攻略完了パーティ
ダンジョンキャンプでは探索者が一同でのお祝いがはじまった。
俺は指男としてそのパーティに参加し、皆からたくさんの賞賛の言葉をおくってもらえた。きっと誰も彼も明日になれば俺のことを忘れてしまうが、それでもこの楽しいひと時は俺のなかで生き続ける記憶となる。
「指男、祝い酒だ!」
言って陽気な探索者が京都名産とかいう良いお酒を注いでくれた。
千葉ダンジョンの時はダブルダンジョン事件のせいでお祝いどころではなかったし、群馬ダンジョンの時はシマエナガさんとバトルしてたせいで攻略完了パーティに出席できなかった。
そのためだろうか。俺はひどく浮かれていて、皆が期待するなかで酒をひと口あおり飲んだのだ。
そして気絶した。
目が覚めるとパーティ会場の隅っこで寝かされていた。
俺は酒に弱い。大学四年間で2回しか飲みに参加しなかったほど。
まだクラクラする頭を押さえて俺はつめたい水を飲みながら、ダンジョンキャンプ中が賑やかな色に包まれているのをボーっと眺めていた。
主役は間違いなく俺だが、まあ、別にこういう風な参加の仕方も嫌いじゃない。というか好きだ。
みんながパーティやらお祭りやらで騒いでいるところ、こうして隅っこでしたり顔で「いいねえ、楽しんでるねえ」とか言ってる渋いポジション。
大学一年の頃に行ったクラブでは、耳がおかしくなるような爆音で流れる音楽と、狂ったように踊る若い男女を眺めながらセックス・オン・ザ・ビーチ(カクテル)を片手に氷を揺らすのは楽しかった記憶がある。
なおカクテルは飲んでいない。グラスを揺らしカランコロンっと氷を転がすだけだ。
強力なアルコールでほわほわした頭でそんなことを思いながら隅っこの傍観者に徹していると、
「……。指男さんが倒れたって聞いたのですけど、元気そうですね」
「ジウさん……」
秘書さまが心配して来てくれたようだ。
「ジウさん、とっても綺麗ですね」
「……っ」
「清楚で、可憐で、俺はこんな秘書さんに面倒見てもらえて幸せです!」
「…………酔ってるんですか?」
酔ってない! 全然酔ってないもん!
指男は酔っていた。
アルコールが引き起こす麻酔作用で普段からあまり使われることのない思考領域はいまや完全に活動を停止し、脊髄反射と本能、それをまとめるごくわずかに残された理性だけが彼の言動をコントロールしている状態であった。
「ジウさんの髪はさらさらで~、艶々してて~、馬の尻尾みたいです~っ! ジウさんは美人さんで前からこんな綺麗な人がいるんだなって思ってたました~!。モデルさんとかやってたんですか~?」
ジウは目を丸くして「……。ふむ」と指男の隣に腰をおろした。
いつものとおり冷静沈着でごく淡々と仕事をこなすクールな雰囲気を崩さない。
しかし、その表情はいまやふるふると震え、口元は微妙にだらしなく緩んでいる。
頬はわずかに高揚し、薄く朱色を宿している。
年下の男子にまさかこうも素直で、率直な誉め言葉を浴びせられ、クール秘書はその防御力をおおきく削られてしまったのだ。
「ちーちーちー!(訳:英雄、正気を取り戻すちー! こんなの英雄じゃないちー!)」
「シマエナガさんもちもちふわふわで可愛いです、食べちゃおうかな~」
「ち、ちー……!(訳:ついにヒロインイベントが来たちー!?)」
「……。よいしょっと」
ポケットからはみ出す厄災の禽獣を、ジウは両手ではさんで端に寄せる。
「……。お疲れでしょうから旅館へもどってゆっくりしましょうか」
ジウは緩んだ表情で明後日の夜空を見上げながらつぶやく。
おかしなことに指男からの返事はない。
きょとんっとして隣を見やるジウ。
「すやぁ……」
指男は眠りについていた。
電車の席で眠りこけるサラリーマンのようにすっかり熟睡しており、瞼は重みに耐えかねて落ち切っている。
厄災の禽獣はくちばしでちょんちょんっとツツキ眠っていることを確認。厄災の軟体動物はそんな鳥を触手ではさんでどかし、厄災の大古竜は空気を読んで離れる。
「……。指男さん? 寝ちゃったんですか?」
確認する慎重な声。
ジウはゆっくり手を伸ばす。
前髪にそっと触れ毛先をわけて横顔をながめる。
じーっと見つめ、ちょんちょんっと頬をつつく。
反応はない。面白くなってきたのか、いつくしむような手先でよしよしと撫でた。
やがて指男の頭をそっと抱き寄せ、膝のうえにコロンっと横たえた。
「ちー(訳:英雄も疲れてたみたいちー)」
「ぎぃ(訳:どうでしょう。酔ってるだけな気もしますが)」
「きゅっきゅっ(訳:真の英雄と美しい乙女、絵になるっきゅ)」
京都に姿を現したおおいなる迷宮は克服された。
今日、人はまたひとつ侵略を耐え抜いた。
祝祭に人々が飲み、踊り、騒ぐ宴会のはじっこで、ジウは指男を膝に横たえて静かな表情で、されど満足そうに頭を撫でつづけた。
「赤木さーん、どこですかー?」
遠くから声が聞こえて来た。
ジウはその声を受けてどこかもの哀しそうな顔をする。
昔から修羅道という少女のことを知っていた。かつて財団研究部に所属していた頃、財団は外海六道の育成におおきな関心を寄せていた。
分野こそ違ったがその一大プロジェクトの全貌を知るひとりとして、あの修羅道と呼ばれる識別個体がどうして指男にこれほどの興味を抱くのか、その理由も薄々気が付いてはいるつもりだ。
「……。お姫様が帰って来てしまいましたね」
ジウはそっと指男を膝上からどかし、かわりに厄災の禽獣のふっくらしたボディをまくら代わりに挟み込んで、その場を離れた。
「あっジウちゃん、こんなところで何を……って赤木さんじゃないですか!」
「……。しーっですよ、修羅道さん。赤木さんはすやすや眠っています」
「わわ!! 本当です、こんな赤木さんは久しぶりに見ました!」
修羅道はサーっと近づく、ベンチで横になる指男の前でしゃがみこむと手先で前髪をちょんちょんいじり、ぽんぽんっと頭を撫でたりする。ジウはその様を見て「……。まったく同じことしてる……」っと、微笑ましい気持ちになった。
「ちー(訳:膝枕はちーの役目ちー。譲らないちー)」
「シマエナガちゃん、そういう意地悪なことを言うなんて……これは収容ですかね……」
「ち、ちーっ(訳:職権乱用ちーっ! 明らかない私的な理由ちー!)」
「ふっふっふっ、わたしは私情で世界を壊す覚悟を持っていますからね」
「ちー……(訳:なにも誇ることじゃないと思うちー……)」
「お願いです、シマエナガちゃん、ちょっとだけ膝枕代わってください」
「ちー(訳:嫌ちー)」
「お願いですっ!」
「ちー(訳:絶対嫌ちー)」
修羅道はむう~っと頬を膨らませる。ふと、なにか想いついたようにポケットからクリスタルの粒を取りだすと、ニヤリっといたずらな笑みを浮かべ「えいっ」と拳で半透明の結晶を砕いた。
「ちー(訳:なんのつもりちー)」
「ほーらほら」
修羅道は手を厄災の禽獣の顔のまえにもっていく。
光る粒子がキラキラっと輝く。まさかと思いくんくんっと匂いを嗅いだ瞬間、厄災の禽獣は「ちーちーちー!!(訳:経験値ちー!)」と元気よく飛び込んだ。
「そーれ、とってこーいっ!」
「ち───!」
修羅道がぽーいっと投げる経験値を追いかけ、鳥は初夏の夜空へと飛んでいった。
厄災の仲間たちはあまりにも単純すぎる先輩の姿に「はぁ」っという風に肩をすくめた。
修羅道は素早く指男の頭をささえ、そっと自分の太ももに乗せると満足げに「よしよし」っと頭をなでなでしはじめた。
ジウは穏やかな笑みを浮かべ「……。邪魔しちゃ悪いですね」とゆっくりと腰をあげるのであった。
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