Side : John Doe 部長会議
──時間はすこし遡る
ジープを荒い運転で駆けさせ演習場から航空基地へと帰還する男がいた。
金色の明るい髪に、良く焼けた肌、頬に傷のある恐ろしい顔の男だ。首にかけている金属製の板にはIDが刻まれている。ドッグタグと呼ばれる二枚一組のそれは激しい衝撃にさらされたのか傷つき、錆びついている。古い戦場の痕跡だ。
ドッグタグにはネメラウス・フリージャーと名が刻まれている。男の名だ。
いつも機嫌が悪いことで有名な彼だが、今日はまた一段と機嫌が悪かった。
ジープを降りて、滑走路を横断し、基地へとズンズンっと足を運ぶ。
気持ちの良い青空が広がっているというのに、彼のまわりだけは近寄りがたい。
眉間にしわを寄せて歩くだけ。だのに半袖にカーゴパンツを履きブーツをしっかりと締めた屈強な男たちでも、ネメラウスの不機嫌には皆が震えあがってしまう。
「どうしたんだ、部長、今日はめちゃくちゃやばくないか?」
「静かにしろよ。ぶん殴られるぞ」
触らぬ神に祟りなし。
部下たちがそそくさとネメラウスを避ける一方、彼の下へスーッと近づいていき、並んであるく女性の姿があった。
白い髪の鋭い目つき女だ。よく鍛えられた肩と腕の筋肉が、タンクトップからのぞき、太陽の下にあらわになっている。
「どうしたのネミィ」
「マイヤか。話を聞いてないのか」
「?」
「上が来たんだよ」
「ボスが見つかったの?」
「違う、部長の方々だ」
「あぁ。それだけ?」
「だったらよかったんでだけどな。あいつも一緒だ。ノーフェイスも」
「それは大変……あの怪人がわざわざ出向くなんて。なにかしたの。ネミィ?」
「知るかよ。行けばわかる。ああ、あとお前もお呼びだ。ついてこい」
マイヤと呼ばれた女性とネメラウスはともに緊張の面持ちでジョン・ドウ上層部の者たちを出迎えた。
襟を正して暗い部屋に入室し、ネメラウスは円卓の一端の席に腰を落ち着ける。
会議室にはジョン・ドウの各部門を治める部長たちが集まっていた。
ネメラウスとマイヤはそれぞれジョン・ドウ警備部の部長と副部長であり、ジョン・ドウの最大武装勢力を監督する者として、今回の会議に出席する。
本来、組織において最も大きな力を持つのは、武力を握る者であることは世の常であるが、ジョン・ドウという組織においてはその理は通用しない。
というのも、軍隊としての建前を警備部は持ってこそいるが、ほかの部門にも相応の勢力がいるからだ。その勢力とは10年前よりジョン・ドウに参加するようになった怪人『顔のない男』である。具体的には彼の供給するモンスター兵器だ。
このモンスター兵器と”もうひとつの武器”を『顔のない男』が供給したせいで、ジョン・ドウは実質的にこの怪人の影響力を非常におおきく受けることになってしまったのだ。
餌を与えられ、それに喰いついたばかりに、『顔のない男』はいまはやジョン・ドウの最大のスポンサーであると同時に、最大の発言力を持つ者にもなってしまった。
もっとも割を食っているのが警備部であるネメラウスらなのだ。
ネメラウスら警備部よりも使いやすい武力を簡単に、ポンポンと供給するものだから、部門間の勢力図は大きく変わった。結果として、警備部は唯一武力を持っていというジョン・ドウ組織内でのアドバンテージを失いつつあるのだ。
暗い部屋を淡く上品に照らす光が、円卓を囲む者らをほのかに映しだす。
メンバーはネメラウスとマイヤをのぞき全部で7名。
皆がそれぞれの部門を束ねるジョン・ドウの重要な臓器である。
しかし、ジョン・ドウの部門は全部で7つ。
総務部、輸送部、武器製造部、研究部、回収部、収容管理部、警備部。
副部長まで出席しているのは警備部だけなので、1名多い計算になる。
もちろん、その余分に多い人物こそ『顔のない男』なのだが。
今日も黒いポロコートに身をつつみ、ハットを深く被っての登場だ。
目元は暗く、いつものようにうかがえない。
ネメラウス以外の部門を治める長たちの背後には、気味の悪い人造人間が、縫い付けられた笑顔をたたえて沈黙を守ってたたずんでいる。
(警護のつもりかよ。気色悪りぃ。みんな本当にどうしまったんだ?)
ネメラウスは人造人間たちに背後を固められている部長たちの平然としたさまが、ひどく不気味に思えて仕方がなかった。
「やァ、元気かいネメラウスくん」
「元気だよ。あんたも元気そうだな、アララギ」
「あははァ、僕はそうでもないよォ」
言ってノーフェイスは腕を持ちあげて見せた。
手首あたりから管が伸びており、その先はコートのポケットに繋がっている。
「お大事に」
「ありがとォ」
「それで、ざわざ警備部の航空基地までご足労いただくなんて、これは何の集まりなんですかね、部長の方々。それにアララギさん、あんたの座ってる場所は、ボスの席だと思うんですがね」
「あァ、そうだねェ、話さなくてはいけないねェ。これは悲しいお知らせなんだよォ。──君たちジョン・ドウのボス、そして僕の友達グレゴリウスが死んだんだァ」
ガチャン。扉が開く。
皆が視線をやる。
人造人間が2人がかりで棺を運び入れ、そして、円卓の皆が見えるように、その場で斜めに立て、蓋を開いて見せた。
棺のなかの真っ赤な肉塊の正体がグレゴリウス・シタ・チチガスキーなのかは、誰もはっきりとはわからないだろう。確かなのは肉塊といっしょに、冒涜的に、かの巨星シタ・チチガスキーの生首が詰められていることくらいだ。
衝撃が走った。
部長たちはざわめく。
ネメラウスとマイヤも顔を見合わせた。
グレゴリウス・シタ・チチガスキーはジョン・ドウのボスであった。
表世界でも圧倒的な影響力をもっていた彼のもとで、この組織は世界中で”仕事”ができた。
武器密輸、麻薬密造、人身売買、闇の金融市場、それらを行う組織の後援、時にはダンジョン財団を相手に異常物質の発掘現場で強奪をしたり、戦闘をしかけたり、紛争地域ではモンスター兵器を両陣営に売りつけて、戦いを長期化泥沼化させたりと、どこでだろうと強いたちまわりをしてきた。
シタ・チチガスキーはそれらすべての舵を取っていたのだ。
「グレゴリウスの消息が絶たれた日本での活動ォ、彼はそこで財団の罠にはまってしまったんだァ」
ジョン・ドウ内でもボスの不在はおおきな問題になっていた。
緊急的に総務部部長がグレゴリウスの代わりを務めていた。
「先日、僕の親愛なるジョン・ドウの皆さんから、彼の捜索・救出を正式に依頼されてェ、今回はその良い報告をできたらと思ったんだけどねェ、本当に残念だァ」
(あんたが殺したんじゃないのか?)
ネメラウスはそんな疑問をいだいたが、この場でそれを口にするほど勇敢にはなれなかった。
「ボスはどのようになくなったのですか? 財団に勘づかれていたとしたら、殺されることはないと思いますが」
総務部部長はたずねる。
「警備部情報チームはあなたが財団へ攻撃をしかけ、そのすえにボスを奪取することに成功したと踏んでいたようですが」
「確かに救出はしたんだァ、でも、そのあとにもう手遅れだとわかったァ」
「手遅れ?」
「彼が死んだ原因の最たるは、財団とは別の存在の仕業なのさァ。寄生虫さァ。命を蝕み、宿主を死に至らしめる恐ろしい寄生虫さァ……これを植え付けられて、グレゴリウスは泳がされていたんだァ」
「寄生虫?」
総務部部長は眉根をひそめる。
ふと、グレゴリウス・シタ・チチガスキーの遺体が詰められた棺を持ってきた人造人間、うち一体が黒いアルミケースを円卓のうえに静かに置いた。
最も近くにいた総務部部長はノーフェイスの顔を見やる。
ノーフェイスはうなづき「開いてごらァん」と言った。
総務部部長は恐る恐るアルミケースを開く。
ネメラウスは眉根をひそめ、一体なにが出て来るのかと身構える。
アルミケースから出て来たのはシリンダーだった。
溶液の満たされた円柱状のガラス容器だ。
中には黒いナメクジのような物がプカプカと浮いている。
「それは異世界の怪物さァ、僕もよくわかってはないんだけどねェ」
「異世界の怪物? これが?」
部長たちは興味深そうにシリンダーを横にまわしていく。
ネメラウスのもとにも回って来て、マイヤと2人でぎょっとした眼差しで、グロテスクなナメクジを観察した。ナメクジの触角は微妙に動いており、触覚の根元には黒い体色と同じでわかりづらいが眼のような物があった。
ネメラウスは惹きつけられるようにその眼をじーっと見つめ──その時、ぐわんっとめまいがした。力が抜けるような虚脱感に襲われ、膝から崩れ落ちそうになる。
「っ!」
机に慌てて手をついて、どうにか転ばずに済む。
マイヤはネメラウスの肩を支え「大丈夫?」と案じた。
「あ、あぁ、大丈夫、大丈夫だ……」
ネメラウスはナメクジの瞳の奥におかしな光景を見ていた。
(地平線までつづく黒い沼……巨大な城があって……なんだあれは?)
ノーフェイスの口元は愉悦に歪んでいた。
「気をつけたほうがいいよォ、それは殺しても死なない驚異的怪物さァ、眼をあわせすぎると戻ってこれなくなるかもねェ」
ネメラウスはハっとしてシリンダーから離れ、ノーフェイスの方を睨んだ。
「なんだ、これは、こんなものがボスの身体のなかに? だれがこんな恐ろしい物を?」
「それを飼いならしている奴がいるんだァ」
「飼いならしてる、奴? このナメクジに主人がいるのか?」
「それはあくまで複製さァ、細胞レベルでわざと劣化させられてる憐れな使い捨て。オリジナルがいるんだァ、僕はそれがそれが欲しい……おっと、そうじゃなかったねェ、とにかくグレゴリウスを死にまでおいやったその怪物をどうにかしないと、ジョン・ドウのメンツは潰されっぱなしってわけさァ」
ノーフェイスは総務部部長を見やる。
「この状況はよくないよねェ、僕たちを恐れずにのうのうと息をしている奴がいるんだァ、恐怖で理解させないとだよねェ」
「君の言うとおりだとも、アララギ。私はボスへの忠誠を誓った身だ。ジョン・ドウは生き続ける。だが、そのためにはボスのための仕事をしなければならない。アララギ、教えてくれ、だれがこのおぞましい怪物で私たちのボスを死に追いやった?」
怪人の口元に白い歯が怪しく光った。
「──フィンガーマン。彼がジョン・ドウと遊びたいらしいんだァ」
「噂の探索者か。我々を敵にする意味を理解させる必要があるな」
会議はすぐに終わった。
『顔のない男』がもたらした情報は信頼されていて、敵の正体も場所もわかっているのだから、組織が行動を開始しない理由がなかった。
かくしてジョン・ドウによる謎の島への強襲作戦がはじまることになった。
誰もいなくなった会議室で総務部部長とノーフェイスだけがその場に残っていた。
「アーラー、ずいぶん役が板についてきたねェ」
「きょ、恐縮です」
総務部部長は冷汗をハンカチぬぐい、震えた声で答えた。
『混血の軛』アーラーはノーフェイスの指示で、ジョン・ドウ内で最も力を持つ総務部部長にとって代わっているのだ。
「よろしいんですか? 京都での指男の戦力を考えれば、ジョン・ドウだけで強襲作戦が成功するかは不安が残ると思うのですが」
「んふふ、そのためにテコ入れを多少はしたよォ。”武器もあげた”しねェ」
「っ、なるほど……も、元々の話ですが、ジョン・ドウの警備部に任せてよかったのですか? あそこはとりわけ、あなたに反発してる勢力ですが」
「まあ、それは仕方ないさァ。グレゴリウスの救出でずいぶん派手に動いちゃったから、しばらくは動けないんだァ、それに僕が動くと、あの女も必然と動いてくるんだァ、忌まわしい阿修羅がァ」
珍しくも語気をつよめて、怪人は自分の手首に繋がれた管に手を添えた。
「んふふ、それに別に様子見をするだけさァ、ジョン・ドウの警備部を失うのはもったいないけどねェ、それでフィンガーマンが死んで手間が省けるならそれでよし、何かひとつでもヴェールを剥がせるならそれもよし、さァ」
ノーフェイスは穏やかに言い椅子に深く腰掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます