黒き鳥の再臨
仕事で忙しい修羅道さんとお別れをして、俺はシマエナガさんの帰還をちかくの公園でブランコしながら待っていた。
6月も終わりが近づいているので外にいるだけで汗が止まらなくなってくる。
のどが渇いたのでもうシマエナガさんとかどうでもいいかっと思いつつ近くのコンビニへゆこうとしたところで、ようやく戻って来た。
シマエナガさんは語った。自慢げに語った。
「ちーちー(訳:ということがあったちー)」
どうやらたくさんの人を救ったようだ。
「ぎぃ(訳:先輩、ゴッドフェニックスモードを上手く使いましたね。それならば、まさかゴッドエナガの正体が先輩だとは誰も気が付かないでしょう)」
「きゅっきゅっ?(訳:鳥殿にそんなモードがあったっきゅ? 我、全然知らなかったっきゅ)」
俺も知らないです。なんすかゴッドフェニックスモードって。
まあそのモードで人に知られず悲劇を減らせたなら……いいんじゃないかな。
「シマエナガさん、よくやりました。えらいです」
「ちーちー♪」
シマエナガさん、こんな立派になって……ちょっとご褒美に経験値をあげようかな。
ということで、最近は勤務態度の良いシマエナガさんを経験値中央銀行へ。
ずっと監視しているのも信用していないようで可哀想なので、ぎぃさんとハリネズミさんを同行させて、経験値を食べていいよっと言い残しておいた。
その間、俺は厄災研究所での野暮用を済ませる。
一応リーダーなので急速に拡大発展する施設を把握しておくよう、娜から言われているのだ。
「こことここの区画が新しいモンスター培養施設になる予定ね。で、こっちに第三発電施設。それでこっちに通信基地局」
そんなこんなで今後の開発計画に「うん、いいんじゃないか」と相槌を打つだけのお飾りリーダー業を2時間ほど行った。
「(賢者のごとき聡明さを誇る指男。普段の飄々としている態度とは裏腹に、未来の明確なビジョンを持っていることはわかってるわ。その危うい思想を助長しないよう、私は彼の過激な軍拡を内側から抑制しないといけない。そのためには指男の軍隊を抑圧できるだけの、私の軍隊が必要不可欠。じゃないと、きっと彼は自分の才能に暴走し、世界を火の海に変えてしまう)」
娜は最近本当によく働いてくれるな~。
いやぁ~公園で拾った時は変なガキ拾っちゃったなーっとか思ってたけど、あれはある意味運命的だったかもなぁ~
「ん、そういえば、その腕、どうだ?」
「ああ、これ。すごくいいよ」
娜は右腕に装着された厄災シリーズ『神絵師の右腕』でタブレット端末を操作しながら答える。
「創造性が掻き立てられる感じ。思い通りのものを作り出せるんだよ」
「絵じゃなくても効果あるのか」
「創造性全般に影響力をもつみたいね。わたしのモンスター兵器開発もこれのおかげで数年単位で進歩してるよ」
言い知れぬ不安を感じてたけど、大丈夫そうだ。
もしかしたらこの右腕に娜自身が操られるんじゃないか……とか。ちょっとありそうな展開をすこし心配してたんだけどね。
──ズゴゴンッ
「ん?」
「なにかしら、この揺れ……」
俺たちが地下で開発計画の話し合いをしていると、うえの方でとてつもない揺れがあった。
俺と娜は急いで厄災研究所を飛び出した。
研究所のそとはすぐにビーチが広がっている。
真夏の青空から容赦ない日光がふりそそぐ。
まぶしさに目を細めながら、白い砂浜を視線を泳がせると異物を発見。
注視すれば黒いナメクジと、武装したハリネズミが横たわっているとわかった。
「ぎ、ぎぃ(訳:ま、まさか、これほど、とは……)」
「きゅっきゅっ(訳:ふ、不覚っきゅ……)」
「ぎぃさん、ハリネズミさん!? どうしたのよ、こんなになって!」
娜は急いで駆け寄る。
「指男、たいへん、ふたりとも、ボロボロだわ!」
「でしょうね」
「でしょうねって、なにをそんな冷静な……あ」
娜も気が付いたようだ。
厄災島の沖、よく晴れた蒼い太平洋に浮かぶ超巨大豆大福(黒)に。
「チーチー(訳:久しぶりチー、英雄クン。ついに復讐の時は来たチー)」
闇を孕んだ邪悪な羽毛。
海面から頭のてっぺんまで70mくらいあるんじゃなかろうか。
眼差しはキリっとして意地悪そうになっている。
クズエナガさん再臨である。
「まさか、また会うことになるとは」
「あ、あれはこの前のシマエナガさんのぱちもん?」
娜は倒れたぎぃさんやハリネズミさんに寄り添いながらキっと非難の眼差しをした。
「あんたはこの前トリガーハッピーに殴られて消滅したはずじゃ!」
「チーチー(訳:あんな雑魚雑魚イキリ娘にやられるチーではないチー。チーはどこにでもいて、どこにでもいないチー。今回は表のチーを乗っ取って顕現してやったチー)」
「なんてしぶとい鳥なの!」
「ぎぃさん、ハリネズミさん、大丈夫ですか? なにがあったんですか?」
ふたりはつい先ほど起こった事件の発端を語ってくれた。
──2時間前
黄金の財宝のごとき経験値が溢れかえる宝物庫。
三匹の厄災だけがこの最高機密エリアに残されていた。
「ちーちーちー♪」
「きゅっきゅっ(訳:鳥殿が意気揚々と経験値を取得してるっきゅ。放っておいていいっきゅ?)」
「ぎぃ(訳:先輩は経験値の誘惑を乗り越えたんです。大丈夫でしょう)」
「ちーちーちー♪」
「きゅっきゅっ!(訳:鳥殿が強化ガラスを破壊して力の果実にくちばしをつけてるっきゅ!)」
「ぎぃ!(訳:3秒で失望です、先輩! だめですよ、ここで負けたらこれまでの綺麗なシマエナガさんの評価はどうなっちゃうんですか!?)」
軟体動物と大古竜は仲間の尊厳を守るべく取り押さえる。
「ちー! チーッ! ちーちー! チー!(訳:ちーは負けないちー! ククク、我慢は体によくないチー。 ち、ちー?! 何者ちー!? チーはお前チー。真の姿チー。 嘘ちー! ちーはそんな悪い鳥じゃないちー! いいや違うチー。お前は邪悪の化身チー。さあ、経験値を受け入れるチー)」
厄災の禽獣の身体が白と黒、交互にいれかわる。
ナメクジとハリネズミは一生懸命に身体を抑えた。
「きゅきゅっ!(訳:まずいっきゅ、このままじゃ鳥殿は負けてしまうっきゅ!)」
「ぎぃ(訳:大丈夫、信じるんです、先輩の善の属性が勝つことを!)」
「ちーちーちー……(訳:そ、そうちー、確かに我慢は体によくないちー、英雄を守るためにも、ちーが体調を崩すわけにはいかないちー、だから、これは仕方なく、本当に仕方なく経験値するちー)」
「ぎぃ!?」
「きゅっ!?」
結局、悪の属性のほうが強かった。
「ぎ、ぎぃ(訳:我が主、気をつけてください……先輩のダークサイドは以前より力を増しています……)」
「いったいどうして……確か前回は魔女帽子にのこってた残留思念が具現化したって言ってましたけど」
「きゅっきゅっ(訳:きっと経験値への欲望を理性のチカラで抑え込んだ反動っきゅ……鳥殿は自分の暗黒面を必死におさえていたっきゅ。でも、シンプルに暗黒面が強すぎてコロっと飲まれたっきゅ)」
「えぇ……経験値クズの鏡じゃないですか……どうしたってダークサイドに負けちゃう運命なんですか……」
もうだめだ、あのシマエナガさん。
「チーチー(訳:表のチーもダークサイドを受け入れたチー。これは全シマエナガの総意チー。さあ覚悟の準備をするチー。チーはあの銀行にあった経験値を貪り尽くしてやったチー)」
「まさか120兆の経験値エネルギーを?」
「チー(訳:いまのチーなら英雄クンにも負けないチー)」
「なるほど。だとしたら、俺も本気を出さなくちゃいけないかもしれませんね」
俺はシャツを第二ボタンまで開けてネクタイを緩める。
まさかこれを使う時が来てしまうとは思わなかった。
懐からジッポライターを取り出す。
「クズエナガさんは何か大きな勘違いをしています。──いったいいつから経験値中央銀行にすべての経験値が貯蔵されていると錯覚していた」
「チ、チー!(訳:まさかそれはオリジナルのライターチー!?)」
────────────────────
『貯蓄ライター Lv4』
経験値は貯蓄する時代です
15兆7,415億8,410万/9,999兆9,999億9,999万9,999
────────────────────
これはオリジナルの貯蓄ライターだ。
実はドクターにこっそり修理してもらって俺が持っていた。
ver2.0ではないこれは、経験値中央銀行への経験値振込こそできないが、他方で日々恐怖症候群やデイリーミッションで得られた経験値、力の果実、経験値生産設備によってつくられた黄金の経験値を横領するのに役立つ。
「ぎ、ぎぃ!(訳:我が主、まさか経験値横領を!?)」
「きゅっきゅっ!(訳:こんなの聞いてないっきゅ! 民主主義を忘れたっきゅ!?)」
「チー!(訳:最低チー! 影でコソコソと
「ええい、うるさいうるさい。だまらっしゃい、この獣畜生ども。一番上質なブツを手元に置いておくのは常識でしょうが、ってキチャぁぁアアあぁァァァアアッ!」
15兆経験値をキメるとバイタリティの奔流に意識を持っていかれそうになる。
これだよ、これ、やっぱりこれじゃないとなァッ!
陰でキメると痙攣してる時の声がもれて横領がバレるからちょっとずつしか吸えなかったけど、やっぱり、こうやって好きなだけキメるのが乙ってもんだよなァ!?
「ぎぃ……(訳:最近はちょっと大人しいと思ってたんですが……やはり経験値ジャンキーは治っていませんでしたか……)」
「きゅっ(訳:英雄殿もなんだかんだむちゃくちゃやってるっきゅ。そろそろ、誰かなんとかしないとっきゅ)」
あああああああああああああ!!!!
ああああああ!!! うおぁああああっ!!
ピコンピコン
久しぶりの連続レベルアップに半分意識が飛びかける。
俺は膝から崩れ落ちた。
(新しいスキルが解放されました)
はぁはぁ、え? 新しいスキルですか?
───────────────────
『病名:経験値』
経験値過剰摂取により肉体変態をきたした
生物として不安定になる一方で
さらなる進化が可能になった
レベルアップに必要な経験値が恒常的に減少
経験値を定期的に摂取しないと不安定化する
───────────────────
「指男、ついにあんた病気って診断されたのね……」
「ぎぃ(訳:遅すぎるくらいです)」
「きゅっ(訳:おいたわしや、英雄殿~っ!(泣))」
────────────────────
赤木英雄
レベル315
HP 1,512,120/2,707,500
MP 295,,120/794,700
スキル
『フィンガースナップ Lv7』
『恐怖症候群 Lv10』
『一撃 Lv10』
『鋼の精神』
『確率の時間 コイン Lv2』
『スーパーメタル特攻 Lv8』
『蒼い胎動 Lv4』
『黒沼の断絶者』
『超捕獲家 Lv4』
『最後まで共に』
『銀の盾 Lv9』
『活人剣 Lv6』
『召喚術──深淵の石像』
『二連斬り Lv5』
『突き Lv5』
『ガード Lv4』
『斬撃 Lv4』
『受け流し Lv2』
『次元斬』
『病名:経験値』
装備品
『クトルニアの指輪』G6
『アドルフェンの聖骸布 Lv6』G5
『蒼い血 Lv8』G5
『選ばれし者の証 Lv6』G5
『メタルトラップルーム Lv4』G5
『迷宮の攻略家』G4
『血塗れの同志』G4
────────────────────
一気に20レベルくらいあがったのか。
こんな激しい進化の仕方は久しぶりだった。
病気になるのも仕方ないか。
「さて、なにはともあれ、これで経験値ドーピングはお互いに完了ですよ、クズエナガさん」
「チーチー!(訳:面白いチー。それくらいじゃないと手ごたえが無いチー。チーは英雄クンを倒して、厄災島を手中におさめ、チーだけですべての経験値をひとり占めするチー! そのための障害はすべて排除するチー!)」
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