Side : John Doe ミーティング
「フィンガーマン討伐だって? たかだが探索者ひとりを殺すのに、普通科の半分に艦隊に潜水艦まで動かすって、ダンジョン財団本部でも襲うつもりかよ」
ネメラウスは今回の作戦に必要と見込まれる戦力そのほかの情報がまとめられた資料を手でぺしっと叩き、鼻で笑い飛ばす。
準備の良いノーフェイスから渡されたその紙束には、指男の所在地と、想定される戦力、それを攻略するのに用意するべき戦力、もろもろが試算されていた。
(準備の良いことで、顔なしのバケモノさんよ)
ネメラウスとマイヤはその日のうちにノーフェイスよりもたらされた情報から作戦の組み立てを始めることになった。
「ノーフェイスのソレだけで動くわけじゃないでしょ?」
「当たり前だ。フィンガーマンが何なのかすらよくわかっていないんだ。警備部の総力をあげて、調べ上げてやる」
数日掛けて、ネメラウスは部隊を動かし、指男の情報を収集した。
結果としてわかったことは「よくわからない」ということだった。
世界的犯罪シンジケートのジョン・ドウ警備部が総力をあげてその正体の核心に迫れない。これは異常なことであった。極めて異常である。
「完璧に情報をシャットアウトしてるよ、こいつ」
マイヤは顔写真のない人物プロファイリングを机のうえへ投げ、天井を仰いで言った。
ネメラウスはファイルを手に取り、自分たちが作成したそれと、ノーフェイスにもたらされた資料とを見比べる。情報の裏自体は取れたが、ノーフェイスが収集していた以上の目新しい情報が手に入ることはなかった。
「つい最近出て来た探索者だというのに追跡できないだって……? 古い奴なら情報が勝手に埋もれたりするが、新しい野郎でここまで綺麗に何もわからないやつはいないぞ……どうなってんだ……」
「将来的に目立つのを見越して、無名時代から徹底的な情報統制をしていたとしか考えられないわよ」
「ああ、そのとおりだ。つまり、そこまでするほどの何かがフィンガーマンにはあるってこった。ただの素人じゃない。噂以上の野郎かもな」
「ボスと敵対することを恐れず、あまつさえ異世界の気色悪い怪物を飼いならして、ボスを傀儡にしようとするなんて。どんだけイカれたやつなの。狂気的というか……それでいて、理知的で、計算高い、臆病とも言えるほどに、足跡を消し方が完璧。どれだけの協力者をもっているのかも想像できないわ」
「人心掌握に長けるとかいう噂をネットで拾ったが、なるほど、世のヤバい奴は他人を抱き込む術がお得意てわけか。フィンガーマンもそのたぐいだ」
ネメラウスとマイヤ、警備部の情報チームは参ってしまっていた。
基本的に相手のことを知り、そのうえで作戦を立案するのがプロの仕事なのだが、今回に限っては、敵が狡猾かつ完璧すぎて何もつかめない。
「ノーフェイスの笑顔が浮かぶようで、こいつの情報に頼り切るのだけはしたくなかったが……時間を置くのもやつの求心力を高めそうで避けたいところだ。そろそろ、具体的な立案に移ろうか」
ネメラウスは情報チームを中心に、今回の大規模な作戦を警備部全体へ通達、基地の一角に作戦参加者を全員集めて、この戦いが「ボスの仇討ち」である旨を演説で伝えた。
すぐのち部隊長らを招集し、指揮官らへ一足先にミーティングをはじめた。
「主目標:フィンガーマンの殺害。この謎に満ちた野郎が潜伏していると思われる島は、南北に縦長い長さ2,400mほどの島だ」
(ノーフェイスはどうやってこの情報を掴んだんだ? やつが魔術師の怪しげな術を使ったのだとしたら、本格的にやつらを兵力に数えるのも考えないとだな)
「衛星写真付きの資料がそっちにあるから各々、確認しろ。島中央は隆起していて標高300m程度の山がある。まだ開拓されていないようで、ずいぶん緑が生い茂ってるようだ。写真じゃわりづらいが、島中央の山下方に巨大な樹がそびえ立っているみたいだな。島の南にビーチが広がっていて、ビーチから120mの位置の黒い影は人工物だ。かなりデカい。島の10%ほどはこの黒い建物で覆い尽くされている。まるで城塞だ。規模のデカさからして、軍事施設の可能性が高いだろう。要塞の近くに発電施設らしきものと、通信基地がある。ネットワークのセキュリティは堅く、外部からはアクセスはできなかった。電子戦への防御力を維持してる点から、高度にシステム化されたセキュリティがある可能性が高い。内部の様子に関しては一切の情報はなし、施設は地上部だけなのか、地下があるのか。あるとしたらどれほどの広さなのかもノーフェイス経由でも入ってこなかった。こればかりは突入してみるほかない」
「隊長、質問を」
「許可する」
「この島には港らしきものがないですが、これだけの施設をどうやって作ったのでしょうか?」
「良い質問だな。──俺が知ってると思うか、ケツ穴野郎」
ネメラウスはにこやかに低い声で言った。
質問をした兵士は左右をきょろきょろ見て、同僚たちと顔を見合わせ「え、俺が悪いの?」という表情。理不尽にキレられる仲間の肩を同僚たちはぽんぽんっと叩く。
「誰か教えてくれよ、港が無いのに、なんでこんな洋上の孤島に巨大施設だの、通信基地だのが建ってるんだ? 誰か知ってるか?」
ネメラウスの質問には誰も答えられない。
「衛星や航空からの撮影を嫌って、地下を経由して資材を運び込んでいるとか?」
「本土から1,000km離れた洋上まで巨大なトンネルを掘ってか?」
「すみません、思いつきです」
「例えば、スキルを使って建築したとか……?」
「軍事基地をスキルで建設するのか? マイクラでもやってろよ」
「すみません、思い付きです」
ネメラウスに次々と黙らされていく兵士たち。
やがて皆が静かになると、ネメラウス自身「あぁ、またやっちまった」とばかりに、頭を抱えた。
思うようにことが運ばず、ノーフェイスにおんぶに抱っこな現状が、かの怪人に踊らされているようで気に食わないのである。その不機嫌を部下にぶつけてしまった。
「いや、悪い、俺も変なことでキレちまった。すまん。……。とにかくだ。今回の敵はおかしな奴だと思っておけ。ノーフェイスの助言は的確かもしれない。最大の準備で挑むべきだろう。俺のほうの判断で戦力をスポンサーの注文より増してかかる。警備部の”総力”をあげてここを叩く」
ネメラウスの発言に兵士たちはざわつく。
横で聞いていたマイヤも目を丸くしている。
ノーフェイスの注文でさえ過剰だと最初は言っていたのに、動員できるすべてを使う言っているのだ。当初とは言っていることが真逆だった。
ネメラウスは手元のタブレットを操作し、ミーティング用のスクリーンに黒い怪物を映し出した。
「想定される戦力だ。フィンガーマンが日本国内で派遣している眷属モンスターだけで構成されたギルド。ノーフェイスの試算じゃ、人造人間と同等か、あるいはそれ以上のスペックって話だ。だから、武装もそれにあわせて高級化する。財務に怒られるだろうが、今回の作戦はスポンサーが出資してくれるからな」
ネメラウスはポケットから手のひらサイズのライフル弾を取り出す。
「7.62×51mm魔法弾を標準武装に設定。虎の子は7.62×51mmダンジョン・マグナム魔法弾、こっちはうちじゃ使ってなかった対モンスター兵器弾だ。バカに強烈だ。こいつなら人造人間の装甲もぶち抜けるって話だ。いざって時に使え。MP消費に気をつけろよ、燃費は最悪だからな」
言ってネメラウスはポケットからもう一発、弾核が赤色に染められた弾もとりだして皆に見せる。
「夜の友達トレーサー弾もある。どっちもダンジョンFALで使える。当日までに慣れておけよ。なにか質問は? ないな、よし解散」
一般兵士へのミーティングのあとは、警備部のなかでも特務科と呼ばれるジョン・ドウ最強の兵士たちへのミーティングが行われた。
特務課はネメラウスとマイヤらもが在籍している部隊であり、ここにはジョン・ドウ内でも真に仲間と呼べる信頼できる者が集まっていた。
特務科のなかでも最も優れた5名らは、少数精鋭のなかの精鋭であり、彼らは『ハイパーソルジャーズ』と呼ばれている。全員がダンジョンで厳しく鍛え上げられており、各々が自信に満ち、Sランク探索者にも匹敵すると自負している。
通常は特務科が出動することはあまりなく、それぞれが部隊を指揮して、複数の現場を担当するのが常だ。全員が指揮官としての素養も兼ね備えたプロフェッショナルチームであるが、それが今回はハイパーソルジャーズを含めて全員出動という異例の事態になっている。ノーフェイスでさえそこまでは求めていない。
「隊長、なんで俺たちだけ別にミーティングをするんすかー? てか、なんで全部隊出動なんですかー? 絶対に過剰ですよねー?」
メガネをかけ、肩にタトゥーの入った壮年の男は気楽にたずねる。
笑顔と飄々とした態度の裏に狂人の顔を隠して持っているは、この場の誰もが知るところであった。
ジュイムズ・スノーダンと呼ばれる彼は、イングランドを中心にヨーロッパ各地で探索者殺しをしてきたAランク国際指名手配者でもある血生臭い傭兵である。
「なにか企みがあるということですか?」
ジェイムズよりも若い20代後半の青年は悟った風に訊いた。
彼の名はウィンストン・アルバトリア。生家は邪神を崇拝する魔術師の家であり、後援者のジョン・ドウに一族から派遣される若き天才魔術師である。
ネメラウスはジェイムズ壮年とウィンストン青年へ、意味ありげに笑みを向ける。
「ノーフェイスを出し抜く。やつをこのままジョン・ドウ内で蔓延らせるわけにはいかない。だからフィンガーマンを殺さず、武力制圧、のちにやつの軍隊そのほかのを俺たちの指揮下に加える」
「もしかして、あの島ごと警備部で占領して拠点化するってことですかいー?」
「だから戦力の上乗せをしたとということですか」
「そうだ。いい案だと思わないか?」
ネメラウスの提案に、ジェイムズとウィンストンは苦い顔をしている。
マイヤも「そんな上手くいく?」と疑問を抱いている。
「おいおい、なんだよ、俺のプランに賛成できないってのか? フィンガーマンはきっと凄い武器を隠し持ってる。異世界の怪物だって持ってるんだぞ。フィンガーマンと基地を奪取できれば、ノーフェイスを恐れさせるほどの力が手に入るんだ」
特務科の皆はあまり乗り気ではなさそうだ。
ネメラウスのことは信頼しているが、他方、ノーフェイスに本格的に害意とみなされるのが恐ろしいのである。
「オレはそれでいい思う」
「おおっ、アリンは賛同してくれるか」
周囲の空気感とは真逆の反応をしてみせたのは、アリン・ブーナンサワットであった。かつてボクシングでヘビー級四団体統一を成し遂げた伝説の男が声をあげれば、それだけで特務科全体の空気感が「アリンが言うなら、やってやろう」という肯定的なものになっていった。
アリンは腕を組んで、深く思慮をめぐらせながら口を開く。
「ジョン・ドウはノーフェイスに支配されすぎだ。スポンサーの力が大きくなりすぎた組織はろくなものじゃない。最近じゃ、ノーフェイスのおつかいばかりの組織になりつつある。どこかで方向を正さねば。やつに調子に乗り過ぎだ。どちらが飼い主なのかわからせる必要がある。なによりあの怪人は不気味だ」
「アリンは話がわかる奴だ、愛してるぜ。というわけだ。なに心配するな、俺たち特務科、くわえて現状動員できる警備部で掛かれば、不可能なんてあるはずもない。フィンガーマンがいくら未知数だろうと、今回投入する戦力を考えても見ろ。いち探索者ごときに抵抗できる余地はない」
「まあ、そう言われればたしかにって感じっすけどねー」
「隊長がいるならどのみち問題はないです。見返りを考えれば、行動するべきでしょうしね。いいですよ、乗りました。あの島ごといただきましょう」
「私も構わない。投入戦力からしたら制圧事態はさほど苦労することはないだろうしね。うまくやってよね、ネミィ」
ネメラウスの率いる警備部特務課とハイパーソルジャーズは、意見を一致させた。
目指すのは謎の島の奪取と、フィンガーマンを指揮下に組み込むことである。
数日後、ある夏の夜。
厄災島の沖10kmにて着上陸強襲作戦は敢行された。
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こんにちは
ファンタスティックです
現代を生きるうえで避けては通れないものがあります。
そうです。特殊部隊との戦闘です。
特殊部隊との戦闘はまあみんな知っているとおり、絶対に主人公が勝つわけです。ダイ・ハードでもボーンシリーズでも、ジョンウィックでも、キングスマンでも特殊部隊は絶対に、ぜーったいに勝ちません。
ですが、映画に出てくる主人公に次々と撃ち殺されるだけのぽんこつ特殊部隊ではいかがなものでしょう。ということで、いい感じに書けたらなと思っております。
もちろん、まあ……戦力には”ちょっと”差があるのですが。
特殊部隊が活躍しますが、華を持たせるためと思って見てあげてください。
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