三人のおっさん
第三帝国は大戦末期に数多くのいかがわしい神秘科学の研究を行っていた。
そのすえに産まれた成果物のひとつが超能力者である。今日ではサイキックと呼ばれる不可思議な力を持つ者たちだ。
長い時が過ぎた世にもひっそりとかつての亡霊たちは潜んでいる。
ダンジョン攻略が完了した翌日、ブラッドリーはふらっと町へ出て被災地に金を落としてやるかと美食巡りに精をだしていた。京都での日程は指男の驚異的な活躍のおかげでずっと短くなったので、心の余裕があったのだ。
これはなにもブラッドリーに限った話ではなく、京都クラス5ダンジョンに参加した探索者たち全員が感じていることであった。
「花粉ファイター、あんたも美食巡りか」
「おや、ブラッドリー君、君も鴨汁蕎麦を食べるのかね」
店前で出会ったブラッドリーと花粉ファイターは共に店内へ足を踏みいれる。
「シェルターはどうだった」
「以前も樹で補強したところを、追加で植林してきたよ。しかしてあれは大規模な工事が必要そうであるな」
「だろうな。あのクソガキがずいぶん暴れてくれた」
ブラッドリーは1カ月前の剣牢会との戦いを思い出し苦い顔をしていた。
店内は大繁盛で、店員たちの元気が声が厨房とフロアを飛び交っていた。
客層は治安維持に出抜いた京都府警に、自衛官、消防官そのほか、やたら肉体派が勢ぞろいしている。ブラッドリーは昼食3食目であるため、どこの店もこんな具合であると知っていた。
そのなかで相席が空いてるとのことだった。
赤の他人と席を共にするのは抵抗あるが「混んでいるし仕方ないか」と2人は席へ通される。
2人は先客に目をしばたたかせた。
「空から杉の木が降ってくるようなこともあるものだね」
「国会議員か」
「見覚えのある顔だな」
先客──『正義の議員』長谷川鶴雄はそう言って、手で空いている手前の座席を示した。
三者とりたてて仲が良いと言うことはない。
ブラッドリーと花粉ファイターにしたって以前までは他人同然だった。
国会議員は知名度こそ高いので、認知こそされているが、ご存じの通り暴力マニフェストを掲げているので、恐ろしい暴力家に好んで近づこうとするもの好きはあまりいない。
しかし、京都ダンジョンでは共通の知人『指男』を介して、それまぇ交流のなかった3人は不思議なことに地味な意気投合をしていた。地味というのは連絡先を交換して、いっしょにどこか行く──とかではなく、ただ顔を合わせれば飯でも一緒に食べるか、と思うくらいの仲という意味だ。
「また指男に命を救われた会がそろったようであるな」
花粉ファイターは少し面白そうに言う。
「これからずっとその会に名を連ねることになると考えると憂鬱だ」
ブラッドリーは辟易しているらしい。
「そうだろうか。指男は人類史上最高の探索者になりうる存在だ。私は光栄に思うが?」
「光栄に思うばかりではなく、戦士に生まれたのならそこにたどり着こうともがくべきだと思うがな」
「もっともな意見だ。耳が痛くなる」
鶴雄はブラッドリーの棘のある言に気まずそうにする。
三人とも指男へ向ける畏怖畏敬の念こそ変わらないが、なかでもブラッドリーは向上心を持っていた。一度は折れかけたが、それでもこの1カ月の戦いは彼に自信を取り戻させることに成功していたのだ。
「知っているか。トリガーハッピーという少女を」
藪から棒に鶴雄は切り出した。
「当然であろう」
「あのクソガキか」
ブラッドリーは舐め腐ったように鼻で笑う。
「彼女。たぶん君たちよりも強いぞ」
「それはないだろう。アルコンダンジョンの時のていたらくは知ってる。俺も言えた義理じゃないが、あいつはマジで役に立たなかった」
「長谷川殿の言っていることはわかるのである。実は腕相撲を申し込まれたのだよ」
花粉ファイターのおかしな供述にブラッドリーは眉根をひそめた。
「あのほそっこいガキが腕相撲? 腕をへし折ってやったのか、花粉ファイター」
「いや、それが負けたのである。片腕で吹き飛ばされたのである。とんでもない怪力であった」
ブラッドリーは目を丸くする。
いつも冷めた表情をしたロシア人の娘の顔を思いだす。
なにかと生意気でまるで可愛げのないすぐ発砲するガキ。
いままでブラッドリーは格下とみて相手にしていなかった。
「なにがあったんだ、あのガキ」
「どうやら指男が力を授けたそうだ」
「そうなのかね? 私が聞いた話では『これ? ふふん、私って天才だからさ♪』とご機嫌に言っておったがね」
「それはどうやらイキリハッピー現象というらしい。指男が言ってたから間違いない」
鶴雄のリークに2人は納得顔になる。
「そうであるか。なら間違いないであるな」
「信憑性は高いな。しかして指男が授ける力か……あれは本当だったんだな『power……?』とたずね驚異的な力との契約をもちかける都市伝説」
ブラッドリーの言を鶴雄は肯定する。
「だから私は指男のギルドに入ってその力とやらに頼ってみようと思う。京都クラス5で悟った。いまの私では南極では通用しないとな」
鶴雄は拳を握りしめる。
ブラッドリーは鶴雄を諦めた男とすこし見下していたが、その評価を改めることにした。この正義の議員のなかには確かな闘争心がいまも燃えているのだ。
「そう言えば、指男が長谷川殿を探していたのである」
「そうなのか?」
「ギルドに招待したいとか言っていたであるな。どうやら指男は長谷川殿を信用しているらしい」
鶴雄はきゅっと口元を結んで「そうか」と言った。
本当は恐かったのだ。
指男という自分よりずっと若く途方もない才能と英雄の器をもつ憧れに拒否されることが。
指男がトリガーハッピーに力を与えたと知った時から、指男にキャンプで会うたびに、ギルドに入れて欲しいという話題を振ろうとはした。
しかし、想像以上に勇気を必要としたのだ。
指男は私のような凡骨になど興味はなく真に才能ある者にだけを受け入れるのではないか──と。
そんな不安は指男の側から声がかかることで払拭された。
飯を終えた三者は将来的に同じギルドに所属するという話でどことなく結束力を高めていた。
ぼそぼそと言葉数少なく会話をしながら三人のおっさんが被災地のハズレへやってきた。自衛隊員らがせっせと作業をしているのがちらほら見えるなかサササッと通り抜けようとする。
まだ瓦礫の撤去作業がおわっていない地域であるが、ここを通ると財団がAランク探索者たちのために用意した超高級旅館へ時短で帰れるのである。
「ん……」
「……」
「ほう」
そんな被災地域のまっただなかで、三人のおっさんは足を止めた。同時に。
行く手に妙な輩が現れたのを敏感に察知したからだ。
20mほど先、楽器でも入ってそうなアルミケースを携えた少女だ。
12、3歳ほどで、まっすぐにおっさんらを見つめている。
「国会議員、お前の娘だろう」
「いや、違うな。娘はもっと大きい」
「不気味だ。まるで周りの世界から浮いているような異質さを感じるのである」
「Aランク第9位『正義の議員』、Aランク第7位『花粉ファイター』、Aランク第6位『ブラッドリー』」
少女は無機物のような声で続けて呼んだ。
背筋がぞくっと震えるような身の毛もよだつ声に、3人は無意識のうちに戦闘態勢をとっていた。
「私はミスター・ブレイン。お前たちを対指男用の手駒としますね」
「対指男だと……? 何者だ。なにが目的だ」
鶴雄はたずねる。
ふと、ブラッドリーが「周りを見ろ」とつぶやく。
周囲を見渡す。
さきほどまで瓦礫撤去作業をしていた自衛隊らが、皆、手を止めて、見つめてきていた。その数40人はくだらない。
皆、表情はなく、眼差しは虚ろで、まるで意識が無いかのようだ。
「すこしは危機感でたかしら? それじゃあ、みんなバラシちゃって」
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