最恐死刑囚編 終幕
ブラックオーダーの問題児ふたりは閑静な和の個室で机を挟みむかいあっていた。
「羽生さん羽生さん、武器を亡くしてしまったのですか?」
「姫華さん勘弁してくださいよーこっちのやつデカくなってキモくなって大変だったんですよー」
「まあ、それは大変ですね。こっちも大きくて硬くて大変でしたよ」
姫華は頬を抑え、光の宿らない黒瞳を憂い気にする。
羽生はハッとしごくりと生唾を飲みこんだ。
「もう一度言ってもらっていいですか? なんかえっちでした」
「まあ、どうして羽生さんって喋るとこんなに殺したくなってしまうのでしょう。顔だけはイケメンなので、なるべく首から下をすり潰そうと思うのですが」
「その黒くて硬い鈍器おろしてもらっていいですかすみません本当に申し訳ないと思ってます」
羽生はなんとか姫華に獣骨砕きをおさめてもらう。
ふたりは先ほどそれぞれの仕事を終え、暗号通信でそのことを畜生道へ報告、すぐのち老舗の抹茶屋でおいしい抹茶デザートにしたつづみを打っていた。
「あんたたちさ……こんなところでなにしてるか訊いていいんだよね……?」
「あ、畜生道さんだー。おかえりどすえやねんさかい」
抹茶屋にやってきた畜生道は拳銃をとりだし、発砲、羽生の頭を吹っ飛ばして黙らせる。紫に発光する幾何学模様が掘られたM1911A1、アポトーシス魔法銃である。
発砲のはやさから、かなり怒っているらしい。
「まだ死刑囚2人しか倒してないよね? こんなところでデザート食べてっておかしいと思うんだよね?」
「畜生道さん、この抹茶アイスすごくおいしいですよ」
「抹茶パフェもたまらんどすえ」
言って姫華はアイスを畜生道のくちへ。
羽生は受け止めた銃弾をちょんっと机のうえにおいて、パフェを献上する。
「羽生のはイラナイよね。羽生の唾液とかついてそうだよね」
「うわーひどいなー」
姫華の抹茶アイスをひと口あーんしてもらい、畜生道はすぐにたちあがる。
「ほら、行くよ、はやく、指男が死んだら責任とれるないよね」
「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、畜生道さん」
「そうやねん。全然問題ないねん」
呑気すぎる羽生と姫華に畜生道は眉根をひそめる。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいな、畜生道さん。僕、指男に会ったんですよ。オーディン・クロスが変異したって言ったでしょ? たぶんDレベル換算で40は越えてたんじゃないかなぁ……それを一撃ってわけやで~」
羽生は指をパチンっと鳴らした。
「フィンガースナップ……」
「そう。指男のそれはもうちょっと僕らの想像できる領域にないと思うんですよ。あれは強い。べらぼうです。もしかしたら畜生道さんよりも強いかも」
「あんたたちすこし馬鹿にしてるけど、私は外海六道因子、餓鬼道お姉様と同じ因子をもってるのんだよね」
そうは言っても畜生道自身、指男の異常性を知らないわけではなかった。
何度か近くで見ているため、理解してはいるのだ。
彼のダンジョン因子は異常であると。
修羅道がやたら気に入り、地獄道がその身柄を保証し、餓鬼道が半年経ってもその全貌をとらえきれずにいる。
すべての事象が指男という座標で交差している。
それは運命と宇宙論において重要な意味を持つ。
偶然ではない。指男には特異な何かがある。
(指男……いったい、どれほどのスケールなのか……)
「指男さん……彼のあの聡明で動じない強者の香り……私、気になります。どんな内臓の色しているのか……でも、初対面でお腹のなかを見せてもらおうなんてきっと怒らせちゃいますよね。だから淑女であらんとがんばったんです」
「姫華もあいつに会ったの?」
「北野天満宮で。こっちのアビゲイルちゃんも結局彼が指パッチンで破壊しましたよ」
「あんたたち結局、指男に片付けてもらってるよね……討伐数ゼロだよね、なにくつろいでんのかな……」
畜生道は話を聞くほどにイライラしていた。
「エージェントC」
背後からかけられたその声に、畜生道はハっとして音速でふりかえる。
黒いロングコートを纏い、フォーマルスーツをピチっと着こなした美少女。
キリっとした眼差しは深い叡智と洞察力を称え、海のような穏やかさと冷たさを感じさせる。
名は餓鬼道。下の名前は誰も知らない。
「餓鬼道お姉様……ッ!?」
「これ。あげる」
言って、餓鬼道は紙袋をそっと差し出した。
畜生道は年端もいかぬ少女のようにぴょんぴょんし「はわわ……////// 餓鬼道お姉様が私に贈り物を……っ!!」と、2年ぶりに飼い主に再会した忠犬のごとく、騒がしく嬉しそうな顔で紙袋を受け取った。
それを見ていた羽生と姫華は顔を見合わせる。
紙袋のなかみをのぞく。
なかには異形の生首が入っていた。
変質し、ほぼ原形はないが、脱獄死刑囚のデストル・ノーデンのものと思われた。
浮かれていた畜生道はスンっと冷静になる。
(くっ! また餓鬼道お姉様を失望させてしまった! お姉様は私を試したんだ。いついかなる時もエージェントは冷静沈着であるべきだという規範を忘れてはいないか。私はいま心がぴょんぴょんしていた。エージェントの世界では10回は首をとられるほどの油断って餓鬼道お姉様は伝えようとしている……?)
「申し訳ございません、餓鬼道お姉様!! 私が無能なばかりにお手を煩わせてしまいました……! 私はまだひとりも死刑囚を見つけられてないのに……!」
畜生道は自分の不甲斐なさに涙を瞳にうかべた。
敬愛する餓鬼道に迷惑をかけたことが、たまらなく情けなかったのだ。
さきほどは散々、姫華や羽生のことを怠け者だの、仕事に真面目じゃないなどと批判したが、それは彼女自身がいまだに死刑囚のひとりも始末できていないための、焦りからくるフラストレーションの発露であったのだ。
畜生道はだれよりも餓鬼道の役に立ちたいと思っている。
ブラックオーダーの出動命令をおとなしく受理したのだって、なにも指男を心配してのことではない。指男の周辺にいる餓鬼道に視界に「死刑囚ごときの塵あくたが入り込んですこしでも不快に感じられたら嫌だな」と思ったからだ。
そして、それは現実になってしまった。
畜生道は紙袋の生首を見たとき、餓鬼道に痛烈に非難されている気がしていた。
(私、いつも期待を裏切ってばかりだ)
ポロポロと大粒の涙をこぼす畜生道の頭にぽふんっと手が乗せられる。
餓鬼道の手だ。白い絹のような髪を優しく撫でる。
その表所は硬く、まるで感情と言うものが宿っていない。
しかし、わずかに、ほんのわずかだが、口角があがった。
修羅道との訓練の賜物たる超薄味エージェント・スマイルだ。
「えらいえらい。エージェントCは頑張ってる」
「っ!」
餓鬼道は抑揚のない声で言って三回ほど撫でると背を向けて行ってしまった。
表に止まっていたセンチュリーが爆速で発進し「こら待てええええ! もう逃がさんぞっ!!!」と、大声で静止する京都府警たちをふりきりちいさくなっていく。
畜生道はそれを見送り、撫でられた頭にそっと自分の手を添えた。
「羽生、姫華、残りの死刑囚ミスター・ブレインを狩りにいくよ」
「ええもちろん、いいですよ、お姫様」
「実行は畜生道さんに譲ってあげますね。私たちは傍観者です。お金はもらえませんけど、でも、いいです。それで」
羽生と姫華は穏やかな笑みを浮かべていた。
さあ、ミスターブレインをぶっ飛ばしにいくぞ。
そう意気込み、三人は京都に広がるエージェント情報網を使おうと通信機を手に取った。
その時だ。
京都タワーが大爆発を起こし、木っ端みじんになったのは。
黄金の破壊がランドマークの最上部を粉々にし、瓦礫が町にふりそそぐ。
空からシュタっと人影が降ってくる。
焦げ茶色のコート、黒いシックなサングラス。
指男であった。
「ミスター・ブレインの報酬は……ん? 経験値40億ぽっち? チッ、しけてやがるな。こんなんじゃイケねえよ、雑魚がよ」
ぼそぼそと薬物中毒者みたいな悪態をつきながら指男はジッポライターを胸ポケットにしまう。
「さてと、目撃者がいないうちに逃走逃走っと」
言いながら指男は顔をあげる。
畜生道らと目が合う。
背後でいまも崩壊を続ける京都タワー。
その時、通信機からエージェントの緊急連絡が入った。
『京都タワーで町全体にテレパシーを飛ばしていたミスター・ブレインが爆殺されたようです! 指男です! 間違いないです! 今日で3つ目の重大な破壊行為です! 今度は京都タワーごとやりました!』
指男は踵をかえして無言で走り去る。
畜生道はスマホをとりだし、修羅道宛てに密告。
5秒後には空から降って来た修羅道に「またやりましたねっ!?」と捕獲される指男の姿があった。
「一見落着やねんな~」
「エージェント課へのお土産はやっぱり漬物がいいでしょうか?」
言いながら羽生と姫華は帰り支度をはじめた。
畜生道は連行されていく指男の背中を眺め、そして京都タワーを見上げる。
(結局、ひとりで3人も死刑囚を……ミスター・ブレインは相当厄介な敵だったはず……)
「修羅道、あんたの言う通りかもしれないね。そいつは英雄の器かもしれない」
生かすか殺すか。
畜生道はまだ指男を信用したわけじゃない。
ただすこしだけ評価点をあげてもいいと好意的に思い直すのだった。
暗い廊下を歩く男がいる。
背はすらりと高く、白いサラサラの髪からのぞく瞳は燃える赤色だ。
表情は硬く、かなり緊張しているようだ。
男は廊下の突き当りの部屋のまえで止まる。
深呼吸をし、冷汗をぬぐい、扉を押し開いた。
なかでは白衣を着た者たちが、せっせと動きまわっている。
奥には豪奢なベッドが設置されており、病院服を着た者が寝ている。顔には布がかけられ、その表情はうかがえない。
寝ている者は白衣を着たものらによって3本ほどの管を腕に通され、その者らは表情に緊張を宿した様子で慎重に作業をしていた。
「アーラー」
白い髪の男が近づくと、寝ている者はそう呼んだ。
アーラー。それは魔界結社オーライア・デュポンで『混血の軛』の名で知られる悪魔的魔導科学の研究者の名である。
アーラーは緊張の眼差しをする。
震えるほど低い声を聞いただけで、その場から逃げ出したくなるほどの圧を感じていた。
「手駒を全部つかっちゃったようだねェ」
「申し訳ございません……っ」
「あはは」
寝ている者は愉快そうに低い笑い声をあげる。
「キメラの報告をしてくれるかいィ」
「はい……っ、キメラAM─80は予想を上回る完成度だったかと。問題は死後人体変態するまえに肉体ごと消滅させられると、有機的組織が足りなくなって死滅してしまうことかと。ミスター・ブレインの粘菌は起動しませんでした……っ」
「そっかァ、それじゃあ今度はそこをなんとかしようかァ」
「……。よ、よろしいのですか、フィンガーマンは、まだ生きています……」
アーラーは自分から今回の失敗について言及した。
寝ている者、闇の帝王たるその男に、すこしでも苛立ちを向けられることは、なによりも恐ろしかったが、言及せず、彼が怒っているかどうか判断できずに、この先を過ごすよりかは確認をしておいたほうがずっと良いと思ったのだ。
「だろうねェ、あれじゃあダメだ」
「……? あ、あの死刑囚たちではダメだと、わかっていたのですか……?」
「まあねェ」
アーラーはホッとする。
「それでは、今回はキメラの実験のためだったのですね」
「そうでもないさァ、指男を倒せないと思ってた訳じゃないんだァ。どれくらいの脅威になるか見ておこうと思ってねェ。僕は死にたくないんだァ」
「どうして、指男、なのですか……?」
「んふふ、気になるのかい、アーラー」
アーラーは「しまった」と、踏み込んだ質問をしてしまったことを悔いた。
闇の帝王、この重篤な病人である『顔のない男』は正体を探られるのを嫌がる。
「いいよ、教えてあげるねェ」
言ってノーフェイスはベッド横の白衣に言って、奥からなにかを持ってこさせた。
液体で満たされた円柱状の容器のなか、黒いナメクジがぷかぷか浮いている。
「僕の友達のひとり、あるロシア人の身体をバラしたら出て来たんだよォ。異世界の生物だア。寄生中の類なんだァ、おもしろいよねェ」
「き、寄生虫、ですか」
「これは指男の配下が僕のもとへ送り込んだんだァ。彼らは僕に興味があるのかと思ってねェ。だから僕も興味が湧いたんだァ。んふふ、アーラー、結社にお願いしておくれよォ。船を貸してくれないかってねェ。出かけたい気分なんだァ」
ノーフェイスは言って、楽しげに口元を歪ませた。
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