フィンガーズ・エクスペリエンス社、目標金額1兆円へ上方修正、ニューヨーカー赤木とツンデレ使い赤木


 おはようございます。

 ブルジョワにして、プラチナ会員にして、Aランク第10位にして、無人島オーナーにして、ギルドマスターにして、株式会社フィンガーズ・エクスペリエンスの社長でもある赤木英雄です。


 え? 社長ってなんのこと、ですって?

 実はすごく難しい話でして、おおきな事業を開始するには会社を設立して法人格というものをつくったほうがよいらしくてですね、そこで社の売り上げやら、納税やら、あーもう難しい、わかんない。難しいことはつまり難しいということです!


 まあ、実際に会社をつくる経緯としましては、


「大変です、赤木さん! 島の工事費が100億円じゃ足りそうにありません!」

「でしょうね。薄々感じてました」

「これは1兆円規模の事業ですよ、赤木さん! たくさんお金が必要です! 京都の街を破壊してる場合じゃないです!」


 っということで、厄災たちをペットとして飼うためのノルマが大幅に上方修正され、その金額が『1兆円』という、すこし阿保っぽさすら宿る途方もない額になってしまいました。

 なのでカタチのうえで俺を社長として経験値を売るための会社をつくりました。

 事業を追加して収益を伸ばせればと思っております。

 なお表向きは従業員4名程度の小さな会社ということになっています。

 俺はお飾り、運営はジウさん、修羅道さん、ぎぃさんに丸投げしております。


 ジウさんにはなぜか俺が有能みたいに思われている節があるので、その幻想を壊したくないなぁっと思いつつ、こっそりぎぃさんに進捗を聞いたところ、


「ぎぃ(訳:会社は完璧です。なんの問題もありません。税金まわりでの法務的専門性を習得した黒沼の怪物も手配済みです。もしもの時は法的に戦えます)」


 よろしい、って感じです。

 やっぱり全部任せて正解だったね。


 そんなこんなで光陰矢の如し、時はあっという間に過ぎ去る。


 京都から帰って来てはやいもので1カ月が経とうとしていた。

 死刑囚という名のキモいモンスターと戦ったり、200億ごえの借金をつくったり、美味しいものを食べたり、観光したり、クズエナガさんが再臨したり、みんなでバーベキューしたり、喧嘩があったり、厄災研究所を再建したり、とかとかとかとか。


 いろいろありましたけど、どれも懐かしい思い出です。


 いまは無事にジウさんに課せられたダンジョン100個ノルマも達成してアルコンダンジョンへのチケットも確約をもらえました。

 トランプマンとの取引もはじまったし、これでお金が入ってくるといいなぁっと思っているところです。


 そんなわけで絶好調な俺はいまニューヨークに来ています。

 大都会埼玉に住んでいるシティボーイの俺からすればまだまだ田舎みたいなものですが、なかなかどうしてこれはすごいこれがあのニューヨークすごいでかいすごい。


「ちー(訳:だんだん田舎者を隠せなくなっているちー)」

「行きますよ、このニューヨーカー赤木がニューヨークの歩き方を教えましょう」

「ちー(訳:手遅れだったちー)」

「きゅっ(訳:流石は英雄殿っきゅ! ニューヨークも知り尽くしてるっきゅね! 世界のシティボーイっきゅ!)」


 というわけで、俺とシマエナガさん、ハリネズミさんはニューヨークを歩いて、屋台でホットドッグを山盛りに買ったり、ドミノピザを発見して豪遊することに。

 アメリカは日本よりピザの値段が安くラージサイズで18ドル程度だった。だからこれも山盛り買った。10枚買ってやり、トッピングも全部乗せ。コーラも2Lペップシを飲んでやる。ポテトだっていっぱい買ってしまおう。


「これぞ豪遊。ブルジョワの遊びです。わかりましたか、ふたりとも」

「きゅっきゅっ!(訳:英雄殿かっこいいっきゅ! こんなたくさんおいしい物を食べれるなんて全人類の羨望の的間違いなしっきゅ!)」

「ちー(訳:どう考えてもバカの想像するご馳走ちー)」


 街中で公園を発見したので、そこでご馳走を広げていただきました。

 実を言うと俺はレベルアップのおかげでいくらでも食べれるようになっているので、ぺろりとメガ盛りランチを平らげてしまった。もちろん常人の量でも空腹に悩むことはない。許容量が増えたというだけだ。


 そんなこんなで時間を潰していると、ジウさんから電話が一本入ったのでニューヨーク漫遊を切り上げて、都市の一等地にある超高層ビル『スターズ・カンパニー本社ビル』へ足を運んで、そこでトランプマンに会った。


「hahaha、フィンガーマン、よいブツじゃないか」

「これはトビますよ」

 

 そんな会話をしながら俺は厄災島からもってきたドデかいジュラルミンケースを渡す。中身は『黄金の経験値Lv2』×1,000である。

 

 物が物なので最初は手渡しで取引をしたいとのことだった。

 またトランプマンの顔を立てるという意味でも、以前は勝手に呼びだしたので、今度はこっちがニューヨークへ足を運んだのである。

 トランプマンは満足そうにフィンガーズ・エクスペリエンス社の主力商品を受け取った。まあ今はこれしかないんだけどね。

 

 そんなこんなでニューヨークから帰った数日後、俺ははじめて会社の売り上げを手にいれ、そしてそれらは京都の町を破壊したことへの償いとして一瞬で消えた。

 虚しいなぁ……もう地上で力を使うのはやめようとしみじみ思う俺であった。


 なおニューヨークにもフィンガーズ・ギルドの至宝『メタルトラップルームLv4』で”扉”を作っておいたので、もう俺は本物のニューヨーカーっと言っても過言じゃない。ニューヨーカー赤木確定演出です。


 翌日。

 俺は実家の部屋で目覚める。

 洗面所で顔を洗いすっきりして今日という一日をはじめようか。

 鏡のなかの俺と向かい合う。

 ん、俺ちょっと顔変わったか? 

 いや、昔からイケメンハンサムナイスガイだったけど、最近はとりわけ……果てしなく男前だ……。

 

「お兄ちゃん、邪魔、どいて、急いでる、しっしっ」


 友達とどこかへおでかけなのか、慌ただしく準備をする我が愚昧・赤木琴葉に煙たがられながら、洗面場を追い出される。

 京都ダンジョンから帰って以来「騙された。嘘つかれた。お兄ちゃんに純潔を弄ばれた」とかいわれのない非難を受け、以来あんな感じである。

 彼女は指男の熱烈なファンだったのだが、その正体が俺だと知ってしまったのである。


 おかしい。

 計画では「えー! お兄ちゃんが私の憧れの人!?お兄ちゃんだいちゅきっ!」となって妹が可愛くなる予定だったのだが。どこで間違えたんだ。

 ラブコメならあまあま兄妹のニヨニヨ展開がはじまってもおかしくないのに。


「愚昧よ。実はお兄ちゃんに大好きって言いたいけど素直になれないからツンツンしてる可能性とかないか?」

「それは課金コンテンツ」


 お兄ちゃん、つらたん。


「1,000円あげるね」

「お兄ちゃん、ちゅき!」


 琴葉は髪をセットする手をとめてぎゅーっとしてくる。

 やはり金っ、金がすべてを解決するのか……っ! 








































 昔から兄はいつだって私のそばにいてくれた。

 どこへ行こうにも「離しちゃだめだよ、ことは」とぎゅーっとしっかり手を繫いでくれていた。


 兄たちが大好きだった。

 すごく可愛がってくれたし、私のことを大好きでいてくれるし。

 無条件に、無限に、甘やかしてくれるのだ。


 学校に入ってそこにスクールカーストなるものがあるのを知った。

 私は生まれつき目が悪くて中学までは眼鏡をかけていた。

 不思議なもので、眼鏡をかけて真面目そうにしているとそれだけで、スクールカーストは下層に位置づけられる。そうじゃない奴もいるとか、そういう綺麗ごとはいらない。暗そう、面白くなさそう、ブサイクに見える、どんくさく見える、運動できなそう、そのほかもろもろの印象地の集合体が眼鏡にはある。

 

 高校生からはコンタクトを採用し、高校デビューをかざったのでもういじめられることもなくなった。というか高校までくればまわりがわりと大人に近づくので、そういうくだらない印象での決めつけも薄れて来た。


 ただ中学までは、顕著ないじめが何度かあり、いつだってクラスの隅っこにしか私の居場所はなかった。そのことは事実、私の心に今も影を落としている。


 でも、そんな状況でも兄たちは私をすごく可愛がってくれた。

 彼らは精神的支柱であると同時に、くさい言葉で言うなら無償の愛のようなものを感じることができた。嫌いになるわけがない。

 

 ただ、上の兄は大学生になってからギャンブルにおぼれ、下の兄はいじめにあってから、臆病な性格が加速し、陰湿さが増殖し、「ニチャア」とキモイ笑顔をするのがクセになり、たびたび怪しげなビジネスに手をだして失敗して大損こくようになった。


 私にとって先導者で、守護者で、あらゆる模範だった彼らはいつしか私よりも堕落しているように見えたのだ。そう堕落だ。堕落にほかならない。

 

 そんな彼らに好意を向けるのは癪にさわる。

 私はいつしか「そんな体たらくで昔みたいな妹サービスを受けれるとでも?」と、堕落者たちを冷ややかな眼差しでみるようになった。

 私だけいまだに無条件で、無限に兄たちを好いていることを彼らに知られるのは本当に嫌だったし、それが彼らを甘やかすことになると思うとなおさら、好意など見せたくもないと思った。

 もっとカッコいい姿を見せて欲しいのに。

 

 そんなこと思っていると兄のひとりが探索者をはじめた。

 いつも頭悪いクセして賢く稼ごうとし、長続きしないか、すぐに失敗することの繰り返しをしていた兄が、はじめて長続きしていた。


 そんな兄の姿は正直……かっこよかった。

 現代の英雄。恐ろしいモンスターと戦って地上の平和を守っていると思うと、誇らしい気持ちにさせてくれた。

 

 兄が指男だとわかった時、衝撃がはしった。

 衝撃がおさまれば、後に来るのは指男の為した偉業を数えることと、本人の澄ました顔を交互に見比べることだ。


 兄はすごい人だった。

 私の手を強く、しっかり握り、笑顔でいつだっていてくれた、あの頃の私の全正義をつかさどっていた兄が戻って来たようだった。


 やはり、私のお兄ちゃんはすごい。

 すごくてかっこいいのだ。


「愚昧よ。実はお兄ちゃんに大好きって言いたいけど素直になれないからツンツンしてる可能性とかないか?(ニチャア」


 でも、その笑顔はまじでいやだ。

 癖になってるのかな。


「それは課金コンテンツ」

「1,000円あげるね」


 お金をもらえば甘えることもやぶさかではない。

 お金があれば私だって「やれやれ、本当にどうしようもないお兄ちゃん」とやれやれ顔をしながら、仕方なく、本当にそれはもう仕方なく、渋々と好意を表現している風になる。


 だから私は──


「お兄ちゃん、ちゅき!」


 まったく本当に別に好きとかじゃない兄に、課金分は甘えてやるのである。


「お兄ちゃん、嬉しいなぁ(ニチャア」


 でも、やっぱりこの顔は嫌いだ。

 外でやってないといいけど。

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