超危険ないぬ
ビルのエントランスはわりかし普通の見た目をしていた。
受付には綺麗なお姉さんらがいる。愛想よく一分の隙もなくたたずんでいる。
ロビーも設けられており、ちょっとした談話机が置かれ、そこではパリッとスーツを着込んだサラリーマンらが缶コーヒー片手に休憩している。
普通の会社という雰囲気だ。
「赤木さん、こっちこっち」
修羅道さんはもう奥へ進んでいて、社員証のようなものを片手に、空港の荷物検査ゲートみたいな場所にいた。先日ニューヨークに行った時に見たゲートだ。しかしどうしてあんなものがビル内に……いや大きなビルなら普通なのかな?
ゲートで検査を受けていると、ふと張り紙が目についた。
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『ビル内持ち込み禁止目録』
・許可されていない武装
・許可されていない電子機器全般
・スマートフォン
・PC
・録画機器
・タケノコ
・青色のお菓子
・グレード4以上の異常物質
・1960年代の映像作品
その他 担当警備員の裁量によりビル内への持ち込みが危険と判断された場合は対応すること
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本当に空港みたいだ。
いくつかなんで持ち込み禁止になっているのかわからないものもあるが。
「しっかりと電子機器はここで外していってください」
スマホと装備品を大量に外してあずけた。
ゲートの警備員は驚いた顔で「すごい装備ですね」と苦笑いしていた。
ムゲンハイールで強化してる分、俺の装備のグレードは高い。
銀行員と修羅道さんは顔パスである。
信頼度が違うということだろうか。
「あの……そちらの鳥やハリネズミも預けていただけますでしょうか? ペットの持ち込みはちょっと」
「この子たちは大丈夫です。持たせてあげてください」
「っ、わ、わかりました、修羅道さんがそう言うなら」
黒のスキニーに白シャツ一丁までひん剥かれたが、なんとかペットたちは許された。修羅道さんに感謝しよう。
頭のうえにハリネズミ、右肩に黒いナメクジ、胸ポケットにシマエナガ。
動物大好き博士みたな恰好の俺であるが、ミーム装甲のおかげで、無意識に俺と言う存在から意識を反らしてしまうため、変な視線を集めることはなかった。
雰囲気は普通の会社だと言うのに、たびたび短機関銃で武装している警備員が歩いていたり、通路を守っていたりして、なんとも異質な感じがぬぐえない。
修羅道さんも銀行員もまるで気にしていないのでダンジョン財団ではこれが日常のようである。
「厳重な警備ですね」
「ああ、彼らのことですか? 彼らは警備部の職員ですね。ダンジョン財団の施設にはSCCL異常物質たちを分散させて収容管理しているので、いつオフィスが血みどろの戦場になるかわからないんですよ」
恐ろしすぎません?
「異常物質は扱いの難しさにおうじてカテゴリー訳がされており、それに応じて厳重な体制で専用の収容施設がもうけられています。グレードとは別でして、異常性・危険性・収容難易度・制圧難易度そのほか13の項目で財団はカテゴリーを分けているんですよ。最も扱いが容易なものから順に『アンシーン(AS)』『ダイジョーブ(DJ』『アブナーイ(AN)』『ヤバスンギ(YS)』となっています」
もっとかっこいいカテゴリーの分け方あったろ。
「わかりやすさ重視です。『ヤバスンギ(YS)』なんて誰がとう呼んでもヤバいとわかりますからね!」
「なるほど。流石はダンジョン財団ですね」
銀行員は感心したようにうなづいてる。
「現在、日本アノマリーコントロール無限城には約800種のSCCL異常物質が収容されています。なので無限城では一見して安全なように見えても油断してはいけませんよ。いいですね、赤木さん」
「わかりました。気を付けます」
SCCL適用異常物質。財団が管理しないと危険と判断されるもの。
ダンジョン財団本部は不思議と超常の宝箱というわけだな。
道なりに修羅道さんについていく。
ふと、なにやら妙な騒ぎの音が聞こえてくるようになった。
「大変なことになった、はやく総帥をお呼びしなくては……!」
「非戦闘職員は退避しろっ! 急げ急げ!」
「一番近いセーフルームはこっちだ!」
曲がり角の向こうから、たくさんの職員が血相を変えて逃げて来る。通路をふさぐ人ほどの大騒ぎである。
「対策部査定課の修羅道です。どうしましたか?」
「っ、修羅道さん、来てくださったんですか! 実は収容管理部から異常物質の脱走があったみたいで、地上まで逃げ出して来た個体がいるんです!」
「なんということですか! 大変じゃないですか!」
修羅道さんはキリっと鋭い表情になった。
どうやら大事らしい。
「ん、なんだこれ」
逃げる職員が落としたのか俺の足元にファイルが転がった。
拾いあげてなんとなしに開く。
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【特別収容管理法適用異常物質】
『超危険ないぬ』
ID:SCCL-AN-142(アブナーイ)
捕獲日時:1965/09/25
収容場所:無限城収容管理部-セクター1-サイト10-11
【特別収容プロトコル】
SCCL-AN-143『超危険なねこ』と5m以内に近づけないこと。
【概要】
SCCL-AN-142は日本原産柴犬の形状をした生物型異常物質である。体毛は赤毛。体高40cmのメスの柴犬とされている。たまに食パンと入れ替わっている模様。
【異常性】
SCCL-AN-142は異常性の主たるはあまりにも可愛いことである。SCCL-AN-142はその遺伝子的特性が調査のたびに変質する。SCCL-AN-142によく似た犬種である柴犬は古来より日本国で愛され、いまではその愛らしさは世界に広まった。20年に渡る追跡調査の結果、人間は本能的にSCCL-AN-142の形状にいとおしさを感じ、その根本的要因はSCCL-AN-142による強力なマインドコントロールにあるとされる。柴犬と言う種の生存戦略においておおきな一翼を担うSCCL-AN-142を一時的に■■する検証が行われたが■■■■■ため■■した。
またSCCL-AN-142は生物的劣化をしない。いつから人類に変われているのか不明であり、どれだけの期間生きているのかも不明である。接触時間、回数が多いほど、好きになってしまうことも異常性として報告されているが、それがSCCL-AN-142独自の効果であるかどうかは検証段階にとどまる。
SCCL-AN-142はSCCL-AN-143との接触により気性が荒くなり、超危険な状態になる。制圧はランクA以上の収容管理員または戦闘職員により行われるべきである。
【脱走時対応】
ぶん殴って気絶させる。
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「うわあああ! 来たぞぉおお!」
「逃げろ、超危険ないぬだァああ!」
逃げ惑う職員たち。
ズババババっと鳴る連続の銃声。
曲がり角の向こうから跳弾とともに巨大なふわっふわの柴犬が飛行機耳をして飛び出して来た。
「あれは超危険ないぬっ! しかも超危険モードですっ! 赤木さん、さがっててください!」
「大丈夫です、俺が指を鳴らせば倒せない怪物はいません」
「指を鳴らすと借金が5,000兆円くらいかさむことになります! 絶対に、ぜーったいに指を鳴らさないでくださいねっ!」
「あっ……はい……さがってます……」
修羅道さんはスカートのなかへ、白い太ももを這うように手をすべりこませ、スレッジハンマーを取りだした。すごくえっちだとおもいます。まる。
バッティングセンターみたいに「さあ、かかってくるがいいですっ!」とハンマーを構える修羅道さん。
そんな彼女の前に銀行員が手をだして制止、一歩前へでた。
「ここは私にお任せを」
「あーだめだめだめですよっ! あなたもわりと被害出しまくるタイプじゃないですか! ここはわたしの打率0.98を信じてください!」
「六道のお嬢さんがたは自覚が足りませんが、あなた方も大概いつも凄い被害だしていますよ。無自覚な分、指男さんよりもタチが悪いかもしれません」
銀行員は真っ赤なスーツを翻し、コインケースを取りだし、硬貨を一枚つまんだ。
日本の硬貨ではない。外国の硬貨だろうか。
「──ザ・クレイジースイス」
ピンッ
軽快な音が鳴った。
一枚の硬貨が銀行員の細くしなやかで血管の浮いたエロい手先で弾かれた。
硬貨はとてつもない加速でもって射出された。
超危険ないぬのふわっとした胸毛につきささり、そのまま吹っ飛ばした。
エレベーターホールまでばびゅーんっと飛んでいき、通路に転がって、ぐでーんっと仰向けになって、超危険ないぬは動かなくなった。
「修羅道さん、そして指男さん、あなた達はスマートに物事を解決する手段を身に着けるべきです」
言って銀行員はコインケースを真っ赤なスーツの懐へしまった。
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