汝平和を欲さば戦への備えをせよ

 餓鬼道さん。

 彼女こそ修羅道さんが連れて来た10人目のギルドメンバーであり、修羅道さんの妹という謎多き美少女。餓鬼道さん本人は「妹じゃない」と否定してますけど。真相は不明です。なおハッピーさんの姉ではある模様。こっちは本人も認めてます。


「赤木さん、餓鬼道ちゃんは超つよつよ最強みらくるすーぱーはいぱーすーぱーエージェントなので、ちょっとだけ言葉足らずなところがあると思いますが、本人も頑張っているので、赤木さんも頑張って意志をくみ取ってあげてください!」


 餓鬼道さんメンバー入りの時に修羅道さんに言われた言葉である。

 言葉足らず……これまで散々と辛辣な言葉を浴びせられてきたけど、なるほどあれは言葉足らずが原因だったのか? 本当はもっとやさしい人と?


 しかして本当に驚いた。俺がつい先日までミス・センチュリーと思っていた人物は実はダンジョン財団のスーパーエリートエージェントだったなんて。

 たびたび顔を会わせていたが、その間も機密任務に取り組んでいたと思うと、憧憬の念を抱かざるを得ない。エージェントってかっこいいよね。


「……。あの伝説のスーパーエージェントがギルドメンバーになったなんて相変わらず信じられませんね」


 突然としてラボのなかに姿を現した餓鬼道さんにジウさんは冷汗をかきながら改めてその凄味に震えているご様子。

 あの冷静沈着なジウさんでさえ、こうも緊張するとはどれほどの人物なのか……。


「お姉ちゃん、どうやってここに……」

「徒歩で来た」

「流石はお姉ちゃん……!」

 

 ハッピーさんは姉の静かな回答に打ち震えています。

 普段は他人にイキリ倒してるハッピーさんですが、お姉ちゃんだけには頭があがらないようです。

 外見的にはあんまり似ていなくて──どちらも容姿が整っているという点では一致しているが──餓鬼道さんは雰囲気まだ日本人っぽさあるのに、ハッピーさんはロシア人っぽさが全面に出ています。ギルドに加入して1カ月経つと言うのに姉妹であることをたまに忘れてしまうのはそのせいです。


「ジョン・ドウ」


 ぼそっと餓鬼道さんはつぶやいた。

 餓鬼道さんが口を開いたということは、今度は俺たちが頑張って意味をくみ取るターンだ。

 だが、一体どういう意味なんだ……まるで言葉が足りていないような気がするが……。

 そこでハッピーさんはハッとして口を開いた。


「お姉ちゃん、まさか『ジョン・ドウ』こそがグレゴリウス・シタ・チチガスキーの育てて来た犯罪シンジケートの正体で、そこにノーフェイスも所属していると言いたいの? エージェント達はシタ・チチガスキーから情報を手に入れて、組織に入り込んだ虫を退治していたと言いたいの?」


 ハッピーさんが翻訳してくれました。これが姉妹の力?


「ジョン・ドウってなんですか?」

「……。『ジョン・ドウ』はとても危険な要注意団体の名です。主にロシアとヨーロッパ、中国を中心に活動しているらしく、いくつもの犯罪組織を繫げる巨大なネットワークを牛耳っているとのうわさがあります。その力は巨大で、ダンジョン財団内部の腐敗を招いていた諸悪の根源と一部の有識者は見ていました。エージェントたちの仕事は謎に包まれていますが、どうやら財団内に入り込んだこの『ジョン・ドウ』の手先を狩り内部告発を進めていたようです」

「ぎぃ(訳:財団エージェントは財団に入り込んだスパイや、買収された裏切者を芋づる式に発掘して粛清しつづければ、いづれ犯罪シンジケートの親玉である『ジョン・ドウ』は財団内でもコネと影響力を失うことでしょう)」


 娜も財団内部からの襲撃にあっと言っていた。

 それほどにシタ・チチガスキーが財団で好きに動けていた。

 そんな無双状態も終わりつつある。

 だんだんまともになっていくということだろうか。

 これはかなり良い事なんじゃないか? 

 

「ノーフェイスはシタ・チチガスキーを奪った」


 おっと、またしても餓鬼道さんはボソっとつぶやかれましたね。

 相変わらず前後の文が抜け落ちている気がする。


「お姉ちゃん、まさかノーフェイスの手勢がシタ・チチガスキーをダンジョン財団の収容施設から脱獄させたと言いたいの? その時にすごい戦闘があったけど、公にはなっていないと言いたいの?」


 ハッピーさんが迫真の表情で翻訳してくれて本当に助かりますね。

 ともすれば、シタ・チチガスキーはエージェントに捕まって尋問され、情報を抜かれたあと、『顔のない男』が助けに来た? そののち寄生虫ごと宿主は死んだ、という時系列になるのだろうか。


「ぎぃ(訳:ともすればノーフェイスはトカゲのしっぽ切り、あるいは粛清を行ったのかもしれません。シタ・チチガスキーがこれ以上、余計な情報を財団にもたらさないように。あるいは失敗の代償を死をもって払わせたのか)」


 それで殺されちゃったのか、悪しき下乳好き……。

 『顔のない男』、恐ろしい人物だとは聞いていたが、唯一無二の権力者でも容赦なく消すとなると、その冷酷さは計り知れない。


 その場の皆が口をつむぐ。

 恐るべき人物の怒りを向けられたかもしれないと、皆が悟っているのだろう。


「いったいどう切り抜ける……」


 思わずつぶやいていた。

 仮にも組織のリーダーになったのだ。

 俺が蒔いた種のせいで皆には傷ついて欲しくない。

 俺がなんとかしなければいけないだろう。










































 ──餓鬼道の視点


 餓鬼道は指男の所作を隙なく観察していた。


 会議中、指男は机を椅子代わりに浅く腰掛け、ノルウェージャンフォレストキャットの淹れた紅茶を片手に、メンバーとの話しあいに相槌を打つような形で参加していた。

 まるで状況がわかっていないフリをしながら、会議参加者みんなが話を理解できるように積極的に場をまわし「ジョン・ドウってなんですか?」など、深く理解しているだろう事柄についても、まるで今初めて知りましたみたいな雰囲気でのぞんでいる。

 それはひとえに、会議に参加している者たち全員が自分と同じレベルで話について来れないことを知っているがゆえの配慮である。

 指男は高次元の知略をひけらかすことはなく、つつましい性格で、仲間たちへの思いやりに溢れたある種の人格者であることの証左でもある。


 ──っと餓鬼道は指男を間近で見て分析していた。


 この1ヵ月この少女はフィンガーズ・ギルドへの潜入を果たし、そこで恐るべき数々のものを目撃した。

 そして確信したのだ。指男に関するすべての噂は”真実”であったと。


 ノーフェイスの話題が出てからも指男の余裕が崩れることはなかった。

 むしろ彼の表情には笑みすら浮かんでいるように餓鬼道には見えた。


「いったいどう切り抜ける……」


 指男のつぶやきを餓鬼道は聞き逃さなかった。

 

(いったいどう切り抜ける……? まるで指男はこの状況を深刻にとらえているような口ぶり。おかしいそれじゃあ、筋が通らない。……っ、まさか!)


 餓鬼道の灰色の脳細胞がぐいーんっと駆け巡った。


(いったいどう切り抜ける……──It's time to do kill, even no killer(そろそろ始末するか、俺にとっては殺人鬼ですらない赤子のごとき犯罪者を……)と言っていたのだ。そうに違いない。間違いない。絶対そう。


(指男にとっては『顔のない男』ですら、まるで脅威ではないと言うこと。いつだって消せる程度の認識だったと言うこと。これはすぐにでも『指男の噂』スレを立ち上げて警告しないと!)


 餓鬼道はサングラスをつけなおし、猫をひと撫でして腰をあげた。

 指男をじっと見つめる。

 指男は餓鬼道の視線に気づき「?」と、不思議そうな顔をする。

 

(とぼけている。私が気づいていないとでも思っているらしい。だけど私は騙されない。その冷酷さ、知略の深さ、残忍さ……およそ恐るべきステータスにおいて、あなたはノーフェイスすら足元に及ばない場所にいるのだと知っているから)


 




































 ──トリガーハッピーの視点


 お姉ちゃんはスーパーエリートエージェント。

 流石はお姉ちゃん、この会議においてわずか二言だけ話すだけで、場に大きな情報をもたらしてしまった。

 でも、お姉ちゃんはあまりに凄すぎるから、少々、難しいところがる。お姉ちゃんは究極の合理主義者なのだ。無駄なことを嫌うのだ。だから、指男以外はお姉ちゃんの思考速度についていけないから、私が翻訳してあげないといけない。


 まあそのことはいい。


 でも、ひとつ気になることがある。

 指男とお姉ちゃんはたまに静かに見つめ合っている時があるのだ。

 なんというか二人だけ何かがわかり合っている感じだ。


 お姉ちゃんまで指男のことを気に入ってしまったのかもしれない。

 確かに私ではお姉ちゃんの思考にも、強さにも、まるでついていけない。

 同じく超越者である指男という存在に惹かれてしまうのもわからなくはない。


 でも、やっぱり悔しい物は悔しい。

 お姉ちゃんが私じゃなくて指男を見ていることが。


 お姉ちゃんは言うべきことはいったとばかりにラボを出て行こうとする。

 その過程で私の頭にぽふんっと手を乗せた。


「妹」

「お姉ちゃん……?」

「妹、えらいえらい」

「っ」


 お姉ちゃんの手がなでなでしてくれている!?

 これまで一度としてお姉ちゃんに褒めてもらったことはないのに!?

 そっか、私、ちゃんと見てもらえてたんだ……っ!

 

 お姉ちゃんがラボを退出して、足音がどんどん遠ざかっていく。

 撫ででもらえたぬくもりはまだ残っている。


「え? エージェントGはどこいったんじゃ? まだ全然、話終わってないような気がするんじゃが? なんか退出理由あったかのう?」

「黙ってて、このイカレドクター、お姉ちゃんは多忙なスーパーエリートエージェント。だからきっと世界を救いに行ったんだよ」

「ハッピーちゃん、エージェントGの事になると途端にアタリきつくなるのう……」


 マッドサイエンティストごときにお姉ちゃんの100手先を読んだ行動の意味はわからない。


「んー……ん? なんか外の様子が変なような……。ッ、ちょっとみんなっ!」


 会議の途中で娜がおおきな声をあげた。

 娜はモニターが10枚くらい取り付けられてるデスクを、コーヒー片手に見上げていた。


 そこにドクターも私もジウも、指男もコロンもみんな集まった。

 モニターには厄災島の各所が映し出されている。


「ねえなにこれ、ちみっこ」

「厄災島のセキュリティシステムよ。800台の監視カメラと偵察能力を備えた100台のドローンを飛ばせるようになっているのよ」

「うわっ、監視社会の申し子みたいなメスガキじゃん……これだから中国人は」

「別に普通でしょ。人種関係ないし。セキュリティは堅いに越したことはないわ」

「でも、やりすぎだって、指男もそう思うでしょう?」

「ふぅん」

「ほら、ああ言ってる」

「あれはセキュリティに肯定のふぅんに聞こえるわ」

「絶対に否定のふぅんだって!」

「もーうるさいなぁ、トリガーハッピーとかよわよわ探索者のくせにビビりとかもう活躍の場ないじゃん」


 あーあ、キレちゃった。このメスガキ、もう容赦してやらない。






















































 ──赤木英雄の視点


「ふえええ!! い、痛い……っ、た、助けてぇえ、指男ぉ……っ!」

「この生意気なメスガキっ! こうしてこうして、こうしてやる!」


 ハッピーさんの煽り耐性は低いので、娜がすこしでも煽り出すといつもおしりをペンペン叩かれて制圧されてしまいます。今がまさにそう。

 小さい子をいじめちゃダメと軽く仲裁しておきましょう。


「こら、ダメですよ、娜をいじめちゃ」

「この生意気なガキには教育が必要なのに」

「ふぇぇん……っ!」


 涙をぽろぽろ流す娜が駆け寄って来たので、よしよしと頭を撫でて慰めてあげる。

 ハッピーさんは腕組して「ふん」っと鼻を鳴らしております。

 一応、溜飲が下がったご様子です。


「ところで娜は何を知らせようとしてたんです?」

「ぐすんっ、外、所属不明の艦隊が……ぐすんっ、来てる……っ」

「え? ……ジウさん、モニターを回せますか」

「……。はい」


 ジウさんがセキュリティを操作してもらい、大陸側に面したカメラの映像を全モニター共有で拡大表示してもらった。

 真っ暗な海、ずっと向こう、沖に煙のようなものが溜まっている。

 

「あれは……?」

「どれどれ。おや、ふーむ、見たところ雲のようじゃ。水蒸気の塊かのう?」

「……。あの付近に高温の物体があるということでしょうか」

「どうじゃろうな、この距離じゃなんとも言えんが……ん? なんか白い煙のなかに影が……」


 遠くの海上、白い煙の塊が海面に漂うなか、三隻の影があらわれた。 

 戦艦……かな。いや戦艦とは言わないんだっけ? 駆逐艦、巡洋艦? そこら辺の違いがわかりませんが、とにかく軍艦チックな、鉄のおおきな船です(語彙力)


「……。ずいぶん近づかれてしまいましたね。およそ厄災島沖10kmといったところでしょうか。ヘリも飛んできてますね」

「ふぅん、なるほど(訳:え? どういうこと? なにあれ?)」

「ちーちー!(訳:敵襲! 敵襲ちー!)」

「きゅっ!(訳:ついに派手な戦いがはじまるっきゅ! この1カ月はどうにも平和すぎて敵わなかったっきゅ! 殺戮のはじまりっきゅ!)」


 獣どもが興奮しております。敵襲だって?

 内心で動揺していると、突然、遠くの方で爆発音のようなものが聞こえた。

 巨大な振動はモニターにも表れていて、いくつかの映像がビヂヂっと横線が走って乱れた。


 ラボ内の皆が静かになり、まったくおんなじ挙動で天井を見上げる。

 地上でなにかあった?


 ジウさんを見やる。


「……。確認します」


 ジウさんは素早くカメラを操作する。

 いくつかを高速で切り替え、厄災研究所の正面入り口を移すカメラでとまった。

 厄災研究所の入り口に巨大な穴が空いていたのだ。

 何らかの方法で爆破されたのだろう。


 横穴から武装勢力がなだれこむように、ぞくぞくと入ってきている。

 銃火器を備えた黒い装備で統一されたどこかの部隊だ。

 侵入者のひとりはカメラに気づいたようですぐに破壊されてしまった。

 モニターの映像は砂嵐となって途切れた。

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