緊急会議

 そんなこんなで用事を終えた俺はダンジョン財団本部無限城より厄災島へ帰還した。

 なお夕食はクリスと食べて来た。

 おいしい肉寿司の専門店を知っているとのことでご馳走されたのだ。

 奢ってくれるから、クリスはきっと良い人だ(単純)


「ぎぃ(訳:我が主、ご報告があります)」


 実家に帰宅してSNSでも眺めて堕落した時間でも過ごそうかと思っていると、ぎぃさんが襟を正して切り出しました。

 ベッドのうえであぐらをかいて「どうしました?」と先を促します。


「ぎぃ(訳:申し訳ございません。シタ・チチガスキーに寄生させていた身体の一部からの反応が途絶えました)」

「そういえばくっつけてましたね。気が付かれたってことですか?」

「ぎぃ(訳:気が付かれていたとしても、シタ・チチガスキーの意志では取り除けないはずです。私の洗脳操作は甘くありませんので)」


 グレゴリウス・シタ・チチガスキーは財団内外で権力者だという噂だった。

 俺が彼に死ぬほど恨まれてるだろうことは想像に難くないので、このままではSランク探索者昇進の邪魔建てをされるかもしれない。というか直接的に攻撃でもしかけてくる可能性すらある。なにせ千葉では市民会館で平気で手下にマシンガンをぶっ放させ、まるごと消し飛ばすようなやつだ。常識は通用しないだろう。

 どのみちシタ・チチガスキーが今まで無害だったのは、ぎぃさんの寄生虫がいたからであるわけで、それが失われた以上、対応をする必要がある。


 この事をジウさんに話したところ「……。緊急会議ですね」とキリっと言われました。なので娜とドクターを交えて、俺たちは会議をすることにします。

 なおもう夜中の0時を回っているのでほかのギルドメンバーはみんな帰宅してると思われる。もしかしたら施設のどこかにいるかもしれないけど、足で探すのはちょっと面倒なので、居場所が固定化されているメンバーだけ集めました。


 ジウさんとドクターを連れてジオフロントに降りて、娜の下へ向かう。

 あのちみっこはどうせ地下耐久実験場にいるだろう。

 

「なにしてるのみんあ」

「あ、ハッピーさん」


 道中で野生のハッピーさんを発見。

 お風呂上りなのだろうか、タオルを首に巻いて、ホクホクしている気がする。

 彼女はジオフロント内にある高級ホテル『ホテルシマエナガ』の宿泊客第一号として、顧客満足度調査をしているところである。まったくもって将来的にこの『ホテルシマエナガ』に宿泊者が入るとは思えないが、労働力がありあまっているので、無理やりにでも黒い指先達の雇用を捻出した結果である。1カ月ごとか「なんで作ったんだろ」とか後悔するのは目に見えてるけど、まあ……ええんよ。


「これから会議なんじゃよ。極秘の会議じゃ。だからハッピーちゃんはついてこなくてええからのう」


 ハッピーさんはムッとしてタオルをドクターの顔にたたきつける。

 

「私もいく!」

「いいですよ」


 ということで野生のハッピーさん追加して、俺たちは地下耐久実験場へ。

 案の定、ハイテク機器が並んだ部屋でモニターがズラッと並んだデスクに向かう娜を見つけ、彼女の個人ラボで会議をすることにした。


「にゅあ~」


 ノルウェーの猫又ことコロンが器用に尻尾でおちゃを配膳しを得たあたりで、俺たちの話し合いは始まった。

 ぎぃさんはことの経緯を簡潔に皆へ説明した。

 内容としては俺が『ダンジョン財団の四皇』グレゴリウス・シタ・チチガスキーと敵対関係にあること、そしてその状態を保っていたぎぃさんの楔(寄生虫)が失われたことなどだ。


「指男、あなた寄生虫でシタ・チチガスキー博士の言論を操作していたの……?」


 娜は驚愕の表情をした。

 ここまで具体的に話したことはなかったかもしれない。

 驚くのも当然か。


「彼は危険な人間なんですよ。ドクターを侮辱し、あまつさえ研究を盗もうとした。俺は友人を守るためにやった。人道だとか説くのは勘弁してくださいね。俺は自分のやったことを後悔してないですから」

「(……。指男さん、ドクターのためにあのシタ・チチガスキー博士と戦っていたとは……本当にやさしい人です)」


 ジウさんから糾弾されるとも思ったが、意外となにも言われない。

 すこしでもシタ・チチガスキー博士の権力者っぷりを知ってる人なら「無謀すぎます!」と非難されると思ったが、存外、理解してくれているのかもしれない。


「でもまあ、いいわ。そのこと自体は。私だって中国当局から間接的に狙われていたし、そのせいで腕を落とすことになった。いまさらいつもの関係に戻れるとは思ってない。やる時にはやらないといけないわ」


 娜は肩をすくめて言った。


「しかしじゃのう、どうしてぎぃさんの寄生虫から反応がなくなったんじゃ?」


 ドクターはぎぃさんを持ち上げてたずねる。


「ぎぃ(訳:除去されたと見るべきでしょう。寄生虫には自我がありません。自我があるとオリジナルである私に叛逆してとってかわるかもしれないので、あくまで端末としての機能しか搭載していないんです)」

「指男よ、ぎぃさんはなんて?」


 ぎぃさんの言語を正確に理解できる者は少ない。

 たまにニュアンスでみんな返事してるけど、俺ほど理解している人はいないんじゃないかな。なのでこうして俺に翻訳を求めて来る。


「寄生虫はあんまり性能がよくないとか……オリジナルにとってかわるみたいなこと言ってます」

「意図的にダウングレードさせていると言う訳じゃな」

「ぎぃぎぃ(訳:寄生虫にはいくつかの洗脳をあらかじめプログラムして、無意識下での高度な操作をできるようにしています。ただし、キャパシティがちいさいので強力な強制力を持つ洗脳はひとつしか課せられません。シタ・チチガスキー博士に課した最も強力なメイン洗脳は、私たちに不利な発言・行動をしないことです。彼はダンジョン財団内で力を持っていたので、そのまま野放しにしては、ドクターも私たちも好きなように処分されていたでしょう。サブ洗脳として『顔のない男』と接触した際にその手段、場所などの情報をリークするように仕込んでいました)」


 ぎぃさんは俺の知らないところで多くの工作を行っていたようだ。

 『顔のない男』、世界的な異常犯罪者とかいう悪党のなかの悪党。

 

「ぎぃ(訳:どうにも『顔のない男』は我が主と似た性質を持っているらしく、危険な存在かもしれないので、先手を打っておいたのですが……あまりうまくは行きませんでした)」


 俺はぎぃさんの言葉をみんなに翻訳して聞かせる。


「ぎぃ(訳:状態として宿主ごと殺された可能性は高いです。反応の途切れ方がブツ切りで前兆がなかったのです。外科手術的に取り出されそうなるのとは感触が違いますから)」

「どうやらシタ・チチガスキー博士は死んだかもしれないらしいです」

「やっぱり巨星シタ・チチガスキーはノーフェイスとも繋がっていたのね。最近、たびたび活動が報告されてる人造人間と呼ばれる強力な兵器をバラして調べてみたんだけど、それには生物学的構造でシタ・チチガスキー博士が密造していたモンスター兵器と近しい性質があったもの」


 ダンジョン財団は近年、急激に目撃情報が増えている人造人間に手を焼いているらしい。要注意団体がこぞってこの危険極まりない兵器を、用心棒のように使っているらしいのだ。

 この兵器の供給元は判明していないが、その規模から相当な力をもっている要注意団体が裏で関わっているとされ、そこにノーフェイスがいるだろうと睨まれているのだ。有識者いわく人造人間の悪趣味な顔のデザインがそれを物語っているとか。

 ノーフェイスは存外、自己主張の激しい人物らしい。


 娜は人造人間を調べることで、個人的にシタ・チチガスキーとノーフェイスの繋がりにたどり着いていた。頭がいい。シタ・チチガスキーが抹消したがっていたのも理解できる。敵にしたら厄介だろう。


「シタ・チチガスキーはノーフェイスに始末されたのかしらね。仲間割れとか?」

「……。完全に想像の域をでませんね」

「そうよね……まあでも、寄生虫は役に立たなかったけど、シタ・チチガスキーの脅威が去ったのなら、どのみちもう彼に怯えなくていいってことかしら?」


 そうなるのかな。

 結局、最後まで俺やドクターに害のある言動はしなかっただろうし、死んでしまえば、もうそれ以上なにをすることもない。

 

「ただ気になるのじゃが、やはりシタ・チチガスキーの勢力のいづれかが寄生虫に気が付いていたのかどうか、という一点じゃろう? それ次第で話は変わって来そうじゃが」

「たしかにそうね。寄生虫に気が付いていて、それを脅威と感じてシタ・チチガスキーを彼の仲間のいづれかがなくなく始末したとしたら、寄生虫をそもそも宿した者へ敵意を持つかもしれない。彼は巨大な犯罪シンジケートのボスで、あのノーフェイスとも繋がっている可能性濃厚な悪の親玉のひとりだったんだから」

「……。ここまでの話を総括するとつまりはフィンガーズ・ギルドへの敵意は終わったのか、あるいは敵討ちを目論む勢力があるのか、現状では不明ということになります」


 ジウさんがわかりやすくまとめてくれた。

 今後の展開としては、シタ・チチガスキー勢力による俺たちへの報復攻撃があるか否かが不明という点が恐いところだろうか。

 

「もっとも恐ろしい展開としては、報復攻撃にノーフェイスが関与してくる可能性もあることね。ノーフェイスがシタ・チチガスキーの仇討ちに腰をあげたら、どれほどの攻撃をされるかわかったものじゃないわ」


「ぎぃさん、寄生虫を調べられて俺たちの身分まで辿り着く可能性はありますか?」

「ぎぃ……(訳:不可能ではないと思います……高度な鑑定スキルを使われたら、寄生虫が生まれた日時まで遡って、その日の出来事から、おおよその犯人を割り出したり、そもそも寄生虫自体かなり特殊なので、財団のデータベースに厄災として登録されている以上、なにかしら辿る手段はあるかもしれません)

 

 ぎぃさんが珍しく困った顔をしている。

 シマエナガさんとハリネズミさんも、落ち込んだぎぃさんの肩を叩いて励ましてるし……。


 先行きは不透明だ。

 せめて危ない世界の近況を把握している人がこちらにもいればいいのだが。

 そうすれば、こっちからも向こうの動向を掴めるだろうし。


「……。事情に詳しい人に頼ったほうがいいと思います」


 詳しい人……? 

 そんな人いたかな……あ。


「もしかして、あの人ですか?」

「……。はい、あの人です」


 あの人か……あの人、なに考えてるかわからなくて苦手なんだよなぁ……。


「話は聞かせてもらった──」


 抑揚のないクールな声がラボに響いた。

 場の者がいっせいに声の方を見やる。


「っ、お、おぬしは……!」

「ど、どうしてここに……!」

「いつからそこに!」


 皆がおののく視線の先に少女はいた。

 部屋の隅で香箱座りしているコロンのうえに座している。

 漆黒の髪をたずさえ、黒いフォーマルスーツのうえから暗色のロングコートをまとう。


「私は物知り。話をする」


 餓鬼道さんは言ってサングラスをクールに外した。

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