CEOご案内

「hahaha!! hahahaha!!」


 トランプマンの笑いが止まらん。

 

「hahaha、はは、はぁ……本当にイカれた野郎だ……」


 呆れたような疲れたような顔してる。


「キャサリン、次のmeetingはskipしよう。いまはフィンガーマンとtalkがしたい」

「yes president」

「フィンガーマン。驚きだよ。まさかコレ一枚で20万エクスペリエンスだとは」

「いくらの値打ちがあると思います」


 トランプマンの眼差しがスッと細められる。


「異常物質化した経験値は極めてrareだ。つまりそれだけでpremiumなのさ……しかし、これだけあると話は多少変わってくる」

「経験値をコレクターズアイテムととして売るつもりはありません。それなりの数をマーケットに出すつもりです。なので付加価値的な意味合いが薄くなることは了承済みです。俺は巨大に稼ぎたいのです」

「ちー……(訳:英雄が頭良く見える現象が起きてるちー……)」

「ぎぃ(訳:経験値の話ですから)」

「きゅっ(訳:普段はすこし足りないキャラを演じてるっきゅね! これが本当の姿っきゅ)」

「ちー(訳:どう考えてもいまが演じてる方ちー)」

「ちょっと静かに」


 ペットたちのポケットをうえからぺちぺち叩いて大人しくさせる。


「ふむ、価値は私が決めることではない、市場が決めることだが……日本円でおおよそ50万といったところか」

「これ一枚で?」

「of course」

「期待できる数字ですね」

「しかして、わからないのだがね。どうして私を仲介するのだね。ダンジョン財団に売りたいのだろう? それともなにかね、闇の者たちへ売る販路も欲しいと? 残念だが、私はこうみえて正義を愛している。崩壊論者たちは自分の軍隊を育てるために経験値をいくらでも欲しがるだろうが、そういった者たちには売れない」

「邪推しないでください。あなたは俺という人間をわかってない」


 俺はトランプマンの眼を見つめる。


「俺もこう見えて正しさを愛しています」

「……まっすぐな眼だ。beautiful」

「あなたを仲介するのは理由があります。ダンジョン財団の経営層には俺を正しく認知し続けられる人間がいないからです。フィンガーズギルドと取引する相手は俺のミーム型SCCL異常物質に耐性がある人間、必然的に高位探索者あるいは相応のダンジョン因子を持つ者でないと話にならない。次会った時に忘れられてしまう相手とどうして仕事の話ができましょう」


 修羅道さん、地獄道さん、ジウさん、そのほか。

 俺を認識しててくれる人材はダンジョン財団にもいるが、そういった人たちはダンジョン財団のあくまでひとつの役目を持つポジションにいる。

 修羅道さんは受付嬢という立場にしてはやたら権力あるような気がしないでもないが、組織レベルでの取引の仕方などは知らない様子だった。


 もっとも最大の狙いは財団とのあいだにワンクッション置くことにある。

 以前、販売戦略についてぎぃさんと作戦会議していた時のことだ。


「ぎぃぎぃ(訳:ダンジョン財団は経験値生産設備のことを快く思わないでしょう。それは禁じられた機械とでも形容するべきもの。彼らは名目上世界のすべての異常物質を公的に管理することができます。地獄道さんや修羅道さん、そのほかの方が見逃してくれているので甘やかされていますが、本来経験値生産設備の多くは財団がその理念という正義の盾のもと押収してしかるべき品々です。ミーム装甲があるので、はぐらかすことはできますが、それでも直接財団と取引するのは不安が残ります)」


 財団は取引相手に有効だが、同時にミーム装甲がなければとっくに俺の所業はアウトを通り越していることもまた事実。俺はミームの機密性に守られているからここまで自由にやれている。そのことを忘れてはいけない。

 というわけで、話がわかりそうなトランプマンを頼った。


「hahaha、なるほど、もっともだ。仲介する分、手数料はもらう。心配するな。稼げるならその設備とやらを財団に預けろなどと無粋なことは言わないさ。なぜなら、財産の私有権は何者だろうと不当に脅かしていいものではないからさ!」


 よかった。思った通り話がわかる。

 流石はアメリカのスーパー実業家。

 

「フィンガーマンは稼げる、財団も資源でうれしい、私もお金が手に入る。みんなhappyさ」

「では、具体的な話を詰めましょう」

「その前に、ひとつ。私も見てみたいよ、その生産設備とやらを。秘密の共有者としてね。もちろん、裏切るつもりなどないとも。フィンガーマンを騙せるほど豪の者じゃあないからな!」

 

 ジウさんを見やる。


「(……。指男さん、どうするつもりでしょう。トランプマンは油断ならない男ですよ。ビジネス界でこれほどの富を築き上げれる人間……きっと心のどこかでは指男さんを利用しようとしているはず……すべての手の内、手札を見せるのはリスキーすぎます)」


 ジウさんの冷めた目がじーっと見つめて来る。

 でも特になにも言ってこない。

 黒い澄んだ綺麗な瞳がじーっと見て来るだけ。本当にそれだけ


「いいですよ。御覧にいれましょう。我がフィンガーズギルドの拠点を案内します」

「(……。っ! 指男さん、トランプマンを厄災研究所に! なにか考えがあるということですね……)」


 ジウさんノーコメントだし、まあええやろ。知らんけど。

















 ──トランプマンの視点


 トランプマンはほくそ笑んでいた。


(ふふ、甘いぞ、フィンガーマン。私は8,000億ドル規模の超巨大企業スターズ・カンパニーのCEOであると忘れてはいないかね? 君がshogiで100手先をよみ、その知略と腕力でただひとりでアルコンダンジョンを破ったことは知っているとも。そして剣を振るだけでダンジョンを消し炭にするイカれた伝統芸の使い手だとも。もちろん大きなリスペクトを持っているとも。しかしビジネスはてんで素人だ)


 トランプマンは実業家だ。

 ただの実業家ではない。スーパー実業家だ。

 8,000億ドル──日本円にして108兆円以上の金を操る実力者だ。

 ことビジネス関して彼の右に出る者はいない。


 トランプマンの慧眼は指男がこの手のことに慣れていないと見抜いていた。

 さらに本質的に経験値の価値をわかっていないとも推測していた。

 

 他方、トランプマンその価値を知っていた。

 スターズ・カンパニーは古くは鉄鋼業から始まり、自動車、ソフトウェア、ハードウェア、半導体などなど、多岐にわたり事業を展開してきた。

 いまでは羊毛生産から兵器開発、ロケット建設、果ては月面基地建設まであらゆる事業を運営している。

 あらゆる物の価値と使い方を知る。それこそがトランプマンの凄まじさの由縁なのだ。


 スターズ・カンパニーには世界最大の民間考古学チームがある。

 スターズの考古学者たちは世界中の遺跡で発掘調査をし、アーディファクトに異常物質アノマリーを回収している。そのためスターズCEOのトランプマンには、当然のように経験値系の異常物質への造詣があった。

 例えば『黄金の経験値』が200枚ほど納められた古代の石棺を発見した時、トランプマンはそれらを、日本円にして1,000万円でダンジョン財団に売ったことがあった。これは『黄金の経験値』1枚の値段である。


 トランプマンはこの時点ですでに指男に嘘をついていたのだ。

 自分ならば指男を利用することができると信じていた。


(指男、君は尊敬できる探索者だし、よい奴だ。だが脇が甘い)


 トランプマンは世の厳しさを知っている。

 たとえ指男だろうと容赦はしない。

 この世界では騙される方が間抜けなのである。


「では、扉を開きますのですこし下がって」

「what?」


 指男は小奇麗なナイフを取り出した。

 トランプマンが「何をする……?」と見ていれば、いきなり壁を斬りつけた。

 壁にシックな木の扉が出現する。

 

(まさかトラップルーム? フィンガーマンはトラップルームを所持しているのか?)


「アンビリーバヴォ……」

「トラップルームを個人で持っているなんて……っ」


 CEO付美人秘書キャサリンは口を覆い驚愕に目を見開いていた。

 

(しかし、おののくな。フィンガーマンは私たちの動揺を誘っているに違いない)


「(トランプさん、イイ人だからいろいろ見せたいなー(IQ3))」


 トランプマンの警戒とは裏腹に、指男は特になにも考えていなかった。


 トラップルームの内側、ウユニ塩湖のごときこの世の美の極致の風景が視界いっぱいに広がった。

 トランプマンとキャサリンは周囲を見渡し、足元に薄く張られた水を確認するように踏みしめる。表情がみるみるうちに驚愕の色に染まっていく。


 トランプマンはかつてトラップルームのなかを見たことがあった。

 しかし、美しい絶景の広がるような場所ではなかった。同時にこんな広くもなかった。


「これは一体……」

「my gosh……」

「フィンガーズギルド本部はこちらです」


 指男とジウは扉のひとつに手をかける。プレートには『厄災島』と書かれている。

 ふたりはこの光景にとっくに慣れてしまったのでリアクションは特にない。

 

「president、なにか、なにかおかしいです……フィンガーマン、やはり警戒する相手なのでは……?」

「no, no problemだよ、キャシー」


 トランプマンは自分を信じる。ここまで上り詰めた自分の能力を。

 どんなクセ物だろうと首輪をつけ、最後には手名付けてきた。

 

(私なら大丈夫だ。フィンガーマンは油断している。私に手の内を見せるほどにお人好しだ。いくらでも付け入る隙はある)


 トランプマンは意気込みを新たにし、脂汗のにじむ額をハンカチで拭い、指男たちのあとへつづいた。

 美しい絶景の薄湖から扉一枚はさんだ向こう側はまるで南国の島のように蒸し暑かった。


「赤道にすこし近づいたので上着は脱いだ方がいいかもしれません」

「これは一体、どうなっている?」


 もう動揺しないと決め込んでいたはずなのに、いきなり空間が切り替わったせいで思わずたずねてしまった。


「ご存じないですか? トラップルームを使った空間転移ですよ」


(そんなことができるのか……!?)


 トランプマンの知る異常物質『トラップルーム』には、扉はひとつしか存在しなかった。ゆえに転移という芸当ができない。それが普通なのだ。


 もっともそれは間違いであることはすでに証明されている。指男の持つトラップルームによって。彼のトラップループは世界で唯一”複数の扉を設置できるトラップルーム”なのだから。いまだ人類は発掘できていない宝なのだから。


「この湖の空間を利用して、現在日本各地42か所と空間が繋がっています」


 指男はターミナル転移駅へ移動して穏やかな表情で説明する。


「……what the fuck」


 トランプマンは説明を聞いても困惑するほかない。


(指男の噂に”どこにでも現れる”というものがあったが……本当に物理学を踏み倒して空間を移動していたとでも?)


 思わずめまいがしていたが、どうにか表情には出さん「ふぅん」と、普段の指男と似通った知ったかで乗り切る。奇しくも同じ構えだ。


(どうしてダンジョン財団は指男を野放しにしているんだ……ひとりだけファストトラベルを使える状況をおかしいと思っていないのか)


 疑問と不安、不安と焦燥が加速していく。


「こちらへ来てください、トランプ」

 

 指男らに案内され、島の内陸部へ足を向ける。うっそうと茂る森を割ってコンクリートの地面が現れた。ずーっと向こうに伸びている。

 

「この島はどこにあるのかね」

「地域的には本州より1,000kmの洋上ですね。船は出ていないので、空間転移でのみ上陸できます」

「hmm……フィンガーマン、君が所有しているということで間違いないかね?」

「そういうことになりますね」

「そうか。……ずいぶん開拓が進んでいるようだ」

「将来的にはいろいろしたいので。この道はまだ途中ですが、数か月後には島全体を覆う道路が出来ている予定です。荷物の輸送そのほか基地建設に使われる予定です」

「基地建設……(ミサイル基地を設置するつもりなのか……! どうしてそのな重要なことを私に告げた……いったい何の狙いが……!)」


 指男のまるで読めない情報開示に頭を働かせているトランプ。なお特に意味はない。

 ふと、場の空気がかわった。道路の奥、曲がり角から恐ろしい怪物が姿を現したのだ。


「ッ……monster……!!」


 本能的な危機感に突き動かされ、トランプマンはジャケットをばさっとひるがえした。

 腰まわりには特性ベルトには、54枚1組の超合金繊維製トランプがセットされている。その数12セット。うちひとつをパッと手の取り、2枚ほど素早く弾いた。


 バギィンッ! バギィンッ!


 トランプを投げたとは思えない音だった。

 風を斬り、音を置き去りにし、2枚のトランプは狂いない射線でとんでいき──


「大丈夫、あのモンスターは俺のコントロール下にあります」


 指男の穏やかな物言い。

 黒い怪物が近づいてくる。白亜の鎧を着た四本腕のおぞましい異形は、”指で挟んで受け止めた”トランプ2枚をそっとトランプマンへと差し出し、ごく紳士的な態度で去っていった。


 トランプマンは笑顔で受け取り「hahaha、すまない、早とちりをしてしまった!」と快活に返した。表面では取り繕っても、にじみでる嫌な汗が止まらなかったが。


(なんだ? いまの? なにが起こったんだ?)

 

 CEOの使う超合金繊維製トランプはよくしなり、通常のプラスティック製と比較して18倍の張力を誇る。超人のチカラでのみしならせ、目にも止まらない速度での投擲が可能になるのだ。

 それを奇襲気味に放ったのに、あの怪物はいともたやすく受け止めた。

 さらには品性を感じさせる所作で一礼をし、去っていったではいないか。


 驚くべきはそのあとだ。

 ”その怪物がぞろぞろと隊列を組んで横を通り過ぎて行った”。数は全部で41匹。トランプマンは数えるたびに体温が下がる気がしていた。


「大丈夫ですか、顔色が」

「い、いや、大丈夫だ。ここは少し蒸し暑くてね」

「あーなるほど。厄災研究所には冷たい飲み物があります。さあ急ぎましょう」


 そののち、深い森のあちこちで黒い怪物たちが作業をしているをトランプマンたちは目撃することになった。キャサリンは見るたびにビクッと震えて短い悲鳴をあげていた。


「あれが噂の『黒い指先達』か……」

「世間は批判的ですが、どうか安心してください。絶対に人は襲いません。島にいる20万匹すべての怪物をコントロール下に置いていますので」

「20万……? hahaha、面白いジョークだ」


(20万の眷属モンスター。それも私のトランプを止められるほどの個体が? haha、流石にふかしすぎやしないか。本当にそんなものがいるなら安全保障上の重大な危機じゃないか)


 トランプマンは指男も冗談を言うのだなっとあまり真面目に受け取らずに聞き流した。

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