ブラックオーダー始動
──指男がダンジョンボス部屋を見つけるちょっと前
出動命令を受けた
「ねえ、畜生道さーん、これ本当に僕がやらないといけない仕事ー?」
車が動き出すなり運転席の男が気だるげな声を発した。
黒髪黒瞳。見た目上ではなんの変哲もない青年だ。
やや美形であるが、それでも爽やかな好青年であるという程度のこと。
白いシャツをわずかに着崩して、ネクタイはやや緩めてある。
ジャケットの着こなしも本人の性格がよく表れており、皺が寄ってしまっている。
「黙って運転してほしんだけどね。ごちゃごちゃ後から言われるのあんまり好きじゃないんだよね、私さ」
「あーはは、畜生道さん、怒ってるー」
「……」
「あっ、本当に怒った?」
運転する男の軽薄さに、畜生道はピキっとする。
ルームミラーをチラと見やり、青年はむすっと黙して怒れる少女を見てさらに楽し気にする。
「まあまあ、この車だしてあげてるの僕なんだし、すこしくらい多めに見てくださいなーっと、右折しまーす、ぎゅいーん」
「うっざ……車持ってるのが羽生だけだったから頼んだだけなんだよね。だから、足は足らしく、その役目まっとうしてればいいと思うんだよね」
「あっ、いいの思いついた! 左へ右折しまーす! ね? これ面白くない? 僕やっぱり天才やなー。あっ、関西圏に向かってるからか口調が関西になっちゃった」
クソほどうるさい男──
「羽生さん、そろそろ静かにしていただけますか。殺したくなっちゃいます」
「姫華さんまで酷い言いようだー。そんなこと言われたら傷つくよ」
畜生道のとなりにすわる若い女性──
目を見張るほど美しい端正な顔立ちだ。
暗黒に浮かぶ星空を宿したようなコスモ感のある黒髪はすらりと背中まで伸びている。
死んだ魚のみたいな目には一切の光がなく、白い肌は雪のよう。髪飾りだろう造花の白百合は、この不思議でどこか恐ろしい空気を纏う美女に、一握ばかりの愛らしさを添えている。
「姫華さんは納得できるんですかー? こんないきなり招集されて出動なんてー」
「お仕事ですから。たくさん手当も出ますよ、羽生さん。たぶん500万円くらい。すごいですよね」
「うーん、殺し屋やったほうが稼げるかな。崩壊論者たち御用達になれば億の仕事受け放題だって聞くし」
羽生の不遜な発言に畜生道の目はスッと細められる。
「そうなったら私があんたをスキル狩りするよね。安心して殺し屋になっていいよ、羽生」
ニヒルな笑みを薄っすら浮かべて言った。
「あっ、やーめた。畜生道さんと餓鬼道さんが現役のうちは良き市民でいたいところやんねんなー」
「その喋り方クソうざいからやめてくれないかな? 後部座席から撃ちたくなるんだけど」
「あーでも、なーんかなー、部屋にたまたまいただけでこんなスキル狩りに駆り出されるんだなんて理不尽な話やなー」
「(無視された……羽生のくせに)」
「いいじゃないですか。お金もらって人殺しできるんですよ?」
姫華はうっすら頬を染め、羽生へ疑問をなげかける。
その表情は恋をする乙女のように眩しく、情熱的なものだ。
畜生道は嘆息する。たまたまエージェント課の片隅で暇そうにしていた2名を捕まえて今回のミッションに任命したわけだが、人選を間違えたか、っと。
羽生も、姫華もブラックオーダーのなかで指折りのスキル狩りであることは間違いないが、この2人はややクセが強い。プロフェッショナルな仕事を好む畜生道としては苦手であった。本音では別に嫌いではないのだが。
「姫華さんそんな可愛い顔されて恐いこと言わないでくださいよー」
「でも、本当の気持ちですし、隠したくはないです。嘘は嫌いですから」
「まあ、僕も別に嫌っていう訳じゃないんですけどね~」
畜生道は「じゃあ、その口閉じろよ」と本気で後ろから撃ってやろうかと、銃に手を伸ばしかけた。
羽生は赤信号でゆーっくりとブレーキを踏んで上手に止まり、助手席に置いてあるアタッシュケースを見やる。助手席の足元に差し込まれぐいんっと伸びるように横たえられたそれは、ロケットランチャーでも入っているんじゃないかと思うほどに大きい。
「ちょうど新しいの使えるんでいいですけどねー」
羽生は手でぽんぽんっとアタッシュケースを叩く。
姫華を自分の前の前にあるおおきなケースを見上げる。
「また変なのに代えたんですね、持ち武器」
「同じの殺してても飽きちゃいますかれねー。まあ、地獄道さんに試験運用させてもらってるんで完全趣味ってわけでもないですよ? 地獄道さんはデータを取れる。僕は飽きずに遊べる。win-winってやつやねんなー」
「羽生さんは器用ですね。私はどうも一度好きになったら一途になってしまうようで」
姫華は自分の足元に横たえられたアタッシュケースをよしよしっと可愛がるように撫でた。
「それにしても、ずいぶん急いで出て来ちゃいましたけど、これあんま読んでないんっすよねー」
「そういえば私も全然資料読んでませんでした……どうしましょうっ」
「いや、どうしましょうじゃないくて読めばよくないかな?」
畜生道はオロオロする姫華に呆れた風に言った。
仕方がないので羽生と姫華のためにミーティングの続きをやることにした。
「死刑囚の写真には自分で目を通してよね」
「あい、やねんなー」
「はい、頑張って覚えます」
「羽生はあとで撃つね。とりあえず、ひとり目の死刑囚はデストル・ノーデン。スキルは『破裂する眼球』。MP消費系。戦闘経験はなし。典型的なスキル強者ってことだよね。触れた眼球を高威力の爆弾につくりかえる。威力は調整可能で最大でTNT換算で1kgほどの火力がだせたみたい」
「それは恐いねんなー」
「なんでお目目だけなんでしょう? キラークイーンのほうが強い気がします」
「ふたり目はオーディン・クロス。別名『雷神』。スキルは『雷の槍』。回数制限系。日に3回。きつめだね。23歳から32歳まで海兵隊に所属。アフガニスタンに3回派兵されてる。脱獄囚のなかじゃ一番戦闘経験豊富かもね」
「マリーンズ」
「海兵隊もお金をもらって人殺しできるんですね。世の中には良いお仕事がたくさんありますね」
「さんにん目はアビゲイル・ルクツォネ。スキルは『腐敗した血液』。MP消費系。戦闘経験なし。112人の容姿に優れた女の顔面を腐らせて殺してるスーパー・シリアルキラー」
「美人さんばっかり狙うなんてきっとコンプレックスの塊や」
「そんなクズを磨り潰したら快感ですね」
「最後はミスター・ブレイン。スキルは『サイキック』。こいつが一番厄介かもね。いろいろな超能力を使える。というか、スキルと関係なく元から強度のサイキックだったみたい。どこまでスキルの恩恵かは不明。戦闘経験はないけど、強い思念で他人を操って自殺させたりできたみたい。操られないでね。あんたたち殺すのだるいよね」
「姫華さんが操られたらえっちないたずらされちゃうかもですね。ほら、変なところ触られたり」
「それは嫌ですね。羽生さんを殺したくなっちゃいます……////」
「え……なんでぇ……」
ミーティングは終わり、それぞれがこれから出会うクズに思いを馳せていると、いよいよ京都に到着した。
「それじゃあ、お二人さん、気を付けてねんなー。京都楽しむどすえー」
「しっし」
「羽生さんも頑張ってくださいね」
畜生道と姫華に見送られ、羽生は陽気に車を走らせて去っていった。
「それじゃあね、姫華。私も勝手にやるから」
「はい、わかりました。終わったらラインしてくださいね」
「普通に暗号通信で連絡するよね。姫華もそうしてほしいんだよね」
「そうでした、忘れてました、ごめんなさい」
「ううん、いいよ。これが羽生だったら殺してるけどね、姫華は可愛いから許してあげるね」
畜生道と姫華はそれぞれ違う方向へ歩きだす。
こうして3人はそれぞれは行動を開始し、お互い特に連携を取ることなく、マンハントをはじめるのだった。
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