓練を受けており、武器兵器の知識練度ともに非常に高く、人間として欠陥はあっても、兵士として一流である。
また誰もが探索者の素養をもっているわけではないが、部隊のメンバー全員が経験値による肉体強化を終えていた。ジョン・ドウがダンジョン財団に隠して確保しているダンジョンのモンスターを倒すことで鍛えたのだ。素養がなければ、ダンジョン内で活動できず、波動も使えないためモンスターを倒すことは困難であったが、ノーフェイスが10年前にもたらした”何の才能もない人間を探索者にする”ノウハウをもちいることで、意図的に超人を大量に作り出すことができるようになった。経験値エネルギーと人を殺すための戦闘能力は、並みの探索者では及ばない域にある。
探索者を殺すための魔法銃である大口径のライフル銃を使えば、条件次第で、Aランク探索者だろうと為すすべなく殺されるだろう。
それがジョン・ドウ警備部の戦力だ。
そしてこれは普通科兵士の話である。
完全武装した訓練された普通科兵士が10人集められ、統率の取れた動きで展開、攻撃をするのが部隊というものだ。
そんな戦力が今回は”210部隊”も用意され、さらに戦闘ヘリによる近接航空支援、艦隊による海上からの支援も望める。
すなわちジョン・ドウにとって強襲作戦はもはや圧倒的なヌルゲーだった。
ノーフェイスの鶴の一声と、ノーフェイスの潤沢な資金援助、警備部部長の異様なノリ気、そのほか条件がそろわなければ、これほどの大規模強襲作戦は行われない。
普段は予算と話し合いを行い、使える装備そのほかも限定される状況での作戦行動しかありえない。だから、マイケルもヘンリーも、否、兵士たち全員が、すべての装備が使い放題の国家的総力戦に──そう、まるで自分たちが本物の戦争に参加しているような興奮と高揚感につつまれていた。
さらに面白いのが相手が圧倒的に弱者だと思われること。
こんな楽しいことが許されていいの?www
こんな豪華な弱い者いじめをさせてもらっていんすか?www
兵士たちの心中はおおよそこんな感じであった。
島が近づてい来る。
もう数十秒で到着となると、ビーチでの戦闘が肉眼でも観測できた。
上空のヘリから掃討射撃により地上はめちゃくちゃだ。
そこへ兵士たちがぞくぞくとヘリボーン(ヘリからラベリングで兵士を下ろす)で上陸して、攻撃を開始している。
夜の闇がマズルフラッシュで暴かれていく。
マイケルは「いいねえ」とワクワクしてくる。
彼は動物を撃つのが好きだった。
「降下開始!! いけいけいけ!!!」
マイケルとヘンリーを乗せたヘリがビーチのうえで止まる。到着だ。
地上では物凄い戦闘がすでにはじまっている。
兵士たちは迅速にラベリングして、続々とやわらかい砂をブーツで踏んでいく。
ほぼ時を同じくしてエア・クッション型揚陸艇もビーチにたどり着き、大量の兵士と物資、重火器、はたまた装甲車をも陸上へと解き放っていく。
地上でも上空でも、絶え間なく銃声が響き渡っていた。
ビーチに無数の不気味な生物の死体が散乱している。
ヘリの機銃で撃たれたものはぐちゃぐちゃになって跡形もない。
マイケルは先に上陸した兵士たちが殺した、まだ形の残っている怪物に近寄った。
「なんだ、これ……」
怪物に顔と呼べるものはなく、全身が触腕を寄り固めたような見た目をしていた。
背中からは何本か自由に動かせそうな触腕が生えており、不気味にも人間と同じ形をしている。経ったら180cm前後はありそうだった。デカい。
(このバケモノ、昔、夢に出て来たのと似てるな……)
子供のころは悪夢にうなされた。
黒い湿地帯で黒い触腕の怪物から永遠とにげつづける悪夢だ。
黒い指先達はかつての嫌な記憶を蘇らせていた
全身に銃弾を浴びており、すでに息はない。
だが、マイケルは怪物を目にするだけで言い知れぬ恐怖を思い出していた。
マイケルは衝動のままに死体へ弾を2発撃ち込み、ニヤッとする。
(大丈夫、撃てば死ぬんだ。大丈夫)
マイケルは軽薄な人格とは裏腹に、繊細で、勘のするどいところがあった。
特に嫌な予感はよく当たるのだ。
「これが情報にあった眷属モンスター、ブラック・フィンガーズ、まさにタコ人間だな」
マイケルは黒い建築物の方を見やる。
(あの建物も見たことあるような……)
建築物のまわりには黒い指先達が無数に倒れており、いまも攻撃は行われている。
彼らは反撃をしてこず、惨殺されていく。
「なんであいつら抵抗しないんだ?」
「できねえだけじゃねえか?」
「そうか? ……そうか」
不思議なことに黒い指先達は撃たれたところで、襲い掛かてくるわけでもない。
それどころか逃げるばかりだ。
胸を撃たれれば、傷口を抑え背を向け、足を撃たれれば、その場でひざまづく。
それだけだ。
「ハハハ、とんだ眷属モンスターがいたもんだ。こいつら複雑なアルゴリズムをもってねえ。自分で考えて動けないタイプの眷属だ」
眷属モンスターには自立型と遠隔操作型があるが、黒い指先達はおおよそ命令された行動しかできない質の悪い眷属モンスターだと兵士たちは思った。
そのことがこの作戦のさらなるヌルゲー化を加速させる。
ただ、マイケルは戦場を見渡して、妙な不安を感じた。
「なんかタコ野郎の数が多くないか……? ビーチだけで100はいるような気がするんだが」
「でも、弱えぜ? 問題じゃねえだろ」
「そうか? ……そうか」
当初、ジョン・ドウは黒き指先の騎士団は106名からなる鎧を着込み、武装した黒い指先達を想定される交戦戦力ととしていた。106の数字は、京都でオーケストラを演奏するという怪奇的行動を見せた件の『黒き指先の騎士団』の噂に由来している。
なのにビーチには100体ばかりは、鎧を着てはおらず、武装すらしていない。
”数が思っていたよりもずっと多い事”
”鎧を着た個体が見当たらない”
マイケルはそれらが気になったが、些細なことを頭の片隅に追いやることにした。
次第に銃声はビーチから遠のいていく。
強襲作戦は予定通りに進んでいき、作戦は第二段階へ。
上陸作戦を成功させた部隊は、装甲車やヘリなどの兵器の支援を受けながら島の地表部を制圧する部隊と、指男の本境地と思われる要塞を制圧する部隊に別れた。
マイケルは要塞制圧部隊であった。
相棒のヘンリーも同様だ。
「おい、来たぞ」
マイケルの肩をヘンリーは叩く。
ビーチ直上、上空で止まっているヘリが何機かあった。
ヘリから人影が次々と飛び降りて来る。
その数は30名。
警備部特務科だ。
ジョン・ドウの誇る最強の超人部隊は軽々と着地していく。
最後に5人が着地した。
警備部のリーダーと副リーダーが指揮する最高戦力ハイパーソルジャーズだ。
いつもどおり不機嫌そうな顔のネメラウス・フリージャーが現場に来るだけで、さっきまで弛緩していた兵士たちの空気感はぎゅっと引き締められた。
「状況をフェイズ2へ移行。正面の門は開かないのか?」
「さっき内側に駆けこんだタコ野郎が門を閉じました」
「よろしい、ブリーチング弾用意」
ネメラウスの指示で黒い要塞の正面へロケット砲が向けられる。
ロケット砲が放たれる。
要塞の正門に命中、大爆発を起こした。
「っ」
要塞の壁には焦げ付いた跡が残るだけだった。
ネメラウスは部隊を率いて要塞に近づき壁を調べる。
「なんだこの門は? 中世風の洒落たデザインナーズベースじゃないのか?」
「形状から木材か石材かと思ったのですが……どちらかと言いうと金属質でしょうか?」
「調べろ。一般装備で破れない強度かどうか」
工兵たちは知識をだしあい調査を開始。
だが結局、この手の建物に使われるいかなる材質とも違う完全に未知の素材で建造されているとしかわからなかった。
「こんな素材ははじめてです。煉瓦造りのようにごく原始的な建築法で造られたように見えるのにロケット弾で傷がつかないなんて」
「爆薬で破れないとなると多少面倒にはなるが……まあ大した問題じゃないか。どのみち無傷で基地ごと奪取するのが一番望ましいしな……」
「隊長?」
「ああ、なんでもない。どいてろ、俺がぶち破る」
兵士たちは慌てて退避しはじめる。
ネメラウスは門に手をぺたんっと付けた。
「こんなもんか」
5秒ほど触れ、背負向けて離れる。
十分に離れたところでマガジンから一発とりだして、それを門へ放り投げた。
弾が門にコツンっと当たる。
瞬間、大爆発が起こった。
轟音が響き渡り、周囲の兵士たちは爆風に「うわああ!?」と吹っ飛ばされる。
正面門には巨大な穴が開通していた。
マイケルはその様を見て、身体が震えあがった。
いかな超人部隊と言えど、純正のダンジョン因子を持っているわけではないため、スキルを持っているものは稀少なのである。
「突入だ。ブラック・フィンガーズは残らず殲滅。人間は殺すな。ただし抵抗してきたらその限りじゃない。GO」
兵士たちはぞくぞくと門にあいた穴から要塞内へ突入していった。
マイケルは黒くそびえる大穴を見つめる。
星空のしたの、夜の暗闇をいっそう怪しく受ける黒い巨大要塞、その中はすべてを飲みこむブラックホールのように名状しがたい恐怖を掻きたてる。
マイケルは不安に駆られていた。
この大きな黒い穴を踏み越えて、要塞へ足を踏み入れることが、なにか取り返しのつかない結末を導くのではないかと。
「マイク? ないしてる。遅れるとぶっ飛ばされるぞ」
「あ、あぁ、そうだな」
遅れないよう、ついていく。
(何考えてんだ。こっちは軍隊だぜ)
マイケルは己に言い聞かせるようにし、門を跨いだ。
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