Sランク探索者(暫定)
銀行員に言いたい放題され、修羅道さんは頬を膨らませて、大変にご立腹です。かあいいです。
「むぅ! 赤木さん! わたし悔しいです! なんとか言ってくださいっ! このMrラッキースケベにぎゃふんっと言い返してくださいっ!」
すみません、何も言い返せません。
それにしてもカッコいいな……確かに周囲に被害を出さずスマートに無力化してみせました。これがAランク第1位ですか。
そんなこんなで騒ぎは見事に解決された。
俺たちは本来の目的である総帥の下へと赴くことにした。
かなりの大事件に思えたが、財団内ではわりとあるイベントらしく、皆、慣れた様子で仕事に戻っていくのが印象的であった。
日本人は地震に慣れ過ぎて全然動じないのと似たものを感じた。海外では地震に滅多に起こらず慣れていないから地震のたびに大騒ぎするらしい。
「ここが総帥のオフィスです。わたしたちは外で待ってるのでどうぞ」
「え? 俺ひとりですか?」
「この先は指男さんひとりの戦いとなります。誰も手助けはできません」
言って、銀行員は不動の姿勢で動かなくなる。
修羅道さんはちょっといたずらな顔で「さあさあ」と俺を総帥のオフィスとやらへ押し込んでくる。
「なんか恐いです、ひとりで入りたくないです」
「大丈夫です、自分に正直になれば総帥はきっとわかってくれます。変なひとですけど悪い人じゃないはずです。きっと。たぶん。おそらくは──」
「いや、全然信じてないじゃないですか」
ダンジョン財団って変な人ばっかだからなぁ……。
ちょっと不安すぎるが、仕方なくひとりで総帥のオフィスに入室することに。
就職活動時代に学んだ面接の作法を思いだす。
コンコン。
「失礼します」
中に入る。
厳格な空気感をもつオフィスだった。
奥に漆喰の重厚な机が鎮座している。
机にむかって何やら書き物をしているのは男性だ。
品の良い初老という感じで、馴染み深い日本人の顔立ちだ。
黒ぶち眼鏡は誠実そうで、その奥の目つきは冷たく鋭く、表情はけわしい。
黒いフォーマルスーツを着ており、組織のボスと言われればなるほど納得の貫禄と迫力をもっていた。
彼がダンジョン財団の総帥。
そもそも総帥っていう役職があったのか、というのもさっき知った。
それくらい表世界ではまるで存在感のない人間だ。
大きな企業のトップだったり、国や、組織のトップってなんだかんだニュースやネットで名前とか役職とか知れ渡っている雰囲気あるけど、ダンジョン財団にはそういうのがまるでない。究極的に誰がトップで、どんな役職なのかも秘密であった。
誰も興味を抱かないわけがない。生きる都市伝説製造機みたいな組織なのだ。
なのにゴシップにもならず、情報漏洩もしないということはそれだけ徹底して情報統制しているか、あるいは異常物質の力でミーム的な支配力を及ぼしているか?
思えば俺も探索者になって内情を知るまでは、”なぜか”こんな超常的な世界があることに興味を抱かなかった。無意識の規制線ともいうべき超常的情報セキュリティが、ダンジョン財団を神秘のヴェールで包み込んでいる正体なのだろう。
「どうした。立ち止まっていては何をしに来たのかわからない」
言われて俺はデスクの前まで足を進めた。
デスクにはおしゃれなガラスのネームプレートがある。
そこに『ダンジョン財団日本本部 総帥
総帥の眼差しが俺を射抜いてくる。
自然と足がとまり、その場に縫い付けられたかのように動けなくなった。
「君が修羅道くんの言っていた男だね。Aランク第10位『指男』赤木英雄」
「はい、そうです」
「ここに来たと言うことは銀行員の承諾も得ているということだろう」
総帥は俺の顔をまじまじと眺めて来る。
「誠実そうな青年だ」
総帥はたちあがり、デスクの引き出しから何かを取りだす。
引き出しに入れっぱなしで忘れかけていたガムをとりだして「食べるかい?」と部下にたずねるくらいのフランクさで取り出したるは──拳銃であった。
焼き付いたような線画の魔法陣が刻まれた拳銃だ。
「ダンジョン財団には敵が多い。そして私は敵が嫌いなのだ」
「ちょっと待ってください」
「答えたまへ。貴様はデカい乳とちいさい乳、どちらが好きなのか、を」
言って総帥は俺へ銃口を向けた。
細く冷酷な眼差しがつげる。答えを間違えれば命はないと。
デカい乳と、ちいさい乳だって……?
まるで予想していなかった質問に面食らう。
なんでおっぱいの大きさの好みを訊かれているのか。
そのこにいかなる意味があるのか。俺は思考を働かせる。
しかし、俺ごときの思考力ではダンジョン財団総帥の思惑を見破ることはできない。
もし素直に答えるなら当然、大きいことは良い事と教育されてきたので、大きなお胸が好きとということになる。だが本当にそう答えていいのか?
いったいどういう質問なんだ……どう答えるのが正解なんだ、小胸院 灘宏!
俺は生唾を飲みこみ、沈思黙考のすえに慎重に口をひらいた。
「……ちいさなお胸が、好きです」
「…………」
「いえ、すみません、俺は嘘をつけません」
「なに?」
「ちいさいお胸とおおきいお胸、どっちかを選ぶことなんてできないそりゃあ大きいことは良いことです、そのことは否定できない人間は古来よりおおきなものを信仰して来ました古墳もピラミッドも仏像も城もやたらめったら大きいのはそこに人類の追い求める根源的ロマンがあるからですそれを否定し名前にまででちゃってるたぶんあなたが好きなちいさなお胸こそが至高だと人類の積み上げた歴史を否定し踏みにじり自分の信条に嘘をついてまで権力者の機嫌を取る事なんてできません(早口) そのうえで言いましょう俺はおおきいお胸が好きであると(早口)」
「命知らずな男だ。この小胸院 灘宏を前に巨乳好きを公言するとはな」
「……」
「……しかし、悪くない答えだ。ベストではないが。バストだけに」
「……?」
「私は巨乳好き以上に、嘘つきが嫌いだ。おめでとう、君のSランク探索者への昇格を認めよう」
言って銃をゆっくりとおろし、総帥は穏やかな笑みをうかべた。
「さあ、もう行きたまへ、私は君を認めた。ここに用はないはずだ」
「俺はもうSランク探索者になったってことでいいんでしょうか?」
「笑止。君はまだ私ひとりに認められたにすぎない。Sランク探索者は有史以来最大級の個人戦力の呼び名だ。その認定と運用は複数の総帥の承認を得てはじめて実現する」
ジウさんもそんなこと言ってたっけ。
「さあ行け、恐れを知らぬ巨乳好きよ。若き青年よ、最高の探索者の頂はすぐそこにある」
総帥はこちらへ背を向け、話はもうないとばかりに煙草に火をつけた。
ゆっくりと一服しはじめたので、俺も「失礼しました」と総帥のオフィスを退出した。
オフィスのすぐ外では銀行員が待っていた。修羅道さんの姿はない。
「どうでしたか」
「無事に認めてもらえました」
「それはよかったです。指男さんがSランク探索者になれそうで私もうれしいです」
「修羅道さんは?」
「彼女は緊急ミッションへと赴きました」
「緊急ミッション?」
「超危険ないぬがどうやら食パン変わり身に術を使い、姿をくらましたらしいです」
食パン変わり身の術……?
「食パン変わり身の術は、柴犬と食パンの視覚的効果を応用した高度な古武術です」
「古武術ならありえますね」
「はい、そういうわけで行方不明らしいのです。超危険ないぬは超危険なのでSランクの職員の彼女が対応するのがふさわしいのですよ」
修羅道さんは相変わらず忙しいというわけか。
「銀行員さん、ひとつ聞いていいですか」
「なんでしょうか、指男さん」
「どうしてSランク探索者にならないんですか」
「どうしてSランク探索者になれると思ったのですか」
「単純な理由ですけど、銀行員さんはAランク第1位なのでしょう? ならSランク探索者になってしかるべきだと思います。探索者として優秀だって修羅道さんもすごく褒めていましたし」
「なるほど。確かにSランク探索者になるための素質はあるでしょう。世界にはそれぞれの本部が持つランキングに応じて8人のAランク第1位がいますが、おそらくは私はそのなかで最強ですし、実績もあります。なろうと思えばなれるでしょう」
「それじゃあ、どうして」
「私はおパンツが好きなんですよ」
「なるほど……とはならないです」
「総帥をご覧になったでしょう。彼は環太平洋シンデレラバスト会議の長です。彼と私の道は相容れない」
わかったようで、わからないようで、雰囲気はわかった。
「ところで、指男さん、あなたのことを英雄さんとお呼びしても」
「いいですけど、あんまり呼ばれないですね」
「この国では呼び方は心の距離そのものですからね。私は英雄さんと関係を築きたいと思っているんです」
仲良くなれるかなぁ、このスマートな変質者と。
「それじゃあ、俺も銀行員さんのことは名前で呼ばせてください」
「クリスティアン・ヴィルト。クリスと呼んでください」
変な知り合いが増えた。
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