雷神オーディン・クロス

 ──指男が旅館に帰って来るすこし前


 雷神とうたわれし最恐死刑囚オーディン・クロスはウォーミングアップを十分に終えたと考え、その足で指男のもとへと向かった。


 情報にあった旅館を訪ねる。

 女将は突然の来訪者に目を白黒させてしばたたかせた。


「ここに指男がいるはずだ。これくらいの身長でサングラスをかけた日本人だ」

「はて、そんな方いらっしゃいましたでしょうか〜、わかりませへんわ〜」


 女将は頬に手を当ててとぼけた声を出した。

 どこかわざとらしく癪に触る声であった。

 とはいえ女将の反応は正常そのものである。


(fingermanはミーム装甲に守られている。誰もやつを認識できない……)


「しかしてイラつく女だ。俺のことを馬鹿にしていることは何となくだがわかるぞ」

 

 オーディンは礼儀を知らぬ女が嫌いだった。

 どちらかと言うと自我を持ち、男に逆らう女が嫌いだった。女は頭が悪そうで、いつだって男の顔色をうかがっていればいいと思っている。ゆえに目の前の名も知らぬ日本人はそんなオーディンの短気をくすぐったのだ。


 だから彼は殺すことにした。

 ズバっと腕を伸ばし、女将の首を絞めあげる。


「ああ、すこし握れば簡単に折れそうだ。やはり女は脆くていいなぁ!」


 言って最大握力18,500kgを誇る神の腕に、少しずつ力をこめていく。


「いきなり乱暴はよくないねんな──」

 

 オーディンの腕に銀色の刃が突き刺さる。

 

「あ……?」

「まあ、怪我して大変ねんなー」

「っ! てめえ、ただの女将じゃねえな!」

「そうやさかいねんなー特別な女将さんやさかいどすえ」


 言って女将はスッとオーディンの巨大な把握から逃れた。筋肉の一部を破壊したせいで一瞬腕の力が緩んだのだ。

 尋常じゃない身のこなし。

 同時に小指をポキっと折って行く小癪さ。


 並々ならぬ体捌きにオーディンとて悟る。

 

「貴様、スキル狩りかッ!」

「違うどすえー」


 オーディンはおおきく腕をふりかぶり、床を思い切りぶったたいた。

 雷のビヂィビヂィッと空気を焼き焦がし、盛大に玄関をめちゃくちゃにした。

 変装がびりびりに破かれて、女将のしたに潜むブラックオーダー羽生の姿がのぞく。

 羽生は「あーあ」という風に、変装を脱ぎ捨てる。


「この女将なりきりセット高かったのにー。女声も出す練習したんだよー? もったいないなーまあ経費で落ちるからいいけどさ」

「お前、その顔、リストにあった羽生だな?」

「違うよー」


 赤裸々な嘘をつく羽生は黒いコートをはためかせ、壁によりかかってアイコッスを吸い始める。


 舐めた態度にオーディンは額に青い血管を浮かび上がらせ、カウンターをがしっと掴んだ。

 受付ごとバギッともちあがり、大質量が羽生へ投げつけられた。


 命中。どしゃん、ごしゃん。

 砂塵が舞いあがる。視界が悪くなった。


 ビュン。

 砂塵の向こうから銀の光がとんできた。

 速すぎて避けれない。オーディンの肩に突き刺さる。

 それは矢であった。銀色の矢だ。


「ちょこざいなっ! そこか!」


 オーディンは砂塵のなかをわずかに動いた影を見逃さなかった。

 すかさず必殺の『雷の槍』を発動。

 手のひらの中に超電子が収束していき、燃え盛るような稲妻の槍をつくり出す。

 

「スタビライズ!」


 オーディンは槍をバビュンッと投擲。

 命中。


 砂埃が晴れる。

 雷の槍は「畜生道」と書かれたリッカちゃん人形の顔面を貫通し、下駄箱に縫い付けていた。

 すぐ横で羽生は頬を押さえ蒼白の顔になっている。

 なお片手に不可思議な機構の弓を握っている。


「そんな! 僕の大事なマイハニー! どうしてこんな酷いことができるんだ! 畜生道さんの仇は俺が取る!」


 明らかな自作自演。

 そしてここにいない少女への当てつけ。


「ふざけやがってぇええ!」


 オーディンはブチギレた。

 雷の槍を手元に引き寄せ、再び握りしめると投擲体勢になる。

 羽生はふざけていた表情をスッと冷たく切り替えた。

 オーディンの背筋をゾクっとした悪寒が駆け抜ける。

 スキル狩り羽生の本性を見たような気がしたのだ。


「へえ、それ使いまわせるんだ。いいねえ、すごく良いスキルだ。練習すれば誰にでもできるのかな」

「ッ! 吹っ飛べ! エクスプロージョン!」


 雷の槍が神速で飛んでいき、着弾と同時に大爆発を起こした。

 旅館が吹き飛び、黒煙が空高く立ち上り、残骸が周囲に降り積もる。


「酷い話やで。罪の無い旅館を消しとばすなんてなー」

「っ、貴様、どうして……っ! ドーピングされた俺の攻撃がなぜ通らない! こんなことはありえない!」


 オーディンは軽いパニックを引き起こしていた。


「話が違う、違う……お前は俺なら勝てるって……!」


 思い出されるのは独房をだされた時に見た恐ろしい恐怖の権化──『顔のない男ノーフェイス』らとの契約である。

 悪魔たちとの契約でオーディンはDレベル35相当の世界屈指の戦闘能力を手に入れたはずだった。なのに、なのに、なにかがおかしい。どうしてこんな訳の分からない平凡で、恐ろしくもない若造に圧倒されているのか。


 オーディンにはまるで納得できない。


「なんにゃ、いきなり大声だしてビビり散らしおるさかい」


 羽生は適当な方言で言って、瓦礫の下から「よいしょ」っと大きなアタッシュケースを取りだす。

 足でこつんっと蹴り開けると、なかには仕掛け武器が納められている。

 

「えーと、これとこれを組み合わせてっとー」


 羽生は機械仕掛けの弓と新しい絡繰りを合体変形させた。


 新しい武器ができあがった。

 黒くねじれた槍に細かい機構が搭載され、芯に高密度ダンジョニウム合金ワイヤーと通したそれは三節棍と呼ばれる古い武器に近い形状をしている。

 実用化には程遠い、ただの趣味で改造された天才地獄道の作品である。


「これ説明書ないと絶対変形できないよね~絶対僕以外使わんないよねえ~予算出ない未来しか見えないよ~」


 言いながら羽生は三節棍をたくみに体の周りを回転させ──一瞬でオーディンの目の前に移動すると、十分な加速をつけて顔面をぶん殴った。

 頬に命中。べキべキっと砕ける音が響き、白い歯が3本ほはじけ宙を舞った。


「ぐォ! ぐ、ぞォ!」


 オーディンは海兵隊時代の軍隊格闘技でならった柔道で組み付こうとする。

 

「おさわり禁止ねー」


 言って羽生の膝蹴りがオーディンの顎を打ち上げ砕く。

 歯の嚙み合わせが致命的に破壊された。

 さらに羽生は三節棍を上方から振り下ろした。


 地面と叩きつけられ、砂塵が盛大に舞い上がる。

 オーディンは血みどろになり、もう立っているのがやっとなほどだ。


「ばかな……動きが、見えない……」

「まあ僕、最強だからね」


 簡単に言ってのける羽生は三節棍をくるくるまわし「ここ引っ張ればいいのかな」と機構を作動させる。

 芯を通るワイヤーがぴんっとはり、三節が一節にまとまる。

 つまり三節棍はただの棍になった。

 

 オーディンが雷の槍を再び召喚し、血を吐き最後の力を振り絞った。


「うォおおお!」

「あ、そのスキルもらうね」

「……ぁ?」


 オーディンの手から雷の槍が消えた。

 代わりに羽生の手の中に神威の雷槍は握られている。


 なにが起きているのかわからず目を白黒させるオーディン。

 棍が勢いよく振られ、完全に頭部が砕け、絶命した。


「これお墓ー」


 底抜けに明るい声で言って、羽生は雷の槍を遺体に突き立てる。

 鼻歌を歌いながら近くの瓦礫に腰をおろし、暗号通信で討伐報告をしようとする。


「ん?」


 ふと、オーディンの遺体を見やる。

 遺体から血の泡が噴き出している。

 羽生は頭をぽりぽり掻き「エクスプロージョン」とつぶやいた。

 雷の槍が大爆発を起こす。


 巨大な砂塵が巻き上がった。

 その砂煙のむこう、巨人が立っていた。


 おぞましい怪物であった。

 身長5mにも達する巨大な怪物の胸部には無数の人の腕が生え誇り、腹には巨大な口がぱっくり割れ、その腹口の口内にはぬるっと湿った眼玉が咲き誇っているのだ。


 冒涜的巨人は四つん這いなり、眉を顰めるほどに獣性に溢れた姿勢になると、羽生へ物凄い速さでせまった。理性も知性もまるで感じられない。

 羽生は棍で前足を勢いよく払い、転倒させようとする。

 だがひょいっと飛び越えるられてしまう。

 冒涜的巨人は、腹の口で羽生を飲み込もうとした。

 突き上げる棍をたてて、怪物と地面のつっかえ棒とし、隙間をつくり、羽生は押しつぶされそうになる窮地から脱出。


 しかし、棍をつっかえ棒にして脱出したため武装を失ってしまった。


「ちょっと強そうだなぁ」


 羽生が自分のステータスをサーっとスライドさせどうすれば楽に殺せるかを思案していると、ふと、すぐ横に気配が出現した。

 サングラスをした青年が口を半開きにしてとぼとぼ歩いていた。


「そんな、旅館が……お土産も部屋にあったのに……」

「きゅっきゅ!(訳:あそこに奇妙なバケモノがいるっきゅ。あいつはきっと悪い奴に違いないっきゅ!)」


 青年の肩に乗るふっくらしたハリネズミがピンっと前足を伸ばし、冒涜的巨人を指し示す。


「ねえ君、ここはすごく危ない場所だよ。頼むから下がっててくれないかな」


 巨人が動いた。

 一直線に青年へ襲い掛かっている。

 羽生は眉根をひそめ、青年の肩に手を伸ばし、引き戻そうとする。

 その時だった。


 ──パチン


 心地よい音が響いた。

 巨人の醜い肉が黄金の波動で消し飛ばされたのだ。

 なにが起こったのか羽生をしてわからなかった。

 だが、すぐに理解する。目前の青年の仕業であると。


 巨大な爆発が破壊痕をつくってあたりを更地に変えた。

 相当に範囲は抑えられているためクレーターのサイズは6mほどに収まっている。


「大丈夫ですよ。妖怪は倒しました」


 青年はそう言って、薄く微笑み、羽生へ親指を立て爽やかに去っていく。つぶやく声で「え、この旅館俺のせいになったりしないよね……?」と震えている。

 何かに怯えながらも「誰かいませんかー!」と旅館跡地へ呼びかけ、生き埋めになった人がいないか救出活動をはじめたらしい。

 羽生は「僕も手伝いまーすよー」と言いながら、謎の青年の救出活動に加わった。

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