文明崩壊の指先
ダンジョン40階層。
深淵のダンジョンが誇る空中階段が入り組んだ立体的な空間で、その戦いは繰り広げられていた。
指男はサングラスの位置をそっと直し、薄暗い視界のさきに深淵の神絵師を捕捉し、指を鳴らす。指の間に青白い光が花火のように溢れ出し、流星の宇宙を幻視する七色の光が輝きを放つ。
──パチン
っと軽やかな音が鳴った。
破壊は吸い込んだ息を吐きだす。
空中通路が縦横無尽にかけられた深淵のダンジョン40階層が、黄金の輝きをした波状の爆破に飲まれていく。もちろん狙いは深淵の神絵師ただひとりだ。
大爆発に飲みこまれ、空気が燃え、空中通路が爆心地を中心に半球状に溶解した。
どれほどの熱量がその場を襲ったのかありありと映し出すように、赤熱し、蒸発した破壊痕がジュゥ……っと音をあげている。
黄金の崩壊のまんなかで、そいつは直立不動のまま立っていた。
指男は感心したように、サングラスのを指腹で押しあげ位置をなおす。
「……『削除』」
言って深淵の神絵師は指男という存在を抹消しようとする。
だが、指男はもの凄い速さでその場から移動し、見えざる攻撃を回避した。
一度、受けた技を受ける趣味はないと言わんばかりだ。
懲りずにもう一度「……『削除』」と言おうとすると、黄金の槍が神絵師を激しく突き刺した。光と熱の破壊エネルギーによって編み出された絶槍である。神絵師はダンジョンを壁を突き破って、となりの通路までふっとんでいく。
分厚い壁に深く埋まり、動かなくなる神絵師。
指男は黙したまま一足で追いつくとさらに指を鳴らす。
黄金の大爆発が神絵師周囲50mごと大爆発で蒸発させダンジョンが揺れる。
破壊の痕がハイウェイのごとくまっすぐに伸びていく先。
200mも向こう側で、深淵の神絵師はむくりと起き上がり、指男を見やる。
「硬いな」
指男はまた指を鳴らす。
深淵の神絵師は為すすべなく三度破壊の奔流にまきこまれた。
爆風に弾き飛ばされ、立体的な空間へまたしてもやってきた。
指男は空中通路のひとつに降り立ち、深淵の神絵師が燃えながら落ちて言った眼下を見やる。
眼下から何かが飛んできた。
それは黒い線でった。
「……『連続直線』」
黒い線は空間に直接描写されていた。
指男が首をふって避けると、ひとつうえの空中通路に突き刺さる。
何の抵抗もなく通路を貫通し、2回折れ曲がって、再び指男を貫こうと高速で向かっていく。指男はスイっと避ける。連続直線は止まらない。執拗に何度も何度も指男を殺さんと、執念深く追尾する。指男が姿を残さぬほどの高速で走りだしても、連続直線は追いかけていく。
「……『連続直線』、『連続曲線』、『連続直線』……」
次第に眼下から次々と直線が追加されはじめた。
いくつか起動が滑らかな物もあり、それらはカクカクっと曲がらず、最新のホーミングミサイルがごときカーブで追いかけていく。
しかし、指男に追いつけた線は1本とてなかった。
70本の連続線画をひきつれてダンジョン40階層を大胆に使い走りまくる指男は、やがてその足で深淵の神絵師のもとへ戻って来た。
拳の距離まで両者が接近。
神絵師は「……『ざらつきぺん』」とつぶやく。
指男は首を横にふって避ける。
かわりに指男の拳は神絵師に突き刺さった。
──と、思われた。
指男の拳は神絵師の鼻先すこしのところで止まっていた。
これには指男も目を丸くする。
「……『レイヤー貫通』」
神絵師は背中から生える腕を結合させ巨人のごとき拳を編み上げた。
一閃。目にも止まらぬ素早き左フック。
指男は豪快にふっとばされ、空中通路を7つほど貫通してダンジョン天井40階層と39階層の階層間岩盤に叩きつけられた。
「本当に硬い」
天上の亀裂から飛び出し、シュタッと空中通路のひとつに着地。
サングラスの位置を直し、片手に持つムゲンハイールver7.5が壊れていないか気にする。
「ぎぃ(訳:とっくに致死量のダメージを与えているはずですが、どうにもおかしいですね)」
「きゅっきゅっ(訳:あれはダメージを零にするスキルに違いないっきゅ!)」
「どうでしょう。拳が止まったように感じました。ダメージゼロにされたというより、そもそも届いていないような」
議論をかわす三者のもとへ、数秒遅れて連続線画70本が追い付いてきた。
指男はパチンっと指を鳴らし、虚空より溢れ出した黄金の破壊エネルギーを素手で掴むと握りつぶした。まるで池の鯉に餌をやるかのように壊滅の流星を放る。
宇宙より飛来する星雨のごとき、幾百にも分かたれたATK200億分の攻撃が連続線画を撃ち落とし、そのさきにいる深淵の神絵師へふりそそいだ。
クラスター爆弾のような盛大な爆撃にのまれ、光と熱でダンジョンが明るく照らされる。
すべてが収まった。
深淵の神絵師はやはり立っていた。
「あらゆる攻撃を無力化する最強の防御系能力ってところか」
「ぎぃ(訳:ふむ。すこし叩かせてもらえますか。なにかわかるかもしれません)」
「きゅっきゅっ!(訳:それなら我がやりたいっきゅ! 我はおおいなる歴戦の大古竜っきゅ! これまで数々の珍妙な怪物を雌雄を決して来たから戦闘経験は豊富っきゅ!)」
指男はシュッと深淵の神絵師に接近する。
腕を振ると、袖のなかから無数の黒く太い触手が20本一気に飛び出した。
触手は力強い鞭打ちで神絵師を叩き、ズズズっとダンジョンの床を擦らせて滑らせた。
深淵の神絵師は首をかしげる。
その攻撃はこれまでの指男の猛烈な破壊攻撃に比べれば生易しいとすら形容できるものだったからだ。
「ぎぃ(訳:やはり触れていないですね。干渉力の無力化。ボスの名前から推測するにレイヤー分けのスキルに似た権能と言ったところでしょうか)」
厄災の軟体動物は財団のデータベースを閲覧し、地球人類がいかなるスキルに目覚めているのか、その膨大なライブラリー情報を蓄積していた。ゆえに推論をたてることができた。
推論を確固たるものとするのは、今しがた触手で叩いた際に張り付いた厄災の大古竜である。厄災の大古竜はペタペタと深淵の神絵師の身体の表面からわずかに浮いた空気中に張り付いていた。
すぐに厄災の大古竜に気が付き、深淵の神絵師は「連続曲線」とつぶやく。
「きゅきゅ!」
厄災の大古竜は短い手足をめいいっぱいつかい攻撃を避ける。動けるデブみたいな愛らしい回避ののち、触手が回収し、無事に指男の左ポケットにもどってきた。
「きゅきゅっ!(訳:我は知っているっきゅ! あれは空間を断絶するタイプの特殊能力に違いないっきゅ! 防御力が高いとか、ダメージを零にしているとかそんなちゃちなもんじゃ断じてないっきゅ!)」
「つまり超パワーで殴ればいいと」
「きゅっきゅっ!(訳:話聞いていたっきゅ!?)」
指男は神絵師に三度近づくと、見えない空間ふ拳を叩きつけ、ゼロ距離まで手を持ってくると指を鳴らした。
黄金の大爆発が神絵師を破壊する。
向こう200mまで蒸発するほどの超高火力爆破。
「きゅっきゅっ!(訳:だからそれじゃあダメージは通らな……っきゅきゅっ!?)」
神絵師の全身が焼けただれていた。
あまりにもエネルギー量が高すぎるあまりそれを至近距離で一点に集中された結果空間が歪み、レイヤーが違うにも関わらず黄金の一撃は貫通してしまったのだ。
指男は途方もない火力だけで不可思議の法則を突破した。
そのことに厄災の軟体動物はわかっていた風な顔をし、厄災の大古竜は「きゅきゅ!(訳:流石は英雄殿っきゅ!)」と大喜びする。
一連の戦いを厄災の禽獣は見下ろしていた。
トリガーハッピーも上のほうの空中通路からこそっと見下ろしていた。
あんぐり開いた口はふさがらず、驚愕以上の感情が見当たらない。
同時にやたらスタイリッシュなその様に興奮し、痺れずにもいられなかった。
「……『画像統合』……『ざらつきペン』」
しかし、神絵師は瀕死の身体を驚くべき能力で復元したちあがる。
指男はハっとして振りかえった。
不可視にして不可避の空間削りだしの筆先が、指男の顔面でペキッと弾いた。
勢いでサングラスが外れ、床の上に落ちる。
神絵師ははじめてまともに攻撃があたり、肩を震わせた。
喜んでいるようだ。
「指男!」
ハッピーは思わず叫んでいた。
銃を抜き、加勢しようと身をのりだす。
ビシっと腕があげられた。指男の腕だ。ハッピーを制止したのだ。
指男は神絵師へのっそりと向き直る。
顔半分が変質していた。表皮は銀色にそまり金属質となり、やや光沢のある表面には蒼色にドクンドクンっと胎動する血管が浮いている。
すぐに銀色も蒼色の血管もスッと引いて、変哲のない不愛想な表情に戻る。
神絵師はそれを受けて、崩れた醜悪な肉体をこわばらせた。
それは恐怖であった。
深き底の怪物は、眼前の探索者におおいなる怖気を感じていたのだ。
指男はサングラスを拾いあげ、ゆったりとした所作で掛け直す。
厄災の禽獣はなにも言わずとも主の意志をくみ取り、勇敢に馳せ参じる。
ふさっと頭にうえに舞い降りると、白い羽でぺちぺちと叩きはじめる。
黒より黒い暗澹たる異次元の彼方から無数の腕が伸びて来る。
邪悪なる祝福が指男を束の間の神域へと押しあげる。
『冒涜の同盟』──同盟者の全ステータスを400%強化する禁忌の業だ。
「眼を」
「ちー!」
『冒涜の眼力』により対象の情報が暴かれる。
──────────────────────
深淵の神絵師
神絵師42人分の腕を接いだ醜き怪物
ダンジョンに飼いならされたあと正気を失った
だが、彼は絵を描くことを諦めなかった
40階層のダンジョンボス 深淵
Dレベル60
HP 7,741億7,412万9,458/8,000億
スキル
『Gペン』
『リアルGペン』
『カブラペン』
『丸ペン』
『ざらつきペン』
『カリグラフィ』
『ガッシュ』
『ドライガッシュ』
『油彩』
『エアブラシ』
『やわらか』
『飛沫』
『スプレー』
『滲みスプレー』
『消しゴム』
『硬め』
『やわらか目』
『ざっくり』
『レイヤー貫通』
『色混ぜ』
『ぼかし』
『指先』
『塗りつぶし』
『書き出し』
『レイヤー1』
『レイヤー2』
『レイヤー3』
『レイヤー4』
『レイヤー5』
『レイヤー分け』
『連続直線』
『連続曲線』
『線画』
『用紙』
『画像統合』
『復元』
『削除』
『影』
『アウトライン』
『ガウスぼかし』
・
・
・
・
・
──────────────────────
(とてつもないステータスだ。スキルも目で追えないほど無限にある。これが40階層のダンジョンボス。もはやほかの探索者には荷が重すぎるか)
指男はコインを弾いた。
それですべての準備は整った。
『確率の時間コイン Lv2』
全ステータス5分間40%強化、最終ダメージを2.5倍
『一撃 Lv10』
最終ダメージを6.5倍
『クトルニアの指輪』
ダメージを2.0倍
HP8,530,000を捧げ、無窮の彼方から破滅の火を持ってくる。
その破壊力、実にATK85,300,000,000(853億)
およそ戦術核弾頭8.5つ分の威力であり、直径1,000mものクレーターをつくりだし、一撃で県の全機能を停止させ、数十万の命を死滅させることができ、膨張し押し出された空気層は地球を2周してなお威力を維持する。
だが、まだ指男のターンは終わっていない。
85.300,000,000×2.5×6.5×2.0
=2,772,250,000,000
2兆7,722億5,000万DMG。
その一撃は南から北まで国土を蒸発させ、南極の氷を一瞬で気化させ、オゾン層に穴をあけ、人類存続に致命的大打撃をあたえることを可能にする。
すなわち文明崩壊の一撃である。
つまり完。人類滅亡エンド。
※完結しないです。
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