超能力者ミスター・ブレイン
指男が長谷川鶴雄を探して町を練り歩いていると、遠くで大きな樹が生えるのを目撃した。
気になり跳んだところおかしな光景を発見した。
指男はズドンっと着地するなり、視線を見知った顔の男たちへ向ける。
(メスガキがおっさん3人をいじめてる現場に見えるな。どういう状況だ)
「ちーちー(訳:あの浮いてるやつ、どこかで会った気がするちー)」
「ぎぃ(訳:まわりにいる人間の様子がおかしいですね。まるで一種の洗脳状態にあるようです)」
「きゅきゅっ!(訳:ドラゴンの勘が言ってるっきゅ! あいつはとんでもない悪党っきゅ!)」
宙に浮いてる少女へ自然と視線がむかってゆく。
細く、薄い、華奢な少女だ。どこにでもいそうな女の子に外見上の危険性はまるで感じられない。しかし、指男はたしかな邪悪さを感じていた。
少女は動揺からたちなおると、指男へ不敵な笑みを向けた。
「予定よりひとつ早いが……まあいい、十分な準備は終わっているのだ。さあ、はじめようか、指男」
「俺のことを知ってるのか」
「もちろん、先日は世話になったな。おかげで『混血の軛』からプレゼントされた手駒を失ってしまったよ」
指男は「なるほどな」とつぶやく。
「さては先日の変態…………マスター・コカインだな」
「ミスター・ブレインだ。ふん、すこし違うが覚えていてくれたようでうれしいよ」
「消し炭にしたと思ったけどな。どうして生きてる。それにその姿。そんな可愛くなかったと思うが」
「ははは、君には到底理解できないだろうねえ」
得意にミスター・ブレインは高笑いをする。
指男はとりあえず消し炭一人前をするべく腕をスッともちあげる。
それを見てビクっとしてミスター・ブレインは静止をかけた。
「っ! 待て!」
「普通に待たないが。エクスカリ──」
「いいや、待てっ! 私を殺せばこの娘が死ぬぞっ!」
指男は手をもちあげたままの姿勢でピタっと静止する。
ニヤリとするミスター・ブレイン。
「ふはは、物わかりがよいようでなによりだ」
ホッと息をつくミスター・ブレイン。
「私の超能力は少々カロリーを大量に消費してしまってねえ。そのため、こうして人間という生き物を燃料にしなければ、私は能力を使えないんだ。もっとも自前の分もあるが、こうして人間を操り、その人間を端末にさらに別の人間を操り、エネルギーは外部ソースに頼る。そうした手法の方がずっとスケールを広げることができるのさ。もうわかるだろう。私を殺しても意味はない。操っている少女の命が失われるだけだ」
「指男! そいつの言っていることは本当だ! そいつに攻撃するだけ無駄だ! バリア分のエネルギーを一般人の命で展開してくる!」
鶴雄は声を大にして叫んだ。
指男は表情を変えず、そっと腕をおろす。
「ぎぃ(訳:姑息なやつです。洗脳を試みますか?)」
「ちー(叩けるちー? 触手で接触できないと後輩の能力じゃ厳しいちー)」
「きゅっ!(訳:大丈夫っきゅ。英雄殿ならなんとでもなるはずっきゅ。いつだって救ってきたっきゅ)」
ご意見番の厄災三匹は信頼の眼差しを主人へむける。
空気が震える。大質量が強力に押し出される。
なんの前触れもなく、巨大な衝撃波が突発的に発生した。
破壊音が遅れてやってきた時には、指男はふっとばされていた。
周囲の瓦礫を巨大なシャベルで削りとったかのように、地面が深くえぐれ、姿が見えなくなって、遠くへ遠くへ、さらに遠くへ。
ミスター・ブレインが見せたどんな念動力よりも強力な1撃であった。
これには3人のおっさんがざわつく。
「指男ぉぉおお!?」
「くっ、なにしてんだ、あいつ……」
「(さしもの指男殿でもこの卑劣な奴相手にはどうにもならないであるか……っ)」
猛烈な嵐のごとき念動力が過ぎ去った。
視界が晴れると指男らしき者が、地面に上半身が突き刺さるように埋まっていた。
そんな状態で静止してピクリとも動かない。
周囲のおっさんたちの不安が高まる一方。
指男は考えていた。ない頭を必死に絞って考えていた。
どうすればミスター・ブレインを倒せるだろうか。
そして、ひとつの解決法を見出す。
上半身埋まった状態から足の力でぴょいっと起きあがる。
厄災たちみんな土塗れで汚れてしまっている。
「ちーちーちー!(訳:許せないやつちー! どろんこちー!)」
「ぎぃ(訳:もうほかの人間とかどうでもいいです。軍隊を出動させて京都を更地にしましょう)」
「きゅっきゅっ!(訳:英雄と言う者は時に大量の市民をぶっ殺してもなんだかんだ許されるものっきゅ! 殺戮パーティっきゅ!)」
厄災たちは徐々にその本性をあらわす一方、指男は冷静だった。
ミスター・ブレインは宙をふわふわ浮きながら近づいて来る。
指男の姿を見て、表情に焦りの色が滲むようにあらわれた。
全然ダメージが無いことに気が付ついてしまったのだ。
「なに? 人間50人分の命を消耗して放つ衝撃波だったはずなのに……いいや、効いてるはずだ」
ミスター・ブレインは念動力で岩石をもちあげて素早く放射する。
弾き飛ばされ、指男は瓦礫へつっこまされた。
砂塵が張れる。
指男は瓦礫にふてぶてしく深く腰掛け、悠長にサングラスの位置を直していた。
ミスター・ブレインの心中がさらに騒がしくなる他方、指男はつぶやく。
「シマエナガさん、眼を」
指男の頭のうえにどろんこの厄災の禽獣が鎮座する。
すべてを見通す冒涜の眼力がミスター・ブレインにアクセスし、無限の知識の貯蔵庫アカシックレコードから情報を引用した。
指男の知りたい情報がすべて手に入った。
「そこか」
指男は明後日の方向を見上げあると、びゅんっと大きく跳躍した。
飛びあがった勢いで地面がめくれあがり、震度5弱震源地地上が発生する。
それほどの勢いでどこへ向かうと言うのか。
ミスター・ブレインは暴風に巻かれながら疑問を抱き──次の瞬間「まさか……ッ!!!」と飛んでいった方角を見て恐怖に刈られた。
指男の狙いに気が付いたのだ。
その直後だった。それまでミスター・ブレインだった少女は操り人形の糸が切れたようにプツンっと地面に落下した。
鶴雄が駆けこんでキャッチする。
「これは……」
鶴雄はなにが起こっているのか理解していなかったが、なんとなく、ただ直観的に、状況が良い方向へ向かっているのだろうと思っていた。
なぜなら指男が戦っているから。それだけで漠然と安心できのだ。
京都タワー。
そこは京都の町を一望できる町のランドマークにして、京都駅を降りた観光客らがまず目にするであろう高層建築物だ。
その展望室はいま武装勢力に制圧されていた。
通常の部隊ではなく、剣やら槍やらで武装したその者たちは特殊な能力を保有するスキルホルダーである。
そんなスキルホルダーたちに守られている円柱状の水槽がある。
なかには剥き出しの脳がぷかぷかと無数の管に繫がれて浮いている。
「指男が来る! 急いで移動させろ!」
突然、展望室に音ではない声が響いた。
脳に直接に語り掛ける思念である。
ミスター・ブレインの思念だ。
その声は水槽から届いている。
水槽の脳みそこそがミスター・ブレインの正体であったのだ。
特殊刑務所で老いて死ぬだけだった彼は、自分の脳を取り出し、管に繫がれて栄養を摂取し、遠隔から多くの物事をコントロールして活動していたのだ。
「なにをしている、はやくしろッ!!」
スキルホルダーたちはミスター・ブレインが『混血の軛』のツテで雇ったプロの傭兵であった。雇い主の焦燥を理解し、彼らはすぐに水槽から脳みそをとりだし、移動用の耐圧耐熱耐電耐水ケースへと移し替えようとする。
「こんなところで私は殺されるわけにはいかない……!」
ヒューっと展望室の外から音が聞こえて来た。
その音にミスター・ブレインはぎょっとする。
どんなに焦ろうとすでに遅かったのだ。
展望室の窓がバリンっ! と激しく割れた。
その場の全員がいっせいに視線をやる。
地上100mの展望台へ飛び込んできた闖入者。
焦げ茶色のコートをまとい、黒いサングラスの位置を直す。
指男であった。
「くっ! お前たち、やつを殺せッ!」
傭兵のひとりが剣で斬りかかる。
シンプルな身体強化系スキルで筋力を増強。
スっと短く息を吐き捨て、剣を音速で振り抜いてくる。
達人の剣筋だ。
刃が指男の首筋をとらえた。
べギンッ! 剣が半ばから折れた。
傭兵は「……は?」と目を丸くする。
意味がわからなかった。
素肌へチタン複合金製の鋭い刃があたったはずなのに。
斬ったあとに気が付く。
無防備だったはずの首筋が、いまは頑強なメタルで覆われていることに。
全自動設定、銀の盾システムである。ゆえ指男はノーダメージであった。
「嘘だろ、おい……っ!?」
「嘘じゃねえ」
指男はぶん殴って前歯を全壊はせ、傭兵を黙らせる。
そんな調子で傭兵たちをあっという間にボコボコにし、指男は水槽のまえへやってきた。ぷかぷか浮く脳は恐怖に震えあがっていた。
「く、くるな! 私に攻撃してみろ! 私はバリアを張ってお前の攻撃を防ぐ! そうすれば私が京都中でリンクしている全人間570人分の命を消費してやるぞ!」
「どんな攻撃でもガードできるのか」
「ははは! そうだとも! 私のバリアはどんな衝撃にも自動で反応する! お前のさっきつかった銀色の防御系スキルとおなじさ! 超能力によって生み出されるサイコキネシスのバリアを使えばたとえ核爆発だろうと耐えて見せる!」
指男は肘を抱き思案げにする。
ミスター・ブレインは少しずつ調子を取り戻す。
「無駄だ無駄だ、考えるだけ無駄だ。わたしは知っているんだぞ。この前喰らってわかった。お前はとてつもない爆発を引き起こすことができる。威力は確かに恐ろしい。しかししかしだ、お前は完全パワー型の探索者。ゆえお前に私は倒せない!」
指男は腕をもちあげ、手のひらをゆるりと開く。
その指には黄土色の指輪がはまっている。
大いなる遺物クトルニアの指輪だ。
指輪に黄金の灯がともる。
「開帳」
つぶやきと共に黄金の光が収束し、偉大なる破壊の具現となった。
指男は黄金の剣の重さを確かめるように握り締める。
指男が好きなのはパワー。圧倒する火力。脳筋。
しかし、たまにはこういうものが役に立つ。
「っ、ま、待て、指男貴様なにをする気──」
指男は細く長く息を吐き、剣を下段に構え──次の瞬間、その姿がかき消えた。
刹那、世界の時間が止まった。
すべてが10,000分の一の速度でしか動けないコマ送りの時間。
コマ送りの時間のなかで目にも止まらぬ斬撃が放たれた。
黄金の無数の”輝線”が幾重にも折り重なって空間に刻まれていく。
17回斬られたところで斬撃が止む。しかしまだ斬撃したという事実だけがあるだけで、それによって生み出される効果は実行されていない。
剣を高速で乱舞しおえ、指男は展望室のリノリウムのうえを滑り、ザザァーっと回転しながら足でブレーキをかける。
先ほどいた脳浮く水槽の後方にいつの間にか移動していた。
指男は絶剣を手のひらのなかでまわし、物質化を解除する。
黙したまま背を向けて歩きだしその場を立ち去る。
そこまで行ってようやく10,000分の一の時間が動きだす。
無数に刻まれた黄金の斬撃跡が、遅れて世界に認識されていく。
硝子が割れるかのようにペキッペキッっと、音を立てて空間が崩れだす。
ミスター・ブレインはバリアを一切使用できず細切れにされていく。
「ば、ば、ばか、な……こ、れは、空間ごと斬った、のか──」
のちに大爆発を起こし、すべてが黄金の崩壊のなかに飲まれて消えた。
展望室ごと木っ端微塵にさよならばいばい。
京都タワー爆殺。
「あっ……」
気が付いた時にはもう遅かった。
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