北野天満宮破壊事件


 ──指男が北野天満宮を爆殺するすこし前


 攻略完了パーティの翌日。

 昨日は気が付いたらすっかり眠ってしまっていて、目が覚めるとやわらかい毛布をかけられベンチで眠りこけていた。夜冷え対策だろう。かけてくれた心優しい誰かに感謝しよう。

 

 ぐっと背中を伸ばし、ダンジョン財団職員たちがせっせと引き上げの準備をしているキャンプのなかで俺はデイリーミッションを確認することにした。


 ─────────────────

  ★デイリーミッション★

  毎日コツコツ頑張ろうっ!

   『突然! 人助け』


 人助け 0/10


 継続日数:173日目 

 コツコツランク:プラチナ 倍率10.0倍

 ──────────────────


 心地の良いデイリーミッションではないか。

 まあ目についたお年寄りでも助けてやるかなど思いながら、デイリーウィンドウを閉じる。


「赤木さん、おはようございます」

「修羅道さん、どうも。すみません寝起きで」


 顔とか洗ってないし、ちょっと寝癖ついてる気がするし、目やにとかついてないかとか、いろいろ気になる。なんか恥ずかしい。


「赤木さん、なにか忘れていませんかー?」

「ん? なにか忘れてますっけ」

「昨日、いっしょにお祝いをしようと話をしたのに、こんなところで眠りこけてしまうなんて」

「……っ、すみません、すっかり忘れてて」


 なんということだ。約束を守れない男なんて嫌われてしまう。

 内心焦ってたが、修羅道さんは存外ケロっとしていて、いたずらな笑みをうかべ「まあいいでしょう♪ 不問とします!」と許してくれた。

 ん……なんだろう。すこしご機嫌な気がする。


「そのお仕置きはあとでするとしまして。とりあえずはやくキャンプから退去したほうがいいでしょう。ここから先は探索者さんが皆、いなくならないとお仕事ができませんから」

「そういえば、ダンジョン財団って攻略終わったあとにいつもなにかしてますよね」

「ふふふ。それはあまり知らない方がいいですよ。ささ」


 修羅道さんに連れられ、俺は清水寺の境内からそとへ。

 黒い服を着こんだ特殊部隊めいた者たちとすれ違う。


 超国際的組織ダンジョン財団。

 都市伝説と陰謀論の宝庫であるが、なるほど確かにこう見るとネット記事にあふれかえる怪しげな噂も信憑性ゼロというわけじゃない。


「そういえば、その後怪しい輩は現れましたか?」

「怪しい輩……夜道で全裸をさらしてきた巨人になら遭いましたよ」

「間違いなく変態です! まごうことなき変態です! 大丈夫でしたか?!」

「特に問題はないです。たぶん剣牢会の残党だったと思うので、いろいろ迷惑かけてないか心配ですけど」

「剣牢会の残党、ですか? どうしてそう思ったんです?」


 俺は剣牢会が使っていた人造人間のことを話した。


「一応、赤木さんにはちゃんと話しておいたほうがいいかもですね。いいですか、これは本当は言っちゃだめな機密事項なんですが」

「機密事項ですか」

「現在、ブラックオーダーが赤木さんの身を狙う脱獄死刑囚を倒すためせっせと働いてくれているのです」


 ブラックオーダー。

 修羅道さんの説明では悪党専門の財団お抱え殺し屋集団だと言う。

 

「赤木さんはタケノコに狙われてるのです。人造人間はここ最近で急速に被害を拡大させているタケノコの手先なのです」

「タケノコ」


 ふむ。またタケノコか。

 最近はよく聞くワードだ。


「赤木さんなら大丈夫だとは思いますが、くれぐれも気をつけてくださいね。ジウちゃんから近く連絡があると思います。では、赤木さん、またお会いしましょう。それまでしばしのお別れです」


 修羅道さんはダンジョンキャンプへと引き返していった。

 こうして俺の京都ダンジョンでの役目は終わった。

 いよいよ長かった集中攻略の日々も終わり俺はお土産でも買って世界の中心地・埼玉へ帰ろうかと思う。

 

「そういえば、今年は琴葉が受験だったか」


 うちの妹・赤木琴葉は天才である俺と違って愚かだ。

 きっとこのまま大学受験などしようものなら、確定的明らかに悲惨な運命を辿る。

 

 というわけで俺が中学受験の時におばあちゃんに買ってもらった天満宮のおみやげでも買って帰ろうと思う。

 そんなことを思いながら、あちこちまわった。

 天満宮よりも生八つ橋や漬物を買ったり、兄貴との喧嘩で折れた木刀を新調したりして寄り道の果てに、ようやく北野天満宮に到着した。

 

 おや。ずいぶん人が少ない。

 って本殿がバラバラになって倒壊している。

 ここで何があったのか……ん?

 なんだか後ろ姿美人な女性がキモいのに襲われてますね。

 あ、こっち来た。はい、正当防衛。消し炭さん一人前~。


 ──パチン


 気が付けば俺は北野天満宮を吹き飛ばし、直径40mほどのクレーターを作っていた。ぱらぱらと降り注ぐ瓦礫の山。

 内心、冷汗が止まらない。

 まずい。これ俺のせいになったりするのかな。

 でも、本殿もとから倒壊してたし俺のせいじゃないよね……?


「大丈夫でしたか? 妖怪には気を付けてくださいね。ここは京都。21世紀の世でも日夜、陰陽師が戦っていると言われる古い地ですので(震え声)」

「……あっ、はい……」

「ではごきげんよう(震え声)」


 足早に犯行現場を去った。


「ちーちー!(訳:逃げれば罪が重くなるちー! 自首するちー!)」

「ぎぃさん、この風紀委員を黙らせておしまいなさい」

「ぎぃ(訳:了解です)」

「きゅっきゅっ(訳:英雄とは派手に戦ってこそっきゅ。文化財のひとつやふたつ吹き飛ばした方が箔がつくと言うものっきゅ)」


 ハリネズミさんは一見して良識ある常識人ぶってますけど、英雄至上主義なところあるので、たまに意見が過激になります。


 10分後


 旅館に帰りお土産やらなにやらおいて「落ち着け、まだ焦るような時間じゃない」と温泉で自分に言い聞かせる。

 以前、京都の町を破壊した時はまあセーフではあった。いや、セーフじゃないけどダンジョン外で力を使うのは初めての経験だったし厳重注意とダンジョンブレイクを抑え込んだ功績でわりと許されてた。


 でも、今回はかなり怒られる気がする。

 妖怪を倒すためとはいえ吹っ飛ばしちゃったからなぁ。

 あとで自首して修理費用出せば許されたりしないだろうか……。


 と、そこへ「ていやー!」という掛け声とともに、柵を乗り越えて修羅道さんが飛び込んできた。


「赤木さん! とうとうやりましたね!」

「しゅ、修羅道さん!? どこから入って来て!」


 相変わらず無茶苦茶すぎる──服を着たまま露天風呂に侵入してくるなんて!

 

「なんでバレたんだ……」

「おおきなクレーターがありました! 文化財を壊すなんて……たくさん修理費用がかかります……なによりも赤木さんが逃げようとしたことが悲しいです!」

「い、いや、本当に最初からすでに壊れてて!」


 修羅道さんは物悲しそうに眉尻をさげる。

 だれか俺の弁護をしてくれ!


「ちー(訳:英雄の言っていることは半分正しいちー。もうほとんど壊れてたちー)」

「ぎぃ(訳:人間では紛争が起こった際、弁護人をたてて話し合いで雌雄を決する文化があるはず。我が主、なにも喋らないでください。人類一の弁護士をいま洗脳誘拐してきます)」

「きゅっ!(訳:英雄殿は豪快な一撃で北野天満宮を粉々にしたっきゅ! いやー痛快な破壊撃だったっきゅ!)」


 ひとり馬鹿が混ざっておる!


「ぎぃさん、このハリネズミ黙らせて!」

「ぎぃ!(訳:御意)」


「厄災ちゃんたちは赤木さんの味方ですから信用できません! なによりもそこのハリネズミさんが自白してます!」


「くっ!」


 絶対絶命のピンチ。あわやこれまでか。

 そう思われた時、がららっと扉が開いた。

 

「彼の言っていることは本当ですよ」

「さっきの女の人……」


 普通に男湯に入ってくる黒ドレスの女性。

 北野天満宮にいた証人だ。


「おや、これは姫華ちゃん。赤木さんのことを弁護するのですか?」


 姫華と呼ばれた女性は北野天満宮でのことを話してくれた。

 どうにも彼女は俺を守るために派遣された殺し屋さんらしく、あの野生の妖怪──いわく脱獄死刑囚。あれが?──をしばいてくれていたらしい。

 本殿はその時の戦闘で怪物が壊したのだとか。


「というわけでして、実際、指男がなにもしなくても立て直しは避けられない状況でした」

「姫華ちゃんが言うなら間違いないですね。赤木さん、疑ってすみません。それじゃあ弁償は費用の50%で許してもらいましょう」

「50%……え? 俺の疑いまだ晴れてないんですか?」


 俺は姫華さんのほうを見やる。

 

「指男が境内にクレーターをつくって本殿以外の建物を吹き飛ばしたのは事実だと思います」

 

 なんということだ……。

 

 30分後


 俺の部屋にジウさんがやってきて、悲しい報告をしてくれた。

 どうやら『43億4,000万円』の修理費用の請求書が届いたらしい、いや見積りはやすぎてビックリなんだけどね。秒速で請求されとる。

 これでも50%だと言うのだから恐ろしい話だ。

 10万円くらいでなんとか再建してもらえないだろうか。無理かな。無理だな。

 

「こうなったらあれを解放するしかないか」

「……。もしかしてあれを解放するんですか」

「ええ、解放します」


 ということで、あれを解放します。

 ええ、あれです。あれ。

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