サイコキネシス


 襲い来る自衛隊員らに囲まれる3人。

 屈強な隊員らの眼差しはうつろで、意識があるのかないのかわからない。

 異質な様子にすぐブラッドリーは悟っていた。


「操っている……精神操作系か。面倒なタイプのスキルホルダーだな」


 ブラッドリーは悪態をつきながらすばやくスキル『召喚術──毒大蛇』を展開した。体長4m前後の大蛇たちが自衛隊員らを捕縛し、その場に転倒させていく。


「こいつらは任せろ。俺の能力なら一般人を大量に同時に安全に捕縛できる」


 ブラッドリーは蛇たちを使って麻痺毒を注入し動けなくさせた。

 適材適所だ、と花粉ファイターも鶴雄も納得し、2人はミスター・ブレインの本体と思われる少女へと向き直る。


「どこの誰かは知らないが、痛い目を見てもらうのであるな。私は花粉と悪党には容赦しないのだよ」


 花粉ファイターが地面をぶん殴る。

 その地点から苗木が生え、物凄い速さで成長していく。


(花粉ファイターの能力はフルスロットルになるまでやや時間がかかる。ここは私が時間を稼がなければ)


 鶴雄は右腕を『黒化威義因ブラック・オーソリティLv5』で強化を施し、超合金にも負けぬ拳を固めて少女──ミスター・ブレインへ殴りかかった。

 傍から見ればとんでもないスキャンダルの絵面である。

 

「これが私の暴力マニフェストだっ!」


 激しく叩きつけられる黒拳。

 ガギイイ!! 硬質な音が周囲に響き渡った。

 鶴雄の拳はミスター・ブレインの眼前で止まってしまっていた。

 少女の鼻先3寸ほどで完全静止だ。そこにはひび割れたガラスのような壁がある。


「なんだ、これは!」

「はは、流石は正義の議員。バリアにヒビを入れるとはなかなかの威力だ」


 ミスター・ブレインはけらけら笑い、腕を横薙ぎにふった。

 途端、突風が吹いて鶴雄の巨体が宙を舞った。

 空中で姿勢を制御し、なんとか着地する。


「高レベルの防御系スキルだ。割るのは容易じゃないぞ」

「では押しつぶしてしまおうかね」

「準備できたのか……! あとは頼む!」

「任せてくれてよいのだよ」


 花粉ファイターの樹が十分に育ち、その真の猛威を発揮する。

 太く丈夫な根が地を走り少女の華奢な身体をつつみこんだ。

 大地の力を吸い上げて、大自然の超圧力で圧殺しようとする。


「ぬ、これは……っ」


 しかし、ミスター・ブレインの身体を囲むように1mほどの空間を押しつぶすことができない。バリアであった。樹根でもそれ以上は接近できないらしい。


「ふん、まだまだ」


 花粉ファイターの余裕を感じさせる声。

 偉大なる樹の力はゆっくり強力にかけることで真価を発揮するのだ。


「っ、バリアが……」


 ミスター・ブレインは瞠目する。

 樹に囲まれ両サイドから数千トンの圧を掛けられバリアがパキパキと割れていく。

 

「なるほど、流石は花粉ファイターの杉の樹だ。誰もこの拘束からは逃れらねず、万力をかけられて圧殺されてしまうというわけか」

「完全に捕らえたのである、やつはもう杉の森に足を踏み入れた花粉症患者である」


 あとひと息でバリアを潰せる。


「くっ! まずい!」

「?」


 直後のことだった。

 花粉ファイターと鶴雄の背後で、たくさんの自衛隊員らを相手し、それぞれを拘束していたブラッドリーが突然として吹き飛ばされたのだ。

 鶴雄が慌ててふりかえれば、自衛隊員のひとりが”干からびたミイラ”のようになって今まさに膝から崩れ落ちてるところであった。

 おそろしい光景に背筋を冷たいものがつたう。

 鶴雄も花粉ファイターも驚愕に一瞬だけ動きを止めてしまった。

 ミスター・ブレインには一瞬で十分だった。


「私には特別な才能があってね。それは超能力と呼ばれるもので、手を触れずに物を動かせるのだ。しかし、制約も多い。たとえば強力に力を行使すると生命エネルギーを消費せざるを得ないん。──逆を言えば命を削ればいらでも強力に行使できる」


 自衛隊員のひとりがいきなり暴れ出した。

 両目を抑え、苦しみに悶えると、鬼気迫る様子で叫んだ。


 猛烈な衝撃波が鶴雄と花粉ファイターを襲った。

 まるで踏ん張りがきかない。

 タンカーの最高速力でつっこんだ来たかのようなインパクトだった。

 先ほどのブラッドリーのように20m以上も簡単に弾き飛ばされてしまう。

 直後、いましがた叫んだ自衛隊員は干からびていった。

 骨と皮だけの老人のようになって崩れ落ちてしまった。


「っ、まさか、あの野郎、他人を操ってその命を使って強力な攻撃を……!」

「とてつもない下種と言う訳であるか」

「花粉ファイター、あいつをはやくすりつぶせ! 犠牲者が増えるぞ!」

「もうやっているのである」


 花粉ファイターは強力に両手を握り合わせる。

 樹根のだせる最大出力。かつてアルコンダンジョンで一時でも銀色の機兵を足止めした万力のような圧縮攻撃をお見舞いした。


「ぐっ!」


 幹のなかに閉じ込められているミスター・ブレインも流石にこの攻撃は堪えた。

 しかし、次の瞬間、天を突く樹高40mもの樹が内側から弾け飛んでしまった。

 風船を割るようにポンッと破裂したのだ。


「っ!」


 花粉ファイターは自分の技をこんな破られ方したのは初めてであった。

 目を丸くして口を半開きにしている。


 ミスター・ブレインはふわふわとゆっくり降下してくる。

 表情は余裕そのものだが、わずかに荒く息をついている。


「あれを見るんだ、愚かなダンジョン財団の犬どもよ」


 自衛隊員40が人ほど一気に干からびて崩れ落ちていく。

 鶴雄は眉根をひそめる。


「能力の全貌がわかってきたな。あいつ他人の命を勝手にスキルのコストとして払ってようだ。能力は自分で言ってたように手を触れずに物を動かす力。あるいはほかのもあるのかもしれないが……とにかく、HP消費系のスキルだから人が一瞬で死ぬほどにブーストをかければとんでもない威力もでるわけだ」

「加えて他人を操る能力もあるみたいだぜ。きっとコストの条件は支配下に置いていることなんだろうぜ」

「精神支配したら弾薬として消耗される……であるか。ほかにも操っているほうの人間を端末として、そっちの身体にあの衝撃波を生み出す能力を使わせることもできるようであるな……」


 分析を深めるほどにひとつお絶望的な回答に行きつく。

 どうするんだこいつ──と。


 瓦礫の向こうからさらに人間が集まってくる。

 皆、表情は虚ろでどうにもミスター・ブレインに操られているらしい。

 その数は一気に300人を超えるほどになった。

 3人はミスター・ブレインの能力の最大出力を想像してしまい戦慄した。

 

「私はもう十分に”弾薬”を確保していてねぇ。その気になれば京都をまるごと吹き飛ばすこともできなくはない」


「あ、あの野郎……っ」

「ふざけるのも大概にしろ!」

「命をなんだと思っているのである」


「なに簡単なことを言っているんだよ。君たちが抵抗するたびにたくさんの人間が死ぬぞ。ほら、例えばその子供、お前が私を殴った際にバリアを展開するために右腕が動かなくなってる」


 鶴雄は歯噛みする。

 ミスター・ブレインの外道さを前に抵抗すらできない自分を情けないと叱責した。

 

「お前たちがいまそこで干からびている者たちを殺したのだ。これ以上、犠牲を出したくなければ、こっちへ来て私の支配を受け入れろ」


 いざなうように手招きするミスター・ブレイン。

 完全に勝ったつもりでいるようで表情には余裕が見て取れた。


「ふん!」


 おおきく四股踏みする花粉ファイター。

 大地がドシンっと激しく揺れた。


「「「っ」」」

 

 先ほど内側から破裂させられた樹が急成長しはじめ、天高くのぼりだした。

 その過程で地面から溢れる根が、ミスター・ブレインへ襲いかかる。


 ミスター・ブレインは宙をくるっと回転して簡単に根を避けた。

 

「なんのつもりだ、花粉ファイターよ」

「諦めるのは性に合わないのだよ」

「はあ、まだわかっていないようだ。私はバリアで永久的にあらゆる攻撃を防げる。そのために消費されるのは、この場にいる300人以上の命だ。わかるかい。無駄なんだよ」

 

 ミスター・ブレインは不機嫌に言って、腕をもちあげ、サイコキネシスを使おうとする。ひと思いに40人分を一気に放出し肉塊にしてやろうと思いついたのだ。

 

 他方、鶴雄は花粉ファイターがなにをしているのか疑問に思っていた。

 どうして無意味にMPを大量消費し樹を成長させたのか。

 どうして速度の足りない根で攻撃したのか。もっと早い攻勢も可能だと言うのに。

 なんで無意味なことを? いや、無意味なことをするような男ではない。

 では、わざと避けさせた? なぜ? 


 そこまで考えて鶴雄は、


「あっ」


 っと、花粉ファイターの狙いに気が付いた。

 もっともその時には、彼は来ていたのだが。


 空から凄い勢いでなにかが降ってくる。

 まるで隕石のようにズドーンっと大地を揺らして大着地。

 ミスター・ブレインは衝撃のおおきさに目を丸くし、状況を掴めていない様子で「なんだ……?」と、あたりをキョロキョロ、数秒してようやく背後をかえりみた。

 そして瞠目した。

 

「貴様っ、ど、どうしてここが……っ」

 

 空から降って来た影。

 焦げ茶色のコートを羽織った青年だ。

 スラっと背が高く、締まった筋肉が白いワイシャツを張る。

 全人類みなが羨むほどに整った顔立ちは生物学的進化300レベルの恩恵。


「これはどういう状況です」


 着地でズレたサングラスを直し、青年は小首をかしげる。

 語るまでもなく指男・赤木英雄の降臨であった。





















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